第242話 じゃじゃ馬領主の説得
ハルムート辺境伯邸は、サナリアのフォレスト邸なんかより数倍大きくてまるで城だった。
俺とオージェ、シャーミリア、ファントムがハルムート辺境伯の屋敷の応接室にいた。
応接室にはテーブルがあり、周りに椅子が並べられている。調度品もおそらく大戦前の物がそのまま置いてあるようで立派な棚などがあった。
しかし棚の中身は空のままで、おそらく略奪でもされたのだろう。
その応接室の椅子に俺とオージェが座り、シャーミリアとファントムが後ろに立っていた。
コンコン
ドアがノックされローウェルを先頭に5人の人が入って来た。
ローウェルのすぐ後ろにいたトラメルが俺を見つけてキッっとにらむ。
・・・どうやら彼女に嫌われたようだ。
「お待たせいたしました。」
「いえ。いろいろとお騒がせしてすみませんでした。」
「ラウル様はただご挨拶をしていただいただけです!お騒がせなどしておりません。」
「ふん!お騒がせしたわよ!あんな巨大な魔獣を引き連れて!おかしいわよ!」
「すみませんトラメル様。ああ見えてかわいいペットですし、私が命じなければ人を殺したりはしません。」
「め、命じたら?」
「容赦はしません。」
トラメル嬢が真っ青になる。
「あの、ラウル様これ以上トラメル様を脅かさないで下さい。」
ローウェルが言う。
《脅かしちゃあいないんだけどな・・事実を述べたまでだ。》
「失礼しました。」
とりあえず謝っておこう。
そして相手が席に座ると、使用人たちがお茶とお茶請けを持って入ってくる。
「このあたりはお茶の産地ですから良いものが採れるのです。フラスリアが敵の手に落ちている間も、農家たちはそのまま継続して農地の運営をさせられていましたので、今もこうして良い茶の葉が採れています。」
ローウェルがお茶の説明をしてくれる。
温かいお茶が注がれるのを俺達は見ていた。
「ささっ!どうぞ温かいうちに。」
ローウェルに進められてお茶を飲んでみる。
「いい香りですね!」
オージェが言う。
確かにいい香りだ・・鼻に抜ける爽やかな香りとかすかな甘味が絶品だ。
「本当ですね。こんなにおいしいお茶を飲んだのは初めてです。」
「そう言っていただけるとありがたい!」
俺が言うとローウェルが喜んでいる。
そういえば敵はサナリアでも小麦の生産は継続させていたっけな。シュラーデンでも特産品は普通に生産していたし、ラシュタルでもそのままの生産活動をしていたようだった。
「ところであなたはサナリア領主の息子よね?」
トラメルが唐突に言って来る。
「はい・・まあ元ですかね?今はサナリア領を治めているのは魔人です。」
「男爵の息子がどうして魔人の司令官をやっているの?」
「ああ。それはもともとは私が男爵の息子じゃないからです。」
「どういう事?」
「私は本来魔人と人間の間の子だから・・でしょうか。赤子の頃に父に預けられたそうです。」
「男爵でもないという事?」
「爵位を継いでません。」
「私は辺境伯をついでこの領を治めようと思っているわ。あなたもサナリア領を継ぐべきでは?」
「まあトラメル様がおっしゃることも正しいと思いますが、私は人間の貴族になるつもりはありません。」
「おかしいわ。貴族に育てられたならその家を継ぐのは当然の事だわ。」
「それが・・正当な血筋の妹が生まれましてね・・私は血のつながりも無いですし・・貴族としての立場を継承するならば妹という事になります。あとはまだ母親が生きておりますので・・」
「あなたのお母様はどこ?」
「それは安全のためにふせています。どうやら私の母が狙われたふしもありますので、今は恐ろしい数の魔人が彼女と彼女の娘を守っております。」
「男爵の奥さんなんて・・商人かなにかの出じゃない・・」
「お嬢様!それ以上言ってはなりません。イオナ様の血統はとても高貴なのですよ。」
ローウェルが言う。
「すみません・・トラメル様が無礼を申しました。ラウル様どうぞお聞き流し下さい。」
「いえいえ!母さんはそういうの気にする人じゃないし・・まあちょっと怖いところもあるけど大丈夫ですよ。」
「存じ上げております。あの方の策はとても緻密で怖いところがありますから・・」
《・・はは・・うちのかあちゃんそんなに有名なのね・・確かルブレストもそんなこと言ってたなあ・・》
するとトラメルが面白くなさそうに言う。
「なんで男爵の奥さんにそれほど気を使う必要があるのよ!」
「お嬢様のお耳には入っていないかと思われますが、イオナ様は王家とも縁の深いナスタリア家のお嬢様なのです。」
「うっぐっ」
トラメルが喉を詰まらせた。確かに辺境伯と言えば伯爵であるナスタリア家より身分は上だ。しかし・・王家とのゆかりのあるものが多いナスタリア家となると話は別だからだ。
「トラメル様。お気になさることは無いですよ。すでに王家も滅び・・国中の貴族でも生き残っているのは数名です。属国の王女が生きておりましたが、他は元ユークリット公爵令嬢くらいで、今のところ残存している貴族はあとトラメル様のみかと。」
「公爵令嬢様が生きておられるのですか!」
またもローウェルが驚いていた。
