第285話 二カルス大森林駐屯基地
さらに大森林を北上し、道から外れた森の中に魔人軍基地があった。
「なんと!これほどの物を二カルスの森に造るとは。」
カゲヨシ将軍が驚いていた。
魔人軍基地にはすでに多くの建物が建てられており、広大なヘリの発着所も設けられていた。さらにその街にはすでに多数の魔人がいたのだった。建築物の技術がかなり向上している事にも驚く。
「本当ですわ。二カルス大森林に町があるなど聞いた事もないですわ。」
トラメルも驚いているようだった。
人間が足を踏み入れる事すら難しい森に、基地を作るなど想像をはるかに超えているのだろう。
魔人達は俺が消えていた間も着々と任務を遂行してくれていたらしい。
《戦略を計画通りに進め、忽然と消えた俺の帰還を待っていてくれるなんて、俺をどんだけ信頼してるんだ。》
そしてもう一つ気がついたことがあった。
「この地は伐採したわけじゃないよな?」
俺がギレザムに聞いている。
「はい。大きなトレントが来まして、ここは既に森の木々が焼かれて無くなってしまったからと勧められました。すでに更地になっておりまして基地建設が順調に進みました。」
「ここに来る前にも同じような円形の場所を見た。これたぶんインフェルノで焼かれた跡だよ。」
「そうだと思いました。エミル様のお仲間のエルフ達が来て大勢の森の住人が殺されたと言っておりました。」
「屍人いなかった?」
「いましたが二カルスの主が全て消してしまいました。」
「そうなのか。じゃあ魔人基地設営の為にどこかに動かしてくれたのかもしれないな。」
「ええ。おかげで戦闘せずに基地の設営をすることが出来ました。」
《まえの場所には大量にいたけどね。こんな場所があちこちにあるのだろうか?》
「それで鏡面薬使って調べてみた?」
「もちろんです。この場所を含めかなりの範囲で調査しましたが、魔法陣が設置されている場所はありませんでした。ここのインフェルノも既に作動済みの様で魔力の残滓も確認できませんでした。」
「まさか敵も自分たちが焼いた後に、俺達が基地を作るなど思ってもみないだろうな。」
「まったくです。それではラウル様専用の建屋がございますので参りましょう。」
《しかしこの基地は凄い近代的だ。木造ではなく素材はまるでコンクリートのようだが、いったい何で出来ているんだろう。恐らくはミーシャが開発した素材なんだろうな。》
建物の間を歩いて行くとひときわ大きな建物が見えて来る。
すると虹蛇が言ってきた。
「あの中におる。」
「なにかお分かりになりますか?」
「もちろんだ。化身の気配は我の一部のようなものだ、すぐにわかったぞ。」
ギレザムについて行くと俺が駐留するのもその大きな建物のようだった。
「それではこちらにお入りください。」
ギレザムが玄関を開けて皆を中に入れてくれた。するとマリアとモーリス先生が先を歩いて俺達を案内してくれる。ゴーグはここまでの途中でどこかに行ってしまった。
「それでは将軍ご一緒に。」
「お邪魔する。」
影衆は将軍の周りを囲むように歩いているが、相当ピリピリしているようでかなり警戒しているのが伝わってくる。
「えっと影衆の皆様もう大丈夫ですよ!この建物に居るのは私の恩師や旅で知り合った仲間達です。この建屋内の魔人はギレザムとシャーミリアとアナミスだけですし、ここまですれ違った魔人も全て私の配下ですから危険などございません。」
「はっはっはっ!ラウル殿がそういうておるのじゃ、お前たち警戒を解いて良いぞ!」
カゲヨシ将軍が言うが影衆は気が抜けないようだった。全身からピリピリした空気が伝わってくる。
