第250話 我慢できない神父を襲う恐怖
辺りを警戒しながら砂漠を歩いていく。
《星空がすっごく美しいけどそれに惑わされてはいけない・・ここは恐ろしい場所だ。》
暗視スコープ越しに、周辺を警戒しながら慎重に進んでいるので進む速度が遅かった。あんなでっかい虫がいつ湧き出て来るかもわからないというのは精神的にも負担が大きい。
「あんなに大きい虫は見た事ないです。」
「ええ・・もう出ないことを祈るわ。」
「僕はハッキリ見えてなかったです。黒い塊がたくさんウゴウゴとうごめいているのが見えたくらいで・・」
まったくもって幸せなやつだ。
《とにかく気を抜けない。あの大サソリだけがこの砂漠の脅威だとは思えないけど・・あんな巣があちこちにあるのかな・・》
とにかく俺の作戦では転移地点から出来るだけ離れてから、戦闘車両を召喚するつもりだった。転移地点からすでに20数キロは離れているが、デモンなどがいたら見つかってしまう可能性がある。
「だいぶ冷えてきましたが大丈夫ですか?」
気温は0度くらいまで落ち込んでいた。
「ええ歩いているから問題ないわ。あとこの服の生地は薄いのに風も通さないし素晴らしいわね。」
トラメルはナイロンパーカーをやたら気に入っているようだった。
「ええ。袖口や首元から熱気が逃げないですし保温性もありますので、こういう環境には凄く適しているんです。」
ケイシー神父は、だいぶ口数が少なくなった。おそらくかなり疲れているのだろう、大サソリから逃げる時も足がもつれて転んでしまったぐらいだ。
「神父は大丈夫ですか?」
「ふぅ・・大丈夫!と言いたいところですが、かなりしんどくなってきましたね。」
「わかりました。それでは休憩しましょう。」
まだ予定していた休憩時間ではないが無理をさせても仕方がない。
俺はまたテントを召喚する。テントを張ってケイシー神父を先に入れるとトラメルが後ろから声をかけてくる。
「ラウル殿。あなたは1度も休んでいないわ。私はまだ体力があるから私が見張りに立つわよ。」
転移してからまだ半日しか経っていないし俺は全く疲れていなかった。トラメルの気持ちはありがたいが、ここはやはり彼女に休んでもらったほうが良かった。
「トラメル様。私は問題ありませんよ本当に疲れていないんです。むしろ今後の行動に影響が出るといけませんから、トラメル様に休んでいただくのが最適です。」
するとトラメルが俺をじっと見つめて言う。
「あの・・・初めて会った時に子供なんて言ってごめんなさい。あなたのような屈強な兵士はフラスリア領兵にもいなかったわ。」
「いいえまったく気にしていません。本当に若造ですし何も気を使わなくていいですよ。」
「年を聞いてもいいかしら?」
「12です。」
「じゅっじゅうに!!私より6つも若い!」
《というかトラメルよ・・20代だと思ってたよ。苦労したんだなぁ・・》
「はい。私は人間より多少成長が早いようです。」
「そういえばあなたは人間ではないのよね?」
「半分は人間ですよ。母親は人間だったらしいです。」
「だったらしい?」
「生まれてすぐに死んだらしいんです。」
「それはすまないことを聞いた。」
「いえいえ育ての母は健在ですから。あと実の父親も生きてますし。」
「複雑なのね。」
「まあ、そうですね。」
確かにトラメルの言う通りだ。俺の人生は何か巧妙に仕組まれているようにすら感じる時がある。
「トラメル様もご両親を亡くされています。おそらくはケイシー神父も親類縁者がどうなっているか・・想像するのも恐ろしいです。」
「そうね。どうしてこんなことになってしまったのか・・」
「私もこんなことが無ければサナリアで平和に暮らしていたはずです。」
「もしかしたらお隣さんという事で、お互い貴族同士で会ったりしてたのだと思うわ。」
「そうだったと思います。」
《きっと俺はグラムとイオナに連れられてフラスリア領に行き、紹介とかしてもらったりしてたんだろうな。》
俺を見てトラメルが優しい顔をする。隣のお姉さんとして見てみればそう見えてくるものだ。
