第282話 魔獣を食う文化と神々
俺は航続距離と防御力を兼ね備えた、ルノーVAB Mk3装甲輸送車を召喚し北へと進んでいた。
1000キロの航続距離があるので乗り換えなくかなり進めるだろう。12.7mm重機関銃M2を上部に搭載し、車高も高いのでどちらかと言うと二カルス大森林の街道に適した車だと思う。
「なるほど。周りが見えないが揺れておる、これで進んでいるとは驚きじゃな。」
カゲヨシ将軍が感心している。
「馬より速いんですよ。」
「生き残った馬は全てマキタカに連れて行ってもらったからの、馬は貴重なので助かった。」
「それはよかったです。あの天井にある所から頭を出せば周りも見渡せますよ。」
「そうなのか!見てみたいがいいかの?」
俺は運転しているので、後ろに一緒に座っているケイシー神父に頼む。
ガパン!
天井ハッチを開けて将軍が顔を出す。
「おお!気持ちいいの!結構な速さで進んでおるわ!」
「気に入っていただいて何よりです!」
カゲヨシ将軍が外に頭を出しているので俺は大声で話す。
「この天井に付いている鉄の複雑な形の物はなんじゃろ?」
「それが武器です!」
「これが?武器には見えんがな。」
すると虹蛇が言う。
「こやつはその何十倍の武器を出して我の腹の中で撃ちよった。」
「ええ!虹蛇様の身中で!それはひどい。」
「カゲヨシよおぬしもそう思うじゃろう。こやつは人でなしなのじゃ。」
虹蛇がいきなりぼやき始めた。驚いたカゲヨシが天井ハッチから降りて来る。
「いやいや!あの時は虹蛇様の身中だとは思っておりませんでしたので!その節は誠に申し訳ございませんでした。」
「まあ岩塩の件で禊は終わっておるからもういいよ。」
《岩塩の労働は禊だったのね。》
「それでさきほどの話にあったバルギウスを制圧したというのは、そのラウル殿の武器と魔人の力によるものが大きいと?」
「まあそうです。」
すでにカゲヨシには北で起きた事変を全て話した。北の大陸の諸国を取り返すために、いろんな場所でファートリアやバルギウスの兵を大量に殺害した事、バルギウス帝都を10人にも満たない俺達で制圧し何十万人も殺害した事も。そして各拠点に現れたデモンの脅威についても伝えている。
「恐ろしいのう。」
カゲヨシがしみじみ言う。
「その通りです。デモンは本当に恐ろしい者でした。」
「いやわしが恐ろしいのは貴殿だ。」
「私ですか?」
「神の御業にも近いその力を、自分の思いを遂げるためだけに使うなど信じられぬ。」
「すみません。」
「いや、我々はついていると言わざるを得ない。」
「ついてる?」
「我々の国がファートリアに侵攻され魅了されていたとなれば、ラウル殿の軍勢に滅ぼされていたであろうからな。」
《そうかそうなるか。まあ敵対されれば攻撃するだろうからそうなるわな。》
「ですがすでに虹蛇様の加護を受けておりますから、シン国が魅了でやられる事はないでしょう。」
「わしらはまだ天に見放されてはいないようだ。」
そういえば虹蛇に確認をしたいことがある。
「あの虹蛇様。」
「なんじゃ?」
「虹蛇様の加護を受けずに、世界には魅了されない人がいるようなのですが?」
俺はバルギウス帝国のジークレストの事が気になったので聞いてみた。
「なにがしかの加護を受けている者じゃろな。」
「なにがしか?」
「以前も言うたと思うがな。我やアトム神、魔神、精霊神、龍神などいずれかの加護を受けたものだろうな。」
「加護はどんな時に与えられるものなのですか?」
「まあおぬしらに分かりやすく言うとすると、たまたまじゃな。」
「えっ?選ばれたとかじゃないんですか?」
「そうじゃ。」
《えー!加護ってたまたま受けるものなの?》
すると俺と同じように疑問に思う人がいたようだ。
「えっ!加護とは、たまたま受けるものなのですか!?」
ケイシー神父が言う。
「そうじゃな。たまたまそこにいた、生まれがそうだった、使徒から授けられたなど様々だろうがな。」
「偶然ということですか?」
「違うぞ。めぐりあわせや加護などは必然的に起きるものだ。おぬしたちにしてみれば、たまたまそこにいたという感覚だと言っておるのだ。すべては必然的になるべくしてなるものよ。」
