第252話 快適な砂漠の旅
岩場をよじ登ると丁度いい平場があったのでそこに大きめのテントを張る。ここなら高台になっているため周りを警戒するのにも好都合だった。
《ここなら砂の中から攻撃される事はないだろう・・たぶん。》
トラメルとケイシー神父は流石に疲労の色を隠せないようだが、俺はまだまだ休まずに行けそうだった。
砂漠は一番冷え込む時間帯になったようで、人間二人は自分の体を抱いて震えている。
「冷えます。」
「あの暑さが嘘の様です。」
人間にはこの寒さはかなり厳しいようだ。
「とにかくテントに入ってください。」
とりあえず3人でテントに入る。米軍仕様の断熱遮光テントを召喚していたおかげで寒さはしのげそうだった。耐火性なので中で火も使える優れものだ。
中は真っ暗なので自衛隊でも備品として使われていた、ランタンとマッチを召喚して灯りをつける。
「ランプまで出せるんですか?」
「まあそうです。」
「中はあったかいんですね。」
「はい外気はだいぶ遮断すると思います。」
「寒くて震えが止まりませんでしたよ。」
ケイシー神父が凍えた手を揉みながら言う。
トラメルも気になった事を問いかけてきた。
「ラウル殿。この光は遠くから見えてしまうのでは?」
「いえ。テントは光を通さない素材ですので大丈夫です。」
ここは高台なので光を発すれば遠くから確認できてしまう。しかし遮光テントのおかげで光が外に漏れる事はなかった。
しかし二人はまだ軽く震えていた。
「二人ともお疲れの様子ですもんね。震えは食べてないからだと思います。食料を用意しますのでお待ちください。」
《よっ》
ドサ
イタリア軍のレーションを召喚した。
なぜイタリア製のレーションかと言うと・・なんとアルコール濃度40%の蒸留酒があるからだ。
《軍隊のレーションに酒・・大丈夫なのかね?》
などと思いながらもとにかく助かる。ビニールスティック1本分だが体は温まるだろう。
食料はミートソースラビオリ缶詰とクラッカーそしてフルーツシリアルバーを召喚した。水分にはアメリカ国防省オリジナルブランドのペットボトル水を召喚する。
料理を温かくして食べるための、小型調理ストーブ3台、燃料タブレット12個、マッチ箱 、紙ナプキン、スプーン、マグカップも同時に召喚した。
「すごい・・」
「これはなんです?」
「温めて食べられるんですよ。」
「簡易の調理具ということですか?」
「まあそんなところです。」
そして俺は調理ストーブに燃料タブレットをいれてマッチで火をつけた。
「温かいです。」
「ですね・・」
二人は炎をぼんやりと見つめていた。
缶詰を開けて火の上にかける。くつくつと温まってきた。
「どうぞ食べてください。」
二人は、待ち切れないようにスプーンでミートソースラビオリを口に入れた。
「あちっ!」
「ケイシー神父、気を付けてください。」
「はは、熱いけどうまい。」
「本当に美味しいわ。」
「これも美味いですね。」
フルーツシリアルバーを口に入れたケイシー神父が言う。
「本当!なんて贅沢なんでしょう。」
それもそのはずでイタリアは食の国。食へのこだわりはレーションにも出ているのだ。アメリカなどの合理的なお国柄と違って、レーションですらこだわっているのである。
ひととおり食事が終わったので、蒸留酒の袋を開けて3人で酒をのんだ。
「これは・・お酒・・」
「はは・・まさかこんなところでお酒なんて。」
「これで多少は体が温まると思いますよ。」
「喉が焼けるようね。」
「僕も酒はあまり飲みませんので。」
どうやら二人は酒に慣れていないようだった。飲んで少し経つと顔が赤くなる。
「暖まるわ。」
「ですね・・」
酒を飲んだことで二人は睡魔が襲ってきたようだった。
「それではこれで寝てください。」
俺は米軍のシュラフ(寝袋)を召喚する。
「この袋に入って寝ると良いと思います。」
「これは・・」
「寝袋と言います。」
「寝袋?」
「そうです。かなりあったかいと思いますよ。」
米軍のシュラフは羽毛と特殊綿で出来ており抜群の保温力がある。
「ありがとうございます。」
そして二人に寝てもらう事にする。
俺も少々寒くなってきたので、おそらく外気は氷点下になっているだろう。
二人が寝袋に入るのを確認して俺は外に出た。
「すこし冷えるな。」
