第248話 美しい砂漠のおぞましい脅威
ギラギラと砂漠を照りつけていた太陽が沈んだ。
テント外の大気が冷えたので俺達は活動を再開する事にした。
いままでは訓練のために縛りプレイをした事もあったが、ここまで力を制限したことは無い。さらにこの2人の生存率を上げるために魔力も温存しなければならない。
《そばに魔人がいないのってこんなに大変だったんだな、今更ながらに仲間のありがたみを思い知らされるよ。》
護衛するがわに立ってみてつくづく思う。
そして俺はテントにいる二人に一つ提案をする。
「えっとトラメル様とケイシーさん、出来れば服を着替えませんか?」
「服?どういう事?」
「服も出せるんですか?」
「そうです!こういう状況にふさわしい服があるんですよ。いま着ている服は私が背負って持っていきましょう。」
「背負子などないようだけど?」
俺は黙って米軍の砂漠仕様迷彩服を上下とベルトを3人のサイズに合わせて召喚。さらに米軍デザートカラーのナイロンパーカーとベージュのデザートブーツを召喚する。
「まずは着がえましょう。」
「しかし不思議な魔法だわ。」
「子供のころから使えてました。そして無詠唱で使えるんです。」
「・・世界の常識が変わってしまいそうね。」
「だから・・ほとんど自分達の為にしか使ってないんです。」
「その方がいいと思うわ。」
トラメルが俺の召喚魔法を見てそういった。トラメルもだいぶ冷静さを取り戻したらしく言葉遣いが女性らしくなっている。
「こんな便利な魔法を自分達の為だけに?」
ケイシー神父が言う。
「そうですね魔人国の発展につながる事に使っています。あとは・・」
「あとは?」
ケイシーが聞いてくる。
「今回は緊急ですので、お二人の前でやむを得ず使っていますが他言無用でお願いできますか?」
「わかったわ。」
「わかりました。」
俺自身が魔人国の最高軍事機密だからな・・あまり教えたくないというのが正直なところだ。
「じゃあケイシー神父はテントから出て下さい。」
「そうですね。」
「トラメル様はそこでお着替えください。」
「気遣いをありがとう。」
ケイシーが外に出る。
「熱はだいぶ収まりました。」
「本当だ。あんなに暑かったのが嘘みたいだ。」
「おそらく砂漠はこれから嘘みたいに冷え込むと思います。」
「えっ!そうなんですか?」
「だからこれに着替えるんです。」
「そうなんですね・・」
まだ薄っすらと西の空がオレンジに色づいているが世界は青く染まってきていた。
「着れたわ。」
トラメルが迷彩服を着てテントから出てきた。
「ラウル殿。これのやり方が分からないんだけど。」
ナイロンパーカーのファスナーの締め方を聞いて来た。
「これはこの下の部分をこう合わせて、ここをつまんで上に引き上げます。」
ジーーー
「おお!素晴らしい。これで締まるのね!」
「そうなんです。」
トラメルは中世の女騎士からアメリカ兵に変身した。一応迷彩服の腰には持ってきた剣をぶら下げている。
「そして・・この頭の袋の部分をかぶってシュッっとすると顔だけが出せます。」
パーカーをかぶせてひもを締める。
「なるほど・・これなら砂も入らずにすみそうね。」
「ええ。そしてこのブーツも上まで縛り上げれば砂が入りづらくなります。」
「そういうわけね。この服は砂の色とも近いし、これなら遠くから見つけられる事もないわね。」
「そう言う事です。」
それを見ていたケイシーが言う。
「僕も着ます。」
ケイシーは神父が着る黒のキャソックを来ていた。ロングコートでもいいとは思うが日中は暑いだろうし黒くて目立つ。彼もデザート仕様になってもらった方がいい。
「じゃあ自分も。」
俺とケイシーはそのまま外で着替え始める。するとトラメルが目をそらした。一応礼儀として着替えをのぞくわけにいかないと思っているのだろう。
