第301話 武器を取り上げられたパーティー
西カルブ山脈の上空に浮いてた謎の球に、大型ヘリが粉々に壊されてしまった。
「エミル。ヘリが無くなっちゃったようにみえるな。」
「だな。」
あの球体は金属的なものを引きつけるようで、機関銃や剣ですら持って行かれるようだった。先ほどからデカいガラスや非金属的な残骸が降り注いで来るため、俺たちはその場所から更に西側の奥へと避難していた。
《ご主人様。》
上空で確認中のシャーミリアから念話が入る。
《どうだった?》
《金属的なものは全て吸収されてしまったようです。》
《そうか。ちょっと視界を借りるぞ。》
《はい。》
シャーミリアの目から見ると至近距離に黒い球が見える。なるほど黒い球に吸い付いていたであろうヘリの部品や剣などは跡形もなく、つるんとした黒い球がぐるぐると回っているようだ。
《シャーミリアとマキーナ。他に何かないか見てこい。》
《かしこまりました。》
《は!》
俺はヴァンパイア二人を偵察に出してこの黒球の他に何かないか探らせる。
「先生。どうやらヘリの部品や剣などは黒い球に吸収されてしまったようです。」
「なるほどのう。あんなデカ物がどこかに入ってしまったのじゃろうか。」
「どういう事なんでしょうね。」
俺とモーリス先生が頭を傾げる。
「あの、もしかしたら僕の保管庫みたいなものでないかと。」
グレースが言う。
「ふむ。」
「可能性はありますよね。」
「そうかもしれんのう。もしかするとこんなところに、あんなデカ物が来ることを想定していなかったのかもしれんがの。」
「剣や槍などの武器を取り上げる為の物体と考えるのが、妥当かもしれないですね。」
「武器を強制的に取り上げる物体ですか。」
「ええオンジさん。申し訳ないのですが、あの剣はもう諦めねばならないかもしれません。」
「致し方ありませんな。」
「家宝などでは?」
「いえ、名剣ではございますがそれほど貴重な物でもありませんので。」
「そうですか。とにかくもったいなかったです。」
「いえいえ、お気になさらずに。」
俺達が考え込んでいるとオージェが声をかけて来る。
「ラウル。とりあえず待機かな?」
「ああオージェ。手がかりかもしれない物が見つかったものの、やみくもに動けるほど安全な土地じゃない。まずは斥候からの報告を待とう。」
「了解だ。では周囲に危険なものが無いか精神を集中しておく。」
「助かるよ。」
《ご主人様。》
シャーミリアの念話が来る。
《どうだった?》
《はいご主人様。いまご主人様達がいる上空の黒い球が、おそらくは1番東に存在する黒球となります。》
《って事は他にもあるんだな。》
《はい、5000メードの等間隔で20カ所ほど円形に浮いています。》
《等間隔で円形にか。》
《はい。》
《なるほど。5キロずつ20カ所ということは円周約100キロか、という事は3.14で割ると直径31キロくらいか。》
《素晴らしいですわ!さすがご主人様です。》
めっちゃ単純計算をしたのを褒められてしまったけど恥ずかしいわ。
《よし戻ってこい!》
《はい。》
ヒューン
ドン!
