第259話 攻略失敗とリセット
なぜだろう?
《ここの中では時間の感覚が分からなくなる。》
そのため俺は3個の軍用腕時計を召喚して二人に渡していた。時計のおかげで今どのくらい時間が経ったのかだけは分かっている。
24時間。
二人はほぼ休めずに歩きっぱなしだったので、だいぶ疲れているようだ。
さらにだ・・
「これ・・反対側ですよね?」
ケイシー神父が絶望的な顔をして言う。
「そのようです。」
「せっかくもう少しだったのに、こんなの酷いですわね。」
「ええ。根性が悪いですね。」
ゴールまで4分の3は来ていたと思った時だった。こともあろうに大迷宮が大幅に動いたのだ。
大迷宮はまるでスライドパズルのようにスーッと動いて、俺達は10メートル四方の床や壁と共に、迷宮の反対側の外側付近まで移動させられてしまったのだ。
「迷宮が動いている時は振動などありませんでしたね。映像ディスプレイで俯瞰して見てなければ、床ごと動いていることには気が付かなかったでしょう。」
「ホントですね。恐ろしく滑らかに動いてました。いったいどういう仕組みなんでしょう。」
「風もそよがないし・・空間ごと動いたような気がします。」
「悪質だわ。」
普通の冒険者なら動いている事すら気が付かずに、反対側に出てしまっていただろう。
俺達は上空のブラック・ホーネット・ナノからの映像で俯瞰して見れているため、迷宮がパズルのように動き反対側に連れてこられたことに気がついていた。
《ブラック・ホーネットよ、ありがとう。》
そして俺たちは迷宮から出された。
俺はこれまでの事で、この迷宮のルールが分かって来た。
・壁をよじ登れば無酸素空間に包まれる。
・立ち止まって30分〜40分以上その場にいると魔物が放出される。
・24時間。丸一日たつと迷路が更新されるように組み替えられる。
最初にゾンビに襲われてから3時間後にまた40分くらい休憩をとった。すると再び魔物が出てきたのだった。ゾンビ5体に1体の割合でスケルトンが混ざっていた。2度目の総数も20体。
さらに2時間後に30分ちょっと休みをとったら、次はゾンビ5体にスケルトン2体の割合で出てきた。3度目の総数も20体。
基本的にゾンビよりスケルトンの方が動きも早く強い。頭を飛ばしても死なず胸の奥に魔石のコアがあり、それを破壊しないと動きは止まらない。しかし徹甲弾を装填したP320ハンドガンで、胸の奥の魔石を破壊すれば簡単に倒す事が出来たので、トラメルとケイシー神父の練習台になってもらった。
《休むごとに少しずつ強い魔物に置き換わっているような気がする・・》
そして次に2時間後にとった休憩は30分未満で切り上げた。すると魔物が出ることは無かった。その後も30分未満なら魔物が出ることはなかった。なのでそれからは2時間歩いて30分未満休んでを繰り返していた。
排泄がしたくなった時は携帯用トイレを召喚し、都度テントを張って中で用足しさせた。テントと携帯用トイレはそのままそこに廃棄してやった。
《きれい好きなようだが残念だな。散らかしてやったぜ!ざまあみろ!》
そんな苦労の末ようやくゴール地点が見えてきたという時に・・迷宮が動いたのだ。
「丸一日たつと迷宮が動くという事ですね。」
「ちょっとだけ・・疲れましたわ。」
「ぼ‥僕も。」
「トラメルさんもケイシー神父もちょっとなんてもんじゃないでしょう。人は24時間歩き続けたら疲れます。まあ2時間に1回の30分休憩をとったからやってこれましたが、この迷宮は人間には過酷すぎますよ。」
「すみません・・」
「足手まといで・・」
「いえ!二人はよくやっています!とにかくここなら壁面があるし広いので、魔物が出たら私が倒し続けます!二人は休んでください!」
「そんな・・」
「ラウルさんだけにさせるわけには・・」
「逆です。二人に倒れられると守る事が困難になります。だからとにかく眠ってほしい、眠るのが無理なら目を瞑って座っていて欲しい。」
「わかりました・・」
「すみません。」
そして俺は二人を座らせて周りを警戒する。
しかし・・
その後・・
1時間たっても魔物は出てこなかった。
さらにその後・・
2時間たっても魔物は出てこない・・
どうやら迷宮外は魔物が出ないようだ。
ルールをもう一つ見つけた。
・迷宮外には魔物が出ない。
俺は二人を見る。
《二人はきちんと眠れていないようだな・・》
トラメルとケイシー神父はウトウトしているものの、時おり目を開いて周りを見ている。
俺は二人に近づいて行く。
「安心してください。どうやらこの迷宮の外周は魔物が出ないようです。テントを張りますので中で寝てください。私は外で見張ります。」
「ラウル殿だけにさせるわけにはまいりません。」
「そうです!」
「うーん。ではこうしましょう!6時間眠ったら交代しましょう。そして俺が寝ている間は二人が左右を見張るという事でどうですか?」
「それならば。」
「そうしましょう。」
そして俺はテントを召喚して壁付近に作ってあげる。
「さあ、入って。」
二人はテントの中に入っていった。
そして俺はテントの前にどっかりと腰を下ろして周りを警戒する。
《しかし・・攻略迄のタイムリミットは24時間か。それまでにたどり着かなければ迷宮が動いて外に出されてしまう。休憩は30分以内に抑えなければならない。2時間に30分の休みではたどり着かなかった。という事は4時間に一回30分の休みを取ればさっきよりだいぶ確率はあがるはずだ。》
