第300話 謎の黒い球
シャーミリアが飛翔して偵察に出たので、エミルにキングスタリオンをホバリングさせる。
「シャーミリアからの連絡を待とう。」
「了解した。あれはなんだろうね?」
「見当がつかない。」
《なにかあった時の為に、備えていた方が良さそうだな。》
「ケイナさん。ここにパラシュートを置いて行きます。」
ケイナにパラシュートを召喚して渡す。
「パラシュート?」
「ええ機体の外に放り投げられた時に使います。」
そして俺はケイナに一通り使い方を説明する。
「出来れば使いたくないですね。」
「まあ念のためです。」
「わかりました。」
「エミルの分の置いて行くよ。」
「わかった。」
俺は後部で外を警戒している人たちのもとに戻る。
「とりあえずパラシュートを置いて行くよ。」
オージェのところに行って言う。
「先はどんな感じなんだ?」
「12時方向に正体不明の飛翔体だ。」
「なにも気配を感じないがな。」
「そうなのか。ひとまずシャーミリアからの連絡待ちだ。」
「わかった。」
オージェはパラシュートを背負った。
次にグレースのところに行く。
「グレース!パラシュートだ。オンジさんにも教えてあげてくれ。」
「了解です。」
オンジにもパラシュートを渡す。グレースがオンジに使い方を教えていた。
そしてモーリス先生のところに行く。
「先生。すみません。」
「なんじゃ?空中で止まっておるようじゃが。」
「前方に正体不明の飛翔体です。」
「ふむ。」
「先生これをつけてください。」
「おお!これは何じゃ!またおもしろいものかの?」
「人によっては面白くて人によっては怖いものかと、空から降下する途中でこの紐をひくと、袋が開いてゆっくり地上に降りれるものです。」
「なんじゃと!それはぜひともやってみたいのう。」
《やっぱりそう来たか。》
「先生。まあ願わくば使わないで済ませたい所なんです。」
「そ、そうじゃな。使うのはこの機体がダメになった場合じゃろうからな。」
「その通りです。」
「わかった。」
モーリス先生は少し残念そうな顔をした。
「ファントム。お前には必要ないかもしれないが念のためこれをつけろ。」
ファントムにもパラシュートを渡す。ファントムには別に教える必要はない。俺が念話で操作できるからその時が来たらすぐに使えるようになるだろう。
「問題はセルマだが…」
くるぅぅぅ
「大丈夫だ。お前はシャーミリアかファントムにどうにかさせる。」
くるるるる
「大丈夫だって。」
俺はセルマの頭を撫でる。
《ご主人様。》
シャーミリアから念話が入った。
《どうした?なにかわかったか?》
《いえそれが…申し訳ございません。よくわからないのです。》
《分からないか…とりあえず状況だけを伝えてくれ。》
《はい。黒くて大きい球体が10個ほどぐるぐると空中を回転しております。》
《魔獣か?》
《違うかと。無機物のようですが、私奴も初めて見るものです。》
《そうか。では一度ヘリに戻り周辺を警戒していてくれ。》
《かしこまりました。》
俺はモーリス先生に声をかけた。
「先生、ちょっと見ていただきたい物があるのですが。」
「なんじゃろ?」
そして俺はエミルに指示をだす。
「エミル!機体を右に90度回頭してくれ!」
「了解!」
操縦席から返事がある。
キングスタリオンは安定した動きで機体を90度回した。
「先生これを。」
俺は米軍のM24 双眼鏡を召喚して先生に渡した。
「あれはなんでしょう。」
モーリス先生が側部のハッチから双眼鏡で飛翔体をみた。
「ふむ。なんじゃろ?あんな物はみたことがないぞ。」
「先生でも見たことがないですか。」
「すまんのう。」
「いえ大丈夫です。」
俺も双眼鏡で除いてみると、黒い球体が数珠のような形になって空中でぐるぐると円を描いて回っている。
《シャーミリア。球体の大きさは?》
《一つ3メードくらいかと。》
シャーミリアが近くで見た感覚では3メートルくらいの球体らしい。
「先生も機体前方へ。」
「うむ。」
「エミル!また正面に捕らえてくれ。」
「了解。」
俺達が前に行くまでにキングスタリオンの機首は未確認飛行物体に向いていた。
俺はM24 双眼鏡を5つ召喚して全員に渡した。
「みんな。あれなんだと思う?」
するとグレースが言う。
「空飛ぶ円盤?いやっ球体ですね。」
「ああ。どんな動力で動いているんだろうな。」
特に推進器のような物が見当たらなかったのだ。
