第302話 深夜の洞窟に忍び寄る影
洞窟の手前にあるちょっとした平場で、ファントムが集めた大量の薪が燃えていた。
パチパチと音を立てて木が爆ぜる。
「なんかこっちの世界に来てから、キャンプする事が多くなりましたよ。」
グレースが言う。
「そうだな。コンビニとか無いし野生の獣を焼いて食う事が多いよな。」
「ラウルよ。"こんびに"とは何なのじゃ?」
「はい。調理された物などが手軽に買える店です。」
「屋台という事かの?」
「いえ屋台とはちがいます。調理された食べ物が包装されて置いてあって、持ち運びしやすかったり長期保存出来たりする物が売っているんです。」
「便利なものじゃな。」
「はい。それだけにこの世界の人間より生存能力は低いですよ。」
「なるほどのう。」
パチパチ
ジュゥゥゥ
「レインニードルから余分な脂が落ちてますね。」
「匂いが美味しそうです。」
エミルとケイナが言う。
「グレースが出してくれた岩塩は本当に魔法の調味料なんだよ。」
枝に刺さったレインニードルから脂がしたたり落ちて、香ばしい匂いがあたりにたちこめていた。魚のような感じかと思いきや肉の焦げる臭いがする。
「シャーミリア。周辺に魔獣の気配はするか?」
「いいえご主人様。魔獣どころか生き物の気配さえいたしません。」
「なるほどのう。であればここが神聖な場所の可能性は高いじゃろな。」
「そう言うものですか?」
「そう言うものじゃ。」
焚火の煙も上がっており遠くからも見えるはずだが、何かが近寄ってくる形跡はなさそうだった。
「そろそろですかね?」
「うむ。いいじゃろ。」
焼けてそうなものから手に取る。大量にあるのでみんなが腹いっぱい食べてもまだ余るだろう。
「先生がお先に。もしかしたら散弾銃の弾があるかもしれませんが気を付けて食べてください。」
「お、すまんのう。」
パク
「はふはふ。んーたまらんわい!酒が欲しいのう。」
ゴクリ
俺達が唾をのむ。
「ほれ!焼けたやつからどんどん食ったらよかろう。」
「いただきます!」
グレースがぱくつく。
「うんまい。脂が少なくて淡泊だけど岩塩が効いててうまいです。」
オージェが食う。
「うまいな!こりゃあいくらでも行けるぞ。」
「ははは、いくらでもあるからどんどん食べてくださいよ。」
「グレースのおかげだな。」
エミルが食う。
「おっ!さっぱりしてて身がほぐれて上手い。これポン酢がほしくなるわ。」
「あー確かに!きっとポン酢合うぞこれ。」
俺が言うと皆がうんうん言っている。
「ラウルよ、ポン酢とはなにかの?」
「我々の前世にあった調味料の一種です。醤油という調味料が基本になっており、この世界にもある酢や柑橘系の果物と調味料で味を調えたものです。」
「ほう!味わってみたいものじゃのう。」
「それじゃあ先生!戦争が終わったら…」
「ラウルさん!死亡フラグは言っちゃダメ。」
グレースに言われてハッとした。
「なんじゃ?死亡フラグとは?」
「なんというか迷信みたいなものです。帰ったら結婚するんだとか、戦争が終わった時の俺の夢は、とか言うと死ぬって言う迷信があるんです。」
「むしろその目的のために必死になりそうじゃがのう。」
「まあ本当に死ぬことは無いと思うんですけどね。」
「おもしろい世界じゃ。」
「ははは。」
《きっとこの世界に死亡フラグなんて無いかもしれないけど、なんとなく不吉だし言わないでおくのがベストだ。》
「美味いものですなあこれは。モーリス殿は以前も食べた事があるという事ですかな?」
オンジが聞く。
「そうなんじゃ。西の森に潜伏していた時にも豪雨があってのう、その時わしらは西の山脈の麓で食料回収の為の狩りをしとったんじゃ。その時に襲われたんじゃな。」
「え、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫ではなかったわい。」
「というと。」
「突発的だったので二人死んだかの。」
皆が笑えないエピソードに静かになる。
