第275話 将軍の行方
俺は正座をして座っていた。日本風のお城っていうだけで畏まってしまう。
ケイシー神父は胡坐をかき、トラメルは女性らしく横に足をずらして座る。虹蛇は片膝を立てそこに肘を乗せているのだが、なんだがガラが悪い。俺達の前にはお膳に盛り付けた料理が並んでいた。
《この世界に畳は無いらしい。》
板の間に藁を編んだような丸い敷物が敷いてあり、床はテカテカしていて綺麗に磨いてある。
《まるで旅館の宴会のようだな。》
俺達と対面でマキタカと配下の人たちが座っている。マキタカたちは全員正座をしていた。
彼らは見た事の無い不思議な格好をしていた。和洋折衷と言うのが正しいかもしれない。上が着物のような和風の服装だが下はズボンのような物をはいている。ミスマッチなようでなかなかカッコイイ。
俺達はそこでお膳に乗った料理を食べていた。
《味はまずまずなんだが、やっぱり薄い。》
料理は焼いた魚が丸一匹と野菜の煮つけ、豆を甘く煮詰めたものと薄い塩味のスープ、そして村でも食べた美味しい芋だ。豪華とは言い難いが丁寧に盛り付けられていて料理人の腕が光る。ただやはりこの料理も塩気が足りないようだった。
「それで虹蛇様ご一行は何をしに都へ?」
マキタカが聞いてくる。
「この国には塩が足りていないという事を南で聞きました。都でも塩は不足していると聞きまして、虹蛇様の神託に従い岩塩を持って馳せ参じたのです。」
俺は本当の事を言った。
「それはそれは!さぞ将軍もお喜びになる事でしょう。」
俺が伝えるとマキタカも嬉しそうに答える。
「それでは岩塩を置いて行きますので、これにて私たちは旅路を急がせていただこうと思います。」
「塩の返礼などはどのようなものがよろしいのでしょう?」
マキタカが畏まって聞いてくる。
《時間もかけられないし、いらねぇんだが。》
「お気持ちだけで結構でございます。虹蛇様の神託によりお持ちしたものですので返礼など受け取れません。」
「いやいや!虹蛇様とのご縁という事であれば何もお返ししない訳にはまいりません。将軍に咎められてしまいします。」
《うーんどうしたものか。特に何もいらないからこれでさっさと終わりにして出発したいのだが。 》
「それでは今後グラドラムとの取引をさせていただくために、シン国の名産などを少々頂けましたらと思います。」
「わかりました!それではそのように致しましょう。」
「それで岩塩はどこに下ろせばよろしいでしょうか?」
「蔵がございますのでそちらへ。それで岩塩は如何程の量でございましょう?」
マキタカに聞かれるがこればかりは虹蛇の許可がいる。
「虹蛇様。岩塩の量はいかがなさいますか?」
「そうよな。300キロほどあれば良いか?」
「さっさんびゃっきろ!」
マキタカと後ろに控えている配下達が目を見開いて驚いている。
「なるほどそのくらいが妥当ですか。」
俺はマキタカに向き直って言う。
「ではマキタカ様。300キロほどの岩塩を下ろせる場所をお教えいただけますとありがたいです。」
「300キロもの岩塩をいただけると?そ、それに見合う返礼はなにを・・」
マキタカと配下達が動揺しているので俺が遮る。
「あくまでもこれは虹蛇様の厚意によるものです。本当は返礼など不要なのですが酒や宝飾品などでこの国ならではのものを。」
「金もいらぬと?」
「ええ、シン国独自の宝飾品などでもそれほど高価なものでなくて、庶民でも手が届くようなものがありがたいです。酒ももちろん庶民が楽しめるようなものを。」
「・・・無欲とは怖いものですな。」
「いえいえ。それほど畏まらないでいただきたい!虹蛇様からも何かお言葉を。」
面倒なので虹蛇に話を振る。
「そうじゃなぁ。我は本当は返礼などいらんのだ、だがおぬしたちの気がすまぬというのであればどうしたものか。とりあえずラウルの言うように、この国独自の物を見せてはくれぬか?」
《面倒だけど仕方がない。とりあえず適当に見てもらって行こう。》