3人が着替えたのでそれを入れるための大きな迷彩リュックを召喚した。俺は貴族のようなシャツとズボンにコートを着ていたがその服をリュックにしまい込んだ。トラメルの服とブーツ、ケイシーの服と靴も全て入った。
テントはかさばるため、その場で砂に埋めた。
あっというまに3人の米兵が出来上がったのだった。
「では移動します。」
「ええ。」
「わかりました。」
俺達は西に向かって歩き出す。
すっかり日は沈み満天の星空が広がっていた。大気が澄んでいるせいか星の海が凄く綺麗だった。銀の粒が夜空を埋め尽くし星と月の光が砂漠を照らしていた。
「綺麗だわ。」
「そうですね。」
「ほんとうだ。」
3人で空を見上げながら歩く。日中と違って過ごしやすい温度になり二人の歩く速度はずいぶん早くなった。
「これからどんどん冷えていきます。体を動かしていれば凍える事は無いと思いますが、一応手袋も渡しておきます。」
せっかく米軍テイストでそろえたので、米軍のミリタリーグローブを召喚した。手首から腕まで隠れるので袖から砂が入るのを防げる。
「こんな服や手袋を見た事が無いわ。」
「ラウルさん。これは魔人国の服か何かなのですか?」
《秘密だって言ってんのになあ・・》
「まあそんなところです。」
さっきよりも更に星の数が増えたように見える。暗闇が深くなりに星の輝きが増したようだ。
「綺麗。」
トラメルがこの光景に感動してうっとりしているようだった。
そして・・それは俺もそうだった。前世でもこんな美しい光景を見た事が無かった。幻想的な青に照らされた砂漠の海に3つの人の影が伸びている。
それから1刻ほど西にまっすぐ歩き続けた。さらに12キロくらいは歩いたと思う。
「一旦休憩します。」
「わかったわ。」
「はい。」
温度がかなり下がってきたので止まれば人間の二人は冷えてしまいそうだった。俺は再度テントを召喚する。
「入ってください。」
3人はテントの中に入る。
「いくらでも出せてしまうんですね。」
「まあ・・そんなところです。」
もちろん魔力が切れれば使えないが、これも一応軍事機密ということで。
「日中はあんなに暑かったのに、こんなに冷えるものなのね。」
「ええ。砂漠とはこういう物らしいです。」
「それにしてもこんな光景を見る事が出来るなんて思いもしなかったわ。」
「私もです。」
「はは・・二人は余裕がありますね。僕はもう不安で仕方ありませんよ。」
「お前は小心者だな。よく私たちのフラスリアまで逃げてこられたものだ・・」
「小心者だから逃げてこられたんだと思います。」
「そうか・・そうだな。」
トラメルが少し納得したようだった。
俺はまたレーション(戦闘糧食)を召喚した。今度はドイツのレーション。
《毎回同じでは飽きるだろうからな・・》
召喚したのはトマトソースの中にソーセージが入っているスープ。ライ麦パンとクッキー。太いソーセージの輪切り。水で溶くタブレットのジュース。ペットボトルの水。
「美味しいわ。」
「本当だ。この赤い肉のスープが上手い!この薄いのはパンかな?食感がいいね。」
「それは良かったです。」
「食べた事の無いような味わいね。なんというか味が濃いわ。」
「そうですね。私も食べた事の無い味です。」
トラメルとケイシーには味が濃いようだった。
・・やはり内陸では塩が貴重だから料理がどれも薄口だったしな。シュラーデンやグラドラムの料理は味が濃くて美味かったから、調味料を流通させれば内陸の食も改善させられそうだ。
「ひと休みしたら更に西に向かいます。」
「わかったわ。」
「はい。」
「疲れているとは思いますが、夜のうちに出来るだけ出現地点から離れたい思います。」
