第272話 岩塩の価値
ちょび髭と太鼓腹をふるわせて商人は驚いていた。
「いやあ岩塩は貴重ですが、これほど上質なものを見たことがありません!」
《そうなんだ。これそんなにいい感じの塩なんだ。》
「しかもこれほどの量を!」
俺達は商人の店で商人と村長と一緒に岩塩を見ながら話をしていた。
丈夫なテーブルの上に50キロほどの岩塩が置いてある。虹蛇には俺に交渉を任せてもらうように言っているので隣に黙って座っていた。
「それで、おいくらで引き取っていただけますかね?」
《すでに国南のはずれにある村には100キロほど置いてきてある。どのくらいの物を置いて来たのかがこれで分かる。》
「それでは。」
商人が岩塩をルーペのような物で見始める。
しばらく眺めて商人が言う。
「あのう。」
「なんでしょう?」
「少し削って舐めてもよろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞどうぞ。村長さんもぜひ。」
「ありがとうございます。」
そして商人はニードルのような物でカリカリと岩塩を削り、顆粒になった物を皿にとった。商人と村長はその塩を指につけてペロリと舐めた。
「これは!」
「どうしました!?」
「い、いえ。わかりました。」
「それでおいくらで?」
「それでは・・金貨50枚では?」
「金貨50枚だって?」
《そんなに!?》
「ああ!申し訳ございません!このような希少な塩にお目にかかった事がないものですから!まずは相場ほどの価値でお話しさせていただきました!」
《え?逆?》
「そ、それで本当の所は如何程で?」
「金貨60いえ65枚ではいかがでしょう?」
「ま、まあそのくらいでしょうかね?それならそれで。」
「ええ、それならそれで。」
どうやら交渉がまとまったらしい。
《と言うかこの岩塩いったいなんなの?そんなに高値で取引されるもんなの?》
「ありがとうございます。いやぁ本当に良い買い物をさせていただく事が出来ました。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。」
《金貨65枚?金貨65枚っていくらぐらいの価値かよくわからないんだよなあ。》
ジャリン
そして俺達の前に金貨の袋が置かれた。
「ありがとうございます。」
「こちらこそありがとうございました。」
「ところで村長さん。」
「なんでしょう?」
「これを都の将軍様にお届けにあがりたいのですが、どうしたらお会いする事が出来ますかね?」
「そうですね・・・」
村長は考え込んでしまった。
するとその隣に座っていた商人が口を開く。
「トウレンにエチゴと言う大商会がございます。私が好意にしていただいておりますのでご一緒させていただき、私から話を通してエチゴ商会経由で、城に納入する事が出来ると思いますが。」
《えー、エチゴ屋?殿様に賄賂とか送ってないよね?》
「一緒に来ていただけるんですか?」
「ええ。これほどの物をお譲りいただいたのですから、何もしない訳にはまいりません。」
「それは助かります。」
「それでは今日は時間も時間ですので、明日の朝出立という事でいかがでしょう?」
「わかりました。それでは日の出とともに出発としましょう。」
俺が立ち上がると村長と商人も一緒に立ち上がって礼をする。遅れてトラメルとケイシー神父が立ち上がって礼をした。虹蛇は・・・座ったままだ。
《偉そうに。》
「それにしても変わったいでたちでございますね。」
商人は俺達の迷彩戦闘服を見て言っているようだ。
「ああ、これはグラドラムで最近流行っている旅装です。」
「変わったもので。女性もその格好をしているのですね。」
「そうですね。機能的でいいんですよ。」
「なるほど。ぜひそれもいずれ取引させていただきたいですな。」
「まあ機会があれば。」
虹蛇が俺を詐欺師を見るような目で見ている。トラメルとケイシー神父は特に表情を変えない。
「それで、虹蛇様ご一行の今日のお宿は?」
「それがまだなんです。いい所ありますかね?」
「それでしたら私の店で取引している、宿屋をご紹介させていただきますが?」
「それは助かります!それではその宿屋に車を回そうと思うのですが大丈夫ですかね?」
「はい問題ないかと。それでは宿屋にご案内差し上げます。」
そして俺達は商店を出ていく。外に出ると自警団が商人と村長の周りに立つ。
「それではついてきていただけますか?」
「誘導をお願いします。」
俺達は車に乗り込んだ。
歩いて行く商人の後ろを輸送防護車でついて行く事にする。
キュキュン!
