第257話 巨大迷宮攻略開始
俺たちを誘うかの如く、塔の壁に唐突に入り口ができた。
「これって入れって事ですかね?」
ケイシー神父が言う。
「いや・・なんらかの罠なんじゃないかと。」
「そうよね。ラウル殿を突き落とした奴だし、ろくでもない奴だと思うわ。」
「確かに。」
とにかく俺は目の前にぽっかり空いた入り口に、入ろうか入るまいか悩んでいた。
入らねば話が始まらない・・
二人にはP320自動拳銃を1丁ずつ渡してはいるが、もちろん護身用程度にしかならない。俺はいざという時に二人を守りきれるかどうかも分からなかった。
「さて。」
《悩む・・》
すると
「ラウル殿。私の事は気になさらずに。」
トラメルが言う。
「僕の事もちょっとしか気にしなくていいですよ。」
ケイシーが不安そうに言う。
「・・・死ぬかもしれませんよ。」
「いずれにせよこの地下空間から出なければ、ここで生涯を終える事になりそうです。私たちが二人でここに置いていかれれば私たちが死にますし、どうせ死ぬならあなたの傍がいいわ。」
「そうです。確かに美しい場所ではありますが、死に場所にしたいかと言ったらそうでもありません。僕も挑戦してから死にたいです。」
「ここに入ったら二度と出られなくなる可能性だってありますよ。」
「一蓮托生です。」
「そうそう。みんなで渡れば怖くないって言う事です。」
「・・・わかりました。では細心の注意を払っていきましょう。」
「わかりました。」
「はい。」
二人が俺の背中を押す。どうやら二人は俺の事を心から信じてくれているようだ。
恐る恐る穴に近づいてみる・・
塔の壁にぽっかり空いた穴をよく見てみるが、その穴がどういう構造になっているのか分からなかった。粘土をくりぬいたかのように丸くきれいに空いている。
「さっきまでここに継ぎ目とかありませんでしたよね。」
「どうなっているんでしょう?」
「不思議です。」
《近未来的な雰囲気もあるぞ、とにかく入っていくとするか。》
「では行きましょう・・。」
俺達が壁の穴に入っていくと、そこはトンネルの様になっていた。
そのトンネルの壁には時おり7色の光が誘導灯の様に、入り口から奥へと光って走っていく。
「この壁・・かなり厚いですね。」
「本当ですわね。こんなに分厚かったんですね。」
壁はどうやら10メートルくらいの厚さがあるようだった。
俺達がトンネルを抜けるとそこは・・
雪国・・
いや・・
広大な空間が広がっていた。
「えっ!広い!」
「なんでこんな・・」
「おかしくないですか?」
俺達3人が驚いた理由は・・
スケール感がおかしい。塔の外観からしてもこんなに広いわけはない。
「戻ります?」
ケイシー神父が言うので後ろを振り向いてみると・・
「穴がありません。」
「本当だ・・」
「閉じ込められた!」
「まあ・・神父落ち着いてください。」
「は、はい・・」
くぐって来たトンネルがあった部分は壁になっていた。
「完全に意図した動きになっていますね。」
「そのようですわね。」
そして俺達の眼前にはまた壁がそそり立っていた。
目の前には穴がありまたそこに入れと言わんばかりだった。
「これ入れって事ですよね?」
「でしょうね・・」
「大丈夫でしょうか?」
「もう戻れないのだし仕方がありません。」
「いきますか。」
俺達3人は目の前の壁に空いた穴に入ろうとすると、穴の脇に何か文字のような物が刻まれていた。壁の中からにじみ出ているような文字だ。
「ん?何か書いてあります。」
「これは何と書いてあるのでしょう?」
俺とトラメルはその文字を読むことは出来なかった。大陸北部の文字ではない。
「えっと・・少しなら僕が。」
ケイシー神父が言う。
「読めるんですか?」
