第303話 精霊神の神殿
洞窟を奥に進むと行き止まりには下に降りる階段があった。
「こんなところに人工的なものがあるなんて。」
「人の手が入っているのかな?」
俺とエミルが階段を見て言う。
モーリス先生がフワリと手の光を飛ばして階段を照らしていく。
「どうするかの?」
モーリス先生が聞く。
俺がエミルを見るとエミルが階段下を見ながら目を細めた。
「おそらく来いと言っているようですが、どうすべきか迷います。ここがナブルト洞窟だというのなら精霊神に関係のある場所ですよね。それならば私だけが行った方が良いのではないかと思うんです。」
「どうしてそう思うんだ?」
「導きなら俺を敵とは認識しないだろうし。」
「もしここがナブルトでないとすれば?」
「その時は…」
エミルが黙る。
「エミルよどうせここまで来たんだし、俺達を置いてけぼりにしなくてもいいんじゃないか?俺達なら恐らく大丈夫だ。」
「オージェさんの言うとおりですよ。万が一がありますからみんなで行きましょう。」
「エミルそういうことだ。」
「みんな…。」
エミルが俺達を見て頷いた。
「よしじゃあついてきてくれ。」
「OK。」
「了解です。」
「あいよ。」
するとケイナがクスりと笑い言う。
「良い友達持ってるのね。」
「ああ。」
そして俺達はそのまま地下に続く階段を降りていくのだった。階段は十分な広さもあってセルマ熊でも十分に通る事が出来た。地下1階につくとそこは神殿内部のように、自然の岩ではなく切り出した岩壁がタイルのように張り巡らされていた。
「人の手が入ってますね。」
「そうじゃな。」
そう言っている時だった。
ポゥ
ポゥ
ポゥ
壁にかけられた松明に灯がともり始めた。あっという間にあたりが炎の光で照らし出される。
「部屋になってたんですね。」
周りを見渡すと壁にはたくさんの扉があった。
「扉がありますね。」
「そのようじゃな。」
するとエミルが一つの扉を指さして言う。
「さっき私たちを呼ぶ人がその扉に消えました。」
エミルが一つの扉を指さした。
階段を降りて正面ではなく裏側にある扉に消えたらしい。扉はどれも同じ形状をしているのでどこに入ったらいいのか迷いそうだが、エミルが言うにはその謎の影はその扉に入っていたというのだ。
「ふぉふぉふぉ。これはダンジョンの罠じゃな。恐らくはエルフでなければ本当の扉は分からなかったであろうよ。」
「そういうものですか?」
俺が聞くと今度はシャーミリアが言う。
「ご主人様。私奴は見失ってしまいましたのでその可能性は高いかと。」
「そうか。」
「しかもご丁寧に松明をつけてのお出迎えじゃ、望まぬものが来たらそれすらないであろうよ。」
《なるほどね。俺達にはそう言う事は分からない、さすがは賢者いろんな事を知っている。》
「それでは行きましょうか?」
「まあまて、あの扉が正解じゃったとしても、試練などが待っている可能性があるじゃろな。」
「試練ですか?」
「精霊神が選ぶにふさわしい者かどうかという試練よ。」
《試練かなるほど、そういえばグレースは物凄い雷に焼かれた後で出てきたんだっけ。あれがグレースの試練だったのかもしれないな。》
エミルが黙って歩き出す。俺達は皆エミルについて行くのだった。
扉の前につく。
「開けます。」
エミルがそっとその石の扉に触れる。
スッ
石の扉が奥に吸い込まれるようにして開いた。
「行きましょう。」
セルマ熊が扉を少し窮屈そうに通るが詰まる事はなさそうだった。
扉を入ると通路に出る。エミルが前を歩いて俺達はそのままついて行く。
「また階段です。」
更に下に降りる階段があった。しかし今度は3つに分かれている。
「3つありますね。」
グレースが言うとエミルが答える。
「左に行ったよ。」
「左か。」
するとエミルがケイナに向かって言う
「ケイナにも見えただろう?」
「それが…さっきまでは見えていたのに今は何も見えなくなったわ。まだ気配の余韻のような物があるからなんとなくわかる程度よ。」
既にケイナには、はっきり分からなくなってしまったようだ。
「シャーミリアはどうなんだ?」
「申し訳ございません。すでに何も感知できません。」
「そうか。」
エミルが左の階段に進むので俺達がついて行く。さらに下層に降りるとそこは通路のようになっていた。T字路のようになっていて左右に道が続いている。ポゥポゥポゥと通路に沿って松明がついて行く。
「こっちです。」
俺達はエミルに従ってついて行くしかなかった。
しばらく進むとまた分かれ道になる。
「こっちです。」