ブロロロロロロロロ
村長と商人が自警団に囲まれながら、恐る恐る輸送防護車を振り返りつつ前を歩いて行く。
徐行運転で商人と村長についていくが、ゆっくり過ぎてどんどん村人が集まってくる。大勢の村人がじろじろと俺達がのる輸送防護車を見ていた。
「人が集まってきましたね。」
「仕方のない事だと思いますわ。」
「それもそうですね・・」
とにかくゆっくりと着いて行くしかない。
しばらくするとある建物の前で商人が手を振った。
「どうやらここらしいです。降りましょう。」
「わかった。」
「ええ。」
「分かりました。」
俺達4人は後部ハッチから出て、ハッチをしっかりロックする。
「この馬車は馬を必要としないのですな?魔法か何かでしょうか?」
村長が聞いてくる。
「最北のグラドラムの技術です。」
《俺は適当に嘘をついた。》
「北はグラドラムはこれほどの物を。」
「ええ。」
虹蛇が俺を嘘つきを見るような目で見るが、トラメルとケイシー神父はポーカーフェイスを決めている。
そして俺達は宿屋に案内してもらった。
「こちらへ。」
宿屋に入ってみると・・
驚いた。
俺は安酒場が目の前に広がると思っていた。酒場の上の階が寝所になっているような宿屋を想像していたのだ。それが結構立派なホテルのようなフロントになっていたのだった。
「この村で一番の宿屋です。」
「綺麗な宿屋ですね。」
「そういっていただけるとありがたいですな。」
そして商人はフロントに行って話をする。
すると。
「これはこれは!私が当宿の主でございます。北の商人様という事で!素晴らしい岩塩を運んできてくださったとか。」
紳士風の男が近寄ってきて声をかける。
「いえいえ。それで外に鉄の馬車があるのですがどこに置けば?」
俺が聞く。
「ええ、そのままで結構ですよ。馬がいないのであれば馬車駅に預ける必要もないのでしょう。」
「そうですね。」
「それでは当宿の一番良い部屋へとご案内いたします。」
「その部屋の宿泊は1泊いくらでしょう?」
「そちらの部屋ですと一部屋で金貨1枚となります。」
《えっ!安!だって岩塩売ったら金貨65枚になったんだよ!いいの?》
「一部屋に何人泊まれるんです?」
「お二人となります。」
「それでは二部屋お願いします。」
「かしこまりました。」
すると横から商人が声をかけてくる。
「ではご主人。お客様を案内していただいてよろしいでしょうか?私はこの方たちと明日都に立ちますので準備をせねばなりません。」
「ええ、後は任せてください。」
「ありがとうございます。」
「それでは虹蛇様も皆様もごゆっくり。」
村長が丁寧に頭を下げる。
「ええ。」
そして村の商人と村長は一緒に宿を出て行った。
おもむろに虹蛇が声をかけてきた。
「ラウルよ。お前はなんというか上手いの。」
「何がですか?」
「なんというか、立ち回り的なやつがだ。」
「そんなこと無いですよ。」
虹蛇が褒めているのか皮肉っているのか分からない。
部屋のドアを開けて中に入るとまあまあ立派な部屋だった。貴族の家とまではいかないが、大正時代の部屋のような雰囲気で和洋折衷の立派なベッドまである。
「では私とケイシー神父が、虹蛇様とトラメルさんが一緒の部屋という事で良いですよね?」
「え、虹蛇様と?」
トラメルがどことなく不安そうに言う。
「なんじゃ?我とでは不満か?」
「いえ、そういうわけではありません。」
「惚れた男と居たいのか?」
!?
