第243話 悪役令嬢だと思ったら苦労性
先の大戦ではフラスリア領でも虐殺があったらしい。
ハルムート辺境伯と辺境伯夫人や使用人、領兵はおろか反発する市民など全てが殺されたという。
《どこに行ってもそんな話ばかりだな・・なぜ徹底的にやる必要があるんだ・・》
殺害されなかった市民も圧政に耐え忍んで生きてきたのだった。
資産を強奪されるのは日常茶飯事、美しい容姿の者は男女子供問わず凌辱された。そんな酷い期間が続く中でもトラメルやローウェルそして行政関係者は隠れ続け、臥薪嘗胆の思いで反逆の機会をうかがっていたらしい。
そしてその長きにわたる隠遁生活のさなか、魔人達が来てあっというまに領を解放してしまったのだった。
「最初に魔人達が来た時は、また敵の魔獣と兵士が襲来して来たのかと思ったわ。」
トラメルが言う。マキーナやドラグ隊が到着した時の事を言っているようだ。
「確かに空飛ぶ者達が火を放ってきたら、そう思うのも無理は無いですね。」
「ええ。あなたが熊の魔獣を連れてきた時に私が驚いたのも、攻めてきた敵兵の記憶がよみがえったからよ。」
「その節は申し訳ありませんでした。」
「まったく、気を付けてほしいわね。」
「至りませんでした。」
フラスリア領は今、彼女らの手腕により少しずつ正常な状態に近づいているらしかった。
「駐留している兵には取り付く島もなくて、魔人たちが来てくれて助かったのは確かよ。青天の霹靂だったわ。」
「もっと迅速に動ければよかったんですが、これが精いっぱいでした。」
「いえ。ローウェルの言うとおり無力な私たちにとっては救世主でした。」
「そう言っていただけると助かります。」
「私達が潜んでいる時に都市に潜入していた内通者が、敵兵に賄賂を渡して懐柔しようとしたけど効果はなかったわ。それどころか殺されてしまった者もいたの。」
「たぶん世界がファートリアとバルギウスの支配下にあるようなものでしたから、すでに賄賂などを贈ってもそれほど効果がなかったでしょうね。」
「まさか世界がそのようなことになっていようとは思いもしなかったわ。他の地域に行こうとしても、敵兵はどこにでもいて身動きなど取れなかったし。ギルドも取り壊しにあい反発した冒険者も皆殺しにあったのよ。」
「はい。実はどこの地域においても同じことが行われておりました。」
「敵の目的は情報の分断かしら?」
「トラメル様の推察のとおりかと・・」
《この人・・性格は高飛車だけど、ある程度の情報から推察し的確に判断して動けているようだ。これまで生き延びてこれた理由はこれかもしれないな。》
「でもあなたの仲間が来て人民達を解放してくれた。これについて本当に感謝しているわ。ありがとう。」
「自分本位の目的の為に進めている作戦ですので礼には及びません。」
「利害の一致ってやつかしらね。」
「そう思っていただいて結構です。」
するとトラメルは少し窓の外を見て言う。何かを気にしているようだった。
「では私はそろそろ市内の巡回にいくわ。あなた方はあなた方のやる事をなさってくれればいいと思うわ。」
「はいそうします。それではちょっとローウェルさんとも細かなお話を進めたいのですが?」
「ええ。じゃあローウェルきちんと話を進めなさい。」
「はい。トラメルお嬢様。」
新ハルムート辺境伯は都市内が気になるようで、さっさと部屋を出ていくのだった。
《すっごく高飛車で高慢ちきな人かと思ったら、意外に理路整然としていらっしゃるのね。》
「最初の印象とは違い、彼女に対しての認識が変わりました。」
「そうですか。実はあれでだいぶ変わったんですよ。」
ローウェルが言う。
「そうなんですね。」
「ええ。元は手の付けられないくらい気の強いお人で、じゃじゃ馬なんていうものではありませんでした。」
「見てればわかります。」
「ふふ・・そうでしょうな。彼女に傷つけられた使用人やメイドも多かった、市民の評判も悪く悪女などと噂されておりました。」
「・・・ローウェルさんはそうは思っていなかった?」
「その通りです。彼女はハルムート家の一人娘。お父上のルスラ・ハルムート辺境伯が病弱だった事もあり、あの若さでこんな大きな領をたった一人で継ぐ事をお考えになっておいででした。そのため自分にも人にも厳しく当たる事が多かったのです。」
「そうですか。彼女はきちんと”貴族”なのですね。」
