第267話 旅のご恩と恩返し
俺たちは初老のおばさんについて、家の敷地を出て脇道をぬけていく。
《本当に昔の日本家屋ぽいな。》
井戸の上にも木造の屋根がついている。
4軒しかない村の住宅地を抜けて裏に出るとそこには畑があった。畑はほとんどが芋畑のようだが、芋以外の作物も植えてあるようだ。
畑にポツリポツリと人がいる。
《20人くらいか・・・子供もいるな。》
「おーい!お昼もってきたよぉ」
おばさんが呼ぶと畑仕事をしていた人たちがこちらを向く。
「おんやぁお客さんかい?」
おじいさんが声をかけて来た。
「旅の人だってさ。」
「こんな辺鄙なところにご苦労様だね。ありゃ?シン国の人じゃないね?北から?」
「砂漠かららしいよ。」
「へっ?砂漠から?」
おじいさんとおばさんが話をしているところに俺が入り込む。
「あの、私達はもともとは北の人間です。」
「そうかいそうかい。冒険者かいな?」
「まあそんなところです。」
「なんでまた砂漠から。」
「ちょっと砂漠を迷ってしまったところ、この人に助けられました。」
俺は虹蛇を指さす。すると虹蛇をみておじいさんが言う。
「あらぁ、あんた物凄く福の有る顔をしてなさる。そのいでたちも・・南の神主様かなにかかな?」
俺は心の中でつい言ってしまう。
《とんでもねえ、あたしゃ神様だよ。》
ところが虹蛇は無難に答えた。
「まあそんなところだな。」
「それはそれは。こんな田舎村によくぞおいで来てくださりました。」
おじいさんが深々と頭を下げる。
するとぞろぞろと畑仕事をしていた人たちが集まって来た。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
皆が挨拶をするので俺達も頭を下げて挨拶をする。
「へんな格好。」
子供が言った。もちろん俺とトラメルとケイシー神父の戦闘迷彩服の事を言っている。
「これ!お客様に失礼でねえが!」
おじいさんが声を荒げる。
「いやいや、確かに変わってますから、そう言われるのも無理はないです。」
俺がフォローを入れる。
「すみませんねえ、滅多に人などよりつかねえもんですから。」
《わかる。魔人達だって人間の国の礼儀を知ってるわけでもない。ときおり失礼な事を言ったりするし・・・特にシャーミリアとかが。》
畑の側に小川がながれている。畑仕事をしていた人達がそこで手を洗い始めた。
ジャバジャバ
「つめたぁ!」
「ひゃあ!」
子供達がきゃっきゃ言いながら手を洗っていた。
《これもしかして、かんがい用水路かな?》
畑仕事をしていたおばあちゃんが、小川の水から袋を引き上げる。麻袋にいれて何かを冷やしていたようだ。
「あの、お客さんもよがったらこれどうぞ。」
麻袋から出てきたのは瓜のような野菜だった。
「おおすまないのう!ほれ!おぬしたちもせっかくだし、いただこうではないか。」
虹蛇に言われて手に取る。
「あ、すみませんありがとうございます。」
「いただきますわ。」
「いただきます。」
パリン
ポリポリ
《うん、キュウリだ。》
「美味い美味い!」
虹蛇がご満悦だ。
村人も皆集まってご飯を食べ始める。
広げた風呂敷をみると箱とかがあった。
《日本風ということは、おにぎりとかでてくるのでは?》
俺は期待しておばさんが広げるご飯をみていた。
しかし・・
結論から言うとおにぎりはおろかパン的な主食はなかった。強いて言えばさっきの芋が主食のようになっている。
「旅のお方もご一緒にどうぞー」
「悪いのう。」
虹蛇様は遠慮しない。
「さあさああなたがたも遠慮しないで。」
「すみません。」
「ではありがたく頂戴しますわ。」
「感謝します。」
俺たち3人も土手に腰掛ける。
並ぶ料理は野菜中心だが魚っぽいものもあった。どれも火を通してはいるが味が薄い。
「美味しいですわ。」
トラメルがお世話を言う。
「すいませんねえ、塩も岩塩も入りづらくなってしまって。味が薄いんでさあ。」
お父さんだと思われる20代後半くらいの男が言う。
「塩はどこから?」
「うちは少し先の街までいくんだが、あまり売ってないもんで。」
「そうなんですね。」
「このところ北に行った冒険者や商人が、何年も戻ってこないものが増えたらしくて、商売もままならないんだとか。」