「さてトラメル様。テントでお休みください。」
「ええありがとう。その前にごめんなさい・・ちょっと用足しを。」
「あ!ああ!すみません。それでは私が側にいますので見える範囲でお願いできますか?もちろん見ません。」
「ふふ・・大丈夫よ。敵から逃れながらの生活で配下と居たからこういう事もよくあったわ。」
「そうですか。では危険ですのでお早めに。」
「ありがとう。」
そして少し離れたところに行ってトラメルは用を足した。
「それじゃあ・・テントに入るわ。」
「どうぞ。」
テントの中をのぞくとケイシー神父は既に眠っていた。
「寝てる。」
「ええ、この状況で大したものです。」
「そうね・・」
トラメルもテントに入っていく。
さて・・この砂漠にあとどんな魔獣がいるのだろう。大サソリがいるという事は食物連鎖の観点から考えても、もっと上位の魔獣がいるはずだ。あれだけの群れをなすという事はそれだけ生存競争も厳しいはずだ。
空には相変わらず美しい星が浮かび俺達を照らしていた。
このままあと20キロほど西に進んでから戦闘車両を召喚するとして、そこまでいかに魔獣に合わないようにするかだな・・大サソリは油断して巣に入ってしまった。
しかし警戒して進めば魔獣に遭遇しないかと言えばそうでもないだろう。
難しい。
そしてだ・・本当にここがザンド砂漠だという確証もない。もしかしたら違う世界に飛ばされたとか、そう言う事はないのだろうか?魔人に念話がつなげられれば分かると思うのだが、魔力をふんだんに使うわけにはいかない。
いくら考えても答えは出ないな。とにかく徒歩で西に進み続けるしかないか・・
俺は暗視スコープで周囲を見渡す。
どこまでも続く砂の大地。
《本当に美しいな。》
砂の大地といえば・・
前世で見た映画で砂の定番のモンスターはサンドワームだった。砂に潜む大きなミミズ・・
《あんなのいるのかな?》
ブルッ
俺は思わず身震いしてしまった。あんなの出たらさすがに穏便に切り抜けられるわけがない。
《いやいやあんなのはさすがに・・》
俺は・・いやーな予感がしていた。
《砂の中から攻撃されたらどうしようもないぞ・・》
俺は改めて周りの砂を見回す。
《うん・・特に変わった様子はなさそうだが・・いきなり来たらどうしよう。》
とにかく大サソリを警戒しないといけない。
すると・・砂が滑り流れるような気配がした。
《気のせいかな?》
念のため。
爆発物処理ロボを召喚してみる。
《こいつでそのあたりを巡回させてみよう。》
キャタピラーにクレーンがついた爆発物処理ロボは俺の指示通り砂の上を走っていく。
《よし。ついでに操作練習も兼ねてあちこち動かしてみるか。》
キュキュキュキュ
そこらへんを走らせて操縦の練習をしていた時だった。
シュッ
《ん?今何か見えたか?》
キュキュキュキュ
更にテントから遠ざけるように爆発物処理ロボットを走らせていく。
シュッ
見えた・・・
砂から何かプレートのような物が浮かんで沈んでいった。
《今何か動いたぞ。》
キュキュキュキュ
爆発物処理ロボが更に遠くに行くと・・
シュッ
シュッ
見えた・・ロボの近くの砂から出たプレートは2枚になった。
《なんだあれ・・》
キュキュキュキュ
さらに進ませてみる。
バクンッ
シーン
《えっ?》
爆発物処理ロボは姿を消した。
《どこ行った?》
俺は爆発物処理ロボの前進レバーを最大に入れる。
ボッ!
砂の中から飛び出てくるようにしてロボが空高く舞い上がった。
《えええー!》
ドサッ
ロボが砂に落ちて動かなくなった。どうやら壊れてしまったらしい。
《・・・・・ヤバイ》
砂の中に何かいる。ロボを地中に引き込んで出したなにかが・・
《テントの二人に動かないように言わなくちゃ。》
あのプレートみたいなヤツはおそらく動く物に反応しているらしかった。
テントまでは6メートル・・そーっとそーっと近づこう。
俺はリュックを背負ったままジリっとテントに近づいて行こうとすると・・
シャー!
