第286話 最初の晩餐
グレースをつれて俺はみんなが待っている部屋のドアを開ける。
既に夕方になっているのでランプが灯され、部屋の中がやさしい光で包まれている。
部屋に入るとどうやら皆が俺達を待っていたようでまだ立っていた。虹蛇だけは美味そうに料理を食べ、丁度マリアが虹蛇のティーカップにお茶をそそいでいる。トラメルやケイシー神父はおろか、カゲヨシ将軍だってまだテーブルについていないのに一人だけ上機嫌で食べているのだ。
「あ、僕に会わせたい人って?」
「ああグレース。そのパイ食ってる人だ。」
「僕と同じ髪だ。」
「ああどうやらグレースの肉親らしいんだが。」
「もしかして卵産んだ人?」
「そうらしい。」
虹蛇以外のみんながグレースと虹蛇を見比べて驚いている。顔の感じと髪色が似ているからだ。虹蛇の方がちょっとお姉さんぽく見える。
「おお!化身よ!よくぞ無事であったな。」
虹蛇がスープを飲みながら言う。
「あ、はい。僕はグレースと言います。」
「我は当代の虹蛇だ。今まで苦労したのじゃろうな。」
「いえ楽でした。」
そうグレースが言うのもわからんでもない。前世では超ブラックIT企業に勤めていたのだが、グレースが言うには、この世界で奴隷をやろうがバルギウスの大隊長をやろうが、それほど辛くもなかったらしい。
「そうか。」
すると虹蛇が周りを見渡す。
「皆まずは席につかんか?」
虹蛇が席に着くように促した。
何故か将軍やモーリス先生達まで立って虹蛇が食うのを見ていた。大きく長めのテーブルには椅子が20あり料理も人数分並べられている。それなのに虹蛇だけが一人で食っていたのだった。
「皆様!虹蛇様もこうおっしゃっておりますので、同席させていただいて良いかと思います。」
「ラウルちょっと。」
「はい。」
俺はモーリス先生が来い来いするので部屋の端にいく。
「おぬしはよくわかっておらぬかもしれぬが、あれは本物の虹蛇様じゃぞ。」
「ええそう聞いております。」
「五神体の一柱なんじゃが?」
「そのようですね。」
「わしらが虹蛇様と同じテーブルで飯を食うてよいのかのう?」
「いいんじゃないですか?本人も良いって言ってるし。」
「この世界の創造主の一神なのじゃが…。」
「そうらしいですね。わがままな人ですが気取らないところが好感が持てます。」
「人ではない。」
「あ、そうそう虹蛇です。」
「ま、まあよい。将軍は承知の上で同行してきたようじゃが、サイナス達はアトム神を信仰するファートリア神聖国の者じゃからのう。さすがにその神と同格のお方と席を一緒にするなど抵抗があると思うぞい。」
「あー!そう言う事ですか!それもそうですね!分かりました!」
俺はモーリス先生から言われて虹蛇のところに行く。
「虹蛇様。皆が虹蛇様と同じ食卓に着くのが恐れおおいとの事です。」
「ん?なんでじゃ?ラウルやケイシー神父など我と一緒におやつを食った仲だが?」
するとサイナス枢機卿と聖女リシェルがジト目でケイシー神父を見る。
「い、いや!申し訳ございません。同じ旅路でしたので致し方なく、大それたことだとは思いつつも狭い空間でそうするしかなかったものですから!」
「ケイシーよ後でじっくり話をせねばならんようじゃの。」
「は、はい…」
ケイシー神父のテンションが駄々下がりだ。
「まあまあ。我はアトムとは仲が悪いわけでもないのじゃし良いではないか!アトムの信徒だからと我は差別などせぬぞ!とにかく一人で食うのは味気ないのじゃ!はよ座らんか!」
半ば強制的に言われ皆が恐縮しながら座る。
「カゲヨシもカゲヨシじゃ。我のパンを食うたではないか、いまさら同じ卓を囲むことを拒むこともあるまいて。」
「は!それではお言葉に甘えて同席をお許しください。」
カゲヨシが座るがかなり下座だ。
「将軍様!将軍様はもう少し上の方へ!」
サイナス枢機卿が言うとカゲヨシ将軍が首を振る。