「はは!ラウル殿よ!仕方あるまい。ここに来てから見る魔人は我々が束になっても敵わぬ、言わば化物の巣窟じゃ。わしも先ほどすれ違った鬼なぞ震えが来たわい。だたそこの3人に比べればそれほど驚く事もないがな。」
「ああギレザムとシャーミリアとアナミスの事ですか。彼らは何度も進化を経てますしね。でも私に一番身近な配下なのですよ、彼らこそ私の心を全てくみ取って動いてくれる気心しれた奴らです。ご安心いただいてよろしいかと思います。」
「安心しろか。わしからしたらそちらの者一人で、シン国が滅ぼされるであろうことは容易に想像がつく。この者たちが落ち着かぬのも無理はない事よ、わしを守るためについて来たのじゃからな。」
するとモーリス先生が言う。
「まあまあラウルよ、これには慣れも必要じゃて。とにかくまずは皆お疲れであろう。一服してもいいのではないか?将軍様もぜひマリアの焼いたパイを食べてくだされ。」
「おお!北部の料理ですか!それは楽しみですな。」
そして俺達はマリアの後ろについて大きな扉を開け部屋に入る。
部屋に入った瞬間、意外な光景が目に飛び込んで来た。
「えっ?」
「素敵だわ。」
「軍事基地とは思えん。」
俺とトラメルとカゲヨシ将軍が驚いている。ケイシー神父はポカンと口を開いたままだ。その部屋はまるで貴族の屋敷の応接室のようになっていた。この装飾といいカーテンやテーブルクロスなどどこから持ってきたんだという疑問さえおこる。
「ギル。この装飾品はどうしたんだ?」
「グラドラム産ですよ。全てグラドラムから持ってきました。」
「凄いな。これは…」
「ミゼッタにはこのような才能もあるようで、それをドワーフ達が加工し出来上がったものらしいです。」
「なんだかサナリアのフォレスト邸より豪華だよ。」
「まるでフラスリア邸の迎賓館みたい。軍事基地にこのような場所を作るなんてすばらしい事だわ。」
「ええ。」
「ラウル殿は本当に愛されているのですね。」
すると虹蛇が後ろから俺に言う。
「おいおい!早く化身に会わせてはくれまいか?隣の部屋におるのは分かっている。」
「ああグレースですね。マリア皆を呼んできてくれないか?」
コンコン!
その必要はなさそうだった。向こう側からドアがノックされた。
「どうぞ!」
ガチャ
「おお!ラウル君!ようやく戻ったのか!」
「これはサイナス枢機卿!お元気そうですね。」
「元気も元気よ。毎日楽しくさせてもらっておるよ!」
「そして聖女リシェルもお変わりないようです。」
「ええ、魔人の方達には良くしていただいていますわ。」
「カーライルさんも相変わらずで。」
「待ちくたびれましたよ。ラウル様。」
ファートリア神聖国から脱出した3人組も健在の様だった。
「そして話には聞いていたがまさか…」
サイナス枢機卿がつぶやく。
「ええ枢機卿。私もファートリア神聖国より逃げ出て、彼らに助けられました。」
「ケイシー神父お元気そうね。」
「リシェル様!まさかお会いできるとは夢にも思いませんでした!」
ケイシーが顔を真っ赤にして聖女リシェルに挨拶をしている。聖女リシェルはまるで女神のように優しい笑顔でケイシー神父に微笑みかける。
「うっ、ぅう…、ぐすっずびっ」
ケイシー神父が泣き始めた。
するとケイシー神父の頭の上あたりに聖女リシェルが手をかざし、ぽうっと光輝いた。
「おちついてくださいね。」
「ふぅ、落ち着きました。お見苦しいものをお見せしました。」
ケイシー神父が涙をぬぐいながら枢機卿に跪く。
「枢機卿。お話したいことがたくさんございます。後ほどお時間をいただけましたらと思います。」
「おお、かまわんよ。」
するとトラメルがポツリと言う。
「本当にファートリア神聖国の神父だったのね。これで納得したわ。」
「はは・・・まだ疑ってたんですか?」
「さあどうかしらね。」
「ひどいです。」
