第277話 将軍部隊の痕跡
MK28トラックはシン国の都トウレンより北へ進んでから東に折れた街道を進む。
「しかしこれは馬もいないのに凄いですな。夜道を照らすランプでしょうか?夜だというのに道がはっきり見えます。」
マキタカが助手席で興奮気味に言う。
「ええ、これなら将軍様ご一行に早い段階で追いつけるはずです。」
「その意味が良く分かりました。グラドラムの技術は凄いものですな。」
そんなことを話しながらもMK28トラックの燃料がそろそろ尽きる頃だった。俺は再度新しい車両を召喚しなければならない。
《うーむ俺の召喚術だと知られたくないんだよな。将来の為にもグラドラムの技術力という事にしておきたい。うん!仕方ない虹蛇にかこつけよう。》
俺は全部正直にという虹蛇の進言は無視して、グラドラムに興味を持ってもらうための作戦を遂行する。
キキキー
「わ!ラウル殿!急に車が止まったようです。これはどうしたのですか?」
「マキタカ様。そろそろこの車も動かなくなります。虹蛇様に頼んで車を出さねばなりません。」
「そうなんですか?」
「トラメルさんマキタカ様を連れて一旦降りてください。」
「わかりました。」
マキタカとトラメルがトラックを降りて荷台にいる者達へ言う。
「そろそろ車が動かなくなります!一旦降りてください!」
トラメルに言われ皆が荷台に立って返事をする。
「わ、分かった。」
「わかりました。」
そして虹蛇とケイシー神父、影衆の5人が降りたのを確認し俺はトラックを移動させる。
ブロロロロロ
俺は一人草原にトラックを突っ込んで車を走らせ降りた。そして急いで皆の元へ帰ってくる。
「車は一旦消します!」
「それは‥どういう事でしょう?」
マキタカの質問をよそに、俺はポケットに入っているTNTの起爆装置を押す。
ドガン!!
かなり距離があるので爆風は届かないが音が凄まじい。
「うわあっ!」
マキタカが叫んだ。影衆は少し後ずさったが声を上げる者はいないようだ。
《さすがはニンジャ。》
「なんと!いきなり火があがりましたぞ!」
「マキタカ様あれはもう使えません。これでいいのです。」
「そういうものなのですか?あんなに凄い物を。」
《燃料だけ召喚できるんだったら、俺もわざわざ捨てないんだけどね。》
「それでは虹蛇様。」
「うん?なんだ?」
《さてとこのあけすけなヤツは、打ち合わせなしで演技なんかできないぞ。》
「オナシャス!」
「ん?なんて?」
ドン!
俺は手をかざすことなくロシアのGAZ-2330 ティーグル軍用車両を呼び出した。耐久力や装甲よりも速度と航続距離を選んだ。悪路でも80キロで走る事が出来て航続距離は1000キロある。これなら一気に進むことができるだろう。12名が搭乗できるのでこの人数なら丁度よかった。
「おおおお!さすがは虹蛇様!」
マキタカが驚いている。
「ん?我は何も‥」
「では出発しましょう!乗ってください!」
虹蛇の言葉をさえぎって俺が言う。
「すばらしい・・まさに神業!グラドラムから呼び寄せたという事ですか?」
「ええ!その通りにございます!」
俺は適当にごまかして、感激しているマキタカを助手席に乗せ全員後部の座席に座ってもらう。
「我は何も‥」
虹蛇がブツブツいってる。
「急ぎましょう!とにかく一刻も早く将軍様ご一行に追いつかねば!」
《あーもう。虹蛇のやつめ少しは察しろよ。》
ブロロロロ
「おお!先ほどの車より速い!」
「ええ、これならもっと早く進めます。どうやらこのあたりには魔獣も出ないようですので一気に進もうと思います。」
シン国北部の草原にはシルバーウルフも出ないようだった。小さい魔獣を見かける事はあったが脅威になるようなものはいない。さらにいままで村をいくつも通過してきたが荒らされた形跡もなく、敵は本当にシン国を攻略対象としてみていないようだ。
「平和ですわね‥」
「本当ですね。」
トラメルとケイシー神父がシン国の村をみてつぶやく。村は寝静まっているようで灯りのついている家は無い。時折車の騒音を聞いて、繋がれた家畜が起きあがってこちらを見ている程度だ。
「マキタカ様。この国はまだ被害が無いようですね。ファートリアの刃が振り下ろされる前に、何としても将軍を止めないといけません。」
「はい。それにしても敵の目的は一体なんなんでしょう…」
マキタカが考え込むようにつぶやく。
