第254話 砂漠に眠るクリスタルの森
車体後部ハッチの窓も砂に覆われていたため、助手席から地上に脱出を試みようと思ったのだが、ツルハシでガラスに穴を空けたらいきなり車体が地下に沈み始めた。
フロント部分が完全に下を向いて車両が垂直に立ってしまい、3人はフロント部分に落ちてしまう。二人ともマスクが外れて不安そうな顔で俺を見る。
そのままずるずると車体は地中に沈んでいくのだった。
「ちょっとここで待っていてください。」
俺はいそいで後方ハッチに向かってよじ登っていく。
ガチャ
後方ハッチの取っ手を捻って開けようとするが、やはり相当の砂が覆いかぶさっているようで開ける事は出来なかった。
「やはり出れませんね。」
これ以上、地中深くに沈んでしまったら出られなくなる恐れがある。
《俺がツルハシでガラスに穴を空け、砂が入った影響なのだろうか?》
微妙なズレがおきて砂が動き出してしまったらしい。
《とはいえ・・どうする事も出来ない・・》
車両はゆっくり地中深くに潜り込んでいく。
「なんだか・・どんどん下に潜っていってるわ。」
「本当だ沈んでるみたいですね・・」
二人が不安そうな顔で言う。
「そのようですね。とにかく脱出方法を考えます。」
「でも・・どうやって・・」
《うん。トラメルの言うとおりだ。どうしよう・・》
そんなことをウダウダと考えている間にも、車両はゆっくり地の底に落ちているようだ。ズリズリと窓ガラスの外の砂がすれて沈みこむのが分かる。ガラスの穴から車内に入ってくる砂は止まったが、車体が砂に沈下していくのは止まらなかった。
「で・・出られなくなるんじゃないですか?」
ケイシー神父が言う。
《そうだな・・このまま出られなくなる可能性もある。酸素ボンベや食料は召喚できるから何とかなるが30日で車両は消える。その前に隣接した場所にもっと巨大な車両を召喚するか・・いや・・この砂の中でどうやって乗り換えるんだ?》
「・・脱出の方法を考えないと。」
「ラウル殿。先ほどより沈むのが早くなったわよ・・」
俺が窓の外を見ると砂の流れが早くなっている。どうやら地底に落ちる速度が早まっているらしかった。
「ラウルさん。なんか止まらなくなったような気がします!」
ズズズズー
《本当だ・・あれ?これめっちゃヤバくない?》
「なんで!?」
つい本音が出る。
「どうしたんでしょう!?」
「おかしいわ!?」
止まらない。
なんだかどんどん加速がついているような気がする。
《てか・・すでに30メートルは潜ってるぞ!》
それでも止まらない。LAVは地表深くどこまでも潜っていくのだった。
「ラウル殿!」
「ラウルさん!」
「・・・えっええ!まだ大丈夫です。とにかくマスクを着け直してください!」
二人を不安にさせてパニックを起こさせるわけにはいかない。
「はい!」
「わかりました。」
ズズズズズズ
なんか加速して行っているような気がする。車両の沈下は一向に止まる気配がない。
《なんだ?なんで止まらないんだ?》
スサーッッ!!
まるで垂直に下るジェットコースターに乗っているようになってきた。どのくらい沈下して来たのか分からなくなってしまった。
コフーコフー
コフーコフー
酸素マスクをしている二人の息が荒くなっていた。思いっきり心拍数が上がっているのだろう。
《そりゃあ心拍数も上がるわ。》
砂の中を突き進むようにどんどん落下していたがそれは唐突に来た。
ズボッ!!!
ずぼ?
「はっ?」
「コフー!!!」
「コフー!!!」
フロントガラスの前から砂が無くなった。
無くなったというよりも・・眼前に巨大な地底空間が広がったのだった。
しかも地底には森らしきものが広がっている!
砂の抵抗が無くなって急激に空中を落下していくLAV。
地表までは300メートルくらいあるが、その広大な地底空間の天井を突き破って出て来たらしい。
《くっ!》
落下に伴い3人の体が車内に浮かび上がる。
俺は咄嗟に二人の首根っこを掴んでそのままシートを蹴りとばし、上になった後部ハッチまでジャンプした。
「二人とも!俺の体につかまって!」
二人ががっしりと俺の体にしがみつく。俺はそのまま後部ハッチのノブに手をかけて開いた。
開いた後部ハッチの先には地底空間の天井がどんどん遠のいて行くのが見える。
二人にしがみつかれたままグイっと体を車体の外に出す。すると後部ハッチから空中に放りだされてしまった。
「よっ!」
空中に放り出されながらケイシー神父の首根っこを掴んで股に挟む。トラメルをわきに抱えながらパラシュートを召喚して背負った。
俺は直ぐにパラシュートの紐を引っ張る。
バサァ!
パラシュートが開いて落下速度が落ちたが、重さが3人分なのでそれでも落下速度は速かった。
LAVとの距離は急激に開き、車は森の中に落下していった。
ズンッ
車が着地する音が耳に入る。
地表を見ると・・・
空間の中心に石造りの巨大な建造物があった。
その周りを森が囲んでいる。
それを確認したのも束の間・・地面が近づいて来た。2人を抱えながらでは思うように身動きが取れそうもないのでそのまま森に落下していく。
バザザザザザ!
バキバキバキバキ!
木の枝のような物を折りながら、二人が怪我をしないようにかばって降りる。
ザンッ!