目の前にシャーミリアがドカンと降りて来た。マキーナが後ろに立っている。
「お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
「さてみなさん。シャーミリアが調査したところあの上空に浮かんでいる球体は、等間隔に20ヵ所に円になって浮いているらしいです。円周は約100キロで直径は31キロあるようです。」
「等間隔に円になっているのは、あそこで回っている黒い球体がかの?」
モーリス先生が上空に浮かんでいるのを指さして言う。
「はいあれが円形に配置されております。特にその場所から動く事なく同じように回っております。」
「それぞれが全く同じように?」
「はい、全く同じものが20ヵ所にございました。」
シャーミリアが答える。
「ふむ。という事はあの球体はある意味、結界のような役割を持っているとみてよいじゃろう。」
「結界ですか?」
俺が聞く。
「武器を持たずに入ってこいと言っておるのじゃろう。」
「なるほどです。」
《あれが結界になっているのか。そこを無視してヘリで通ろうとしたからこんな目にあったんだな。》
「先生。」
グレースが先生に話しかける。
「なんですかの虹蛇様。」
「グレースで良いです。」
「ふむ。ではグレースなにかの?」
「上空のあれは綺麗に円を描いています。巨大な横の円の形はどうなんでしょうね?」
「シャーミリア嬢ちゃん?」
モーリス先生がシャーミリアに尋ねた。
「はい、均等に綺麗な円を描いておりました。」
「それが結界だとして等間隔に置いてあるとなれば、その中心地点に何かがあると考えていいのではないでしょうか?」
「その可能性が高いじゃろな。」
「もしかしたらそこがナブルト洞窟では?」
「そこまでは断定できんが、何らかの関係があるとみてよいじゃろう。」
するとエミルが言う。
「しかしここからは車両にもヘリにも乗ってはいけないですよね?」
「ラウルが召喚したとたんに、また吸い上げられるじゃろうよ。」
「カルブ山脈に侵入する前の土砂降りで出現した、レインニードルなんかが出たら危険ですね。」
「そうなるのう。」
こんなところにくぎ付けになるとは思わなかった、更に避難場所などを探さないとレインニードルは防ぎきれる自信が無い。
俺達が頭を悩ませているとオージェが言う。
「いやいや。大丈夫ですよ横方向に15キロでしょう?」
「ああオージェ。だけどそこまで歩きになりそうなんだ。」
「歩かなくていいじゃないか?」
オージェがシャーミリアとマキーナ、そしてファントムを見る。
「シャーミリアさんが先に中心部分へファントムと一緒に飛んでファントムを置いてくる。俺とマキーナさんがこの場に残るので、あとはシャーミリアさんが飛んで1人ないし2人ずつファントムの所へ繰り返して運べばいい。俺はここで何かが現れたとしても対応する事が出来るし、ファントムも対応できるはずだ。」
「さっすが!オージェさんは賢いです。」
グレースが感心している。
「ふむ。それならかなり危険は少ないし移動もはやいじゃろう。」
確かに考えられる安全で早い移動方法と言えばそれだろう。俺達はオージェの考えた移動方法で中心部分へと移動する事にする。
「ミリア。聞いた通りだまずはファントムを置いてこい。」
「かしこまりました。来なさいウスノロ。」
みんなが一瞬誰の事を言われたのか分からなかった。自分の事を言われたかと思って少しぎょっとしたくらいだ。
もちろんシャーミリアがウスノロと呼ぶのはファントムだけだ。
「ファントムが…ウスノロ…じゃと…。」
「ああ、すみません。シャーミリアはそう思っているようです。」
「そ、そうかそうか。まあ仕方ないのう個人の感覚は違うものじゃし。」
その後すぐシャーミリアとファントムが消える。
ボッ
「いきましたね。」
そしてそれほど待つことなく戻ってくる。
ドン!
「おつぎは?」
「ではオンジさんと俺を先に。」
円の中心部分は何が起きるか分からない。そんなところに戦闘力の低い人を先に送るわけにはいかなかった。
「かしこまりました。」
シュッ!
ブン
視界が思いっきり振られてめまいがする。シャーミリアが飛んで俺とオンジさんを抱きかかえていたが…
オンジさんが失神している。
ドン
俺はファントムが待つ場所に降り立った。
「シャーミリア!オンジさん気絶してるじゃん!だめだって人間をその速度で運んだら!」
「も!申し訳ございません!」
「とにかく俺がオンジさんの気付けをするから次行け!くれぐれも手加減しろよ!」
「かしこまりました。」
バシュッ!
