第264話 優雅な虹蛇の大移動
伝説の虹蛇が目の前にいる。
でも蛇じゃない。
人間の形をしていてカラフルな髪が特徴的だが、蛇の要素は全く無いと言っていい。それなのに”虹蛇”なんだそうだ。そして上品に優雅にお茶を飲んでいる。
おかしいのはそれだけじゃない。
そもそも俺たちはその虹蛇の尻尾の中にいるらしいのだ。
《ややこしい。でも聞きたいことは他にあった。この人に似ている人を知っているからだ。》
「あの虹蛇様ちょっとお尋ねしても良いですか?」
「ん?なに?」
「えっと。虹蛇様の化身という人の事についてなんですが。」
一瞬空気が固まったように感じた。
・・・・・・・・
「お!おぬし何か知ってるのか!」
「え、ええ。少しだけ。」
「本当か!教えてくれ!」
虹蛇様が前のめりになってぐいぐい来る。
「は、はい!虹蛇様の化身だと名乗る人に会った事がございます。」
「どこで!」
「北です。」
「その者は今いずこへ?」
「今は二カルスの森にいるかと?」
「トレント爺のところか!」
「あの巨木をご存知でしたか?」
「知ってるも何も数千年前からの知り合いだ!」
虹蛇は上品にお茶を飲んでいたと思ったら、興奮しすぎてお茶をこぼしている。
「あの・・お茶がこぼれています。」
「あ・・ああ・・すまない。」
虹蛇がテーブルに手をかざすとこぼれたお茶が瞬間で消えた。
「それで化身は・・トレント爺の所にいるのか?」
「いいえ。今は森のどこかにいると思います。」
「そうか!」
「その・・虹蛇様は化身様とはどういうご関係で?」
「ご関係も何もそやつは跡継ぎじゃ。」
「ええ!跡継ぎ!?それは凄い!」
なんというショッキングなニュースだろう。そんなことがあるのか・・
「お主は化身の事をどれくらい知っておる?」
「そこそこ。友達になりました。」
「なんと!友達にか!」
「ええ。」
「化身の友が訪れるとは何という奇跡じゃろう。よく来てくれたな!」
「あはい。」《たまたまです。》
「化身は元気にしているのか?」
「ええ。ぴんぴんしてます!」
「そうか!よかった!よかった!」
「あの・・」
「なにかな。」
「いきさつを聞いてもよろしいのでしょうか?」
「かまわんよ。」
そして虹蛇は俺達3人に経緯を話してくれることとなった。
「ついこの前のこと。12年ほど前かな・・3000年ぶりに卵が産まれた。そして・・思いっきり出したもんだからどこかに吹き飛んでしまったのだ。我も初めての事だから慣れてなくてな。」
「えっ!卵が吹き飛んだんですか?」
俺が聞く。
「そうだ。」
「虹神様はあの・・卵を産むのですか? 」
ケイシー神父が聞く。
「ああそうだ。まあ急に卵が出てきたのにはびっくりしたがの。」
「つかぬことをお伺いしますが・・虹蛇様には生殖機能があらせられるという事ですか?」
「ない。」
「それでも卵は産まれると。」
「そうだな。おぬしたち人間とは違うがその時はいきなりやって来る。我もそうやってこの世界に降り立ったのだ。跡継ぎが生まれて我の力を引き継いでまた次の周期に入るらしい。この世の始まりの頃からそうしていたのだ。」
「す、すばらしい。ファートリア神聖国でも誰も知らない事実だ・・」
「あのー、虹蛇様。」
俺が聞いてみる。
「なんだ?」
「今の虹蛇様はどのくらいの間こうしておられるのですか?」
「周期は1万年。我はおそらくすでに1万年がたったのだろうと思う。しかし跡継ぎが消えてしまい、動くに動けなくなってしまったところにおぬしらが来た。」
「何という偶然なんでしょう。」
「いや、これは間違いなく偶然などではないぞ。」
「え、そうなんですか?」
「引き寄せと言うやつだな。」
「引き寄せですか?」
「おぬしは化身の友となってくれたのだろう?」
「そうです。」
「化身の友が偶然にも、我の所になど来ないよ。」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。」
《なるほど・・虹蛇がそういうのならきっと間違いないのだろう。》
気がつけば、俺達はみんな席を立って身を乗り出して話をしていた。
「ま・・まあ、落ち着こうではないか。」
「はい。」
ズビー
皆でお茶を飲む。
「えっと虹蛇様。私から提案があるのですが?」
「言うてみい。」
「化身のもとまで誘導しますので連れて行ってもらえませんか?私ならおおよその居場所が分かるのですが。」
「本当か!!!ぜひそうしてくれ!!!」
「は、はい!もちろんです。」
「それじゃあ早速行こうか。」
「えっ!?今すぐですか?」
「そう、あまり時間もないのでな。」
「少しだけ問題がありまして。」
「なんだ?」
「今、私は戦争中でして・・もしかすると道中でデモンと言う敵に出会うかもしれません。そうなれば交戦せざるを得ないかもしれないのです。」
「デモン。なるほど・・それは穏やかではないな。」
「虹蛇様に迷惑をかけるといけませんので、隠れていきたいのですが?」
「じゃあここに居ればいいだろう。」
「ここにですか?」
「そうじゃ。そのまま我に場所を教えてくれればいい。デモンは避けて通ればいいのであろう?」
「避けられますか?」
「もちろんだ!こちらから近寄らねば済む事だ。」
「わかりました。」
どうやら虹蛇様が俺達を二カルスの森まで連れてってくれそうだ。灼熱で危険な砂漠を横断しなくても良くなった。
