第27話 僧侶の回復魔法
あの惨劇から7日ほど過ぎた。
ニクルスとエリックの2人は死にそうだ・・
積んでいた仲間の遺体も腐って臭くなってきていた。
秋の気配がするとはいえまだ夏だ、日中は気温が高く遺体の腐食が早い。馬車を止めるとものすごいにおいが立ち込めっていた。テントのナイロンでくるんでいる分抑えられているがそれでもひどい物だった・・
巻き込まれて死んだ人たちを弔ってやりたかったのだが、このまま次の町まで積んでいく事は出来そうもなかった。
その状況をうけてイオナがエリックに語りかける。
「エリックさん。あの・・ペイジさんとラリーさんの事なのですが・・」
「はい・・ゴホゴホ。」
「遺体の腐乱が激しく次の宿場町までは持ちそうにありません。」
「はい・・わかりました。僧侶がいなくてもあなた方で弔っていただくことは出来ますか?」
「わかりました。それでは荷馬車ごと火葬し道端に石を積み上げて埋葬する事に致しますがよろしいでしょうか?」
「けっこうです。ゴホ、あいつらもあなた方のような美しい女性に弔っていただけて本望だと思います。」
「わかりました。」
エリックは日ごとに弱っていた。
この二人の命が次の宿場町までもつのか分からないが何とかしてやりたかった。ニクルスさんはたまに目を覚ましはするが水を飲むとすぐに眠ってしまう。ほとんど眠りっぱなしだ。ろくに食べ物を食べることが出来ないでいる。どう頑張ってもあと数日で死ぬかもしれなかった。
「それでは僕が彼らの遺体と荷馬車を焼いてきます。皆さんはここにいてください。」
といって、荷馬車からM9火炎放射器を取り出して最後尾に向かった。
既に腐乱が進んでいるらしくかなりの異臭がした。おれはつながれた馬の綱をきって放した。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。魂よ成仏したまえ。」
葬式といえば仏教しかしらない俺はとにかくよくわからないお経を唱えながら、M9火炎放射器で荷馬車ごと一気に彼らを火葬した。荷馬車の木も一緒に激しく燃えだした。何度も火を放ちながらしっかりと火葬する。
骨もほとんど残らなかった。
俺はみんなを呼びに行こうとしたその時、俺たちの後ろの方から護衛付きの馬車が近づいて来た。一瞬緊張が走るがどうやら兵隊やならず者の類ではなさそうだ。とりあえず俺は火炎放射器を隠して皆を呼びに行った。
「あの・・後ろから馬車が近づいてきました。」
「!」
ミゼッタ以外の3人が馬車を降りてきた。緊張しているようだった。
後ろから近づいて来た馬車が止まった。御者は無表情でこちらに頭を下げた。
長身の護衛が近寄って話しかけてくる。護衛はひとりだけのようだった。
「こんなところで立ち往生ですか?」
「いえ、ちょっと困った事がありまして・・」
「それは見過ごせないな。大丈夫ですか?」
滅茶苦茶イケメンだ!金色の長髪で怜悧な感じのするいかにもなテンプレのイケメンだが、子供の俺に気さくに話しかけてくる。
「は、はい大丈夫・・ではないです。」
俺はちょっとパニクっていた。このまま話をしていい物なのかわからない。くそ!イオナのようにうまく話せない!!誰が敵かもわからないので、なるべく人には関わらないようにしなくては・・
すると馬車の中から僧侶が2人降りてきた。
「あの・・こんなところでいかがなされた?」
年寄りの僧侶が話しかけてくる。
「実は途中で・・魔獣に襲われ5人も殺されてしまいました。荷馬車ごと火葬しこれから埋葬するところだったのです。」
イオナがやってきて俺に代わって話をすることにしたようだ。盗賊が魔獣に変わっている。
「なんと魔獣に・・それはおいたわしい。それでは道すがらお会いした事は何かのご縁でございましょう。リシェルやどうかこの方たちの魂を弔って差し上げなさい。」
後ろからついてきたもう一人の僧侶は若い女性で透き通るような美しさだった。修道服を着ているのがさらに神秘的な雰囲気に拍車をかけている。
「はい、わかりました。本当に大変な思いをなされたのですね。」
リシェルと呼ばれた女性がどこか悲しそうな、たおやかな感じで話しかけてきた。