「ふふふ。」
「それでこちらの方々は?異国の服を着ておられるようだが。」
サイナス枢機卿が聞く。
「申し遅れました。我はシン国の将軍をしておるカゲヨシと申します。」
「おお!シン国の将軍様でございましたか!それは高い所から失礼をいたしました!私はファートリア神聖国枢機卿サイナス・ケルジュと申します。」
サイナス枢機卿と聖女リシェル、カーライルが頭を下げる。
「よいのですよ!ラウル殿に頼んでここまでついて来ただけの事です。そのように畏まられては居づらい。ファートリア神聖国の事も聞いておりますぞ。誠にお気の毒な事でした、シン国に協力できることがございましたらなんなりと言ってくだされ。」
「お心遣いありがとうございます!我々は今、ラウル君たちが平和を取り戻す活動に協力をしております。シン国の皆様と共闘できるのならこれほど力強いことはございません。」
「ふふ。この魔人達の力を見れば我々の国に出来る事など限られております。微力ながらご協力できればと思っておりますれば。」
「どうぞよろしくお願い申し上げます。」
「こちらこそ。」
カゲヨシ将軍とサイナス枢機卿の話が終わると、モーリス先生もカゲヨシ将軍に言う。
「ラウルが大変お世話になったようですじゃ。ラウルの親に代わり御礼を申し上げます。」
「お世話になったのは我々です。助けていただいたのですよ。」
「いずれにせよ、これも何かの縁ですじゃ。してシン国は今どのように?」
「それがまったく被害が及んでおりません。」
「そうでしたか。やはり二カルス大森林を抜けてそこまでは手が回っておらないようですな。」
「今の所‥ですかな?」
「貴国へ手が及ぶ前にラウルが訪れたのも必然でしょうな。」
「そうだと思います。」
モーリス先生とカゲヨシ将軍が虹蛇と似たような事を言う。
《そういえば虹蛇…あれ?勝手にパイを食ってるんだけど!さっき化身に会うのを早くしてくれとか言っていたよな。》
「おぬしたちもどうじゃ!これは美味いぞ!」
皆が虹蛇を見てそういえば!と言った顔をする。
「これは虹蛇様失礼をいたしました。」
カゲヨシが言うと皆が驚く。
「虹蛇様ですと!」
枢機卿が目ん玉飛び出しそうになって見ている。
「なんと!!」
モーリス先生もびっくりしたようだ。
待っていた人間たちが一斉に虹蛇に跪いた
「なんじゃ!そういえばラウルよ化身はどうした?」
「あ、はいはい。あのグレースはどうしました?」
するとカーライルが言う。
「隣のお部屋でぐうぐう寝ていますよ。」
「寝てる?まったくのんきだなあ。驚かしてやろう。」
皆が俺をいたずらっ子を見るような目で見る。
そーっと隣の部屋のドアを開けて入る。
ぐーっぐーっぐーっぐーっ
《ふむ。立派ないびきだ。》
すると奥に大きなソファーがあり、そこにだらしない恰好で眠っているグレースがいた。
《なんだか前世を思い出す。よく寝ている林田を寝起きドッキリしたっけなあ。》
そろーっと近づいて言う。
「林田!大会が始まるぞ!」
「えっ!ヤバ!淳弥さん俺の装備どこだっけ?ん?」
「うそーん。」
「ら、ラウルさん!!やっと帰って来たんですか?一瞬アメリカ大会が始まったかと勘違いしましたよ!」
「はははごめんごめん!」
「いきなり消えたって聞いて敦史さんが…いや!エミルさんが慌ててフラスリアにいったんですよ!」
「聞いてる。エミルにはもう伝わっているよ。」
「そうですか!本当によかった!とにかく話を聞かせてください!」
「ああ、その前にお前に会いたいって人連れてきたんだよ。」
「俺に会いたい人?」
「とりあえず隣の部屋でパイ食ってる。」
「わ、わかりました。いきます。」
ようやく虹蛇とグレースが会う時が来た。
《さて何が起きるのか楽しみだ。》