第278話 恐ろしい変貌を遂げた森 ~シン国将軍 カゲヨシ視点~
《なぜにこんなに強い魔獣が多いのだ。》
かつての二カルス大森林を迂回するこの道はこれほど魔獣は多くなかった。しかしファートリアへ向かった商人や冒険者が戻らぬ原因を探るため、どうしてもこの街道を抜けてファートリア神聖国にたどり着く必要があったのである。
「カゲヨシ様!斥候が帰ってまいりました!」
「よし!通せ!」
カゲヨシの前にひとりの兵が跪く。
「これよりしばらくは魔獣の痕跡はございませんでした。兵を進めてもよろしいかと。」
「わかった。皆の者!備えを整え行くぞ!」
「ははっ!!」
シン国の兵団は疲れた体を起こして歩き始める。足場は悪く馬達ですら歩きにくそうだった。
《しかし何かがおかしい。》
既に3人の兵士を失った。魔獣を想定していなかったわけではない。その出現場所や時間が問題だった。通常巨大な魔獣は真っ昼間のだだっ広い街道に、無防備にその巨体を晒さない。槍や弓と魔法の標的になるからだ。
《しかしあのレッドベアーは昼間にもかかわらずお構いなしに攻撃してきた。自分の体を庇うこともろくすっぽせずに魔法を被弾しても突進してきた。わしが首を刎ねるまで、なりふり構わず攻撃を繰り返した。》
最初のレッドベアーとの遭遇では油断した。
真昼間からこのような広い場所に出てくると思わなかったからだ。おかげで兵を3人も失ってしまった。それからは注意深く進み巨大なグレートボアがでても、怪我人を出さずに対処する事が出来た。
「しかし将軍この森はおかしいですね。以前は小型の魔獣こそ見かける事はありましたが、昼間から大型魔獣が出てくる事などあり得ませんでした。」
「そうじゃな。さらにこちらが大勢でいる場合は容易に攻撃など仕掛けてこなんだ。だが最初のレッドベアーといい巨大なグレートボアといい、自分の身を守ることなく襲い掛かって来た。まるで屍人の様であったな。」
「まったくです。ですが屍ではなく生きた魔獣でしたね。」
「はは。まあおかげで食料に困らんがな。」
「仰せの通りです。」
ざっざっざっざっ
少し休んだおかげで皆の足取りも少しは軽くなったようだった。
カゲヨシは馬上から後ろの兵達を見る。兵達は疲れた様子ではあったが脱落することなくついてきているようだ。斥候を出し確認して進み、少し進めばさらに先を調べさせていた斥候が戻ってくる。それをくりかえして進んでいるため進みは遅れていた。
《ふむ。北上して少し肌寒くはあるが間もなく花の蕾も開きそうだ。日が当たれば暖かいし兵士たちも何とかついて来れるだろう。大型の魔獣を倒したおかげで肉を調達する事も出来た。》
レットベアーもグレードボアも将軍であるカゲヨシが首を刎ねた。兵士に無用なけが人や死者を出さないために、カゲヨシ自身の抜刀術で葬り去った。
その剣技は齢50にもなろうという男の動きではなく、技の冴えは他の兵士の追随を許さない。腕っぷしで将軍に上り詰めた男はいまだに剣士としても孤高の存在であった。
しばらくすると次の斥候が戻ってくる。
「止まれい!」
カゲヨシは声を張り上げ隊を止める。
ザッ
兵隊は一糸乱れぬ動きで止まった。
「どうだった?」
馬上から斥候の兵に聞いた。
「それが・・不思議な場所が御座いました。」
「不思議な場所?」
「どうやら森の一部が焼き討ちにでもあったのか、広く延焼したところが御座いました。」
「こんな巨木を焼いたというのか?」
「はい、かなりの広範囲に焼けた場所が広がっております。」
「ふむ。それで死体や魔獣などは?」
「一部に衣服や装備のような物が御座いましたが、死体は見当たらずもしかすると屍人になっている可能性もございます。」
「やっかいよの。」
「は!」
《屍人が少数であればどうという事は無い。その数が多ければまた足止めを喰らってしまうのう・・冒険者や商人は何かしらの災害にあってしまったのだろうか?》
カゲヨシは少しのあいだ考える。
ザザザザザザ
風が森の木々を揺らし通り過ぎていく。風はそれほど強くはないし、空も晴れており特に道を阻む者もいない。
《しかしこのまま進むべきか?後退すべきか?》
カゲヨシがそう思うのも無理はなかった。このような巨木が生えた森で広範囲を延焼させるような出来事は覚えがない。そもそも二カルス大森林で火事が起こったなど聞いた事が無い。となればおそらく人の想像を超えた何かがあったと考えて間違いがない。
「その焼けた場所は見通しが良いのか?」