「いやいや。わしはこのあたりで十分です。」
「で、では私はこのへんで。」
「それでは我も。」
「ではわたくしはその更に下座に。」
「私はこちらに立たせていただきます。」
虹蛇が上座の誕生席のようなところに。そしてその全く反対側の下手の方に全員が座った。
「なんじゃ?そこに料理は並んでなかろう!」
虹蛇の言うとおりだった。
《うわぁなんか面倒だなぁ。株主総会の席順を譲り合ってるみたいな。》
「あのー虹蛇様もおっしゃってますので私が席を決めさせていただきます。グレースは虹蛇様の隣に、カゲヨシ将軍様がその逆側の隣に、サイナス枢機卿はグレースの隣に、聖女リシェルはサイナス枢機卿の隣に、カーライルはその隣に、ケイシー神父はその隣に、モーリス先生はカゲヨシ将軍の隣に、トラメルはその隣に。」
独断と偏見で席順を決めた。
「ラウルよおぬしはどこへ?」
モーリス先生から聞かれる。
「私は一番端に。」
「おぬしは魔人の王子じゃろう。」
「まあ皆さん私からすればお客様ですから。」
すると虹蛇が言う。
「座る場所などどうでも良かろう!あとラウルの配下もカゲヨシの配下も座るがよかろう。」
「我々は。」
ギレザムが言いかけるので俺が口をはさむ。…面倒なので。
「虹蛇様がああ言ってるんだギレザムとアナミスもすわろう。シャーミリアは食べないし適当にしてていいよ。」
「わかりました。」
「はい。」
「恐れ入ります。」
「じゃあ影衆の皆様も!」
それでも影衆達は座らない。
「お前たちも座るがよい。虹蛇様がおっしゃるのだ。」
カゲヨシが言うと影衆は頭を下げて座る。
俺がマリアをおいでおいでして呼ぶ。
「はい。」
こそこそ話で言う。
「みんなの分の料理あるの?」
「ええもちろんでございます。お客様が来ると聞いておりましたので十分な量をご用意しております。」
「そりゃよかった。頼める?」
「もちろんでございます。」
「では私もマリアを手伝いましょう。」
シャーミリアが言う。そしてマリアとシャーミリアが部屋を出ていった。
「では皆がそろい次第会食を始めましょう。」
「そうじゃな。」
虹蛇が言う。
暫くするとマリアとシャーミリアが食事を運んできた。
久々の豪華な食事に俺もつい喉を鳴らしてしまう。セルマ直伝のパイとタラム鳥のシチュー、そしてワイングラスが並べられ酒が注がれる。
「うほ!これもうまそうじゃな!」
虹蛇がシチューを見て言う。
「ぜひ食べてみてください。」
ズビー
《おお!なんと下品な飲み方だ!》
虹蛇に礼儀作法など無いに等しい。だが本当に美味そうに食うので皆が喉を鳴らす。
「なぜ!我が食べるのをまっておるのじゃ?皆も食おうではないか!」
「それでは。」
ファートリア神聖国の4人が祈りを捧げ始める。
カゲヨシ将軍と影衆は目の前で手を合わせて言う。
「いただきます。」
それを見て皆がナイフとフォークで料理を食べ始めるのだった。
「うまい!」
カゲヨシ将軍が一口食べて言う。
「ありがとうございます。」
マリアが頭を下げた。
「そうじゃろ!」
虹蛇が嬉しそうに言う。やっぱり食事は一人でするよりみんなで食べたほうがおいしいらしい。
「ええ。これは本当に絶品です。」
トラメルが言う。
「我らもこれが楽しみで仕方がないのですよ。」
モーリス先生が言う。
「これをしょっちゅう食べれるなど贅沢の極みじゃろう。」
「ええ虹蛇様。この至福の時を与えて下さりありがとうございます。」
「我が作った訳ではないぞ?」
「はい。それは分かっております。この世界に生きられることに感謝です。」
「そうかそうか!年の功じゃな。」
モーリス先生が虹色の髪をした若い女に褒められているのはなかなかシュールだ。
《虹蛇に性別はないけど。》
「私も虹蛇様とのこのような素晴らしい時間を頂戴し誠に光栄でございます。」
サイナス枢機卿が畏まった言葉でお礼をのべている。