「私の推測ですが、おそらく標的にしようと思ったのは今後ろに乗っている」
「虹蛇様?」
「だと思うのです。」
「虹蛇様の存在を、邪魔だと思う者がいるという事でしょうか?」
「おそらく。」
「それでアラリリスを占領して砂漠侵攻の拠点にしたという事ですかな。」
「だと思います。そして砂漠の転移罠はついでの物ではないかと。」
「はは、なるほど。でしたらあの砂漠は容易に攻略できるものではありませんからな。敵も足止めを喰らってしまったのでしょうな。」
「その通りだと思います。」
マキタカの言うとおりだ。あの砂漠では使役した魔獣を使ったとしても容易に攻略できるものではない。それだけ巨大サソリも砂鮫も脅威だった。そしてあの砂の津波が来たらひとたまりもない。転移罠を仕掛けるだけでも相当の損害を出したに違いない。
「その罠にかかってしまったのが皆さんという事ですね。」
「ええ。」
「よくぞ無事に生還されましたな。」
「虹蛇様のおかげですよ。」
「しかしそれならば虹蛇様を敵地の方面に連れて行くのは、得策ではないのではありませんか?」
「それが虹蛇様のたってのお願いで向かっているのです。」
「虹蛇様の…」
「はい。」
《マキタカは察しが良い。いろいろと説明をしなくても理解しているようだ。この人はかなり優秀だと思う。判断も早いし俺達についてくる事を即決した事から見ても、切れ者過ぎて将軍が懐刀とするのが分かる気がする。》
1日12時間走り続け480キロほど進んだ。休憩を2回ほどはさみ食料はシン国の影衆が運んで来た物と、途中の村で買い求めた物で補給する事が出来た。万が一食料が尽きるならば俺の戦闘糧食を召喚すればいい。
そして俺は虹蛇の御業という事にしてテントを召喚し野営をした。2刻(6時間)ほど睡眠をとりまた車で先を急ぐ。マキタカは一切疲れを見せず影衆に至っては疲れなどなさそうに見える。
《相当鍛えられているんだろうな。》
3日が過ぎてシン国の領地を出た。すでに燃料切れのティーグル軍用車両を放棄し、新しい車両を召喚しなおして進んでいく。
「今までは特に異変はありませんでしたが、ここからは二カルス大森林の範囲に入ります。思いの外順調に進むことが出来ましたので、そろそろ将軍様ご一行に追いつく可能性もあります。」
「ここからは何が起こるかわかりませんな。」
「ええ一応二カルス大森林を迂回する道ではありますが、森に面している分強力な魔獣に遭遇する可能性があります。それでこの車両を捨て防御力に優れた車両に乗り換えます。」
「わかりました。」
全員が降りてから、俺は今まで通り車両を爆破して草原に廃棄していく。
「もったいないのぅ…」
虹蛇が残念そうな顔で言うが無視する。
「では虹蛇様!オナシャス!」
「ちょいちょいなんじゃ?」
ドン
俺達の目の前にフランス軍 汎用装甲車グリフォンがでてきた。
マキタカや影衆が驚いている。
「さ、さすがは虹蛇様!」
「我は何も…」
「それではみなさん乗ってください!」
「はい。」
《虹蛇は学習しないな。》
そして全員がグリフォンに乗り込んだので再度出発する事にする。グリフォンの上部には遠隔操作式で車内から遠隔操舵できる、12.7mm機銃と40mmグレネードランチャーが装備されていた。これにより車外に出ること無く敵を攻撃する事が出来る。
そして俺達は二カルス大森林に沿った街道を北上し始めるのだった。二カルス大森林に沿った街道は広く300メートル以上の道幅がありそうだ。
「この街道はずいぶん広いですね?いつからあったのでしょう?」
俺が誰となく聞いてみた。するとケイシー神父が答える。
「数千年も前よりあったと伝えられております。」
「数千年・・」
するとマキタカも言う。
「この道は我々の先祖の時代からあったと言われておりますので、かなり古い歴史がありそうです。」
「そうなんですね。」
すると虹蛇がなんかごにょごにょと言っていた。
「ん?虹蛇様?なんです?」
「我がごにょごにょ。」
「なんですか?」
「我が昔、本体で通った時に木々をぼっきり折ってしまったのだ。それからここには木々が生えんようになってしまった。」
「えっ!虹蛇様のせいだったんですか?」
「せいっってなんじゃ?昔は人間もさほどおらなんだし問題ないであろう!ただトレントには怒られはしたが、それ以来我は森を通ってはおらぬぞ!」
「いや別に虹蛇様が悪いって言ってるわけじゃないんですけど‥」