「はい。かなり広く円形に焼け跡が広がっておりました。」
「円形にか・・」
「は!」
《間違いなく自然に起きたものではないな。》
・・・・・
「よし!皆の者!この先では何が起こるか分からないようだ。森が焼け我々の同胞が何かの災害に巻き込まれた事も考えられる!それでもわしは先に進もうと考えておる。戻らぬ民を探すためにはいかねばならぬ!ついてきてくれるかの。」
「もちろんでございます!」
「将軍様が行くのであれば我々もご一緒するまで。」
「同胞を助けましょう!」
部下は全員が行くらしい。
「わかった。それでは10名ずつ方円の陣をしいて20の部隊に分かれろ!四方を十分注意して進むのだ。」
「は!」
兵士たちが陣形を組み直して進んでいく
《どう考えても魔獣などの仕業ではない事が分かる。ファートリア神聖国かバルギウス帝国が森で何かをしたのやもしれぬ。しかしここは二カルスの森だ。何が起きるか分からない。》
しかしその斥候が見つけた問題の場所までは何も起きなかった。陣形を組んで慎重に進んだためかなり時間がかかった。
「ここがその場所か?」
斥候の兵にカゲヨシが聞く
「は!ここより奥へ円形に延焼して木々が無くなっているのです。」
「よし!それではここから森に入る!魔法士は詠唱を終えておけ!」
「は!」
じりじりと森に進んでいくが斥候の言った通りだった。焼け落ちて見通しのいい場所に出た。
「これは・・」
焼け落ちたという斥候の言葉では生ぬるい状況が眼前に広がっていた。
「炭が散乱しているな。そして・・木が完全にやけて平地になっているようだ。このように二カルスの森を焼き払うことができるのか?そしてよく森の主の怒りをかう事がなかったものだ・・」
「左様でございますね。このように広範囲に森を焼いてタダで済んだのでしょうか?」
「魔獣が半狂乱となり昼間から襲い掛かって来た理由は、これが関係しているかもしれぬな。」
「はい。」
普通は森が焼けたとしても大木の残りカスや切り株などが残るだろう。それが全く何も残らず焼けているのだった。しかも広範囲に綺麗に円を描いてだ。
「何かがあったとみるべきだろうな。」
「そのようです。」
「ふむ。むしろここなら魔獣が襲ってきても対処しやすいだろうな。」
「確かに見晴らしは良いです。」
「もしかすると森の民と戦ったか?」
「エルフや獣人とでございますか?」
「うむ。彼らをここに誘い込んで焼いたか、森の番人の地の利を奪い戦いを挑んだとも考えられるな。」
「なぜそのような事を。」
「そこまでは分からぬ。」
カゲヨシがまた考え込む。
《ここで兵を休ませることも考えられるが、何が起きたか分からない地では危険にさらしてしまうかもしれん。これほどの事をやるものがいるとなれば、一度撤退して国に帰り出直さねばならないかもしれぬ。》
「将軍!何かが動いております!」
ひとりの兵士から声がかかった。
「なんだ?」
カゲヨシが森を見ると円形に囲まれた延焼地帯の反対側の森から何かが出てきたようだ。
「全軍臨戦態勢をとり迎え撃つ準備を!」
カゲヨシの号令と共に全軍が指示に従い、円形の対面から出て来た物に対して攻撃態勢を整える。
「あれは・・なんだ・・屍人か?」
人の形をした何かがわさわさと森から出てきた。
「なんと・・」
その数が尋常ではなかった。
「罠か!?あれが到達する前にこの場所からでるのだ!」
カゲヨシの勘だった。何か危険なものが出てきたと勘が警鐘を鳴らしているのだ。
「戻れ!引け!」
カゲヨシの号令に従い兵が後退しようとすると後方から声が聞こえる。
「将軍様!後方からも何かが出てきました!」
「なに!?」
前方から出てきたようなものと同じものが、今しがた自分たちが入って来た場所からわさわさと出て来る。
「距離を取れ!」
そしてカゲヨシは兵の一番前まで馬を走らせる。
「我はシン国の将軍カゲヨシなり!それ以上不用意に近寄るのであれば攻撃をせざるを得ない!歩みを止めて下されい!」
カゲヨシが大声で、出てきた何かに言うが聞こえていないように進み出て来る。
「威嚇の弓を放て!」
シュッ
後方から弓隊の弓が発射されて、うようよと出てきたもの達の前方の地面へと刺さる。
しかし・・どうやら止まる事は無いようだ。
「いたしかたない・・」
そして一息置いてカゲヨシが全軍に告げる。
「我らの入った入り口への退路を確保する!全軍で後方の不審な者どもへ攻撃を開始せよ!」
カゲヨシの掛け声と共に魔法や弓が放たれて、不審な集団へと向かい飛んでいく。
ボッ
シュッ!