するとパラシュートがひっかかってしまったようだった。あと地表15メートルと言うところで3人はぶら下がっていた。
《あと15メートル・・二人の人間では怪我をする高さだ・・》
俺はタングステンワイヤーを召喚して股に挟んでいるケイシー神父に言う。
「神父!このワイヤーを腕に巻いてください!」
「コフー!」
ケイシー神父が慌てて、俺が召喚したタングステンワイヤーを腕に巻きつける。
そして俺は片腕でスルスルとケイシー神父を地表に向けて降ろしていく。ケイシー神父は無事に地表に降りる事が出来た。
「ではトラメルさん・・」
と言った時だった。
ボキボキボキ
ひっかかっていた枝が折れてしまったらしい。いきなり落下を始めてしまう。
「うわっ!」
俺はトラメルをお姫様だっこするように落下し抱えて地表に着地した。
ドサッ
「ふぅ・・」
どうにか3人とも怪我をしないように着地させることが出来たようだ。
「あの・・二人ともマスクを外していいですよ。」
「こ、こ、ここは!?なんなんでしょう!?」
「ラウルさん!ここ地底ですよね!なんで空に光があるんでしょうか?」
確かに天井を見上げるとキラキラと光り輝いている。
《まるで星空のようだがあれは星じゃない・・何らかの理由で天井が輝いてるんだ。》
「とにかくしずかに!」
俺は興奮する二人を落ち着かせる。こんな得体のしれない森にはどんな魔獣がいるか分からない。ただでさえLAVが落下した事で何らかの動きが出る可能性がある。
「しかし・・砂漠の下に森があるなんて・・どういう事なのかしら?」
「そもそも陽の光が無いのに・・なぜ木が生えているんでしょう・・」
二人が言う。しかし・・これは木じゃないとわかる。
「ケイシー神父。これは・・木じゃないですね。」
「えっ?」
「足元を見てください。」
「これは・・」
「何らかの鉱石です。」
「鉱石・・」
そう、俺達が森だと思っていた木々は木ではなかった。何らかの鉱石が木の様に枝を出して生えているのだった。
足元の鉱石を拾い上げて見てみる。するとそれを俺の傍で見ていたトラメルが言う。
「これは・・クリスタル?」
確かに透明なガラスのような素材の石だ。これが木の枝を伸ばすように聳え立っているのだった。
「これが木の正体のようですね。」
「クリスタルの森・・」
「とにかく油断は禁物です。どんな魔獣がいるのか分かりません。」
「はい・・」
「はい・・」
二人が不安な顔で返事をする。
「それで・・あっちの方角に人工的な建造物がありました。」
「人工的建造物?人がいるのかしら?」
「それはどうでしょう。こんなところに人がいるものでしょうか?」
「ラウルさん。危険では?」
「ええ。まずはここから離れましょう。先ほど車両が落ちたので何かが寄ってくるかもしれません。」
「わかりました。」
「ええ・・」
「歩けますか?」
「ラウル殿が守ってくれたおかげで無事ですわ。」
「私もです。」
「それは良かった。」
そして俺は二人を連れてこの場を離れるのだった。
ペキッ
パキッ
歩くとどうしても落ち葉ならぬ、落ちクリスタルを踏んで音がしてしまうようだった。
《俺だけなら足音を立てずに進めると思うが・・二人には無理だな・・》
「ボンベを下ろしましょう。」
「ええ。」
「わかりました。」
俺達は酸素ボンベを捨てて体を軽くする。すでに着て来た服などはLAVの中にあるため諦めるしかなかった。
「ふう・・軽くなりました。」
「これで歩きやすくなります。」
「はい。」
そして俺は二人に告げる。
「あの・・俺が歩く足跡を踏むようについてきてもらえますか?」
「わかりました。」
「そうします。」
そして俺は二人の前を歩きだした。
二人は一生懸命に俺の踏んだ後をなぞって歩き出す。今度は歩く音を立てる事が無くなったようだ。
それから1時間ほど歩くと壁面にたどり着いた。
「ようやくつきました。」
「ここは・・」
「落下する時に見たのですが、どうやらこの空間はどこまでも続いているわけではなさそうでした。周りは岩壁に囲まれています。」
俺は落下時に、ここが円柱状に空いた空間になっていたのを確認していた。
「あの落下時にそこまで確認したんですか?」
トラメルが聞いて来た。
「はい。この空間は地下の空洞です。しかしここにはこのクリスタルの木がどこまでも生えているようでした。中央部分に人工的な建造物があるようで・・何らかの意図があって作られた場所のような気がします。」
「意図・・ですか・・」
「ええ。トラメルさん・・とにかくここには何がいるか分かりませんので俺から離れないでください!」
「はい!」
《なんだかトラメルが嬉しそうだ。どうしたんだろう?》
「ラウルさん。そういえば一つ情報を伝えておきますね!また何かトラブルになるといけませんので。」
ケイシー神父が何かを思い出したように言う。
「どうしたんです?ケイシー神父?」
「ファートリア神聖国で私が学んだ事にこんなことがありました。」
「ええ。」
「南方の砂漠には、人がたどり着いた事の無い未踏の神殿があると。」
「・・・もしかして、スルベキア迷宮神殿の事ですか?」
「ええ!そうです!ご存知でしたか?」
「ラシュタルの神父さんから聞いたんです。」
「そういえばラシュタルにはサイナス枢機卿が派遣されていましたね・・」
「ならば恐らくサイナス枢機卿から伝わったという事でしょう。」
「伝説上の神殿で人が足を踏み入れる事など無いと。もしかしたらそれじゃないですかね?」
「その可能性は高いです。それでそこがどんなところか学びましたか?」
「いえ。私は勉強熱心ではなかったため・・ただそう言うところがあると知っているだけです。」
「そうですか・・」
《うん・・おまえちゃんと勉強しとけよ!》
もしかすると俺は目的地の一つにたどり着いたのかもしれなかった。
最大限に注意を払わねばならない事だけは確かだった。