第255話 天に広がる魔法陣
俺達はこの空間から地上に脱出する手がかりを探すため、岩壁伝いに歩いてみることにした。
岩壁付近にはクリスタルの破片が落ちておらず、音を立てずに歩くことが出来そうだ。
天板からそそぐ淡い光に照らされて、クリスタルの木々がキラキラと輝く。
《これは自然に出来たものなのだろうか?それとも意図的に作られた?もし後者ならまだまだ俺の知らない力が存在するって事だが。》
「綺麗ね・・ここは本当に不思議な所・・」
トラメルがポツリと言う。
「ここ地面の下ですよね?」
ケイシーが言う。
「ええ。まさか砂漠の底にこんな場所があるとは。」
俺が上を見ると二人も天板を見上げた。
「よくあそこから落ちて僕達は生きてますね。」
《確かに天板から地面まではかなり距離がある。パラシュート無しなら俺でも無事にはすまなかっただろう。》
「それはラウル殿の力のおかげよ。」
「僕を左手一本で・・ぶんって股に挟みましたよね!凄い力です。」
「まあ必死でしたからね。」
本当にそうだった。咄嗟の判断にしては最善の選択だったと思う。
「それに・・あの大きな傘みたいなものでゆっくり墜ちれたみたいだし。」
「トラメルさんの言うとおり、あれは落下傘といって高所からゆっくり落ちる為の物です。」
「そうなんですね。」
「はい。」
話が途切れ3人はまた前を向いて黙って歩きだす。
するとケイシー神父が何かを思い出したように言う。
「そういえば!ラウルさん。ファートリアで学んだ事を思い出したのですが・・」
「なんです?」
「もしあの建物がスルベキア迷宮神殿だとすれば、南方の神様が祀られていると思います。」
《まあそりゃ・・神殿だからね・・》
「それを・・思い出したんですか?」
「はい。変な信仰だなと思ったのを思い出しました。」
「・・変な信仰?」
「はい。でも・・なんだったかな・・たしか・・えーっと・・ちょっと忘れました。」
《うろ覚えかい!》
「まあ思い出したら教えてください。」
すると喉の所を指さしてケイシー神父が言う。
「ここまで!ここまで出て来てるんですよ!」
「あなたね!少しは真面目に勉強してこなかったの!?」
トラメルが怒る。
それは無理もない。
トラメルは将来フラスリア領を統治するために必死に学んできた人だ。トラメルからすれば知の聖地であるファートリア神聖国にいて、真面目に勉強をしていないケイシー神父を許せないのだろう。
「す・・すみません。私は教皇になどになりたくなくて、勉強しなければ・・その・・教皇にならなくて済むんじゃないかと思って。」
「はあ?」
トラメルが呆れてしまった。
「まあトラメルさん、人それぞれに環境や立場もあると思います。私もサナリア領から出てなければ、今のようにはなっていませんでした。」
「ええ分かっていますわ。」
トラメルがしぶしぶといった感じで納得する。
とぼとぼ肩を落として歩くケイシー神父に哀愁が漂っている。
「ケイシー神父。いいんですよ!思い出したら言ってください!ファートリアでの学びに、ここを脱出する足掛かりになるものがあるかもしれないです。」
「は、はい。」
《ケイシーが萎縮して何も言わなくなるのも困る。トラメルが威圧的になればケイシーが黙ってしまうのでフォローしておこう。・・しかし前世の会社でも部下同士の争いをなだめたりしてたっけなあ・・》
前世の仕事で俺は中間管理職をしていて、マネージメントは上手くやれていた。
・・と自分では思う。
《俺は魔人の優秀さに胡坐をかいていたのかもしれないな・・》
俺が気配りしなくても文句も言わず、テキパキ動いてくれる彼らに甘えきっていたと実感する。普通の人間を率いていたら、不満や不協和音が出て裏切りなどが起きたかもしれない。
《まあ・・魔人達と俺は念話と系譜でつながっていて、意思の疎通が楽って言うのもあるけどね。》
岩壁伝いに歩いていくと、どうやらクリスタルの木の背丈が大きくなっているようだ。
「このあたりのクリスタルは更に背が高いですね。」
「本当ですわね。」
「本当だ。」
3人で上を見上げている。
「ラウル殿・・なんだかあの空の光には模様がありませんか?」
「そういわれてみれば・・」
トラメルが言うので星の様に見えていた天板の光をよく見ると、大きな模様になっているようだった。
「ラウル殿、あれはなんの模様かしら。」
「あれは・・魔法陣の一部にも似ている気がします。」
「魔法陣?」
「ええ何度か見た事があるんですよ。今まで見てきた魔法陣とは形が違うようなきがしますけど。」
するとケイシー神父が言う。
「魔法陣なら何らかの作用があるとは思うんです。魔法陣にはそれぞれ必ず意味がありますので。」
「そうなんですね。だとすればあれはなんでしょう・・」
「すみませんラウルさん。私の推測を言ってもいいですか?」
「ええ言ってください。」
「あれはこの空間の天板を押さえるための魔法陣ではないでしょうか?」
「押さえるための?」
「クリスタルの木が邪魔で全体像が見えないのですがもしかしたら・・」
「ちょっと待っててください。」
俺は一本のクリスタルの木に向かって走り飛びついた。そのまま枝と枝をよじ登りてっぺん付近に出る。
天板を見上げるとこの広い空間の天井いっぱいに魔法陣が描かれていたのだった。魔法陣の円形に沿ってこの空間があると言っていいだろう。
俺はそのままクリスタルの木から飛び降りた。
ザン!