米軍仕様の防寒ジャケットを召喚して羽織り、暗視望遠鏡を召喚してあたりを警戒する。
《前世の砂漠でもこんなに冷えるものなんだろうか?寒暖の差が激しすぎる。》
どうやら岩場の周辺には生き物はいないようだった。サソリやサメも砂なら隠れられるだろうが岩場では潜り込むことが出来ない。
《岩場は敵から身を守るのに適していないって事かね?》
暗視望遠鏡であたりを見渡す。どこまでいっても砂漠が続いているようだった。
俺は座り込んで目をつぶった。警戒しつつも自分の体を休ませようと思う。これから二人を連れていつ休めるか分からないため、寒い外でも見張りをしながら休むのだった。
それから1刻がすぎたが、やはり岩場の上には何も登ってこない。どうやらここは安全圏なようだった。
気づけば朝が近づいてきたようで、東の空が紫色に染まって来た。
《ようやく朝か。二人も少しは休めたかな・・》
どうやら少し風が出てきたようだ。今日は少し天気が悪いのかもしれない。
陽の光が射してきたことで少し心に余裕が出てきた。
《さてと・・今日はもう少し西に向かってから戦闘車両を召喚する事にしよう。》
転移地点からすでに30キロ以上西に移動しているはずだ。さすがにここまで来れば車両を召喚しても見つかる事はあるまい。
すっかり陽が昇り明るくなってきたので、そろそろ二人をおこす事にする。
「えっと朝です。起きられますか?」
「ええ、安心して休みを取ることが出来たわ。」
「それは良かったです。」
グーグー
ケイシー神父は目を覚まさなかった。
「起きませんね?」
「かなり疲れていたようだったものね。」
「トラメル様は大丈夫なのですか?」
「敵から逃れ潜伏していた時は、ずっとこんな生活が続いたから慣れているのね。」
「本当に苦労なされたのですね・・」
「それはラウル殿も同じじゃないかしら?」
「まあ・・そうですが、私は半魔人ですから何とか切り抜けてこられただけです。トラメル様は人間ですからねさぞ大変だったと思います。」
「その強さ。うらやましいわ。」
トラメルには魔力がない。剣の腕前はあるそうだが達人というほどでもないらしい。そんな彼女から見れば俺の力は羨ましいのだろう・・
「今後もぜひ私を頼ってください。元は隣の領の貴族同士だったのですから、これからも仲良くさせていただければ嬉しいです。」
「こちらこそお願いしたいわ。」
「はい。」
トラメルがニッコリ微笑む。
トラメルはキツめの顔の美人だが、表情が緩めばその優しさが顔に現れるようだ。フラスリアを一人で背負わなければいけない重圧で、いつも厳しい表情になっているのかもしれない。またその赤茶色の髪も気性の強さを強調しているようだった。
「あの・・」
「ああケイシー神父目覚めましたか?」
「えっとなんとなくいい雰囲気でしたので、声をかけるのをためらいまして。」
「えっ?」
するとトラメルがほんのり頬を染めて否定する。
「そ・・そんなわけないだろう!お前は何故そんな変な事を言うのか!」
「お隣さん同士なので仲よくしようという話ですよ。」
「それだけですか?」
「そうだ。それだけだ!」
「ケイシー神父も変な勘繰りを入れないでください。」
「わかりました。」
なにか微妙な雰囲気になったところで俺は二人に告げる。
「これからまた西に向かいます。この備品は邪魔になるので砂に埋めてから進みましょう。」
「わかりました。」
「はい。」
俺達は3人で戦闘糧食のゴミや備品、テント、寝袋などを砂を掘って埋めた。
・・あくまでも投棄ではない。30日で消え去るのだから環境には全く問題が無いのである。
「では。」
「ええ。」
「はい。」
俺達はまた西へと歩き出す。
陽の光が上がってくるとだんだん気温も上昇して来た。パーカーの前ファスナーを下ろして歩く。
「ふう。」
「はあはあ。」
やはり二人は昨日からの極限に体力を消耗しきっているようだった。
突然の転移に砂漠の猛暑、追手が来るかもしれない不安、恐ろしい魔獣の恐怖、そして氷点下の夜。疲れない方がおかしい。
それでも頑張って1刻(3時間)歩き続けた。
「またかなり暑くなってきましたね。」
「では・・またテントを?」
「いいえトラメル様。ここからはもっと快適に過ごしていただきます。」
「快適に?」
「すみませんが離れていてください。」
スッ
手を前に出して召喚のポーズをとる。
いらんのに。
ドン!!