《北に行った冒険者は、おそらくファートリアで何かされているだろうからな・・》
お父さんが続ける。
「この国の都に行けばあるかもしれませんが、遠くてとても行けません。」
「この村は平和ですか?」
「そうだねぇ。特に変わった事はないね。」
「そうですか。」
そんな事を話していると虹蛇がおもむろに言う。
「我々が岩塩を取ってきてやろう。」
《え!先を急ごうかって時に何を言ってるんだ?》
「この飯の礼をせねばなるまい。のうラウルよ。」
《それはそうだが・・まあ虹蛇が言うなら仕方ない。》
「もちろんです!でも私は岩塩なんて取り方がわかりませんよ。」
岩塩なんて探してたらいつ戻れるかわからない。
「我が分かる。ここから西の山脈までどのくらいだ?」
虹蛇が聞くと村人のお父さんが答える。
「7日くらいはかかります。危険ですよ無理はせんでください。こんなご飯なんてお返しなどいりません!」
「なあに、ここにいるラウルはな凄いのだ。任せておれ!ズドンとな!」
「本当に結構ですよ!そんなつもりでご飯を食べてもらったわけじゃないんですよ。」
《そうそう。ここはお言葉に甘えて》
「まあ、お父さんがそうおっしゃるなら・・」
そんな俺の声をかき消して虹蛇がいう。
「お安い御用だ。なあラウルよ。」
「え、ええ。そうですね。すぐに取ってきます。」
「楽しみに待っておれ」
《あーあ・・勝手に約束しちゃったよ。仕方ない行くか・・》
「それじゃあどんどん食べてくだせえ。」
おばさんが食べ物をわたしてくる。
「はは、そろそろお腹も満たされてきました。ありがとうございます。」
《考える事がいっぱいでお腹もいっぱいだ。》
みんながご飯を食べ終わり始めると、子供達が遊び始めた。
「やあ!」
「そりゃ!」
カン!カン!
木の棒でチャンバラを始める。
その後ろで小さい子が魔法使いの真似をしている。
ファイアボォール!
アイシクルランス!
きゃっきゃと騒ぐ子供にトラメルが立ち上がり近づいていく。
「私が軽く手ほどきをしよう。」
《えっ?またスパルタ指導するんじゃないよね?》
俺が心配しながらみていると、トラメルが棒をもち稽古を始める。
しかし取り越し苦労だった。
やあ!
そりゃ!
カン!カン!
トラメルは軽くいなして子供達に打ち込ませるだけ。子供達は楽しそうにチャンバラをやっている。
《どうやらこれまでの経験でトラメルも学んだらしい。心なしかトラメルも楽しそうだし。》
「あのー。」
村人のお父さんらしき人に聞きたい事があった。
俺がこの村に立ち寄った本題について。
「なんでしょう?」
「お風呂ってありますか?」
「ああ、もちろんありますよ!なるほど!冒険で汚れなすってるようだ、ぜひお風呂を準備させましょう。」
「確かにそうだねえ。砂漠からなら汗もかいたでしょうから、お風呂に入ってさっぱりするのが良さそうだわね。」
「すみません。こんな素性もはっきりしないのに。」
「いやあ、困っている人は助けるのが当然ですから。」
「ありがとうございます。」
俺たちが砂漠に転移してからと言うもの、灼熱地獄と地中探検をしている間、いっさい風呂に入っていない。衛生上の問題もあるので入って起きたかったのだ。
水浴びでもよかったが、知らない土地の水辺は何がいるかわからない。
「じゃあオキヨ。風呂の準備をしてあげておくれ!」
「あいよ。」
俺たちと一緒にきたおばさんはオキヨさんと言うらしい。
《ますます日本風だ。》
「じゃあこちらへいらっしゃって下さい。」
「すみません。」
「じゃあわたしらはまだ畑仕事があるので、どうぞゆっくりして行ってくだせえ。」
「ありがとうございます。」
俺はチャンバラをしているトラメルのほうを向いて呼んだ。
「トラメル!ちょっと。」
「はい。」
トラメルが小走りにこっちにきた。
「お風呂を借りる事にした。行こう!」
「まあ!うれしいですわ!」
俺たちはまた来た道をひきかえしていく。
家に着くとオキヨは家に上がるように言う。
「どうぞこちらへ。」
「おじゃまします。」
「じゃあこちらで待っててくださいね。」
ガラ。
ドアは引き戸だ。
俺は一瞬、畳の部屋を想像したが木の床だった。