シュバ!
敵と思われる者達に着弾するが・・火炎術や凍り槍での攻撃をうけたにもかかわらず止まる事が無かった。魔法で破壊された前の死体を乗り越えてどんどん後ろからやってくる。
「あの屍人は森の住人です!エルフや獣人の屍人の様です!」
「屍人か。しかし人間の屍人ではない・・。全軍!後方1点に絞り集中攻撃!その後!剣士隊で切り込むぞ!弓矢隊と魔法士隊は準備をし待機せよ!」
魔法士が次々と詠唱を終え、弓矢隊が敵に向けて構える。
「撃て!」
ボッ
シュバ!
ボワァァァ
火魔法が広がり氷の槍が刺さる。敵の頭に体に弓矢が刺さるが動きを止める事は無かった。
「突撃!」
うおおおおおお
魔法攻撃と弓隊は攻撃を止めて剣士の後に続き走る。
カゲヨシが最初に斬りかかったのはひときわ大きい熊の獣人の屍人だった。
シュパッ!
熊の獣人の屍人の首が飛ぶ。
ドサァ
そのまま前に倒れた。倒れた後ろから犬の獣人の屍が牙をむき飛びかかって来た、カゲヨシの剣がその屍人の脳天から入り一気に股まで切り裂く。
ウガァァァァァ
「これは・・」
なんとエルフの屍人だった。
スパッ
エルフの屍人の首を刎ねてその体の上を走る。すると一人の兵士が馬の獣人の屍から乗られ、身動きが出来なくなったのが見えた。カゲヨシは腰の短刀を抜いて投げる。
シュッ
ドスッ
馬獣人の屍人の脳天に短刀が刺さり、そのまま動きを止めた。
「ありがとうございます!」
「すぐに動け!」
カゲヨシは叱咤し兵士を動かす。
「入口へ急げ!」
しかし屍人の群れはどんどん数を増していくのだった。普通の人間の屍人とは違い大きい、そのうえに獣人の屍人にいたっては俊敏だった。かなりの数がいるため兵士が徐々に押されていく。
「くっ!」
「ぐあっ!」
徐々に押されて倒される兵が出てきた。さらに怪我をする者も・・
「回復魔法を!」
カゲヨシが指示をする。
「はい!」
回復魔法士が前面に出て怪我人を回復するあいだ、カゲヨシは周りの屍人をバッタバッタと切り殺していく。
《なんだ・・この数は。まるでここに人が来ることを想定していたとでもいうのか!》
既に入り口を突破する事すら困難になりつつあった。対面から出てきていた屍人達もすでに円形の中央付近よりこちらに近づいている。
「ぬかったわ!」
「カゲヨシ様だけでも!」
兵が叫ぶがどうやらそうもいかないようだった。
「カゲヨシ様!」
エルフの屍人の槍がカゲヨシに襲いかかったのを兵士の1人が身を挺して守る。
グサッ
「ごふっ」
血を吐いて目の前に倒れる兵士。
ファートリア神聖国にたどり着く前に、シン国の部隊は全滅の危機に瀕するのだった。