第290話 大きな過ちと罰
俺はシャーミリアに連れられフラスリア領に向かって飛翔していた。
昔ならここまでの超高速飛行に耐えられる体ではなかった。今は魔力で身体強化できるため耐えられるし、Gによる血流の偏りも起きないようにできていた。
ただ…俺の格好は異様だった。
航空用のヘルメットと酸素ボンベを召喚してつけている。この高高度と速度で呼吸が出来ずに死んでしまいそうだったからだ。
《シャーミリアが本気出したら死んじゃうかもしれないけど。》
普通の人間がシャーミリアと飛んだら体がもたないだろう。どんな屈強な人間でもこれに耐えられるはずがない。俺は魔力で身体強化しているから耐える事が出来ているが、それでも気を抜かないようにしていた。
《ファートリア神聖国の領空は飛ぶなよ。》
この世界で国家がその領空に対して有する権利などは無いと思うが、上空にもなんらかの危険があるかもしれない。万が一のためにも避けて通るのが安全だ。
《かしこまって御座います。》
高速飛行時は普通に会話していたのでは聞こえないので、近距離でも念話で話すようにしている。
《しかし上空から見るとこの世界は果てしないな。》
《はい、私奴もそんなに遠くまでは行った事がございません。》
《何千年も生きているのにか?まあミリアはそういう好奇心があるタイプでもないしな。》
《ご主人様が行きたいと言うならどこまでもお供しますが。》
《ああ、いつかは行ってみたいものだな。》
《はい!》
うれしそうだ。
シャーミリアとのランデブーは3時間程で終わりフラスリアが見えてきた。
間違いなく輸送ヘリの何倍も早い。あの不可思議なニカルス大森林を易々と飛び越え、荒野を進み山を越えてもうフラスリアに着いてしまった。やはり高速移動ならシャーミリアがトップクラス能力を持っている。
《みんながいる場所は分かるか?》
《もちろんです。》
ほぼ減速せずに地表まできて血の気がひく。
「くっ!」
つい声が出てしまった。
着地寸前に、いきなりソフトリーになってフワッと地面に降り立った。
《ミリア。もう少し手前から減速してもらえたらうれしいな。》
《えっ!申し訳ございませんご主人様!なにか問題でもございましたか!?》
《いや、だって怖いもん。》
《申し訳ございません!私奴としたことが配慮が足りておりませんでした。》
《ま、まあいいんだ。そして戦闘時はむしろこのくらいの勢いで良いよ。》
《時と場合をわきまえるようにいたします。》
《でも助かったよ。おかげでこんなに早く来ることができた。》
《そんな、恐れ多いです。》
すでに俺たちを見つけていたのだろう。魔人達が俺を迎えに出てきてくれた。そんなに期間はあいてないのにずいぶん長い間、会っていなかったように感じた。
「ラウル様!」
一目散に駆けつけてきたのはカトリーヌだった。
「コホー、コホー」
《あ、パイロット用ヘルメットとボンベ付けてたんだった。》
ガバっとヘルメットを脱ぐ。
「カティ!」
「よくぞ!よくぞご無事で!」
カトリーヌはポロポロ涙を流して俺の手を取った。
《かっかわええ〜!やはりイオナの姪っ子だけあって、美しさと可愛らしさを兼ね備えている。そこにしおらしさが合わさって最強かもしれない!イオナと同じ綺麗なブロンドヘヤーと真っ青な目が神秘的だ。》
《ご主人様。それでは今宵はカトリーヌと。》
《おいー!シャーミリア!なにいってるんだぁ!》
《申し訳ございません!そういうことなのかと。》
うーむ。久しぶりで念話の切り替えがまだうまくいっていないようだ。シャーミリアに筒抜けってことは他の魔人にも…
「ラウルさまぁ!」
ティラが駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました!」
カララが言う。
「ご無事で何よりです。」
ルフラも近づいて来た。
「皆が心待ちにいたしておりましたわ。」
セイラもしずしずと歩いて来た。
「よくぞご無事で!本当によかった!」
ルピアが半泣きで近づいて来た。
この世の者とは思えないほどの美女軍団に囲まれてしまった。
「ラウル様なら問題は無いと思っておりました。」
眉毛の無いスキンヘッドのおっかないおっさんが声をかけてきた。
「ふはははは。ラウル様は相変わらず愛されておりますな!」
世紀末の王様みたいなおっさんが、おっかない顔で声をかけて来る。
日本人的感覚でドラン(ヤ〇ザ)とミノスが怖い。こんな人たちが俺の部下なんて信じられない。
そして黒髪ロングのクールビューティーが跪いている。
「帰還をお待ちいたしておりました。ご主人様。」
マキーナは相変わらず氷の微笑だ。
そしてちょっと離れたところで、どこかを見てファントムが立っている。
「いやあ!お前たちに会いたくて仕方がなかったよ!ほんっとに大変だった。お待たせしてしまって申し訳なかった。」
魔人達はみんな本当に俺の事を心待ちにしていてくれたらしい。系譜を通じて心から喜んでいる事が伝わってくる。
「いろいろと大変でしたよ!ラウルさん!」
オージェが声をかけてきた。
「おお!オージェさん!すみません私の配下達がご迷惑をおかけしたようです。」
「いえいえ。生まれて初めて本気で自分の力を出す事が出来ました。」
「怪我をなされたという事ですが。」
「カトリーヌさんから治してもらいました。腕を折ってしまい指も欠損してしまいましたが、元通りに治るなんて驚きですよ。」
「それは申し訳ございません!」
俺はオージェに90度腰を曲げて頭を下げる。