「ええ。」
「がんばります。」
二人は神妙に俺の話を聞いている。
《この二人の頼りどころは俺しかいないのだから、魔人達と行動している時のように遊びは無しだ。とにかく慎重に行動しなければならない。俺は気を抜くと遊び心が出てしまうからな・・》
食事が終わり30分くらい休憩を取った。
「それでは行きましょうか。」
「ええ。」
「はい。」
俺はまたテントを砂に埋めて捨てていく。
《もちろん自然を汚す事はない、30日経てば消えるのだから。俺の魔法はエコなのだ。》
「寒くなってきましたね。」
「そのようね。」
「動けばまた温かくなると思います。1刻(3時間)歩いたらまた休憩をはさみましょう。」
そして俺達はまた歩き出す。確かに外はさっきより更に冷え込んできたようだった。
俺達がしばらく歩いていると・・
気配がした・・
「止まって。」
「なに・・」
「しっ!しゃがんで。」
二人は俺に従うようにしゃがみ込む。俺達に緊張が走る。
シュッー
何かいる。
俺はENVG-B暗視スコープとヘルメットを召喚して取り付けた。
スコープをのぞいたその先に・・それはいた。
「あれは・・サソリ・・」
いや・・サソリはサソリなのだがデカイ。サソリってもっと小さいイメージがあったが・・50センチくらいある。そして・・
シュー
後ろからも聞こえてきた。
いつのまにか・・俺達はサソリの大軍に囲まれていた。
《きもっ!》
「あ、あの・・動かないで下さい!」
「どうしたんですか?それなんなんですか?」
ケイシー神父が俺のヘルメットに気がついて聞いてくる。
「これは暗闇が見渡せる物です。それよりも!」
「なんです?」
ケイシーは気がついていないが、剣士のトラメルは異変に気がついていた。剣を抜いて構えている。
「ラウル殿!何か地面で蠢いているように見えるわ。」
「毒虫の大群です。」
「えっ!」
「どっ毒虫ィィィ!」
「しー!!」
音に反応してよってくるようだ。
ヒソヒソと言う。
「とにかく動かないで・・たぶん巣に紛れ込んでしまったみたいです。」
2人がコクリと頷いた。
《どうするか?火炎放射器を使えば切り拓けるかもしれないが、炎が上がれは暗闇では目立ってしまう。出現地点からは西に16キロぐらい離れてはいるが・・》
大サソリはワサワサと蠢いている。
どうやら、じっとしていると俺たちを見失うようだ。もしかしたら目がないのかもしれない。しかしこんな大群では見つかるのも時間の問題だ。
「ラウルさん!さっきのテントに入ってやり過ごすのはどうですか?」
「でも・・毒虫はおっきいから、破られるかもしれないし・・」
少し話をしたら音を聞きつけたようで大サソリがこっちを向いた。
「しっ!」
「・・・・・」
「・・・・・」
《さて・・困った。だって毒虫多すぎてテントに籠ったところで絶対助からない。》
ガサガサガサガサ
《てか・・異世界のサソリだから毒とかないかもしれないし。そーっと行けたりしないかな?》
ガサガサガサガサ
《いや!無理無理無理。あんな中を歩いていけない。いや・・テント・・テントをかぶせて上を走っていくというのは?》
俺はテントを召喚し投網のようにサソリの方に広げて投げてみる。
バッサァァァ
《おお!かぶさった!ナイロンがうごめいているけど上は走れそうだ。》
ジュゥゥゥ
ジュワァァァ
ナイロンが溶ける臭いがしたと思ったら、溶けた穴からわさわさとサソリが出てきた。
《えっ!溶かすの!》
どうやらサソリが毒を出す尻尾の部分から液を出してナイロンを溶かしているようだった。
《硫酸とか?やばい・・》
「えっと・・」
「えっ?まずくないですか?」
「ラウル殿!どうするつもり!?」
大サソリはじりじりと包囲網を縮めてくるのだった。