まあ・・貴族の悪いところだけが目立っていたと言ったところか。しかし小娘一人にそんな重圧がかかったら、そうなるのは当然だと思う。むしろ腐らずに気丈にそれをやっていたと思うと、彼女の精神は凄く高貴なのだろう。
「そう言う事です。自分にも厳しく剣の鍛錬も欠かさずおこなっておりました。しかし男と違い非力な彼女では兵士のようにはなれなかった。それでも剣の腕前はかなりのものなのですよ。」
「それで敵を剣の錆にしてやると・・」
「はい・・」
《何もかも失ってしまった自分のよりどころが、健気に修練を積んで来た剣の腕前ということか・・くぅー!泣けるねえ。》
《ご主人様。私奴はあの者を見直しました。》
《俺もだよ。》
《ご主人様に対しての無礼も目を瞑りましょう。》
《そうしてくれ。》
すると・・俺の横で肩を震わせて泣いているやつがいる。
「と・・・トラメルさんは偉い!人に嫌われる事も厭わず自分の信念に基づいて行動を貫く!並大抵の人が出来る事じゃない!私は彼女を最大限にサポートしたいです!」
「おお!オージェ様!ありがとうございます。あの方の本当の良さはそこにあるのです。」
「彼女は守らねばなりません。そういう方はとても貴重だ!屈服しない精神と胆力はそう簡単に身につけられるものではない!なあに・・体術など後からいくらでもついてくるものです。私が彼女にたくさん稽古をつけて上げましょう!」
「!!」
俺が息を呑む。
しかしオージェの戦いの実力を分からぬローウェルさんは喜ぶ。
「おお!そうですか!見ればオージェさんはかなりの武闘家とお見受けする。お願いできますかな?」
「もちろんです。全力をもって彼女に武術を教えましょう!」
《えっと・・全力で?龍の民が?人間に?カーライルでも持て余すのに差がありすぎない?》
「オージェさん!その時はお手柔らかに頼みますよ!」
「ラウルさん?そんなことわかってますよ?」
「そうですよね。」
まあこの男は意外に繊細だから問題ないだろうな。
《しかしご主人様・・この男・・笑ったり泣いたり忙しいですね。》
シャーミリアが念話で話しかけてくる。
《ああ物凄く素直な性格をしているらしいな。》
《面白い生き物。》
《龍はみんなこんな感じなのかね?この人だけこんな性格なんじゃないかと思ってるけど。》
《この者だけが?》
《だって・・龍ってもっと厳かなイメージあるもん。》
《私奴もです。》
「ラウルさん?どうしました?」
オージェが俺達が黙っているので声をかけてくる。もちろん念話こそこそ話をしているだけで、黙ってるように見えるのは外側だけだけど。
「どうもしません。とにかくトラメルさんの力になってあげたいというのが、私もオージェさんも一致しているわけですね。」
「彼女は健気です。」
涙を拭きながらオージェが言う。
「ふははは。あ・・失礼しました。トラメル様を健気などとおっしゃる方を初めて見たものですから。」
ローウェルが嬉しそうに言う。
《確かに・・トラメルは見た目からして悪役令嬢だ。俺から見ても健気と言う感じはしない。さらに気が強いとなれば恐れる者は多いだろう。》
「それで大戦時の敵の襲撃の事なんですが。」
「はい。」
「魔獣と兵士が来たとおっしゃってましたが、魔獣を兵士が使役していた様子ですか?」
「はい・・私もはじめて見たのですが、あれがテイマーと言う能力なのではないでしょうか?」
「テイマー。ルタンでも聞きました。」
「本来人間が使役出来るのは、せいぜいファングラビット一匹二匹と聞いていました。そもそもテイマーは稀であり、魔法国であるファートリア神聖国にでも少数しかいないと。」
「魔法を極めた国でも稀、小型の魔獣で限界と言うことですか・・」
「はい。それがグレートボアはおろか、伝説の魔獣の翼竜や8本足のスレイプニルまでおりました。」
「その伝説の魔獣たちがこれまでの戦いでもどこにも見当たらなかったのですが、魔獣達は敵兵が連れて帰ったのですか?」
「戦闘が終わるとどこかへ行ってしまいました。」
「どこかへ?ですか?」
「いつの間にか消えるのです。」
「いつの間にか・・」
なるほど恐らく転移魔法がらみだろう。
どこに行っても魔獣襲来の話は聞くのに魔獣の痕跡がない。おそらくどこかに行くのではなく消えているのではないかと推測される。
「実は敵には転移魔法を使いこなす者がいるようなのです。」
「禁術のですか?」
「はい。それを世界で同時多発的に使い貴族や兵士の寝込みを襲ったのです。」
「そんな・・それではひとたまりもない。」
「そう。ひとたまりもなかった・・その結果が全滅です。」