エミルが迷いなく道を選んでいくと、通路の突当りには左右に扉があった。
「入ります。」
エミルは躊躇なく左の扉に手を当てる。
スッ
扉が開いた。
「ふむ。恐らくエミルの導きが無ければわしらの誰かは怪我をしていたかもしれん。もしくは死んだ可能性もあるのう。」
「えっ!そうなんですか?」
「このダンジョンはそういう性質のものじゃよ。選ばれた者しかたどり着けんじゃろな。」
エミルが迷いなく歩みを進めると、また下に続く階段が3つ現れる。
「はっきりしてきました。」
「なにが?」
「導いている者の姿が。」
「どういう感じ?」
「小さいおじさん。」
「おじさん?」
「ああ小さいおじさんだ。」
どうやら地下に潜ってきたら、導く者の姿がはっきりと見えて来たらしかった。
更に下の階に降りるとまた扉がたくさんある部屋に出た。
「またいっぱいあるな。」
「こっちだ。」
エミルが迷いなく右手の2番目の扉に手を振れる。
スゥ
音もなく石の扉が吸い込まれるように開くと、そこにはまた通路があった。
「また通路か。」
「だけどもう迷う事も無いよ。はっきり見えているからね。」
エミルがきっぱりと言う。
通路を進むとT字路になっておりそれを左に進む。そしてまたT字路に突当りそれを右に。突当りには左右に扉があり左の扉を選ぶ、すると通路の先にまた階段がある。
「セルマが通れる太さでよかったよ。出なければ置いてこなきゃいけなかった。」
くるぅぅぅぅ!
「大丈夫。もしお前を置いて行くような事があれば俺も残るから。」
「ご主人様が残るのなら私奴も」
「はい、私もお側に。」
シャーミリアとマキーナが言う。まあそうなれば当然ファントムも残るだろう。
そして俺達は洞窟の中を、右に左にくりかえしながらすでに地下50階まで降りてきていた。
「ふうふう。」
「はあはあ。」
モーリス先生とオンジが息をきらしている。
「大丈夫ですか?」
「なんじゃ?魔力が一気に消耗したんじゃが。」
「私も闘気が練れない。疲労感がひどいですよ。」
どうやら人間の二人にはだいぶ厳しい場所らしかった。
「困りましたね。」
「とにかくこの扉を開けてまだ続くようでしたら休みましょう。」
「すまんのう。」
「かたじけない。」
そして通路の先にある二つの扉のうち一つにエミルが手を振れる。
スゥ
そして俺達はその扉をくぐった。
するとその部屋の中心には魔石か水晶のような物が光り輝いていた。たださらに驚くのがそこは部屋と言うにはあまりに広すぎる。中央の魔石までの距離は300メートル以上ありそうだった。
「広っ!」
「本当ですね。」
俺とグレースが感想を述べる。
「小さいおじさんが消えました。」
エミルが言った。
「えっ消えた?」
「ああ、消えた。」
俺が気が付くとモーリス先生とオンジさんが膝をついていた。
「先生!大丈夫ですか?」
「魔力が切れかけておる。そして魔法も使えぬようじゃ。」
「申し訳ありません。私も立っている事ができません。」
二人はかなり参っているようだった。
俺も魔力の減少を感じるがまだまだ問題なさそうだ。
しかし…
「シャーミリア大丈夫か?」
「申し訳ございません。ご主人様。」
「マキーナは!」
「すでに動く事すらかないません。」
何とシャーミリアとマキーナも膝をついた。
《まずいな。ここで敵か何かに襲われたら守りきれるか分からんぞ。》
シャーミリアやマキーナですら膝をついているというのに、エミルもケイナも何事もなかったようにそこに立っている。
「オージェとグレースは大丈夫か?」
俺が聞くとオージェが先に答える。
「ああどうやら少し力が持っていかれるようだな。フルパワーで力は使えなそうだ。」
「グレースは?」
「うん?何とも無いですよ。」
虹蛇には影響がないらしい。
「ラウル、オージェ、グレース。皆を頼む。」
エミルが言う。
「わかった。」
そしてエミルが俺達をその場所に置いて、中心の光る物体に向かって歩いて行った。
するとその時だった。
あの西カルブ山の上空に浮いていた黒い球体のミニチュアが、中心の光る球体の周りに急に出現してクルクル回り始める。
《どうやら武器や魔法は使用させてくれないようだな。》
エミルとケイナだけが何事もなかったように中心に向かって歩いて行く。
スゥ
スゥ
スゥ
するとエミルとケイナが歩んで向かった後ろに何かが出てきた。人型のような岩か何かで出来た人形だった。岩と言うには表面がつるつるしている。
「ゴーレムじゃな。」
モーリス先生が言う。
「ゴーレムですか?初めて見ますよ。」
《いやまてよ…確か魔王城で似たようなオブジェを見た事があるような気がする。》