「なんじゃ?魔獣狩りをしたら、そのくらい起きてもおかしくは無かろう?」
《まあ確かに子供の頃マリアとファングラビットを狩り行った時、マリアが魔力切れで危ない思いをした事があったな。》
「エミルさんは二カルスの森で生まれたのでしょう?森の狩りではそう言う事は無かったのですか?」
オンジがエミルに聞く。
「実はまだ幼かったため、狩りには1度も行った事が無いんです。」
「そうでしたか。」
「あとはエルフの里がありましたから、魔獣以外の食材は里で採れますし危険があればトレントが守ってくれました。」
「狩りで死人は出なかった?」
「そうですね。皆無事に帰ってきておりました。」
「さすがは森の住人じゃのう。人間はそうはいかんのじゃ。」
モーリス先生はやはりエルフの生態を知っているようだった。
「エルフは人間の生存領域に入れば虐げられる事が多いですけどね。」
「二カルス大森林に隣接するバルギウスでは特にそうじゃったろうな。ファートリア神聖国でも人間至上主義の者が大半じゃし。サイナスのような物好きでもない限り、人間以外を認めないであろうからのう。」
「はは、我々魔人は大陸に入る事さえ2000年許されなかったですからね。」
俺が言う。
「そうじゃな。誠に人間という者は身勝手な生き物じゃとつくづく思うわい。ラウルのように幼いころ人間として大陸で生きた者でなければ、魔人達にはその差すら気づかない者も多いじゃろうの。」
「その通りです。皆純粋ですね。」
「ラウルは、そんな差別をなくして平和な世界を築くんだろ?」
オージェが言う。
「ああそのつもりだ。それがこの世界にとって良い事か悪い事かもわからないけどな。」
「わしは面白いと思うぞ!ラウルよどんどんやってくれ!」
「頑張ります!」
俺達が話をしているとグレースが立ち上がってセルマに向かって歩いて行く。
「おーい!セルマぁ!レインニードル食うかあ?」
ぐるる!
「食うそうだぞ!」
俺が通訳をする。
「わかりました。お前も差別なく食いたいよな!」
セルマの前にドサドサと大量のレインニードルが出てきた。
セルマがバクバク食い始める。
ガリポリ
《やっぱり散弾銃の弾が入っているんだな。》
俺達が飯を食い終わり、洞窟を入ったすぐのところに大型のテントを張った。
「セルマはテントのすぐ外にいろ。ファントムとシャーミリア、マキーナは警備を頼む。」
「かしこまりました。」
「はい。」
そしてみんなでテントに入る。
「俺はそんなに消耗していないんだがな。」
オージェが言う。
「いや寝ろとは言わないが、体を休めるだけでもいいだろう。」
「わかった。」
「えっとラウルさん。なんか僕は受体してから全く眠くならないんです。」
「そういえばそうだった。虹蛇は基本眠らないんだ、人間のような作りにはなっていないんだからな。適当に暇つぶししててくれればいいよ。」
「わかりましたー。」
結局寝る人は俺と先生とオンジさんそしてエルフの二人だけだった。シュラフを用意して雑魚寝する。
「なんか護衛が強力すぎて安心だわ。悪いけどがっつり魔力を回復させてもらうよ。」
俺が言う。
「おう。」
「どうぞどうぞ。」
これが人間のパーティーだったら交代で見張らねばならない。
「ふむ。なんだか申し訳ないのう。」
「先生。外の3人は睡眠が必要ないので大丈夫なんです。」
「わかった。」
そして俺達は眠った。俺は大怪我もしたので余計に回復が必要なようで爆睡するのだった。
その夜。
皆が寝静まり俺も爆睡中だったがシャーミリアから念話が入る。
《睡眠中、申し訳ございません。》
俺は目をつぶったまま話す。
《シャーミリアどうしたんだ?》
《それが…何らかの気配がするのですが、実体が全く見えないのです。》
《ゴーストか?》
《いえそれならばファントムか私奴が取り込むまで、それが干渉できないようなのです。》
《わかった。》
俺はむっくりと起きあがった。
「どうしたラウル。」
オージェが声をかけて来る。どうやら暗闇の中でグレースと二人が起きていたようだ。
「何かがいるようなんだが。」