「では私たちで埋葬しますので浄化の御言葉をお願いいたします。」
俺とマリア、ミーシャで穴を掘って、燃えたなかから彼らの骨ひろい集め穴にいれた。土をかけてその上に石を積み重ねていった。5人分の墓石が積みあがったので僧侶に御言葉をお願いをする。
「神はあわれみ深くいつくしみ深い。苦しみもなく憎しみもない世界で・・・」
リシェルさんが流暢に御言葉を送り始めた。天のささやきのような美しい声に皆聞き入っていた。魂を揺さぶられるような心にしみわたる鈴の音のような声・・。言霊が宿っているというのはこういう事なのかもしれない・・と俺は勝手に思っていた。
「・・・この尊き魂を救いたまえ。」
墓石から何かがスッと天に向けて浮き出たような気がした。白くて丸いものが・・気のせいだろうか?ひょっとして魂?リシェルさんをみると淡く光り輝いている。
「終わりました。」
「ありがとうございます。」
「皆様の心も救われますように。」
俺たちの心の中を見透かすようなそんな言葉を投げかけ一礼をした。
俺たちも全員頭を下げた。
「あの失礼ながら・・僧侶様は回復魔法を使えますでしょうか?」
マリアが唐突に聞いた。
「はい、それなりには」
「実は怪我をしている人がいるのです。看ていただくわけにはいきませんか?」
「ええ、当然です。それが私たちの仕事ですから。」
イオナとマリアが先頭の馬車に怪我人が乗っている事を告げて連れて行く。年配の僧侶とリシェルと呼ばれた若い僧侶がそちらについて行く。
「こちらです。」
馬車に乗り込むと年配の僧侶とリシェルが、話し合っている。
「こちらの方は大丈夫です。」
年配の僧侶はエリックに向けて手を差し伸べ、その手から金色のオーブのようなものが降り注いだ。すると苦しそうだったエリックの寝息が穏やかなものに変わった。
「しばらくすれば気がつく事でしょう。あとは滋養のあるものを食べさせれば10日ほどで歩けるようになるかと思います・・・こちらの方はリシェルがやりましょう。」
「はい、かなり血が流れてしまって力がないようです。血も汚れてしまっていますがとにかく最善を尽くしてみます。」
リシェルが手をかざすとニクルスさんの体自体がほのかに光りだした。死人のような顔色だったのがほのかに血流が良くなったようだ。そして年配の僧侶がやっていたエリックの時より長い時間手をかざしていた。
「ふぅ」
リシェルが一息ついて手をはなした。
「こちらの方はとても危険な状態でございました。傷も全てふさがりましたしこれで一安心でしょう。数日すれば目が覚めますのでこちらの方にも滋養のあるものを食べさせていただければ、時間はかかるでしょうが良くなることでしょう。」
「よかった・・」
俺たち一同がほっとした。俺たちのせいで助けてくれた彼らが死んでしまっては申し訳がない。あとは元気になってくれることを祈ろう。
「本当にありがとうございました。」
イオナが代表して礼を言った。
「あなた方はグラドラムへ?ファートリア神聖国に?」
年配の僧侶が行き先を聞いて来た。
「グラドラムに向かう途中です。」
「そうですか・・それではここでお別れとなります。」
「ファートリア神聖国に向かわれるのですか?」
「ええ、ラシュタル王国の教会勤めでしたがファートリア本国に帰るところでした。ファートリア神聖国からの連絡が途絶え、誰も人がこなくなったものですから。」
え!ファートリア神聖国の人たちだったのか・・それは穏便に過ぎ去ってもらったほうがいいな。
「ファートリアの方達でしたか。足止めをしてしまってすみませんでしたわ。この御恩は忘れません。これからの長い道中何卒お気をつけてください。」
イオナが丁寧にお礼をした。
「はい・・あなた方にも祝福がありますように。」
年配の僧侶とリシェルが丁寧に頭を下げた。するとはじめに声をかけてきた護衛がイオナに話しかけてきた。
「女性の御者というだけで珍しいのに、こんなに美しい御者がいるとは・・本当にお美しい。まるで女神のようだ、いや・・女神が霞んでしまいそうですね。私めは聖騎士のカーライルと申します。」
一瞬にして俺たちに緊張が走った!この男イオナに気がついた?