テントの中で二人は寝息を立てているようだった。相当疲れていたらしい。
《あとは魔物を1回退治してみてその場にとどまった時の検証をしていないな。20体の魔物を倒した後どうなったのか見ていない。》
俺は出来るだけ効率の良い方法を考え続けたのだった。
そうしているうちに6時間がたった。
「あの、お二人は起きれますか?」
「・・は・・はい。大丈夫です。」
「・・す・・・すみません。ぐっすり寝込んでました。」
「でしたらもう少し寝ますか?」
「いえ!ラウル殿が休んでくれないと困るわ。」
「そうですよ!ラウルさん!」
「わかりました。そろそろ魔力の回復の為にも睡眠をとりたい所でした。食事を用意しますので見張りの間食べててください。」
俺は自衛隊戦闘糧食2型を召喚して二人の前に置いた。
「好きなものを食べていいですよ。」
「これ・・変わってるけど美味しいですわ。」
「ホントです!これでかなり元気が出てますよ!」
「よかったです。では睡眠をとりますのでお願いします。二人は無理をしないようにお願いします。少しでも動きがあればすぐに起こしてください。」
「ええ。安心して眠ってください。ラウル殿からお借りしたこの武器で敵を倒しますわ。」
「そうです。僕も少しは当たるようになってきましたからね。任せてください!」
「ふふ!頼もしいですね!ではお言葉に甘えて眠ります。」
そして俺はテントに入り込んで横になった。
俺は深い眠りについていても、すぐに目覚める事が出来る体になっていた。俺が本気で起きられなくなるのはアナミスの睡眠ガスだ・・
《アナミスのあれだけは・・強烈なんだよなあ・・》
なんて考えながら、すぐさま深い眠りにつく。
そして・・俺が起きたのはきっかり6時間後だ。体内の魔力が復活しているのが分かる。
思いっきり体を動かしたい気分だ。
「ありがとうございます。」
俺がテントを出るとトラメルが驚く。
「え!起きてきたのですか?」
「そうですよ。僕たちがもっと長く寝てもらおうと思って、声をかけなかったのに!」
「ああ・・深い眠りについていてもわかるんです。時間が・・」
「まったく素晴らしい・・」
「本当だ・・」
そして二人がもじもじとしていた。
「あ!すみません!すぐに用意します!」
二人分の携帯トイレを召喚して渡す。
「どうぞテントでやってください!」
「では神父からどうぞ!」
「いやいや今回はトラメル様がどうぞ!」
「いやよ。」
「・・・・・わかりました。」
《そりゃそうだよ!ちょっと女の子の事考えてあげてよ!ケイシー神父!》
そしてケイシー神父がテントに入り・・出てきた。
「すみません。ホッとしました。」
そしてトラメルが黙ってテントに入っていく。
しばらくするとトラメルが出てきた。
「このテントは放棄しましょう。少し離れた場所に再度テントを張りますので、もう一度休んでもらえますか?」
「またでしょうか?」
「ええ。この迷宮は丸1日で攻略しなければ動いてしまうようなんです。1日で終わらせるためには、体力を温存してから攻略開始しないと二人がもちません。」
「1日で・・」
「はい。しかも休憩は4時間に1回30分以下に抑えなければなりません。」
「わかりました。では今度はしっかり休養をとります。」
「ラウルさん!次は必ず攻略しましょう!」
「ええ。」
そして俺達はそこにテントを捨てて、50メートル先にまたテントを張る。
「また6時間休んでください。」
「わかったわ。」
「はい。」
二人をテントに押し込んで休んでもらう。
きっちり6時間が経ったので二人をおこす。
「いかがです?」
「だいぶいいです。行けますわ!」
「僕もです!」
「では迷宮の入り口を探しましょう。」
そして迷宮の壁に沿って歩いて行くと、入り口らしきところがあった。
「ラウルさん!文字がありますよ!」
「なんて書いてありますか?」
「えーっとそのまま読みます。」
「はい。」
「いやぁー残念だったね。もう少しだったよねぇ・・こんなに早く終点近くまで来た人初めてかも。ほとんどの人が何度も挑戦して失敗していたからね。とても勘がいいのかな?」
「・・・ええっと・・本当にそんな風に書いてあるのですか?」
「はい。」
「あの・・続けてください。」
「次もぜひ挑戦してほしいな。君たちは見所がある!次はもう少し難しいかもしれないけど頑張ってね。」
「なんだって・・」
「難しいと書いてあるの?」
「ええ。難易度が上がるようです。」
「だと少し急いで動かなければならないようですね。」
「わかりました!」
「頑張ります。」
「文章は終わりですか?」
「いえ・・続きが・・終点についた暁には必ず君たちの望みが叶えられるはず!ぜーったいがんばってよ。でもさっきのはきっとまぐれだったろうから今回はもう無理だと思う。やれるもんならやってみな!」
「・・・・えっと!そんな風に?」
「はい!」
「なんでしょう。イライラしますわ。」
「僕もです。」
「え、ええ!いや・・これは作戦です!冷静さを欠いたら負けですよ。二人ともまずは穏やかに。」
「わかりました。ラウル殿がそういうのであればそうなのでしょう。」
「ですね。僕としたことが・・相手の策略に乗る所でした。」
そして俺達は充電バッチリになったブラック・ホーネット・ナノを飛ばし、ディスプレイを見ながら迷宮の入り口をくぐるのだった。
《次こそは!》
寝たおかげで魔力も満タンだった。
イケそうな気がする!
意気揚々と歩いて行く後ろを二人は不安そうについてきていた。