「ラウル。あれは生きているんじゃないのか?」
「いやエミル、シャーミリアも気配を感じないらしいんだ。恐らくは無機物だと思うんだが。」
「わしは距離がありすぎて気配感知が出来ぬな。」
モーリス先生が言う。
「近づけば分かりますかね?」
「うーむ。近づいたとしても、もともと見た事のないものじゃし何かを解明するまでには至らぬであろうな。」
「オンジさんは分かりますか?」
「申し訳ありません。私も見た事が御座いません。」
そんなことを俺達が話している間も、黒い球体は一定の速度で回っている。
「そもそもあれはナブルト洞窟と何か関係があったりするんでしょうかね?」
「そうじゃな。西カルブ山脈には人が足を踏み入れたことは無いはずじゃ、となれば魔法などによるものではないじゃろうし、精霊神に関係している可能性は高いと思うがのう。むしろその逆で精霊神を妨害している物と考える事も出来るじゃろうな。」
「なるほど。確かにその可能性はありますね。」
俺が言う。
「先生、あれを無視して進むわけにはいかないという事でしょうね?」
オージェが言う。
「我らには目的があるからのう、あれを調査せずに通過してしまうわけにはいかんじゃろうな。」
「グレースは何も感じないかい?」
「はい。残念ながらなにも感じません。」
「じゃあちょっと待ってください。」
俺はシャーミリアに念話を繋ぐ。
《ミリア。視界共有する。》
《かしこまりましたご主人様。》
俺の視界にシャーミリアが見ている物が浮かび上がる。
《あの球体に出来るだけ近づけ。》
《はい。》
バシュゥ
シャーミリアが再び球体に向けて飛んで行った。
「うぐっ」
本気のシャーミリアの飛ぶ視界に血の気が引いた。
《加速がとんでもねえな。近づいてから視界共有すればよかった。》
あっというまに球体に近づいて視界に入って来た。
《いかがでしょう。》
俺は至近距離で見たままをみんなに伝える。
「えっとシャーミリアの視界共有で見た感じ、球体には凹凸が無い完全な球体ですね。黒光りしています。そして等間隔に並んでぐるぐると回転しています。」
「ふむ。何らかの規則性があるという事かの?」
「そうですね。」
するとグレースが言う。
「攻撃したらどうなりますかね?」
「それはどうじゃろうな。敵か味方かもわからん相手にいきなり攻撃するわけにいかんじゃろ。」
「先生の言うとおりですね。無防備に攻撃するのは危険だろうし。」
「確かにそうですね。」
《シャーミリア!いったんこっちに戻って機内に入れ!》
《かしこまりました。》
遠方にいたシャーミリアが速攻で側面のハッチから入ってくる。
《まるで瞬間移動だな。》
「ミリアお疲れさん。」
「ありがとうございます。」
シャーミリアがしずしずと頭を下げる。
「さてどうしたもんかね?」
「もう少し近づいてみるか?」
エミルが言う。
距離にしておよそ3キロ、山脈の上空にくるくると黒光りする球体が回っている。俺達はしばらくそれを見て考え込んでいた。
「あれの下に何かあるとか?」
俺が言う。
「それじゃあ低空から侵入してあの真下に入ってみるか?」
エミルが答える。
「ミリア。あの下に何かあったか?」
「特に何も見当たりませんでしたが、見てまいりますか?」
「いや、どうせみんなで行かなきゃいけなくなりそうだ。このままヘリで行く事にしよう。」
俺が言うとエミルが早速機体高度を落とし始めた。
「低空で侵入する。」
エミルが俺達に向かって言う。
皆がコクリと頷いた。
キングスタリオンは山脈の山頂すれすれを前進していく。
「まもなく真下に入ります。」
エミルが言う。
ヘリの上空にくるくると回っている黒光りする球体。
するとヘリのフロントの視界がどんどん上に上がっていく。
「エミル。ヘリを上昇させているのか?」
「いや!下降しているはずだが引っ張られている!」
《ヤバイ!何かにひっかかったかもしれない!》
「エミル!後部ハッチを開けてくれ!ファントムはモーリス先生とグレースを外に!シャーミリア!エミルとケイナを連れて外に飛んでくれ!オージェはセルマとオンジさんを頼む!」
開いた後部ハッチから風が入ってくる。
ファントムがモーリス先生とグレースを脇に抱えて側部ハッチから外へ飛び出した。オージェがセオンジさんを脇に抱えセルマを押して後部ハッチから飛び出る。エミルとケイナは消えるようにシャーミリアから外に連れ出される。
俺が遅れて後部ハッチへ走り込み外に出ようとしたときだった。
グルン!