シャーミリアが消えた。
そしてそれほど待つことなく、エミルとケイナを連れて現れる。
スッ
俺達を運んできた時よりソフトリーだが、降り立った途端エミルとケイナがふらふらになっている。
「エミル!ケイナさん!大丈夫ですか?」
「な、なんとか。」
「こ、腰が…」
へなへなへな
ケイナさんが腰を落とす。
ボッ
シャーミリアが消えた。
そしてまたそれほど待つこともなく降り立ってくる。
「ま、マジか…無‥無理無理。」
グレースがよろよろしていた。
「きもちいいのう!シャーミリア嬢ちゃんの速さは凄いのう!」
モーリス先生は全然大丈夫そうだ。
「せ、先生!大丈夫なのですか?」
「ん?何がじゃ?気分爽快じゃが。」
《えっと…このおじいちゃんはいったい…。》
ボッ
シャーミリアが消えた。
シュー
ドン!
次はセルマが落ちて来た。
くるぅぅぅぅ
なんと超ビッグなレッドベアーが目を回している。レッドベアー亜種のセルマにもシャーミリアの高速飛翔はこたえるらしい。あとシャーミリアは飛ぶ事は無かった。
シュウウウウ
ドン!
空からオージェが降って来た。
「えっ?オージェって飛べるの?」
「いや、飛べないぞ。ジャンプして来たんだ。」
「えっ?ジャンプ?」
「ああ、ホップステップジャンプだ。」
「ちょっとまって3歩できたの?」
「そうだが。」
「すげえよオージェ。」
「ああ我ながら凄いと思う。」
トン
遅れてマキーナが降りて来る。
「シャーミリア様ばかりにお仕事をさせてしまい申し訳ございません。」
マキーナがシャーミリアに謝っている。
「ご主人様がそうしろと申したのです。お前がとやかく言う必要はないわ。」
「はい。」
「マキーナ。お前は俺が指示をした時に的確に動いてくれればいいんだ。」
「ヘリでも私が出遅れたばかりにご主人様にお怪我を。」
「マキーナ気にしていたのか?あれはお前のせいじゃないよ、俺の判断があの球体の引き寄せについていけなかっただけだ。お前が気を失った俺を連れて脱出してくれたんだろう?」
「はい。」
「それだけで十分だよ。」
「マキーナ。ご主人様がそう申されているわ御心に感謝なさい。」
「は!」
うーむ。たしかマキーナはシャーミリアの眷属なんだよな。それだけにシャーミリアの前ではマキーナは遠慮がちだ。もっと自主的に行動してもいいのだがシャーミリアの前で出しゃばる行動をしない。
「それでラウルよ。ここなんじゃが…。」
「はい。どうやら目的の地についたようですね。」
俺達の目の前には真っ暗な洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「これがナブルト洞窟という事なんでしょうか?」
グレースが言う。
「この仕掛けと中心にこれがあるという事は、ほぼ間違いないんじゃないのか?」
「ああオージェ。恐らくはここで間違いないだろう。」
「ラウルさん、どうします?」
グレースが聞いてくる。
「まずは洞窟の入り口から少し入ったところで休息を取ろうと思うんだ。」
「ふむ。それはありがたいのう。」
「ラウルすまない、俺達もそろそろ休みたかったところだ。」
モーリス先生とエミルが言う。
「強力な護衛がいるし、洞窟内ならレインニードルの危険も無いだろう。さらに洞窟の奥に進めば休めるところがあるか分からないからね。ファントムとシャーミリアとマキーナは護衛に立ってくれ。」
「かしこまりました。」
「は!」
「・・・・・・・」
「そのまえに、火を起こしてレインニードル食ってみませんか?」
俺が言う。
「おおそれはいいのう!」
「ファントム!薪を集めてこい。」
シュッ
ファントムが消えた。
実はこの時初めてのダンジョンに、俺達日本人組4人は心をときめかせていたのだった。