「魔獣か?気配はないぞ。」
「ああオージェ。シャーミリアが言うには魔獣やゴーストの類ではなく、干渉できない物体の様だ。」
「危険なのか?」
「どうかな?」
オージェがこっそりとテントから外に出ていくので俺が後に続く。グレースはビビった顔でテントに残るようだ。外に出るとテントの前にはデン!とセルマが眠っていた。俺達はセルマを起こさないようにそーっと脇を抜けていく。
「暗いな。」
「ああ。」
「シャーミリア。どこだ?」
「こちらです。」
俺達はシャーミリアの声がした方向に歩いて行く。
「シャーミリア。どうだ?」
「それが一定の距離を保ちこちらには来ないようで、洞窟の奥にいて様子をうかがっているようです。」
「わかった。」
俺が洞窟の奥を見ても何も変化が無い。ただただ暗闇がそこにあった。
「皆を起こすべきだろうか?」
「その方が良さそうだ。」
俺がみんなを起こすためテントに入る。するとすでに皆が起きていた。
「どうしたのじゃ?」
「ええ正体不明の何かが洞窟の奥にいるようです。」
「魔獣ではないのか?」
「違うようです。」
テントの中にいても仕方がないのでみんなで外に出ることにした。
「真っ暗なので気を付けてください。」
と俺が言い終わる前にモーリス先生の手からぱあっと灯りがさす。
「光魔法ですか?」
「照らすだけじゃがな。飛ばす事も出来る。」
モーリス先生の手から光が離れスゥーっと洞窟の奥に飛んでいく。しかし洞窟の奥には何もいないようだった。そのまま光が洞窟の天板にくっつき洞窟内を照らす。
「何もいないようじゃが…」
俺達が見ても何もいないように感じる。しかしシャーミリアには何かは感じたようだし、何もないわけがない。
「いえ、そこに何かが居ました。」
ケイナが言う。
「俺も感じた。」
エミルが言う。
「何が居たんだい?」
「分からない。けど俺には見えたんだ。」
「私もです。」
どうやらエルフの二人には何かが見えたようだった。
「ゴーストですかね?」
虹色の髪をした少女のようなグレースが、俺の腕にしがみついてきた。正直なところ林田なら振り払うところだが、グレースの見た目はまだましだったためそのままにした。
「落ち着けグレース。これだけのメンツがそろってるんだし問題は無い。」
「そうですね。」
「います。」
エミルが言う。
「いやあ…俺達には見えないんだがな。」
「わしにも何かがいるように思えんが。」
するとシャーミリアが言う。
「ご主人様。私奴も見えはしないのですが気配は確かにあります。」
どうやら本当に何かがいるらしい。
「エミル、奥に何が居るんだ?」
「それが暗闇に紛れてはっきりとは。」
するとケイナが言った。
「なんとなくですが、おいでおいでしているように見えます。」
「呼んでいるって事かな?」
「ケイナの言うとおりかもしれない。俺にもそうやっているように見えるよ。」
エミルが言う。
「ラウルよ行ってみるべきではないかの?」
「ええ、先生。その前に…。」
「なんじゃ?」
「セルマ…セルマ…起きろ!行くぞ。」
俺達が騒いでいるのにぐうぐう寝ていたセルマ熊を起こす。
《呑気なもんだ。》
くるるるる
「ああ、何かいるみたいなんだ。」
がうがぁ
「うん。一緒にいこう。」
「なんで会話できてるのかが不思議じゃの。」
「とにかく分かるんです。」
「とにかくみんなで着いて行くとするかの。」
「はい。」
俺達は武器も持たずにナブルト洞窟の奥へと進んでいくのだった。
洞窟の先に行くと暗くなるため、モーリス先生が数個の光の玉を浮かべて先に飛ばしていく。次々に天井付近に張り付いて、洞窟内を照らすため危なげなく進むことができた。
「まだ見えているか?」
「ああ、明らかについてこいと言ってるみたいだ。」
《シャーミリア、マキーナ先頭を歩いて最大警戒だ。ファントムはしんがりを務めろ。》
《かしこまりました。》
《は!》
《・・・・・》
俺達の足音だけが鳴り響く静かな洞窟を、得体のしれない何かに導かれるまま黙ってついて行くのだった。