機体が思いっきり回転し始めた。
俺が飛び出す寸前だったので後部ハッチに頭を強打した。
ガン
「つっ!」
俺は意識を失った。
・・・・・・・・・・・
遠くから声が聞こえる…
「ラ‥ウル‥ラウルよ…。」
「‥じんさ‥ごしゅじ‥ご主人様!」
「おい!ラウル!おい!」
薄っすらと目を開けていく。
「ラウルよこれを口に含め!」
……
どうしたんだ…体が動かない。
「ダメじゃ!飲まん!」
「お貸しください。」
シャーミリアの声が聞こえる。
薄っすらと目の前にシャーミリアの顔が近づいて来た。
ゴクリ
俺の喉を何かが通ってくる。
ピクッ
「ぷっはぁぁぁぁぁ!」
「おおラウル!」
モーリス先生が叫ぶ。
シャーミリアが手で瓶からエリクサーを口に流し込んできた。
ゴクゴクゴク
シュゥシュゥ
俺の体のどこかから光が漏れているらしい。
「ラウルよ大丈夫かの!!」
「せ、先生。」
はっきりしてきた。
「み、皆は!」
俺が、がばっと起きあがった。
「お前のおかげで皆無事じゃ!」
「ラウル大丈夫か!?」
「ラウルさん!」
「俺達を覚えているか!?」
「ああ、先生にエミルに、グレースにオージェだ。」
「ふぅ。よかった。」
オージェがため息をつく。
「ヘリはどうしたんです!?」
皆が上を見上げる。俺も上を見上げるとなんと、遥か上空でヘリがぐるぐると回っている。
「え?あれは?」
「ヘリが吸い寄せられてくっついたんだ。黒い球と一緒に回ってる。」
「磁石か何かなのかな?」
「そうかもしれない。」
皆が俺を心配そうに見ている。
「俺はどうしたんだ?」
「ああ、一番最後にヘリを出ようとして頭を強打したらしい。」
オージェが教えてくれる。
「あたまを。」
「頭蓋が変形しておったぞ。」
「頭蓋が?」
「最後のマキーナがラウルを引っ張り出して連れてきてくれたんだ。」
「そうだったのか。」
「ああモーリス先生がまるまる1本エリクサーをぶっかけて、シャーミリアさんが口移しでエリクサーを飲ませたんだ。」
エミルが説明してくれた。
「え!シャーミリアが!おまえ口大丈夫か!?」
シャーミリアにエリクサーは劇薬だった。それを口に含んで俺にのませたようだった。シャーミリアの口から煙が出ている。
「…ごしゅしんしゃま。まもなくなおりゅとおもいまふ。」
「ミリアごめんな!痛かったろう!」
「‥いいえ、ごしゅしんしゃまのためでしゅから、だいひょうぶでしゅ。」
シャーミリアの美しい口の周りが焼けていた。やはりエリクサーの火傷なので治りが襲いようだ。
俺がシャーミリアの頬に手を差し伸べた時だった。
「みんな逃げろ!」
オージェが叫ぶ。
上空からボロボロになったキングスタリオンの残骸が落ちて来る。どうやら黒い球からはがれた機体の一部分が降って来たらしい。
「ファントム!蹴散らせ!」
するとファントムがビュンと消えて上空に出現する。横なぎに巨大な残骸を蹴り飛ばした。
ボッゴォン!
ドン!
蹴り終えたファントムが降りて来た。
「ふう。焦った。」
上空の玉は相変わらず回り続けていた。
「残骸の量がすくないようだ。」
「どうやら球体に吸い込まれたらしいんだ。」
「あれは一体何なんだろう。」
するとオンジが言う。
「実は我の剣も吸い上げられてしまいました。」
「剣もですか。」
「ラウルよ、何か銃を出してみてくれんかの?」
モーリス先生が言う。
「はい。」
俺はFN MAG機関銃を召喚してみる。
シュッ
「えっ!」
FN MAG機関銃が空中に舞い上がって昇っていく。
「どうやら金属的なものは全部吸い寄せられてしまうようだ。」
「っと言う事は、俺の武器は封印ってことですか。」
「そうなるじゃろうのう。」
こんな危険な山脈でいきなりの武器封印。
俺達はいきなり窮地に立たされるのだった。