「部外者は近づくなと言うておるんじゃろう。」
「なるほど。」
「じゃあ仕方ないなラウル。俺達はここで待つとしよう。」
「そうだな。」
オージェが言うので俺はここでみんなを守る事にする。
「ラウルさんもオージェさんも少し顔色が悪いですよ。」
「はは、ちょっと力が半分くらいになったって感じだよ。」
「俺もだ力が半分抜けたようだ。」
「半分って。」
グレースが言うが本当にそうなのだ。力が半分くらい抜けた感じがするのだった。
「グレースは全く変わらないな。と言うか髪の毛が光ってるぞ。」
「本当ですか?またですか?」
「何かに反応してるんだろうな。」
そんなことを話しているうちに、エミルが中央の光る巨大な石にたどり着いたようだ。
なにかを話しているようだがこちら迄は聞こえてこない。
「何と話してるんだろう?」
「分からない。」
中央の光る物体は真っ青に光り輝いて部屋中が青く照らされる。ゴーレムは動かずにただこちらを睨むだけだった。
中央の青い光が点滅し始めた。
その美しい光から誰もが目を離せずにいた。何か引き寄せらるような美しさがある。
シュッキャァァァッァァン
室内が真っ青な光で埋め尽くされてしまった。
「うわ!」
「なんだ!?」
「ひゃぁ!」
咄嗟にファントムにモーリス先生とオンジを守るように指示し、俺がシャーミリアに覆いかぶさり、オージェがマキーナをかばってくれた。セルマ熊は自分で頭をかばって伏せの状態になっており、グレースはセルマ熊に飛びついていた。
《まぶしいな。いつまでこの光は続くんだ。》
数瞬だったのか数時間なのか時間の感覚さえ乱されるような光の渦の中で、俺達はただその光が収まるのを待つしかなかった。
シュゥゥゥ
光が消えた。
真っ青な光が消え、あたりは松明の光で照らされていた。
ガラガラガラガラ
部屋にいたゴーレムたちが崩れ去っていく。
「ゴーレムが。」
すると部屋の中心にあったはずの青く光る石が無くなっていた。
「あの…ご、ご主人様…もう大丈夫にございます。」
シャーミリアに抱きついていたので、シャーミリアが頬を赤く染めて恥じらっていた。セルマ熊は指をパカっと開けて光があった方向を見る。セルマ熊にしがみついていたグレースもチラリと見た。
「ファントム。もう大丈夫だ。」
モーリス先生とオンジをかばっていたファントムが立ちあがるが、まったく見当違いの方向を見つめていた。
「ありがとうございます。」
マキーナがオージェにお礼を言っていた。
「なんでもありませんよ。」
オージェが野太い笑みをにっかりと浮かべている。
奥からエミルとケイナが歩いてくる。
「戻ったか?」
「ああラウル終わったよ。俺はどうやら精霊神を受体したようだ。」
「無事で何よりだよ。」
するとモーリス先生が言う。
「わしも魔力が戻ったわい。」
オンジが言う。
「私も体力が回復したようです。」
そう言われてみれば俺もオージェも回復したらしい。シャーミリアもマキーナも普通に立ち上がっていた。
「エミル。何か変わった事はあるか?」
「いや、特に変化は感じないな。」
「そうか、グレースと同じか。」
「何かは継承しているのだとは思うが今は何も分からない。」
するとモーリス先生が言う。
「ふむ。しかし何か意味があるはずじゃ。そしてそれはこれからの行動で必ずわかるであろうよ。」
「わかりました。」
エミルがモーリス先生に頭を下げた。
「じゃあ戻りましょう。」
俺が言う。
「うわぁ…またあの道のりを戻るのかぁ…。」
グレースがうんざりと言った顔をした。
「グレース。たぶんその心配はないよ。」
「えっ?エレベーターがあるとか?」
「まあついてきてください。」
エミルがみんなを先導して入って来た扉に向かう。エミルが扉に手を触れるとスゥっと引き込まれるように扉が開いた。
「さあ行きましょう。」
その扉からみんなが出ると‥‥
ヒュン
落ちた。
バッシャーン
ザッブーン
落ちたのは俺とグレースだった。
「うわっぷ!」
「な、なんだ!?」
そこは見覚えのある場所だった。
ドッッパーン!
ファントムが大きな水しぶきを上げて落ちて来る。
モーリス先生とオンジさんはシャーミリアが抱きかかえてそっと降りて来た。マキーナはケイナを連れてそっと降りて来た。
「湖??」
ジャッッバァァァァン
一番最後に特大の波が起きる。
セルマ熊が落ちてきたのだった。
「おおお!精霊神様!」
聞き覚えのある声だった。
「長老!」
ケイナが声をかける。
俺達が扉を抜けて落ちてきたのは精霊神の泉だった。