第281話 指導者の決断力
全ての死者を埋葬し石を積み上げ終わった。
弔いは夜明けと同時に始まって、太陽はすでに東の空高くに昇っている。ケイシー神父が出来上がった墓から順に祈りを捧げていた。
《間違いなくここはインフェルノで焼かれている。ここが以前ニカルス大森林の主トレントが言っていた、燃やされた場所のひとつなのだろう。》
「結局、魔獣は出ませんでしたね。」
俺が言う。
「確かに屍人の大群以降は何も出なかったようですな。」
将軍のカゲヨシが言った。
「恐らくこの土地を焼いたのはインフェルノと言う魔法なのですが、魔獣はその業火を見て本能的にこの場所を危険と判断したのだと思います。」
「インフェルノ?」
「ええ。」
「この跡地からみても、それは恐ろしく強力な魔法なのでしょうな。」
「はい。それこそ魔獣が怯えるほどの。」
俺が答えると、今度は側衆のマキタカが言う。
「逆に申し上げれば、この場所は魔獣が寄り付かないような安全な場所とも言えますかな?」
「確かにそうとも言えますね。」
「では彼らは魔獣に荒らされる事なく、安らかに眠りにつく事が出来るでしょう。」
「神父の浄化も受けて、もう二度と迷う事はないでしょうね。」
《確かにある意味、ここは墓地として最高の場所かもしれないな。》
俺たちのところにケイシー神父がきた。
「それでは皆さん集まってください。全員で祈りを捧げたいと思います。」
俺たちは全員で墓の前に移動する。
ケイシー神父の掛け声に合わせて祈りを捧げる。ケイシー神父とトラメルだけが胸の前で両手を握り合わせて祈り、シン国の人達は両手のひらを合わせて目をつぶっていた。
《どうか安らかに。》
祈りを終えた時、虹蛇がおもむろに言った。
「我の加護をこの地に。」
虹蛇が手を上にかざすと、天気が良いにも関わらず真上に虹が現れた。虹の橋からキラキラと光の粒が降りてくる。
「おお!」
一同がどよめく。
皆がより深く祈りを捧げる。
しばらくすると虹が消え光の粒も消え去った。
「これでここはもう荒らされる事はないぞ。」
虹蛇が言う。
「ありがとうございます。」
カゲヨシ将軍が虹蛇に頭を下げ、俺たちも兵士も虹蛇に深く頭を下げた。
《結界みたいなもの?特に変化は感じないが、暖かみが増したような気がする。しかし虹って普通は大気中の水分と光の屈折て起きるんだよな。虹を真下から見たのは初めてだ。虹蛇すげえ。》
そしてカゲヨシ将軍が俺に話しかけてくる。
「それにしてもラウル殿のあのお力、瞬く間に屍人が倒れていくさまは圧巻でしたな。」
「いえいえ大したものではございません。皆を助けようと必死だっただけです。」
《まあ屍人の力量が分かってからは、訓練に使わせてもらったけど》
「たった一人であの数の屍人を葬るなど尋常ではありませぬぞ。」
「そのような事はありません。帰還を待っている部下たちは私など及ばぬほど強いのですよ。」
「なんですと!」
「そんなまさか!」
カゲヨシとマキタカが驚いている。
「本当なのです。今は私の力が試されているんだと思っています。」
するとカゲヨシが核心をついてくる。
「虹蛇様はもちろんですが、ラウル殿もその配下の方達も人間ではありませぬな?」
「そのとおりです。私は人間と魔人族のあいの子です。そして配下達のほとんどが魔人です。」
「なんと!魔人が実在していると言うのですかな!」
「はい。みんな普通に生きてますよ。」
ざわざわざわざわ
シン国の兵士達に動揺がはしる。いままでの人間達と同様のリアクションだ。
するとトラメルが言う。
「私たちも驚いたのです。まさか我が領土を救ってくれたのが魔人だなんて、おとぎ話ではたいてい悪として登場するのです。その魔人に救われるなど思ってもみませんでした。」