「これは南方の言葉ですね。とりあえず読めるところを読んでみます。」
「お願いします。」
ケイシー神父がまじまじと壁の文字を見た。
「えーと。ん?」
「どうしました?」
「あのぉ、書いてある通りに読みますね。」
「どうぞ。」
「ようこそいらっしゃいました。スルベキア迷宮にたどり着いた英雄よ。」
「なんか・・微妙にあやしい。」
「ですよね・・続けます。」
ケイシー神父が続けて読む。
「吾輩自慢のこの迷宮は凄いんです。ちょっとやそっとじゃ最終地点へたどり着けないと思いますがなにか?」
「えっと・・本当にそんな風に書いてあるんですか?」
「本当です。そういう雰囲気で書いてあります。」
「そうですか。なんていうか、もっと厳かな感じの事が書いてあるんだと思いました。」
「なんか変ね。」
《書いた奴・・すこし頭悪そう・・》
「この難解な迷宮を踏破した先には、其方らの願いを叶える神が待つであろう。」
「おお!やっとそれらしい文章になってきましたね。どうやらこれは迷宮を踏破すれば地上に出られるって事かな?」
「でしょうか?続きを読みますね。」
「はい。」
ケイシー神父は壁の文字を読んでいく。
「しかしこの迷宮を侮るなかれ。複雑に入り組み簡単には踏破することが出来ないであろう。もしこの迷宮を破れなかった場合には其方らに恐ろしい・・・」
「どうしました?」
「すみません。ここなんて書いてあるのか分かりません。」
《めっちゃ気になるところが読めないんか・・》
「わかりました。とにかくこの迷宮を攻略したら脱出できる可能性が出てきましたね。」
「攻略ですか・・大丈夫でしょうか?」
「神父。どこにも出口は無いわけだし、進む以外の選択肢があって?」
「トラメルさんの言う通りです。進むしか手がなさそうです。」
「ですよね・・ええとまだ続きがあります。」
「はい。」
俺とトラメルは神妙に耳を傾ける。
「ズルとかしたら苦しい思いをするでしょう。後ろを振り返ってもらったら分かりますが、すでに退路はありませんので悪しからず。」
「なんかふざけた文章ですね。」
「ズルってなにかしら?」
「どういう事でしょう?」
「さああなたの運命はいかに!栄光を君に!この文字は読んだら自動的に消えます。」
ケイシー神父が読み終わると壁に記された文字は消えていった。
「本当に消えた。」
「なんだかふざけてましたね。」
「そうでしたね。」
「とりあえずここが迷宮の入り口らしいですね。」
「ズルって何でしょう。」
「分かりませんが・・私に少し考えがあります。」
「考え?」
二人が俺を見る。
「あの・入口の壁なんですが高さが5〜6メードくらいしかないですよね。」
「はい。」
「あそこの上に立てば迷宮の全容が見えて早く攻略出来るんじゃないですかね?」
「・・・それがズルなんじゃないかしら。」
「そうですよ。ラウルさん・・やめた方がいいですよ。」
「でもこんなところをずっと彷徨い続けたら時間がどんどん過ぎてしまいます。」
「確かに・・」
《このくらいの壁なら飛び乗る事ができそうだった。壁の上から迷宮を見渡しながら下にいる二人に指示を出して導いたらいいんじゃないのかな。》
俺は入って来た入り口付近まで下がっていく。そして体に魔力を回していくそれを頭の先から足先に落としていく。
《この旅はよく魔力を効率よく使う事を要求されるな・・》
「ふっ!」
迷宮の入り口がある壁に向かってダッシュする。
シュッ
壁面を駆けあがるように登る。壁の上の縁に手をかけてグイっと体を引き上げる。
《おお!全体が見えた!広いけどこのどこが終了地点だ?終了地点から逆引きしていけば早くゴールにつけるんじゃないのか・・うぐぐっ》
ヒュー
ドサッ!