「いえ!ご主人様!私が暴走してしまったのがすべての原因です。あまり覚えては無いのですが、どうやらオージェ様にお怪我をさせてしまったようで、ファントムもろとも滅してくださいませ!マキーナは仕方なくやったまで、どうか彼女はご容赦いただければと!」
シャーミリアが慌てて謝ってくる。
するとオージェが言う。
「いやいやいや。本気で手合わせをしただけではないですか!シャーミリアさんとファントムさんとマキーナさんの連携があれほどのものとは思いませんでした。確かに他の魔人様達が駆けつけてくれなければ、どうなったのか分かりませんが結果は皆が無事でしたし。私は何も思っておりません。」
するとカララが言う。
「ラウル様の事となったら見境がつかなくなるその性分をどうにかしたほうがいいわ。」
「うぐぐ。わ、わかったわ。ご主人様!どうか私奴とファントムを処分してください!」
「いや、オージェさんも水に流すと言ってくださってる事だし、非常時だったというのもあるし処分と言ってもなあ。」
俺が言うとルフラが言う。
「でもラウル様!それでは他の魔人達にも示しがつかないかと思われます。たしかにシャーミリアの気持ちは私もわかりますけど、やっていい事と悪いことくらい分かりますよ。」
するとオージェが言う。
「いやあ。そういうのやめましょうって!シャーミリアさんだって悪気があった訳でもないでしょうし!」
「悪気が無いから問題なのです。」
ルフラが言う。
《うーむ。どうしよう…どうやら揉めちゃってるみたいだ。このタイミングで魔人達の間に亀裂が入るのはいただけないな。》
すると魔人達の後ろの方からエミルとケイナが歩いて来た。
「おお!ラウル!戻ったんだね!」
「おお!エミルが機転を利かせてくれたようで助かったよ。」
「ギリギリで間に合ったんだ。ヘリで上空から戦闘を見ているつもりだったけど、戦いの余波でチヌークが墜落してしまったよ。」
「エミルにも迷惑をかけてたのか。申し訳ない。」
「ラウル様どうするのです?」
カララが言って来るが俺は処分や処罰はしたくなかった。でも魔人達はそれでは許されない雰囲気だ。
《どうしよう。》
「とにかくシャーミリアには反省していただかないといけませんわね。」
温厚なセイラまで言い出した。
まあそれほどまでに大変な事だったのだろう。とすれば何かシャーミリアに罰を与えなければ収まらない感じがするな。
《えっと、シャーミリアが嫌な事。シャーミリアがへこむ事。》
ピーン!
「わかった。それじゃあこうしよう。」
場にいるみんなが俺に注目する。
「シャーミリアやファントムが暴れたのは、全て魔王子である俺の責任だ。というわけでシャーミリアとファントムを処罰するのであれば、俺も含めて処罰してもらわなければならない。俺も同じように罰してくれ。」
ざわっ
魔人達がどよめいた。
「そんな、それはいけません!」
カララが言う。
「そうです!ラウル様が罰を受けるなどおかしいです!」
ルフラが言う。
「なぜラウル様が罰を受けねばならないのです?」
ルピアが言う。
「その通りでございます。ラウル様に罰が与えられる事を魔人は誰も望みません!」
セイラが言う。
「いーやダメだね。エミルとオージェさんならわかりますよね?部下の不行き届きは当然上官の責任です。」
「はい。私はそう思います。」
「その通りですね。」
エミルとオージェが俺の話に乗ってきてくれた。
「そんな・・・」
「無理です・・」
「何でそんなことを・・」
「ダメです・・」
魔人達に動揺が走る。
「いーや!ダメだね俺に罰をくれないと。」
「それだけはお許しください。」
「ラウル様に罰を与えるなどと。」
「恐れ多くて震えてしまいます。」
「考えるだけでもおかしくなりそうです。」
カララもルフラもセイラもルピアもそれだけは出来ないようだった。
「じゃあシャーミリアお前が俺を殴れ。」
「ご主人様を!!!そんな、それだけは絶対に出来ません。それなら私は消滅したほうが楽です!」
「そうか。ならもし次に自分を見失うような事があったら、俺を全力で殴らなければならないという罰にする。皆それでどうだ?」
「は、はい…」
カララがしぶしぶ言う。
「ラウル様がお決めになったのならば。」
ルフラもいやいや言う。
「寛大な心に感謝いたします。」
セイラがやさしく言う。
「そんな辛い事が待ってるならシャーミリアももうしないよね?」
ルピアがすこし温情をかけて言う。
「ではそういうことで!一件落着ということですね!」
オージェが豪快に言った。
「そうですね。それなら皆も納得じゃないですか?じゃ次にシャーミリアさんが自分を見失ったら、ラウルを往復ビンタするで良いんじゃないでしょうか?」
エミルが言う。
「わかりました!私奴はもう2度と自分を見失うような事をいたしません。常に冷静にご主人様の事を考え、絶対に粗相をしないように約束します!だからご主人様をビンタなどと、その様な事をさせないでいただきたいです!何卒!何卒!」
シャーミリアが土下座してみんなに謝っていた。
「しかたないわね。気をつけなさいよ。」
「本当よ。ラウル様をビンタするような事の無いようにね。」
「厳しい罰を受けたわね。これから十分気を付けるように。」
「本当だわ。気を付けてくださいね!」
どうやらシャーミリアは許されたようだ。
そして、ファントムはそんなことはどうでもいいとでも言わんばなりにどこか遠くを見ていた。
《おい!お前も少しは気にしろ!》
と思ってやつを見るが、ファントムには通じるわけもなかった。