《まあそうだろうな。人間の歴史の中で魔人が悪者とされ、倒されるストーリーが生まれるのは当然だ。人間は排他的だから異能を持った魔人など受け入れるわけもないし。》
するとカゲヨシ将軍が意外なことを言う。
「我が国で魔人は悪者と言う認識はないがの。むしろ迫害され可哀想な物語のほうが多いですな。」
《なるほど、どちらかと言うとシン国の伝承の方が正確に伝わっていそうだな。》
「どちらも真実なのかもしれません。まあ人間にも良い人と悪い人がいるように、魔人もさまざまだとおもいます。」
《まあ魔人の中には人間を食っちゃう奴も普通にいるし。》
するとカゲヨシが揚陸艦を見上げて言う。
「そしてこの巨大な鉄のかたまり。このような物を見たことがございませんな。」
《さて、どうやってとぼけようか。》
俺が言い訳を考えていると虹蛇が口をひらく。
「こやつがとぼけておるのだが、これはラウル特有の力だ。」
「え?」
マキタカが驚いた顔をする。
「虹蛇様のお力でグラドラムから呼び寄せているのでは?」
「違うぞ。ラウルが生み出しておるのだ、我は何も関わっとらん。」
《あーあバラしやがった。グラドラムすごい国に思わせる作戦失敗だよ。逆に不信感をもたれるわ。》
「ラウル殿。そうなのですか?」
「ふう、仕方ありませんね。私の保身のためにはぐらかしていたのですが、虹蛇様のおっしゃる通りです。虹蛇様は関係ありません。」
「なぜそのような事を?」
《もうぶっちゃけるしかない。》
「1番の理由は、万が一ファートリアの間者が忍び込んでいた時の対応のためです。そしてもうひとつは辺境のグラドラムに興味を持ってもらう為にです。」
「ははは!マキタカよいっぱい食わされたの!」
カゲヨシ将軍が言う。
「まったくです。ですがラウル様の行動は正しい。国を守るものとしては当然の対応です。」
マキタカも納得している。
《あら?怒らないの?》
「すみません。」
「してラウル殿よ、間者が紛れておったとしたらどうする。」
「口封じのために生かして帰しません。」
「躊躇なく答えるか。だがそれは問題ない。連れてきた兵は、皆産まれた時から知っている信頼できる者たちじゃ!」
カゲヨシ将軍が自信を持って言う。
「それが将軍様、それでも信じられない事があったのです。」
「ん?なぜじゃな?」
俺はグラドラムの使用人やバルギウス兵が魅了されていたことを話す。
「敵は魅了と言う力を行使します。」
「魅了?」
「従うつもりもないのに、術者の言いなりになる力です。」
「そのような力が?」
「はい。」
すると虹蛇が口を挟む。
「やはりそんなところだろうと思うたわ。ラウルよ!ならもう心配はいらぬぞ。」
「それはどういう事です?」
「分からんか?我がさきほど加護を与えたであろうが。」
「それがなにか?」
「ラウルは変なところで鈍いの。我の加護を受ければ魅了など受けぬ。魅了されていれば目が覚めるであろうよ。」
《あ!そういえば虹蛇の化身グレース(林田)は魅了されないんだった。》
「そのような加護を我々にお与え下さったのですか?」
カゲヨシが聞く。
「いやたまたまじゃよ。本当に鎮魂の為の加護だが、たまたま皆がここにいたというだけの事。」
「その御心の大きさに感服いたしました。」
またシン国の人達とトラメルとケイシー神父が深々と頭を下げていた。よほど虹蛇を尊敬しているらしい。
「よいよい!ついでじゃ!ついで。」
《本当についでなんだろうなと思う。だけど俺が嘘をつく理由をうすうす感づいていたみたいだし、するどい一面もあるんだな。》
「じゃあ虹蛇様。ついでと言うならパンを皆にください。」
「ん?おういいぞ。それじゃあ皆で我の元に並ぶが良い。」
虹蛇の前にずらりと列ができた。一人一人が虹蛇の前に手を差し出すと、手のひらの上にパンが出現する。
「素晴らしい!」
「お恵みをありがとうございます。」