《いやあ〜虹蛇様の言ってる事は深すぎてよくわからん。》
「虹蛇様!分かりますぞ!」
《えっ?分かった人がいる?》
カゲヨシ将軍だった。
「ふむ。おぬしならわかるじゃろうな。」
虹蛇が納得したように言う。
《なんでかはよくわからないが、カゲヨシ将軍ならわかるそうだ。虹蛇が言うのならそう言う事なんだろう。》
「ではシン国の方達は必然的に虹蛇様の加護を受ける事が出来たと?」
「そういうことじゃな。」
「それが必然?」
「何よりもシン国の者達は信心深かった。本当に我の事を信じておる。加護を与えない訳にはいかぬのじゃ。」
《信じる者は救われる的な?ジークレストは必然的に魅了されなかったって事か。・・あんな冴えないおっさんが?まあきっとたまたま加護を受ける出来事があったのだろう。》
「それならば私も腑に落ちるところが御座います。ファートリア神聖国では昇進や利権そして保身などに心奪われるものが多く、魅了されてしまった者が多くおりました。私と教皇や一部の者だけが支配から逃れましたが、魅了されなかったものはほとんど殺されました。」
ケイシー神父が言う。
「ひどい目にあったのだな・・」
カゲヨシ将軍が慈しむようにケイシー神父に声をかける。
《なんとなくわかる気もする。人間の欲は真実を見えなくさせてしまう、集団催眠がかかりやすいのは自分の頭で考えなくなったものや、自分の事しか考えられなくなった人がかかるものだ。》
俺達は二カルスの森を2日北進した。
風景は相変わらず変わらなかったが魔獣が減って来たように思う。進行中の街道沿いに1度ビッグホーンディアが出てきたため仕留めた。その後もブラックドッグなどが現れたが威嚇射撃をする事で逃げて行った。
その後は車から降りることなく進み、かなりの距離を来たのだが魔獣が一切出てこなくなった。
森は相変わらずだが、危険度合いに変化が出た事で俺はピンとくるものがあった。
「すみませんが停車します。一度外に出て休憩を取りましょう。」
「分かったぞ。」
虹蛇が言う。
「すまぬな。そろそろ尻が痛とうてしんどくなってきたところだ。」
カゲヨシ将軍も我慢していたようだった。
「気が付きませんでした。すみません。」
いままで何度かトイレ休憩などは取って来たのだが、食事などは安全な車内で召喚した戦闘糧食を食べるようにしていた。魔獣も減って来たので外で食べようと思う。
「では。」
ビッグホーンディアを仕留めた時に解体などを影衆がやってくれたので、屋根の上に括り付けて肉や毛皮を持ってきていたのだ。
「久々の肉ですね。」
俺が言う。
すると、
「ラウルは知っとるのか?」
虹蛇が言った。
「何がですか?」
「魔獣の肉は人間にとってはいろんな影響がある物なのだぞ。」
「どういう事なんですか?」
「魔獣の肉は力も与えるが時として毒となる事もある。魔力を備えた者になら耐性があると思うが、全くない者への影響は未知数だ。食う時は気をつけねばならんぞ。」
「え!ビッグホーンディアはどうなんですかね?」
「比較的問題は無いと思うがの。」
「おそらく世界中でかなりの人間が食べてますよ。」
「そうなのか?数千年の昔は食べる人間は限られておったはずだがの。」
「私は貴族の息子でしたが、良くファングラビットと言う魔獣が食卓に並びました。」
するとトラメルが言う。
「ラウル殿。それはそうだと思うわ。魔獣の肉はそこそこ貴重なものですから、あまり平民の食卓に並ぶ事は無いはずよ。」
「高級な物だったのですね。」
「ファートリア神聖国では魔獣を食べません。」
ケイシー神父がポツリと言う。
「食べないんですか?」
「魔獣は汚れた生き物とされております。」
虹蛇が言う。
「アトムを信仰しておるのであればそうじゃろうな。アトムと魔神は犬猿の仲じゃし。」
「神様にも不仲ってあるんですか!?」
「もちろんあるわい。」
「そうなんですね。」
俺達のやり取りを聞いていたカゲヨシが言う。
「毒になるのは魔石がある内臓やその周り、あと血の処理をきちんとすれば問題ないはずじゃが。」