「分かり申した。虹蛇様がそのように申されるのであれば用意させていただきます。」
マキタカが後ろにいる配下に目配せをすると、配下は引き戸を開けて膝をつき俺達に頭を下げて出て行った。
「では早速蔵までご案内いただけますか?」
「わかりました。塩はあの車に載せられているのでしょうか?人を出しますか?」
マキタカが聞いてくる。
「虹蛇様がその御業により、たちどころにお出しになられると思います。」
「そ、そのような事が?」
「まずは蔵へ。」
「わかりました。」
そして俺達は部屋を出てマキタカについて蔵に向かうと、屋敷からそう離れていなかったのですぐに蔵の前についた。
《蔵はやはり和風の蔵なんだな。和洋折衷的な建築物が独特だわ。》
「マキタカ様。塩はどこに出せばよろしいでしょう?」
「今、荷台をお持ちしますのでお待ちください。」
カラカラ
荷台を目の前に持ってきた。マキタカと配下の者が10人ほど息を呑んで見守っている。
「虹蛇様。巨大な塊では荷台が壊れるといけませんので、細かく300キロほど出すのが良さそうです。」
「わかった。」
すると虹蛇が何も無いところから無造作に岩塩を取り出して、荷台の上に置いて行く。
「おおお!まさに神の御業だ!」
「本当だ魔力も感じられません。」
「このような素晴らしい光景を見る事が出来るとは!」
マキタカと配下達がめっちゃ感動している。
何も無いところからいきなり岩塩が出て来るので、どう考えても神の御業にしか見えない。
ゴロンゴロンゴロン
最後の塊を荷台に乗せ、虹蛇が得意げな顔をして俺を見る。
《えっ?俺が何か言った方がいいのかな?なんだなんだ?》
「こ、これが虹蛇様のお力です。皆さんが困らぬように塩をお贈りくださいました。」
「おおおお!」
「すばらしい。」
「ありがとうございます。」
マキタカ以下、配下達が頭を下げていた。
「それではお確かめください。」
「はい。」
マキタカが部下の一人に目配せをする。
「彼は都一の料理人でございます。」
すると目配せされた男が一礼をして岩塩を少し削り口に入れた。
全員の視線が料理人に集まる。
「おお!素晴らしい旨味。マキタカ様これは極上品にございます!」
料理人が言う。
「なんと!」
「喜んでくれて何よりじゃな。」
「はは!」
皆がまた深々と虹蛇に頭を下げていた。
「それではこれで岩塩の確認をさせていただきました。我々の返礼品の準備も出来たころと思います。」
マキタカが言う。
「わかりました。」
俺達はまたマキタカについてお座敷に戻って来た。
「こちらが我が国の宝飾品と酒にございます。」
目の前に並んでいたのは金箔で覆われたかんざしや、藤の花のようにかたどられ宝石がちりばめられたブローチ、金魚のような形をしたシルバーに石が入った髪飾り、金の糸で刺しゅうされた反物だった。そのわきには焼き物の瓶に入った酒が置いてある。
「綺麗。」
「すごい・・」
トラメルとケイシー神父が驚いている。俺よりは彼らの方が目利きが出来るはずだが、きっといい物だという事が分かっているのだろう。
「この技術・・職人の技が素晴らしいですわ。」
「この金属をどうやってこんなに滑らかに曲げたのでしょう。」
「ふむ。我はこの瓶に入った物が知りたいぞ。」
虹蛇が酒に興味を持ったようだった。
「ええ、それでは。」
マキタカが目配せをする。
すると女中のような人たちが入ってきてまたお膳を並べ始めた。女中の格好も上は和風の着物なのだが、下はスカートのようになっている。不思議な格好だがこれも様になっていた。
「それでは虹蛇様どうぞ。」
「わるいのう。」
虹蛇がまた座るので俺達も並んで座る。
《虹蛇に付き合っていると、どうもやる事が増えていく気がするな。端折れないものかな・・》
俺達の前には小料理と小さい湯呑のような物が置かれた。
湯呑に酒が注がれる。
《日本酒かな?》
なんとなく瓶の感じや透明な液体から日本酒を想像する。
つぎ終わるとマキタカが言う。
「ささ、どうぞどうぞ!」
俺達は勧められるままに酒に口をつけた。