「なんか責められたような気がするが?」
「気のせいですよ。」
「あの!虹蛇様のおかげで凄く助かっているのです!誰も責めてなどおりません。」
ケイシー神父が仲裁に入った。
「なーんかラウルの言い方にトゲがあるような気がしてな。すまんのう神父よ。」
「まったくですよ。虹蛇様が被害妄想なのです。」
俺が言うとまた虹蛇がキッと睨む。
「やっぱりおかしいぞ!ラウルは我に何か恨みでもあるのか!?」
「いえ。全然。」
「まあまあ!シン国の方々が困っております!そのへんで。」
トラメルが収める。
「し、しかし凄いですな。やはり虹蛇様の御業は想像をはるかに超えております!」
マキタカが言うと虹蛇がまんざらでもなさそうな顔で言う。
「うむ。そうじゃろそうじゃろ!分かっておるな。」
《まったく虹蛇は扱いづらいな。》
そして俺達は何事もなかったように街道を北上していく。
それから半日が過ぎた時に異変は起きた。
「あそこに石が積まれているようです。なんでしょう?」
俺が街道脇に積んであった石を見つけて言う。
「あれは…ラウル殿、我が国で人を埋葬する時に積み上げる墓標です。」
マキタカが言った。
「墓標?」
「ええ。」
ズサササ
俺は車を停めた。
「皆さんは車から降りないようにしてください!自分が確認してきます!」
「わかりました。影衆をお付しますか?」
「いえ私一人で大丈夫です。」
皆を車に残し俺は車を降りた。
俺はロシアのマシンガンPP-19 ビゾン-2を召喚する。9x18mm徹甲弾が64発装填されたマガジンを取り付けて構えた。
スタッ
《地面が柔らかい。これでは装備をつけて歩くのが一苦労だ。》
周囲には特に何もいなさそうだが注意しながら墓標に向かって走っていく。墓標にたどり着いて周囲を見渡してみる。
《墓標は奥にもあと3つあるな。》
俺はその周辺の木々や地面を確認する。
《草木が踏み荒らされてて木に傷がついている…これはレッドベアーの爪痕だ。という事は将軍たちはレッドベアーを撃退したのか?しかし死人が出てしまったようだ。足跡は街道を北に進んでいるようなので全滅はしていないな。》
すると森の木の間に何か光るものがあった。
《なんだ?》
拾ってみるとそれは手甲だった。血まみれだが既に乾いており数日がたっているようだ。俺はその手甲を持って車両に戻り乗り込んだ。
「マキタカ様。こんなものが落ちておりました。」
マキタカに手甲を見せる。
「これは・・」
「シン国のものですか?」
「はい。我が国の兵士のものです。」
「それではあの墓標は。」
「間違いなく我が軍の兵士の物でしょう。」
「埋葬して先に進んだという事でしょうか。」
「そうかと思われます。敵でしょうか?」
「何とも言えませんが、周辺の状況からすると大型の魔獣に襲われたようです。墓標は3つありましたので3人の被害が出たと考えていいのかと。」
「そうでしょうね・・」
いま鬱蒼とした森は静かで魔獣はなりを潜めているようだった。
《冒険者や人の行き来がなくなったために大型の魔獣が街道に出てきたのか、それとも夜にここを通り魔獣の襲撃を受けたのか。敵の襲撃であれば全滅しているだろうから、自然発生の魔獣による被害の可能性が高いな。》
「この状況であればそれほど距離を進めてないかもしれません。急げば本日中にでも部隊に遭遇するのではないかと思います。」
「そうですね。手甲の血も乾いて間もないようですな。」
「虹蛇様!大型の魔獣が出てきた場合は攻撃をします。人間を守る為ですので虹蛇様もそれでよろしいですね?」
「わかった。無益な殺生は好まぬがこの場合致し方ないだろう。」
「はい。」
「皆さんも自分の武器を装備して待機してください。」
コクリ
影衆も頷く。
「トラメルさんとケイシー神父は窓から外を監視していてください。」
「わかったわ。」
「ええ。」
皆に緊張が走る。
俺はそのまま車を走らせていく。街道にはあまり雑草が生い茂ってはいなかったが、道の状態はあまり良くなく少しぬかるむような感覚だ。そんな道でもグリフォン装甲輸送車は大きな6つのタイヤで難なく進んでいく。
「将軍…」
マキタカがポツリと言う。心配なのだろう。
「マキタカ様。ここで全滅せずに墓標を立てる余裕があったという事は、将軍は無事だと思います。もし万が一があれば引き返すでしょうから。」
「そうですね。」
「ええ。」
俺達は長く続いている足跡を追って走るのだった。