「どうでしたか?」
「ケイシー神父の言うとおりかもしれません。どうやら天板いっぱいに魔法陣が描かれていました。」
「そうでしたか。」
なんだかんだケイシー神父はドジっぽいが、気付かされる事も多い気がする。
「魔法陣でも永続的に光っているのは不思議です。」
「ラウルさん・・それは?」
「私達が見て来た魔法陣は使うと消える物ばかりでした。でもあれは消えないで存在し続けている。」
「ああそういう魔法陣もあるのですよ。ファートリアには半永久的に使える魔法陣もありましたから。」
「半永久的に?どんなものですか?」
「例えば鍋などを熱する魔法陣とか、天井から水を出す魔法陣などです。」
「それはすごい!」
「はい。一応国の外に持ち出す事は出来ないのですが、あると便利なんですよ。」
《要は魔法陣で作るIHコンロとシャワーって事だな。そんな技術があるのか・・ぜひ盗みたいね。》
俺がちょっとした悪い顔をしながら考えてしまう。
「ラウルさん・・・どうしたんですか?」
「い、いえ。ファートリア神聖国に一度行ってみたいと思っただけです。ただ・・今は敵の手中に落ちているでしょうから取り返したら招待してください。」
「喜んで!」
《さてと・・そろそろ休憩を取って二人に何か食べさせた方がいいな・・。》
しかしここが・・危険なのか安全なのか全くわからなかった。先ほどから何も変わらず魔獣にも遭遇せず歩いて来れたのだ。
「えっと休憩と言うわけでもないのですが、一応何か食べておきましょう。」
俺はアメリカ軍のFSRレーションを召喚する。カロリーメイトとチョコレートが合わさったような歩きながらも食べれるものだ。ペットボトルの水も渡して喉を通してもらう。
「すみません。美味しくはないかもしれませんが」
「ありがとうございます。」
「すみません。」
3人で立ってもぐもぐと食べ始める。
《うん・・もさもさしているな。でもペットボトルの水を含めば食べやすくなる。》
「これは変わった食べ物ですね。でもそれなりに美味しいですわ。」
「うん。僕は嫌いじゃないですね。」
「よかったです。とにかく栄養を補給していざという時に動けるようにしておきましょう。」
「ええ。」
「はい。」
俺達がレーションを立ち食いしていると・・
クリスタルの森の中央の方が何か光っているような感じがした。
「なんか・・光ってますね・・」
「本当ですね。」
「七色に光ってませんか?」
クリスタルの森の奥が、7色のネオンかイルミネーションの様に光り輝いている。
「えっと!天板を見てください!」
ケイシー神父に言われ俺とトラメルが見上げる。
天板の魔法陣の光がひときわ明るく輝き出している。七色に照らし出される天井の魔法陣に、この地下空間がまるで昼間の様に明るくなってきた。
「なんだ・・・あれは・・」
「まぶしい・・」
どんどん光が強くなり、そして天板が明るく光り出したのだった。それにあわせて森の中からの光が止まる。この地下空間は昼間のように明るくなってしまったのだった。
「もしかしたら・・魔法陣に魔力が注がれた?」
「ラウルさん。そう考えるのが妥当だと思います!」
「ですよね。」
「でも・・いったい?」
ケイシー神父が不思議そうな顔で言う。
「この方角だとあの建造物があった方向ですよね。」
「えっ?という事は・・あの建物には何者かがいるのでは?」
「確かにそうかもしれません。自然現象で魔力が注がれる事はありますかね?」
「ラウルさん。今の場合は考えにくいですが・・そういう場所がないわけでもないです。」
《どうする?何かがいるかもしれないところに、この二人を連れて行くのは危険だ。かといってこの場所から動かないでいたとしても埒が明かない・・》
俺達3人はここから脱出しなければならない。しかしその足掛かりがあるかもしれない神殿には・・魔力を発する何かがいる。
俺が迷っているとトラメルが言う。
「ラウル殿は私達の事を心配しているのですよね?」
「ええ。危険ですからね。」
「私には剣があります。これで自分の事は何とかします!」
「いえ・・剣だけでは対処しきれない敵もいます。」
「ですが・・」
《うん。この二人に武器を渡す事にしよう。ただし・・付け焼刃の銃火器の使用は怪我をする可能性もある。》
「あの・・いいですか?」
「はい。」
「はい。」
トラメルとケイシー神父が俺に向かい聞く姿勢をとる。
「私はある武器を出せます。魔法より強力で間違えば自分も怪我をしたり死ぬこともあります。」
「は・・はい・・」
「それが・・・」
「その武器を使えば、危険な場所も突破できる可能性があります。」
「はい。」
「はい。」
「ですが・・敵か味方かもわからない相手をいきなり攻撃するわけにも行きません。」
「はい。」
「はい。」
「ですから私が攻撃の合図をするまで、絶対に攻撃をしないと約束してくれますか?」
「分かりました。お約束しましょう。」
「はい・・でも僕も・・それを使うんですか?」
「ケイシー神父に自信が無いのであれば、私がカバーしますがどうします?」
「・・・分かりました。では私もラウルさんの武器を使わせてください。」
「わかりました。」
俺は二人に現代兵器を使わせる決心をする。
しかし訓練も何もしていないので不安はあった。
だが俺はこの状況を打開するため二人の武器を召喚するのだった。