「いえ、わたくしなどただの町民の娘です。ようやく商人様の御者として仕事をさせてもらっているのですよ。本当に感謝しかありません。ましてあなたのような高貴な方に美しいなどと‥からかわないでください。」
「いえ・・私はからかってなど。失礼しました、女性に対し気遣いのない言葉をかけてしまったご無礼をお許しください。」
「お気になさらずに。」
イオナが屈託のなさそうな笑みを浮かべ自然に返事をしていた。
「カール!あなたは美しい女性をみればいつも!ほどほどにしなさいとあれほど!」
リシェルが怒った。
「すみません。カーライルに悪気はないんです。いつもこんな感じでお気を悪くしないでくださいね。」
「いいえ、こんな立派な騎士様にお声がけいただけるなんて本当に光栄ですわ。」
「コホン。それでは私たちはまいるとしよう。」
老人の僧侶が困ったような顔で話を切り上げて、馬車に乗り込んで行った。リシェルもその後ろから乗り込む。前を過ぎ去っていくときにカーライルが微笑みながら会釈をしていった。
《うーん、特に含みはなさそうだな。というか、イオナが男に声をかけられるのはいつもの事だ・・逆に俺たちがピリピリしすぎてるかもしれないな・・》
過ぎ去っていく馬車を見送って見えなくなったところで俺は言った。
「どうやら、追手の類ではなかったですね。母さんにも気が付いていなさそうでした。」
「ええ、本国から連絡が途絶えたと言っていたわね。」
「戦争しているのはさすがに知っていますよね?」
「だと思うんだけど。あの反応・・しらないのかしらね?とにかく何か異常があり本国に帰って確かめるような雰囲気よね。」
「もしかすると彼らのところまで何の情報もきていないのかもしれませんね。」
「そうね。」
するとマリアが話に入ってきた。
「しかし、あの聖騎士がイオナ様に色目を使うなどと無礼千万。聖騎士などと聞きましたがいいものではないと思います。」
「そうかしら?彼はただの優男ではなさそうでした。おそらくは銃など抜く暇もなく私たちは斬られていましたよ。」
「えっ、あのようなものがそんな手練れですか?」
「ええそうね、グラムに似た気をまとっていたわ。」
「たしかに・・グラム様の気に似たものがありましたが、ダメなものはダメです!」
そうか、イオナはグラムの奥さんだったんだもんな、似たような強さの人を見分けることは出来そうだ。護衛はカーライルとやらたった一人だけだったし、かなりやるとみていいだろうな。グラムと同等の力を持っていたとしたら俺たち全員瞬殺だったろう・・。
《怖っ!くわばらくわばら。触らぬ神にたたりなし。》
「それでは母さん先を急ぎましょう。」
全員で馬車に乗り込んだ。最後尾の荷馬車が無くなったため馬の進みが早くなったようだ。
ふたりの怪我人の顔色もよさそうだし、イオナがつきっきりで看病しているから回復も早いだろう。滋養のあるものを食べさせろって言っていたし、彼らの見えないところで戦闘糧食を召喚して食べさせてやろう。
それから10日がすぎエリックはすっかり良くなった。まだ戦えるほどではないがかなり元気に歩き回るし物も食べるまで回復した。
元気になったエリックが話しかけてくる。
「いやあ、イオナ様本当に感謝いたします。彼らを弔っていただきありがとうございました!私の体も良くなりました。」
「いえ、たまたま僧侶が通りかかって治してくださったのよ。私は何もしていないですわ。」
「イオナ様たちが声をかけなければ素通りしていたかもしれません。本当に助かりました。」
「治療をお願いしたのはマリアですけどね。」
エリックが心からの感謝をのべてくるのがちょっと心苦しくなったのか、イオナがマリアにふった。
「マリアさん。ありがとう。」
「私たちの方こそ、あなたの仲間の皮の鎧をつけさせていただいています。本当にすみません。」
「いえいえ、ペイジもラリーもあなた方につけていただいて本望だと思いますよ。」
「そういっていただけると助かります。緊急でしたので・・」
マリアも申し訳なさそうに二人の鎧をつけている事を謝る。
「お気になさらずに。護衛の我々が役に立たなかったのです。むしろそんな恰好をさせてしまっている事が申し訳ないのです。本当に申し訳ありませんでした。」
エリックが深々と頭を下げてくる。
「いえいえいえ、頭をあげてください。」
マリアが困惑してエリックに頭を上げるように言う。
気まずい空気が流れエリックが空気を変えるように言う。
「それで俺が食べたうまい料理は何だったんですか?」
ぎくっぎくっ!!なんて答えたらいいんだ。
するとイオナが言った。
「あれはファートリアの僧侶様から頂いた食べ物です。」
ナイス!こういうときはイオナさんですね!