「なっ!私はそんな!虹蛇様はなにを!」
「違うのか?おぬしからはそういう匂いがしたと思ったが・・」
「そんなことはないですわ!」
「勘違いか。すまなんだ・・」
《なんか虹蛇とトラメルがゴタゴタと揉めているな・・何を言っているのか聞き取れなかった。》
すると宿屋の主人が言う。
「私どもの宿は昼夜見張りを立てておりますので危険はございませんが、部屋には必ず鍵をおかけください。塩をお持ちだと村に知れ渡っておりますので何が起こるか分かりません。」
「わかりました。」
《どうやら岩塩を持っている事が村中に知れ渡ったようだな。厄介ごとはごめんだしきちんと鍵をかけている事にしよう。》
「そしてお風呂とお食事でございますが、準備が出来次第及び致しますのでそれまではお部屋でおくつろぎくださいませ。」
「わかったぞ!」
虹蛇がお風呂と食事と聞いてテンションが上がったようだ。
「では。」
宿屋の主人が宿の使用人に指示をしながら廊下を歩いて行った。
「えっと。荷物も無いので鍵をかけなくても特に問題はなさそうですが安全のため鍵はかけましょう。」
「わかったぞ。」
「ええ。」
「それでは呼ばれるまで私の部屋で皆で居る事にしましょう。」
「おおそうか。」
「わかりました。」
「はい。」
《なんかこの国に来てからというもの、やたらと食事や風呂にありつけるな。もしかしたらそういう文化なのかもしれない。》
待っているとすぐにメイド姿の可愛い使用人が俺達を呼びに来た。
「それでは先にお風呂がご用意出来ましたのでどうぞ。」
「それじゃあ、一応防犯のため俺が脱衣所に見張りに立たせていただいても?」
メイドに言う。
「ええ。かまいません。」
「わかりました。それじゃあケイシー神父は部屋にいて鍵をかけていてください。」
「は、はい。」
「虹蛇様とトラメル様は私と一緒に風呂へ。」
「悪いのう!ラウルよ!ちゃんと見張っておれよ!」
「すみません。ラウル殿にそのような事をさせて。」
「安全の為です。」
そして俺と虹蛇とトラメルは風呂に向かっていく。
「メイドさん。」
「なんでしょうか?」
「この宿の見張りはどんな人が?」
「村の自警団です。」
「これまで襲撃された事とかありますか?」
「こんな村にお偉い人が来ることもありませんし、特に問題が起きたこともございません。」
「それを聞いて安心しました。そんな防犯をきちんとやっているのに、私が見張りに立つのですが、別に信頼していないわけではないんです。ちょっとこちらの二人は訳ありですので。」
「分かりました。特に問題はございません。」
そして浴場についた。中に入ると意外に広くてくつろげそうな風呂になっていた。
「凄い広いですね。」
メイドに聞いてみる。
「ええ。この村では温泉が出ますのでお湯は使い放題にございます。」
「温泉!」
「はい。」
《ひゃっほう!温泉だって!こっちの世界に来てから温泉なんて入ったことないぞ!》
「体を拭く物は?」
「清肌布はこちらに置いてあります。石鹸などはお使いになりますか?」
「使います。」
「石鹸1個銅貨3枚になります。」
「えっとじゃあ4個下さい。」
「4個ですか?1個で4人間に合うと思いますが。」
「いいんです。4個下さい。」
「それでは銅貨12枚です。」
メイドは軽く驚いている。一人1個は贅沢なのかもしれない。
「それとメイドさん。金貨を1枚お渡ししますのでお釣りを全てメイドさんが取ってください。」
「えっ!!お釣りを全て?そんなにいただけません!けっこうです!」
「いいんですよ。それより私たちがこの宿にいる間のお世話をお願いします。」
「わ、わかりました!誠心誠意お世話させていただきます。」
「それじゃあよろしくお願いします。」
そしてメイドは石鹸を取りに浴室を出て行った。しばらく待っていると石鹸4個を持ってきてくれた。
「それではごゆっくりどうぞ。」
メイドからはもっと丁寧に深々と頭を下げられた。
「ありがとうございます。」
メイドが出て行ったので脱衣所の入り口に鍵をかける。
「それじゃあ虹蛇様とトラメルさん。ゆーっくり入ってきてください!疲れがとれるとおもますよ。」
「じゃあトラメルよ!お言葉に甘えてゆっくりつかるとしよう!」
「すみませんラウル殿。それではお先に。」
「どうぞどうぞ。俺は後ろを向いていますので安心して入ってください。」
俺は入り口の方を向く。
スルスルと布ズレの音がして後ろで服を脱いでいるようだ。
カラカラカラカラ
ピシャ
2人が浴室に入っていったようだ。俺は意識を集中してドアの向こうや屋敷全体の気配を探ってみるが、ぼやけたイメージがつかめるだけでうまくいかなかった。
《うーん。シャーミリアやカララのようにはいかないか。》
3人の護衛の為に索敵の能力を高める練習をしてきたのだが、なかなかうまくいかないようだ。
魔人達との行動がどれほど楽か身に染みてわかる。
《魔力の使い方が上手くないのかな?・・こうか?》
俺はまた試行錯誤して宿全体に意識を向けるのだった。