「で私たちはどうすれば?」
「すでに砂漠を北へ向かって泳いでおるぞ。」
「え?今ですか?」
「お前たちと話している間も北へと進路を取っていた。さっき教えてくれたからな!そっちに向かえば我の化身に会えるのだろう?」
「はい。必ずいると思います。」
「ありがとう。我はようやくまっとうできそうじゃ。」
「は、はい・・」
《まっとうするってなんだろう?とにかくすでに虹蛇は北へ向かっているらしい、後は俺が方向などを示してやればいいのだろうか?》
「虹蛇様はお名前などあるのですか?」
「ない。虹蛇は虹蛇だ。」
「あの・・化身様には名前があるのですが。」
「ほう?誰かがつけたのだろうな。」
「それは分かりません。」
「何という名だ?」
「グレースです。」
「ほうほう。可愛らしい名だな!会うのが楽しみだ。」
「グレースは今の小身体の虹蛇様ととても似ています。もう少し背は低いかもしれません。」
「我の力を引き継ぐまではその体しか持っておらぬ。」
「そういうものなんですね?」
「そういうものだ。」
《普通にリビングみたいなところで話をしているが、本当にこれで進んでいるのだろうか?振動も無いしこれで移動しているとは思えないんだが・・》
「すみません。虹蛇様・・」
「なに?」
「いま進んでいる所ですか?」
「あー外を見てみたい?」
「見たいです。」
「じゃあ見せよう。」
俺達3人が席を立とうとしたときだった。虹蛇様が声をかけてくる。
「立たなくてもいいよ。」
「え?そうなんですか?」
するとリビングの壁のようなところにスルスルと垂れ幕のような物が落ちて来た。
俺達3人はただただその垂れ幕を見ていた。
すると・・
パッ
垂れ幕にいきなり映像が流れて来た。
「えっ!えっ!」
「なんかラウル殿の”でぃすぷれい”のようですわ!」
「本当だ。」
カーテンのような物に外の風景が映し出されているようなのだが・・
これは・・まるで・・
3DCGのアトラクションみたな状態だった。ジェットコースターのような映像が映し出される。
砂からズバーと空に向けて飛び出て、また砂の地面が近づいてきてズボ―っと砂に潜る。それをくりかえして前進しているようだった。
「まったく振動が無いのですが、あんなに激しく動いているのですか?」
「そうそう。ここは動かぬように保っているから問題ない。」
「問題・・ないですね。凄い!」
「お茶がこぼれたら困るからな。」
「あ、ああ。そう言う事ですか。」
《凄い!あの熱砂の砂漠を物凄いスピードで進んでいる。これなら魔獣や敵兵などが現れてもスルーして進んでいけるな!》
そして映像を見ていると見覚えのあるものが見えて来る。
「ラウル殿!あれはこの前見た砂の大波よ。」
「本当だ!あれで俺達は飛ばされたんだ!」
「ああ、お主達は小さいからなあ。砂波で飲まれてしまったのか・・仕方ない。」
「虹蛇様は大丈夫なのですか?」
「ああ、少し潜るぞ。」
カーテンに映るのは砂に潜る瞬間の地面だった。
ズボっと地面に潜っていく。
「あとはしばらく暗い映像になるからな。一旦幕をあげるぞ。」
そして映像を移す幕が上がっていた。
「虹蛇様の住んでいた神殿を離れていいのですか?」
ケイシー神父が聞く。
「神殿?神殿などはないぞ。あれは尻尾を突き出していたら周りにクリスタルが生えただけ。我がいなくなったことであそこは埋まってしまった。我を奉る場所などどこにもありはしない。力を軽く放出したら出来ただけの空間だね。」
「そうだったのですね!あそこにはどのくらいいらっしゃったのですか?」
「そうさな、3千年くらいかのう。」
「3千年!!そんなにいたのに壊しちゃってよかったんですか?」
「別に作りたくて作った訳じゃないから。ほれお茶のお代わりをどうだ?」
「えっといただきます。」
「私も。」
「僕も。」
そしてまた4人でティータイムを始める。
今度は俺はフランス軍のレーションのクラッカーをお茶請けとして召喚する。
「おお!これはまたなんじゃな?」
「お菓子です。どうぞ!」
「いただこうとするかの!」
そしてまたクラッカーをつまみながら皆でお茶を飲み始める。
談笑しながら優雅にすごしていると虹蛇が言う。
「そろそろ砂漠が終わるな。」
「えっ!もう?」
また垂れ幕が降りて来た。
「ほら!」
眼前に広がるのは草原だった。
「えっと・・これは・・」
「シン国の南に出たようじゃ。」
「シン国。二カルス大森林の南ですね。」
「そうじゃな。」
広大な草原が広がっており細道が続く光景が眼前に広がっている。
「それでじゃな。二カルスの森につくまでは徒歩だ。小身体になり虹蛇の体を解かねばならん。そうでなければ人間の町を全て潰してしまう。」
「そうなのですね。」
「すまんの。」
《えっと・・どれだけ体大きいんだろう?町を潰してしまう?》
「いえ!砂漠からこちらに戻れただけでとてもありがたく思います!今度は私がお連れしますので!で私はどうすれば・・」
「それじゃあそっちから出てくれ。」
俺達が入って来た通路部分に穴が空いた。
「あ、はい。」
そして俺達3人はまた虹蛇の小身体についてトンネルを抜けると・・
そこは草原だった。
そう・・外になっていた。
俺達が後ろを振り向くと・・
既に後ろには何もなかった。