《そこまで日本に類似はしないか?》
しかしその部屋の真ん中には囲炉裏があった。
《囲炉裏がある!やっぱ昔の日本じゃん!なんか本物を初めて生でみたな。》
俺たちが板の間に座して休んでいると、しばらくしておばさんがお茶セットを持って戻ってきた。
「まもなく沸きますから待っててください。」
「すまんな。」
虹蛇が代表して礼を言い、俺たちが頭をさげる。
「本当にお疲れでしょう。風呂が沸くまでお茶をどうぞ。」
俺たちはまたお茶をご馳走になるのだった。
「この村は4軒しかないみたいですが、先程農作業していた方々で全員ですか?」
「ええ。その昔にここに流れ着いて、代々農業をしているんです。私は隣のそのまた隣の村から嫁いできたんですよ。」
「そうなんですね。」
「4軒の家主はみんな兄弟です。」
「へー!そうなんですね!なるほど。この村から外に出ることはありますか?」
「すこし離れた大きい村まで、買い出しに行くくらいでしょうか?」
「遠くの村まで?不便じゃないですか?」
「この辺りには似たような村が多く、みながそうやって生きてますから、不便と言うほどの事はないです。」
《遠くの村まで物を買いにいけるのか。どうやらこのあたりには、ファートリアやバルギウスの手は伸びてないみたいだな。》
「のどかでいいところですね。」
「あら。ありがとうございます。どうぞゆっくりして言ってください。」
そう言ってオキヨがお風呂を見に部屋を出て行く。
「どうやらここまで、ファートリアやバルギウスの手は届いていないみたいですね。」
「そのようだわ。」
「たぶんシン国はファートリアより保守的なので、おとなしい人も多く危険視されてないのでは?」
ケイシー神父が推察する。
「田舎なので手が伸びていないだけかも。」
「そうかもしれないわ。」
すると傍から声がかかる。
「まあ、おぬしたちの戦争の事はなんだかしらんが、ここは風呂を楽しめば良いではないか!」
虹蛇があっけらかんと言う。
「そうですね。虹蛇様を巻きこむわけにもいきませんし、この話はこのくらいで。」
「ええ。」
「はい。」
「ただ我は風呂に入る必要がないのだぞ。」
「えっ?入らないんですか?」
「我は汚れはせん、垢もでない。」
「そうなんですね!」
「糞尿もせぬ。」
《そういえばそうだった。排泄器官がないんだった。グレース(林田)もそうだった。》
「あのう?虹蛇様が食べたり飲んだりしたものはどこへ?」
「知らん。考えた事もない。」
《なんか・・ファントムやシャーミリアみたいだ。吸収したのはどこに行ってるのやら。》
「そういえば汗の匂いがしないですわね。」
「ああ。」
すると虹蛇が思い出したように言う。
「ちなみにおぬしらが我が迷宮でした糞尿は、砂漠を移動しているときに入れ物ごと砂にばらまいた。」
俺たち3人は思わず顔を赤くして下を向く。
「そっ!その節はすみませんでした!」
「私もですわ!」
「僕もです。」
「人間なら普通の事であろう?気にするな。直接されて無い分捨てやすかったしの。」
虹蛇が涼しい顔で言う。
微妙な空気が流れたところで
トントン
ガラ
「お湯が沸きましたで、どうぞお入り下さい。」
「は、はい!ありがとうございます。」
おばさんがお風呂の準備が終わって声をかけてくれた。
「えっと。虹蛇様にお願いなのですがトラメルと入っていただけませんか?」
「かまわんよ。」
「トラメルも良いかな?」
「はい構いません。」
《たぶんここは安全だとは思うが、いざと言うときに無防備になってしまう。二人には一緒に入ってもらう事にする。》
しかし虹蛇が俺にボソッと言う。
「ラウルよ、おぬしが懸念する事はなにも起こらんぞ。」
「わかるのですか?」
「ああそうじゃ、これから起きる事も人間の大まかな事もな。むしろ我が半分しか見えぬのはおぬしじゃな。」
「私ですか?」
「まあよい。トラメルいくぞ。」
「は、はい!」
トラメルと虹蛇は風呂に行くのだった。
俺はめっちゃ気になる事をいわれ悶々とするのだった。
《とにかくトラメルとケイシー神父にはゆっくりしてもらえそうだ。》
「しかし岩塩探しか・・」
「ですねぇ・・」
俺とケイシー神父は顔を見合わせてため息をついた。