「なるほどの。数千年も経てば人間も工夫したのだろうな。食べられる場所とそうでないところを分けているというところかの?」
《なるほど!前世で言うところのフグの毒をきちんと分けて調理するようなもんか。今まできちんと調理してくれる人がいたという事か。》
「ラウル殿やトラメル殿は自分で調理などしなかったでしょうからな。」
「はい・・お恥ずかしながら。」
「私もですわ。」
「ですが魔力を持った者にとっては力になると?」
俺は虹蛇に質問する。
「そうじゃ。その量や魔獣の種類にもよるがの。」
《じゃあセルマやマリア、ミーシャたちはそれを知ってきちんとした処理していたんだな。料理について話なんかした事なかったから知らんかった。》
「虹蛇様が知っている時代の人間は、あまり食べなかったという事ですか?」
「昔はあまり好んで食べられるものではなかった。」
《そういえば前世でもそんな話があったな。昔はトマトやタコは食べられていなかったのが、何かをきっかけにして食べられるようになったというのを聞いたことがある。》
「勉強になりました。とにかく皆で食事にしましょう!火をおこしたいと思います。」
「では薪を集めるがいい。」
虹蛇が言うので皆で手分けして薪を集めて来る。
「このくらいで良いですかね?」
「十分じゃろ。」
虹蛇が手をかざすと薪が勢いよく燃え上がる。
《火起こしする手間が省けてよかった。》
肉を切り分けて木の枝に刺し、虹蛇が出した岩塩をふりかけて焼き始める。
パチパチ
焚火が爆ぜる。
ジュー
肉から肉汁がたれてきた。
「ゴクリ。」
俺は思わず喉を鳴らしてしまう。
「まずは将軍様がお先に。」
「ふふ。ラウル殿がよほど腹を空かせていると見える。先に食べてください。」
「そういうわけには。」
「わしはあの車とやらに少し酔ってしまったようでな。」
「わかりました。ではお先に。」
ガブリ
「うっんまぃい!」
岩塩の旨味がビッグホーンディアの味をひきたてていた。
「やっぱりおいしいわ。」
トラメルも満足のようだった。
シン国の村でもこの岩塩を使った料理を食ったがやっぱり魔法の調味料のようだ。信じられないほど美味かった。
「では、わしもいただこうかの。」
ガブリ
「うほぉ!美味い!これはどういうからくりじゃ?」
「おそらくは虹蛇様が出した岩塩のおかげかと。」
「なんと!そのような岩塩なら我が国にもぜひ欲しいものですな!」
「それであればここに来るまでの道すがらシン国にも置いてきました。」
「本当かの!」
「ええ。」
「ありがたやありがたや。」
カゲヨシが感動して肉にかぶりついていた。影衆の5人も美味そうに食っていた。
《しかし影衆は全然しゃべらないんだな。将軍の許可なくしゃべれないとかかね?》
ニンジャ集団が殿様と一緒に飯を食うというシュールな絵面だった。
とりあえず肉を食った事で俺も力がみなぎってきた。まあ人間の魂を集めた時ほどではないが、十分体力回復に役立っている。
「さてだいぶ北上してきましたので、私は少し試したいことがあるのです。」
「それはなんでしょうか?」
ケイシー神父に聞かれる。
「ええそろそろ仲間に繋がるんじゃないかと思いまして。」
俺が言うと虹蛇が言う。
「ファートリアを超えてか?そこまで届くはずはなさそうだが。」
「いえ。恐らく二カルス大森林に、我が魔人軍の基地が出来ている頃だと思います。」
「なんと!二カルスの主が良く許可しおったな?」
「先日に見た円形に焼けた場所。あれはファートリアの大神官の仕業なのです、更に魔獣と騎士が一緒になって攻めて来たおかげで森の住人がたくさん死にました。」
「それであんなにエルフや獣人の屍人がおったのか。」
「そうです。それで森を守る約定を結びまして、今頃仲間たちが基地を稼働させているはずです。」
「ラウルよ。おぬしには本当に驚かされるのう。」
「そしておそらく基地には化身様がいらっしゃるはずです。」
「なんと!それなら我の意識も届くであろうよ。」
「いきなりで化身様がビックリしませんか?」
「うむ・・それもそうじゃな。ならラウルよ頼めるかの?」
「そのつもりです。」
そして俺は意識を集中させて仲間に念話を繋いでみるのだった。