第256話 招かれざる客?
天板がピカピカに光輝き辺りは昼間の様だった。クリスタルの森もキラキラと輝き始める。
「凄くまぶしいですね。」
「本当ですわね。」
「かなりの魔力が放出されたんでしょう。」
俺達が一歩、森に入るとまぶしくてまともに目を開いてられないほどだった。あまりにもクリスタルの乱反射が眩すぎて真っすぐに歩く事も出来ない。
「よっ!」
ポトリ
俺は米軍で使用されているタクティカルゴーグルを3つ召喚した。ゴムバンドを頭の後ろに回してつけるもので、黒の防弾レンズが危険から目を守ってくれる。
「これをつけてください。」
「これは?」
「まぶしくなくなります。」
二人はゴーグルをつける。
トラメルはなかなかに様になっていた。ツンと尖った鼻と赤茶色の髪に黒いゴーグルが似合っている。ケイシー神父は・・何か似合わない。顔の作りが優しいのでゴーグルをしても精悍に見えないのだった。
「本当に・・凄く見やすくなったわ。」
「これも凄いですね。目を見開いて歩けます。」
「クリスタルの木がところどころ尖っていて危ないですからね。ゴーグルをつけていれば良く見えるので問題ないでしょう。」
「ラウル殿はまるで神様みたいね。」
「まったくです。暗ければ暗闇が見える物を、明るすぎれば暗くするものを即座に与えてくれる。こんな芸当は神にしかできませんよ。」
「大袈裟です。私が神なら世界は滅茶苦茶になります。」
「そんなことありません。」
「僕もそう思います。」
ゴーグルのおかげでスムーズにクリスタルの森を歩く事が出来た。この光の乱反射では人間ならまともに目を開けていられないはずだ。
「こっちです。」
「ラウル殿は、よく方向がわかりますね。」
「本当です。僕にはもうどこをどう歩いているのか分からないですよ。」
「えっ?わからないですか?まっすぐに向かってますよ。」
「とにかくついて行きます。」
「僕も。」
「じゃあ離れないでください。」
どうやらこのクリスタルの森は、人間の方向感覚を狂わせる何かがあるのかもしれなかった。更に光の乱反射もひどくて真っすぐに歩くことなど出来なかっただろう。
俺は迷いなくクリスタルの森を進んでいく。
ペキッ
パキッ
地面に落ちたクリスタルが割れて鋭利なガラスの様だが、軍用のブーツはその上を事も無げに歩くことが出来た。
「見えてきました。」
「つきましたね・・」
「あれか・・」
俺達はクリスタルの森の中心に建っていた建物にたどり着いた。
「城壁とかは無いようですね。」
「変わった建物です。何の物質で出来ているのでしょう?」
その建造物の表面はつるりとしていた。大理石のようだが少し透けている気がする。
「ひょっとしてこれもクリスタルの一種ですかね?」
「私は見た事ないですわ。」
「僕もです。」
「ここまでは、なんの抵抗もなく近づいて来れましたね。妨害するものは外にはいないようです。」
《逆にそれが不気味だけど。》
森も建物も静まりかえっている。ただまぶしく乱反射しながら光り輝いているだけだった。
「さて・・とりあえずこの建物の入り口を探してみますか?」
「えっ!ここに入るんですか?」
「そうです。」
「でもあんなに強大な魔力を放出する者がいるとなると・・」
「確かに危険かもしれませんが、敵と決まった訳でもありません。」
「た、確かにそうですね。」
俺達3人は建物の入り口を探す事にした。
建物を右手にして時計回りに周りを1周してみる。
「ラウルさん・・この建物は結構大きいですね。」
「そのようです。」
「この建物には突起が無いように見えるわ。」
「はい。先ほどから窓もドアも無いですね。」
「どうやって入るんでしょう?」
ケイシー神父の言うとおりだった。
《もとより人が入るように設計されていないのかもしれない。》
「えっと、これはさきほどの輝く魔力を出すためだけの塔ではないでしょうか?」
ケイシー神父が言う。
「ケイシー神父の言うとおりかもしれません。魔法塔とでもいうのでしょうか?あの天板の魔法陣に魔法を照射するための建物という事も考えられます。」
「この空間を維持するための塔という事ですかね?」
「かもしれません。」
結局1周したが塔に入る場所は見つからなかった。
「なかったですね。」
「ええ。」
「なかったです。」
《隠し扉でもあったのかな?》
「やはり魔力を放出する為の塔なのでしょうか?」
「分かりません。」
「じゃあ次の手ですが、この塔に登って入り口をさがすか壁を一部破壊してみるかですね。」
「破壊はダメそうですわ。もし魔力を放出する塔ならこの空間が潰れてしまうのでは?」
「その通りですね。では登ります。」
「これを・・登る?」
「もちろん私だけです。」
《さて問題はどうやって登るかだな。よく見てみると塔は高い下から登るにも表面がつるつるしていて足掛かりが無い。》
俺はある物を召喚する。
それは米軍の資金で開発中の、ヤモリにヒントを得て作られたグローブだった。ガラスに吸い付いて人が垂直に昇る事が出来るものらしい。
「じゃあ行ってきます。ここで待っていてください。」
「気を付けて・・」
「どうやって・・」
俺はおもむろにそのグローブをはめて壁に手を付けてみる。
ペタ
《おお!くっついた!》
両手をつけてみる。
《こっちもくっついた!》
そして俺は反対側の手をゆっくりとはがし少し上に、また反対側をはがしてさらにその上に。
「すごーい!」
「壁にくっついてますね。」
《前世でスーパー諜報部員が高層ビルを上る映画があったけど、あれが・・やれてるんだぁ!》
俺はうれしくなってどんどん上に昇っていく。
《うひょー。》
ゴーグルをしてペタペタ壁にへばりついて嬉しそうに登っていた。
《これ・・一度やって見たかったんだよなあ・・》
人間の筋力だったら腕だけでここまで登ってくるのも一苦労だったろう、しかし俺は全く疲れる事は無かった。昇るのが楽しくて仕方がない。
《ちょっとカッコつけて右手だけくっつけたまま、後ろを振り向いてみるかな。》
すると後ろには美しいクリスタルの森が広がっていた。天板が光り輝いているせいで光の波が出来ている。キラキラ光って綺麗だ。
俺はまた昇り始める。
《うーむ。しかし入り口らしきものはないなあ・・》
塔の半分くらい昇って来たが入り口っぽい物は無かった。
《やっぱり魔力を放出するだけの塔だったかな・・・》
そんなことを考えた時だった。
スコン!