俺はある事に驚いて5メートルほど転落してしまった。
《油断した!》
「ラウル殿!」
「どうしました!!」
「触れてはいけない!」
俺は咄嗟に二人を止めた。
「なぜ?」
「えっ?」
《これは・・く・・苦しい。俺の周りに酸素が無いぞ!》
慌てて酸素ボンベとマスクを召喚して顔にとりつける。
「コフーコフーコフーコフー」
俺は酸素ボンベから思いっきり酸素を肺に入れる。
むっくり起きあがりジェスチャーで二人に無事を知らせる。
酸素マスクを外して言う。
「上に乗ると空気のない空間がまとわりつくようです。さらに毒か何かの影響かもしれないのですが、それがそのまままとわりついてきて・・息が出来なくなります。ズルをすると本当に苦しくなるようですっ・・」
俺に酸素無し空間がまとわりついているらしい。
酸素マスクを取り付けて息を吸う。
「ラウルさん!再び壁に文字が刻まれました!」
ケイシー神父が先ほどの文字が刻まれた場所を見て言う。
「ズルをしましたね。60数えるだけ上にいましたので、10倍の600ほど数を数える間あなたの周りの空気を消します。」
「そんな・・600も!」
トラメルが言う。
《10分も息を止めなきゃいけないのか!魔人の俺なら止めていられるだろうが・・普通の人間なら気を失うか死ぬな。酸素ボンベがあってよかったよ。》
俺はそのままその場で10分経過するのを待つ。そしておもむろに酸素ボンベを外した。
スゥ
「息が吸えました。」
「よかったですわ・・」
トラメルがホッと胸をなでおろすように言う。
「やっぱりズルは良くないんですね。いきなり罠が発動するとはビックリしました。」
「ラウルさん!いきなり無茶しちゃだめですよ!死んだらどうするんですか?」
「すみません・・迂闊でした。」
そして俺は考える。上から迷宮を見下ろすのは危険らしいので他に方法がないかを。
《もちろんこんなことで懲りる俺ではないのだよ。》
「迷宮全体を見ました!」
「どうなっていました?」
「かなり広いです。普通の迷宮の様に見えました。ただし人間が壁に這い上がると感知する仕組みがあるという事は、妨害する仕掛けがあるかもしれません。」
「そんな・・」
「そんなところを踏破しなければならないのですか?」
「ええ。ですから・・また上に昇ります。」
「ラウル殿!危険ですわ!」
「そうですよ。他に何か仕掛けがあるかもしれません!」
「いえ・・大丈夫です。私が上に上がるわけではありませんから。」
「それは・・どういう・・」
「まあ見ていてください。」
俺は超小型軍事ドローン ブラック・ホーネット・ナノ・パッケージを召喚する。この超小型ヘリにはカメラが3つ付いている。前方、真下、45度下部に向けてある。パッケージには映像を受信するコントローラーとディスプレイ、2機のブラック・ホーネット・ナノがついている。
俺はブラック・ホーネット・ナノのスイッチを入れた
ヴィー
超小型の軍事偵察ドローンは空中に浮かび上がった。
上空に高く舞い上がる。
「こ・・これは・・」
「上からの・・・」
「そうです。あの小さい蜂みたいな機体から送られてくる映像です。」
「使役しているのですか?」
「いえ。あれは物ですよ。生きているわけではありません。」
「武器ですか?」
「そう・・戦争用の武器ですね。」
3人でディスプレイを除くと迷宮の全容が見えてくるのだった。
「す・・すごい・・」
「本当だ・・」
「そんな凄い物でもないんですけどね。」
「神のようです・・」
「本当に・・」
「一旦この壁の文字を確認しておきましょう。」
ブラック・ホーネット・ナノを飛ばしながら、文字が出る壁の前で10分以上待機してみる。
「文字・・出ませんね。」
「どうやらそのようですわね。」
「本当だ。」
「小さいので反応しないようです。」
「ふふふ・・ズルいわ。」
「ほんと・・ズルいです。」
「ははは・・」
ブラック・ホーネット・ナノは普通に飛んでいる・・
《という事は上空には空気があるという事だ。ドローンは空気を下に押し出すことで揚力を発生させているからな・・あの無酸素空間はズルした者を狙って発生するのか?魔法か?》
俺はとにかく早くここを攻略して脱出したいのだよ!
俺達はブラック・ホーネット・ナノから送られてくる映像を見ながら、悠々と迷宮の入り口をくぐるのだった。