「ああなるほど。変わった食べ物ですがファートリアの物だったのですね。」
「ええ。」
エリックは本当にいいやつだ・・素直に信じやがった。
ニクルスも意識を取り戻し座ってご飯を食べれるまでになっていた。
「あんな美味いものがファートリアにあるなんて、ぜひ取引がしたいものですな。」
「私たちも初めて食べましたわ。」
「しかし死にかけていた私を看病し、死の淵から救ってくれたイオナ様がたにはなんとお礼を申し上げて良いか。さらに私の御者たちの弔いまでやっていただいたとか、命の恩人に対して無礼を働くわけにもいきません。何なりとお申し付けください。」
えっと、俺たちが追われあなたの御者が死んだんです・・あなたも死にかけた・・俺たちの良心がそんな図々しい事を言えるわけがありません。お気持ちだけで十分でございます。
「いいえ、そんな・・ねえ母さん」
俺がイオナに話しかけたとき、ニクルスがさらに話した。
「そうだ!あなた方は荷馬車を失ってしまった。わたくしも御者を失ってしまいましたしエリックもこのような状態です。わたくしも一人でグラドラムまで行って商いをすることは出来ないゆえ、次の宿場町でいったん休んでから立て直しのためラシュタルに引き返そうと思います。そこで・・私の荷馬車を1台差し上げましょう。私の商売の荷物は1台に詰め込んで、空になった荷馬車でグラドラムに向かわれてはいかがでしょうか?それだけの事はしていただいた。お金などよりあなた方にとってはありがたいのではないでしょうかな?」
「ええ。それではお言葉に甘えてそうさせていただきますわ。」
あれ?即断即決!イオナさんあっさり受け取ったわ。確かに馬車必要だね、てか武器を運ぶものいるもんね。したたかなお母さんで助かるわ。
「そうですか!ありがとうございます!イオナ様にそう言っていただいて助かります。なに命を救われたからには荷馬車1台などこれからの商いでいくらでも取り返せますから。今回積んできた荷物もグラドラムではなくいったん次の宿場町で売りはらおうと思います。グラドラムより安値で売らねばなりませんが、ただで帰るわけにもいきませんしな。」
「では早速お荷物を移し替えさせていただいても?」
気が変わらないうちに早くしてしまおうというイオナがニクルスに尋ねた。
「ええ、ええ!私は身動きができませんが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「当然やりますわ。みなさん早速作業に取り掛かりましょう。」
「はい。」
身動きできないニクルスと、まだ力の出せないエリックには休んでいてもらい荷物を移す事にした。
馬車を2台連結するように後ろと後ろをくっつけて荷物を移し替えていく。きっちり整理しながら入れて行くとすべての荷物を1台に乗せることが出来た。我々がひいてきた馬に空の荷馬車をひかせることにし、荷物がギッチリ乗って重くなった馬車にもう一本手綱を付け替えて2頭でひくことにする。
作業が終わり俺は馬車の陰で乾パンとソーセージ缶を5個ずつだした。中身をあけて商会の方達が使っていた皿に盛りつけていく。それをもって先頭の馬車に持っていく。
「それでは昼食にいたしませんか?」
イオナが言うとニクルスとエリックが喜んで返事をした。
「こんなところで腸詰が食べられるとは、そしてこのパンはなんて柔らかいんだろう。」
ニクルスが乾パンに衝撃を受けているようだ。
「本当に美味い。護衛の仕事でこんなものを食べた事はないな。」
エリックも絶賛していた。
とにかく、彼らが無事生還してくれた事を喜ぶ事にしよう・・
しかし・・俺以外の4人、イオナ、マリア、ミーシャ、ミゼッタの食が進まない。疲れすぎて胃がもたれているのかな?おかしいなニクルスとエリックはこんなにおいしそうに食べてるのに。俺も戦闘糧食Ⅰ型のソーセージは悪くないと思うんだけど・・ソーセージ・・
あ・・
そうか・・あんな遺体を見たのだから、ひょっとして連想して食えないのか。
「あのみなさん・・この肉は残してもいいですよ。良かったら乾パンだけどうぞ。」
「え、ええ。」
「そうします・・」
「申し訳ありません」
「・・・・・」
だいぶまいってるらしい・・
野菜缶出せばよかった。
茅蜩のような虫の鳴き声が聞こえる林道で、ソーセージを食いながら俺はかすかに心を痛めているのであった。
でも・・
なんで俺はこんなに食欲あるんだろう?
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