「うむ。おぬしらはこのラウルと違いよくわかっておるようじゃ。」
《虹蛇が俺の事を悪く言っている件。》
するとモーリス先生が虹蛇に謝る。
「それは申し訳ございませんでした。私の教え子としてまだまだ教えておらぬこともございまして、未熟ゆえ無礼を働いたかもございません。ここに謝罪申し上げます。」
「ははは!謝罪などいらぬぞ。この者は我と化身を結び付けるさだめを持っておる。しかもどうやら魔神の加護か…いや何かしらの影響を受けているように思う。無礼だとも思わぬしな。」
「それは寛大な御心痛み入ります。」
「苦しゅうない。」
《何だろうモーリス先生が畏まっている。虹蛇ってすっごく偉いのかもしれないな。そういえば俺ってば間違って虹蛇の腹の中で榴弾をぶっ放したっけ。無礼と言えば無礼かもしれない。》
「そしてそこの者。」
「はい。」
聖女リシェルが虹蛇に声かけられる。
「おぬしはアトムの加護が色濃く出ておるようじゃ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「よほど敬虔な信徒なのだろう。じゃが我もアトムもそんなに真面目に拝む者でもないわ適当にせい。」
「は、はい?いえ私はまだまだ未熟ゆえ、私の全てを捧げても捧げ足りぬと思っております。」
「うむ。しかしな、自分の人生をもっと謳歌してもいいのだぞ。アトムならそういうに違いない。」
「そのような事が…」
「あるある。」
「あの…サイナス様?」
聖女リシェルがサイナス枢機卿に助けを求める。
「うむ。虹蛇様の神託じゃ、自分の人生を見つめ直すのも良かろうて。」
「か、かしこまりました。それでは私なりに考えてみようと思います。」
《なんだろう。神様が他の神様の信徒に向かって、真面目過ぎるから適当にしろとか言っちゃうんだ。神様のスタンスってそんな感じなのかね?なんか心が広いって言うかいい加減と言うか。》
もぐもぐ
そんな会話を何も気にしないように一人パイを食ってるやつがいる。
グレースだ。
すると虹蛇がグレースを見て言う。
「おぬし、化身であるがなんじゃろ?何というか…うむ。」
「へっ?何ですか?」
「我が産み落とした卵からかえったのじゃよな?いや間違いはないな。しかし何というか…。」
「なんでしょうか?」
「ラウルと似たような何かを感じるのだが、なんと言い表していいのかわからん。」
《ギク!》
《ギク!》
俺とグレースが同時にギクッとする。
おそらく虹蛇が言っているのは、二人が異世界から来たという事じゃなかろうか?
「僕とラウルさんが似たような?それはきっと仲の良い友達だからじゃないっすかね?」
「そういうのとは違うのじゃが…まっいいや。」
《ほっ》
《ほっ》
俺とグレースが同時にホッとする。
べつに虹蛇にならばれてもいい感じがするのだが、ここに居る人間たちにはなんとなく知られたくないので深く追求されたくはなかった。
「それで虹蛇様はどうして僕に会いに?」
「どうしてって、そりゃ我はおぬしの親であるから当然であろう。もちろん目的があってここに来てはいるがな。」
「目的ですか?」
「まあ良いではないか。まずはこのマリアとやらが作った極上の料理に舌鼓をうとうではないか。」
「あ、じゃおかわり。」
「かしこまりました。」
マリアが脇のトレイに乗っているパイを切り分けてグレースの皿と交換する。
《凄い!林田は前世から変わってない!どんなに偉い人がいても動じない神経。》
グレースはこの状況にもかかわらずもりもりと料理を食うのだった。
なんだかんだ言ってみんなでほのぼのと料理を食ってる。俺が想像していた再会とは何かが違うが虹蛇らしい雰囲気でとても安らぐ。まったくピリピリ感が無くて居心地が良かった。
《これが虹蛇の力なのかもしれないな。マイペース力っていう力。》
俺は俺なりに失礼な事を考えているのだった。