塔から引き出しでも開けるように、思いっきり四角くなって突き出て来た。
「うわっ!」
スコン!
俺を空中に残して・・塔から飛び出て来た引き出しが引っ込んだ。
「う・・うわぁぁぁぁぁ」
俺は真っ逆さまに落下するのだった。
「どいてくださーい!」
下の方にトラメルとケイシーが近づいて来たので叫ぶ。
二人はパッ!とその場を飛びのいた。
ズン!
幸いなことに足から落ちる事が出来た。
ジーン
《しかしながら・・さすがに・・さすがに足に響いた。ぐぅぅぅぅぅ》
俺はしばらく動く事が出来なかった。
足が・・しびれる。
「ラウル殿!大丈夫?」
トラメルが俺に寄り添って肩を抱いてくれた。
「・・大丈夫です。いきなり突き落とされてしまいました。」
「突き落とされた?」
「はい。この塔に突き落とされました・・」
「塔に・・」
するとケイシーが言う。
「もしかしたら昇って来たのを見つけて、中にいる誰かが落としたんじゃないですか?」
「確かに・・狙われた気がする。ホント一瞬でした・・」
「とにかく!ラウルさんは大丈夫なんですか?」
「魔力を足にめぐらしていましたから大丈夫です。ただちょっとしびれてますね・・」
「あの高さから落ちて痺れただけ?」
「ええ。人間じゃないもので・・」
するとトラメルが心配そうに言う。
「それでも足が治るまではじっとしていた方がいいと思います。」
「そ・・そうですね。」
そして俺はしばらくそこに寝転んだ。
トラメルが優しく俺の足をさすってくれる。
《この人・・本当は凄く優しいんだな・・》
「でも・・どうしたらいいものか・・」
俺は素直に困っている事を言った。
「ふふっ。ラウル殿でも困る事があるんですね。」
トラメルが嬉しそうに言う。
「そりゃありますよ。」
するとケイシーも言う。
「なんでも余裕でこなすのかと思いましたよ。」
「いやぁ・・さすがにあの高さから落ちて冷静ではいられませんでした。」
「ですよね。」
俺達はしばらくそこにいて塔を見上げていた。
「ただ・・ラウルさん。きっとこの塔には登られたくない何かがいるって事ですよね?」
「そうなりますね。」
「だとすれば魔力は自動ではなく、その何かが操作した可能性があると思います。」
「その通りですね。」
「いったい何がそんなことをしているんでしょう。」
「わかりませんが、ここに祀られている神様かなにかがそうしている?神様は生きた人だったりして。」
「神は生を受けた生き物などでは思うんですが・・」
するとケイシー神父と俺が話をしている間も、俺をいつくしむように撫でてくれているトラメルが言う。
「そうとも限らないんじゃない?だってラウル殿のお母様だって長く生きてこられてる。私は子供の頃に絵本で魔王様が魔神として出てきたのを覚えているわ。」
「えっ?私の母が絵本に?」
「ええ。魔王が魔神としてあがめられているというお話ですけど。」
《そうか・・俺は子供のころから32歳だった前世を覚えているためか、この世界の絵本なんか読んだことなかったもんな。子供の頃にイオナにおねだりしたのは、データベースを書くための紙とペンだった。》
「ですから生きた神と言うのもいるんじゃないのかしら。」
「そうかもしれませんね。」
俺はトラメルが撫でてくれているのを止めて礼を言う。
「トラメルさん。足はだいぶ良くなりましたよ。」
「それは良かった!」
「トラメルさんの手当のおかげです。」
「私は治癒の力など無いんですが・・」
「いえ。私が治ったのだからあると思います。」
「え、ええ。とにかく治って良かったですわ。」
トラメルは頬を染めて下を向く。
「さてと・・それでどうしますかね。」
「はい。登るのは無理そうですよね。」
「はい。」
「誰か人がいるならお願いすれば入れてくれたりしませんかね?」
「いやいやケイシー神父。そんな馬鹿なことが!」
「ですよねー。すみませーん入れて下さーい!なんて!」
ケイシー神父がふざけて言った時だった。
俺達の目の前の壁にスッと穴が空いた。
「えっ!」
「ええ!」
「ええええ!」
いきなり俺達の前に塔の入り口が現れたのだった。