《このパンは俺の戦闘糧食と違って不思議な力があるからな、少しでも彼らの生存率を上げるためには有効だろう。》
そして皆が虹蛇パンを食べ始めた。
「なんと!」
カゲヨシが驚いている。
「これはすごい!」
マキタカも驚いている。
兵士達も皆、力がみなぎってくるのを感じているはずだ。
《俺たちもこのパンのおかげでガンガン労働させられたからな。》
虹蛇も魅了に似たことができる事は確認済みだ。
《そのおかげでめっちゃ岩塩掘らせられたけど》
なので俺はパンをもらわない。
「それでカゲヨシ様。これからどうなさるおつもりですか?」
俺がシン国の今後の動きについて聞く。
「我らの国では、商人や冒険者がファートリアに行ったきり帰らぬようになった。その謎は今回の件である程度察しがついた。しかし屍人の中には我が国の者が含まれてはおらんかった。」
「確かに全て獣人かエルフでしたね。」
「ということはまだ終わっておらぬと言うこと。」
「しかしかなりの戦死者を出してしまわれたのでは?」
「50名は死んでしまった。しかしこのまま国に帰って多くの兵士を連れてくるわけにもいかん。シン国は戦争をしているわけではないからの。」
「ではどうされますか?」
するとカゲヨシはマキタカに向かって言う。
「マキタカよ、兵を連れ帰ってはもらえぬか?」
「兵を?」
「わし一人で行く。」
「それはいけませぬ!将軍様を1人置いていくなど出来るはずがございません!」
《確かに殿様を1人置いてはいけないよな。俺もそう思う。》
「いや聞けマキタカよ。わしは必ず戻る、いやラウル殿が必ず戻してくださる。」
《え?俺?》
「ならば我々もお供させて下さい!」
マキタカが食い下がる。
「マキタカよ、わからんか?ラウル殿はわし一人なら余裕で守る力をお持ちだ。しかし150人のおもりは簡単には出来んぞ。」
「しかし!」
《あーなるほどそういう事ね。まあせっかく助けたんだし守るのが3人から4人になったところで、特に負担になるわけじゃないもんな。しかしずいぶん大胆な殿様だな。》
「マキタカ様。それでは将軍様は私が責任を持ってシン国にお連れします。兵を連れて引かれるのがよろしいかと。」
「ラウル殿・・・」
「どうじゃ?マキタカよラウル殿もこう言うておる。飲んでくれぬか?」
マキタカが暫し沈黙して口を開く。
「将軍様がそう言い始めてしまわれば、変わる事がないんですよね。」
マキタカがやれやれと言った顔で言う。
「ならそういう事で良いな?」
「ひとつ条件がございます。」
「なんじゃ?」
「せめて影衆をお供に。」
「それはわしでは決めれんな。」
カゲヨシ将軍が俺を見る。
「わかりました。影衆の皆さんも同行してください。」
「ありがとうございます。」
マキタカが深々と頭をさげた。
「それじゃあ日が高いうちに出来るだけはやく南下するのだ。」
「は!では殿これにて。」
マキタカが兵達に号令をかけて、来た森の道を引き返す説明をし始める。
《なんというか判断が早くて凄く信頼し合っているみたいだな。統率もとれているし見事だ。》
「では!ラウル殿!殿を何卒よろしくお願いします!」
「お任せください。」
「殿も達者で!」
「わかっておる。」
「影衆よ頼んだぞ!」
「「「「「御意!」」」」」
シン国の兵士達は森の道を引き返して言った。自分の国の殿様を置いて。
《まあ今回の目的を達成するためには1番合理的な気はするが、凄い決断をするものだな。俺ももちろん裏切る事はないが、人を見る目がありすぎだろ将軍もマキタカも》
「それでは将軍様、我々も参ります。」
「すまんの。世話になる。」
「なあに、乗り掛かった船でございます。全力でお守り致しますよ。」
すると虹蛇が言う。
「大胆な殿様もいたものだな。面白い!」
《なんか約1名ウキウキしてるんだけど。》
俺は先を急ぐために再び戦闘車両を召喚するのだった。