「わぁ!!」
「なんだ!!」
二人はものすごく驚いた様子だった。
俺が召喚したのは自衛隊のLAV軽装甲機動車の国際派遣仕様だった。
以前記事で読んだことがあるのだ。
自衛隊のLAVにはエアコンがついていて外国の兵士から快適だと好評だったと。
《これでこの暑さともおさらばだ!》
アツサニモマケズ サムサニモマケズ サメニモマケズ サソリニモマケズ
とにかくこんな砂ぼこりとはおさらばの快適ルームで移動するのだ!
「これは馬車みたいなものです!乗り物なのです!」
「ラウル殿!ずいぶん意気揚々としてきましたね。」
「だってトラメル様。暑くないですか?この砂漠!」
「え・ええ・・それは暑いけど。」
「そうですよねぇー!!じゃあ乗ってください!」
ガチャ
俺はドアを開けて彼女を後部座席に押してあげる。
「なんと!馬車の座席よりふかふかだわ!」
「そうですよね。ささ、ケイシー神父もどうぞ。」
ケイシー神父も座席に乗せる。
「こんな・・馬車なんてものじゃない!凄く堅牢な・・」
「はい。鉄で出来ております!」
そして俺は運転席に向かってエンジンをかける。
ブロオオーーーン
「イエス!」
俺は思わず叫んでしまった。
「い・いえ・す?」
「ああトラメル様なんでもございません。」
そして俺はエアコンのスイッチを強にして風量を最大にする。
ブォ―――
しばらくすると冷たい風がふきこんで来た。
「なんて・・どうして?涼しい風がふいてくるわ!」
「本当だ!涼しい!こりゃあいい!」
「では出発したいと思います。」
自衛隊仕様のLAVは砂漠を快適に進み始めるのだった。
「動くんですね?馬はどこにもいないのに?」
「そうなんですよ。トラメル様!馬なんて必要ございません!」
「すごい・・本当に世界が変わってしまうわね。」
「ラウルさん・・あなたは何者なのですか・・」
「ただの魔王の息子です。」
「え!」
「はぁ!?」
《あれ。いっけねえ・・ひいちゃったかな。》
「私は・・魔人国の王の息子様にとんだ非礼をしてしまっていたのでは・・」
「いえ!トラメル様。私はトラメル様にとってサナリア領の一人息子ラウルですよ。」
「私はなんという幸運に恵まれたのでしょう。」
「私もトラメル様の様な聡明な方とお知り合いに慣れてうれしいです。」
するとケイシーがちょっと不満そうに言う。
「なんだか・・私だけ蚊帳の外と言う感じで・・いや!もちろん敵国の神父ですから・・それはそうなのですけど・・」
「ケイシー神父。ファートリアを取り返した暁にはぜひ友好的な国交を結びましょう。」
「そうですね!ぜひそうさせてください!」
俺達が乗るLAVの車内はやたらハイテンションになっていたのだった。
車の外に吹く風がどんどん強まっていく事に気づいていないまま・・