「恐ろしい。」
「しかし我々はその転移を事前に破る方法を手に入れました。まあ・・これも禁術を用いたある物によってでしたが。」
「ある物ですか?」
「まあ戦略上の機密となりますので具体的な話は致しませんが、それによって未然に転移を防ぐことが可能となりました。」
「そうなのですね。」
ローウェルは信じられないといった表情で話を聞いていた。行政を行う人たちも耳を疑うような内容に半信半疑のようだった。
「もちろん信じられないとは思いますが、とにかく今の状況はいつ敵が襲来してくるか分からないと言った感じなのです。」
「いまこの時にも?」
「はい。ですがこの周囲には既に、転移魔法陣が無い事を確認出来ておりますので大丈夫です。さらに魔人が警備をしているうちは急襲などされる心配はありません。」
「そうなのですね。」
「はい。つきましてはこのフラスリア領の防衛を受け持つという意味でも、現段階での防衛最前線基地を建造させていただきたいのです。」
「ええ。それは既にトラメル様の了承も得ておりますので問題ないです。」
「そして、それに対し魔人国への協力をお願いしたいのですが・・」
「それは何でしょう?」
ローウェルは息を呑み何を要求されるのか、戦々恐々とした表情になる。
「魔獣の肉や他の地域からの物資を供給しますので、魔人達の為に炊き出しの協力をお願いしたいのです。」
「なるほど、それで?」
「今はそれだけですが?」
「それだけでよろしいので?」
「はい。うちの魔人達が食する食料を加工し提供してほしい。必要以上に取れた肉や物資は市民たちのために使ってくださってかまいません。いかがですか?」
「それでは私達だけが良い条件に思えるのですが?」
「そうでもありません。これから魔人達が大陸北部に住居を構えどんどん進出してくるのです。民の受け入れ態勢が万全であれば、魔人達もすみやかにこちらに進出する事が出来ますから。」
ローウェルと行政の人々が考え込む。
が、すぐに口を開いた。
「わかりました。最善を尽くさせましょう。」
ローウェル以下行政人たちが納得したようだった。
「あともう一つ。」
「なんです?」
ローウェルがほらきた!といった顔をした。
「あのお茶を輸出してもらうわけにはいきませんか?物々交換でも金銭との交換でも良いのです。あんなにおいしいお茶をここだけで楽しむのはいささかもったいない。」
そして・・あれ?そんなこと?と言った拍子抜けした顔をした。
「それは願ったりかなったりですが、今は輸送手段がありません。」
「それは大丈夫です。当方で手配しますので問題ございません。」
「わかりました。値組や交換する物資などの金額のすり合わせはどうすれば。」
「グラドラムからこちらに人をよこします。」
「わかりました。」
おおむねの取り決めは決まった。あとは実行するのみ。
「えっと。じゃあ私も領内を見学してもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ!だれか人をつけます。」
俺が席を立つとローウェルと行政人たちがザっと席を立った。
「いえ。それには及びません。お忙しいでしょうから私とオージェが勝手に商店などに顔を出させていただきます。美味い料理屋に行こうかと・・」
「いえ!料理であればこちらで用意させる予定ですが?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。でも地元料理も食ってみたいのです。もし可能なら夜にご相伴にあずからせていただいて、昼間には領内のお店周りをさせていただいてはダメですかね?」
「わかりました。ぜひごゆるりとご覧になってください。」
「ありがとうございます。」
やった!地元料理が食えるぞ!
俺とオージェが一礼をして部屋を出る。
シャーミリアとファントムが俺達に付き従うようについてくるのだった。
《これで大陸北部の流通経路は全部つながったな。》
《ご主人様の計画通りにて》
《とにかく将来の為、魔人国に有利に働くように動いておこう。》
《素晴らしいお考えです。》
《将来を見据えて、早い段階で魔人国の利になるように仕組みを作っておこう。》
《はい。》
俺とシャーミリアの悪だくみ内緒話は、誰にも聞かれる事のない念話で行われるのだった。
「オージェさん!うまい物ありますかね?」
「行きましょう行きましょう!」
オージェはやっぱり食べる事にノリノリなのだった。