《これは!ほのかな甘みと芳醇な香り。芋焼酎だな。》
「おお!美味いな!」
虹蛇がすっごく喜んでいる。どうせ体のどこかに消えてしまう癖においしそうに飲んでいる。
「本当ですわ!これならいろんな料理にあいそう。」
「これ、いくらでもいけちゃいそうですね。」
トラメルとケイシー神父も驚いているようだ。
《よし!飲んだぞ!とにかく早く話をまとめないと!》
「それではこの中から一つ選ばせていただこうかと思います。」
「・・・・・」
相手が沈黙した。
《なんだ?俺いま変な事言ったかな?》
するとマキタカが口を開く。
「いえいえラウル殿!先ほどの虹蛇様の御業により出された岩塩の量でしたら、これを全て取っていただいてもお釣りがきます!」
《そうなんだ!じゃあもらうか・・とにかくどうすれば早く終わらせられる?》
「虹蛇様。シン国の皆さんのご厚意を無下にすることはできません。ここはありがたく納めた方がいいのでないかと思います。」
俺が虹蛇に言う。
「そ、そうか?我はこの酒だけでもいいのだがな。」
虹蛇が酒しかいらないと言う。
《黙れ!》
するとマキタカが虹蛇に言う。
「いえ!虹蛇様!せめてこれくらいはさせていただきたい。将軍様が戻られたときに私が叱られるのです!」
「ほら!虹蛇様!迷惑をかけるわけにもいきませんよ。いただいておきましょう。」
「ふむ・・それではありがたく頂戴するとしようか。」
《よし!話まとまった!終わり終わり!》
「我は将軍にも礼を言いたいところだがの。」
《おいー!面倒増やすな!》
するとマキタカが言う。
「それが今は将軍はいないのです。と言うのも数日前に兵団を連れて都を出ましたので、しばらくは帰ってこないかと思われるのです。」
「兵団?なんじゃ戦争でもやっておるのか?」
虹蛇が聞くとマキタカが答える。
「いいえそうではございません。この国に塩が無くなってしまった事に関係しておるのです。」
「塩が?」
マキタカと虹蛇の話をみんなが黙って聞いている。
「ええ。実は数年前から北からの塩の流通が途絶えまして、しばらくは南からの塩に頼っておったのですが、南の砂漠を迂回する東の街道に魔獣が多く出現するようになったのです。」
「それでその魔獣を討伐に行ったのか?」
「いえ違います。砂漠の街道にアラリリスと言う国があったのですが、その国との交流も途絶えてしまいました。何度も兵を派遣したのですが魔獣が多すぎて危険だという判断になりました。」
「なるほど、北からも南からも塩が入らんようになってしもたのか。」
「そうです。さらにファートリア神聖国にも、冒険者や商人が行ったきり帰らぬようになりまして、調査団も派兵したのですがそれも戻らぬ始末。」
「そして将軍はどうしたのじゃ?」
「砂漠よりは比較的安全な陸路が確保されているはずの、ファートリア神聖国に向けて交渉をしに行ったのです。」
《なんだって!?》
「出立されたのはいつ!?」
俺が急に声を荒げたのでマキタカが驚いて答える。
「30日前ですが」
「ここからファートリア迄はどのくらいです?」
「比較的安全な東の迂回路を通れば、60日ほどで到着するかと思われます。」
「派兵した兵士の数は?」
「200ほどです。」
《まずい!》
俺とトラメル、ケイシー神父が顔を見合わせる。
「将軍様を守らねばなりません!」
「ファートリア神聖国は危険なのです!」
「あそこには悪魔が!」
俺とトラメル、ケイシー神父が叫ぶ。
「ファートリア神聖国が?あそこは友好国ですよ数年前にも条約の調印式を行いました。」
「それから国交は?」
「いえ。二カルス大森林をはさんでおりますので、数年に1度の式典で顔を合わせる程度ですが。」
「落ち着いて聞いてください。今のファートリアの実情を。」
そして俺は信じてもらえるか分からない、ファートリア神聖国の説明を始める。
《早くしないとここの将軍や兵が殺されるぞ。》
マキタカと配下が俺達のただならぬ雰囲気に、驚きながらも集中して聞き始めるのだった。