いきなりテントのファスナーが開いた。
「す・・すみません!ラウルさんトイレに行きたいのですが!」
《馬鹿―!!》
俺は脱兎のごとくテントに突進して中にいたトラメルの腕をつかみ、ケイシー神父の首根っこをつかんでテントから走って離れた。
バクゥン
テントが砂に吸い込まれるように無くなった。
「えっえっ!どうしたの!?」
「ラウルさん!何が?」
「しっ!動かないで。」
二人は固まった。
バフゥーン
テントが砂の中から吐き出されるかのように舞い上がって、ファッサーっと地面に落ちて来た。テントのナイロンはボロボロになっていた。
「え!」
「なんです!?」
「しぃーー!!」
また二人はおとなしくなった。
トラメルもケイシー神父も青ざめている。また何かに襲われた事に気が付いてくれたらしい。
《どうする?正体がわからない・・俺達を見つけているのか?それとも見つけていないのか?どっちだ?》
すると俺達の周りをそのプレートのような物が、砂から出たり入ったりとうごめいていた。
《三角形だな。あれが本体なのか?》
とにかく本体を見極める必要があった。俺は両手に戦闘糧食のマグロ缶を二つ召喚して様子を見る事にする。
右手の缶を出来るだけ遠くに投げる。
ポイ
バサッ
砂に落ちる。
バフゥッ
砂煙を上げて缶詰が消えた。すると今度は・・すぐには飛び出てこなかった。
《あれ?どうしたんだろう?》
しばらくすると・・
バシュッ
地面から缶が噴出されてきた。空高く舞い上がる缶が降りてくる。
パシュ
重みを感じないような音だった。
《よく見ると缶に穴が空いており中身が無くなっている?まあ空になってはいないようだが・・》
俺は右手にサイレントピストルPSSを持つ。そして左手に持っている缶詰を遠くに投げて着地地点に狙いを定める。
ドサッ
缶が落ちた
次の瞬間砂煙を上げる瞬間を狙ってサイレントピストルPSSを撃ちこんでみる。
パスパスパスパス
グキャッヵ
バシュウ
土煙を上げたが缶は持っていかれなかったようだ。
《どうやら動くと来るのか。いや・・でもどうしよう・・このままここに突っ立っているわけにもいかないぞ。》
「あの・・・ラウルさん!」
ケイシー神父が声を出す。
「しっ!」
「で・・でも・・」
「なんです?」
「漏れます・・」
「我慢してくださいよ!」
「も・・もう限界です。」
《ちっ!しかたねえなあ!!》
俺は手に自衛隊仕様の戦闘飯ごう2型・・アウトドアでご飯を炊く時のあれを召喚する。
ひそひそ話で伝える。
「これにしてください・・」
「えっ!こ・・ここでですか?」
「動かないでしてください!」
「トラメルさんもいるのに?」
「大丈夫だ私は見ない。」
「でも・・」
俺達が話をしてしまったために・・三角形のプレートが4枚くらい俺達の周りに出たり沈んだりして回り始めた。
《もう!!気づかれたじゃないか!!》
俺はジェスチャーで飯ごうにおしっこをするように伝えた。
「も・・」
俺は口の所に指をあてて静かにするように言う。
コクリと頷いて、ケイシー神父は自分のイチモツを取り出し飯ごうの蓋を開けて入れる。
チョロン
《おい!》
ケイシー神父が飯ごうに放尿した瞬間に音が出たので、俺は指を口に当ててシー!のポーズをとる。
ケイシー神父は何とか気力で止めたようだ。
ケイシー神父は震えていた・・
ポタン
《おおいい!!》
3角形のプレートのようなそれは更に俺達の近くを回り始めた。どうやらある程度位置を把握してきているらしい。
ケイシー神父は更に強い気力で止めたようだ。
《ふぅ・・》
ポタンポタン
《こらー!》
ポタンポタンポタンポタン
《おいー!》
シャアアアアアアアアアアアアアア
ダムが決壊するように飯ごうに思いっきり小を出すケイシー神父。
すると・・
ブワァアアアア
いきなり砂から出て来た生き物・・
それはサメだった。
なんと・・・砂漠をベージュのサメが泳いでいたのだった。