「そうですね。たまたま生きていたのを助ける事が出来まして、そろそろユークリット王都に帰還される頃かと。」
「なんという・・王家の復活がなるかもしれないと?」
「うーん・・本人次第です。」
《カトリーヌはもともと貴族が嫌で家をでているからなあ・・貴族を通り越して女王になれなんていったら・・どんな顔するんだろう。》
「それが事実だとすれば、再び国の再興も出来るのではないですか?」
「そうですね。しかし・・まだ基盤が出来ておりませんので先になるかと思います。」
「いずれにせよ、すばらしい!」
ローウェルと腹心たちが顔を見合わせて喜んでいる。不遜な顔をしているのはトラメルだけだった。
「とにかくあなたはフォレスト家を継ぐ気は無いと?じゃあ平民という事になるのかしら?」
プチプチプチプチ
「それ以上・・」
「シャーミリア!いいんだトラメル辺境伯はまだ事情がお分かりになっていないだけだ。」
俺がシャーミリアを抑える。
するとローウェルが話す。
「トラメル様。ラウル様はこの国を救ってくださった英雄という事になるのです。数少ない貴族をお救いになり希望を授けてくださった。私共とてもう風前の灯火だったではないですか?平民などという事にはなりません。ご理解をいただけると助かります。」
「助けに来てもらわなくてもいずれは、ファートリアやバルギウスの兵など私の剣の錆にしてくれていたわ。」
「それはいささか無理がございます。」
「だって!私の父と母を無残に殺したのよ!必ず復讐すると誓ったわ!」
トラメルが急に声を荒げる。
「それは私も同じ気持ちにございます。ですが私共はあまりにも非力です。魔人様達のお力を見たではありませんか!?あのお力を従えておられるラウル様へお力添えさせていただくだけでも、我々の精一杯の恩返しという物ではございませんか?」
ローウェルがなだめている。
「わかってるわよ!でも・・でも・・悔しいじゃない!何もできないで人の手を借りて!私は自分の手で復讐を遂げたいのよ!」
トラメルは涙を溜めて訴えかけていた。
「それならば・・なおの事ラウル様への協力を惜しまぬようにするだけです。」
ローウェルが強くトラメルに言うと、トラメルは黙ってしまった。どうやら泣きそうになっているのをこらえているらしい。
気持ちはわかる。自分の家族を目の前で殺されたのならばなおの事だ。俺に当たってしまうのも分からなくもない。
「あの・・トラメル様。」
俺がトラメルに話しかける。
「なによ!」
「私が・・トラメル様のお力になりましょう。憎き怨敵を討ち果たすための協力をいたします。」
「え?協力してくれるの?」
「ええそれが私の使命ですから。私の仕事はまだ終わっていません。真の敵を討つ事が出来ていないのです。ですからトラメル様の敵と私の敵は共通なのですよ。」
「同じ敵?」
「はい。すでにバルギウス帝国は征服しました。残るはファートリア神聖国のみです。」
するとここに居る人間一同がビックリした様子で言う。
「バルギウス帝国を征服したですと!?」
「ええ。残るはファートリア神聖国のみです。」
するとローウェルがさらに話に割って入る。
「ちょ、ちょっと待ってください!あのバルギウス帝国をすでに手中に収めたというのですか?」
「そうですね。まだ皇帝と会っていませんが帝都は既にこちらの物です。我らの配下が占領軍として駐留しています。」
「そ・・そんなところまで・・」
「ええ。これが魔人の力です。ですからトラメル様!ぜひ私と一緒に戦いましょう。」
ローウェルと男たちはざわざわとしていた。
それもその筈でバルギウス帝国は大国だ。それをすでに奪取したと言っても簡単には信じてはもらえまい。
俺はトラメルに右手を差し伸べて握手を求める。しかしトラメルは俺の手を取らない。
「あんた達が裏切らない保証はないわ。」
「トラメル様は私を裏切るんですか?」
「裏切るも何もまだ仲間にすらなっていないわよ。」
「私もまだトラメル様を仲間だと思っておりません。ですがあなたの気持ちは私の気持ちと全く同じものでした。自分の味方が皆殺しにあったのは私も同じ、気持ちは痛いほどわかるのです。」
「ふん!あなたにはまだ母親がいるじゃないのよ。」
「あなたには民がいます。」
「たしかに・・サナリアの民は・・」
「ほとんどおりません。ならば私はその仕返しをしなければならないのです。皆の無念を晴らさねばならないのですよ。」
「・・あなたはそれを成就したらどうするの?」
「俺は母や仲間たちと争いの無い世界で、のんびり暮らしたいだけです。」
「・・・・争いの無い世界。」
「そうです。」
「・・・・あなたはこの話の間ずっと右手を下ろさないでいるのね。私がその右手を掴まなければどうするつもり?」
「掴んでいただけるまでさし出し続けるまでです。」
「裏切ったら私の剣の錆にするわよ。」
「その時はこの首よろこんで差し上げましょう。」
「ふん!いいわ・・手を握ってあげる。いつまでもこうしていられるのも迷惑だしね。」
「ありがとうございます。」
ローウェル以下男たちが納得していないのにトラメルは納得したようだった。
「それで・・どうすればいいの?」
「はい。私たちに遅れてここに魔人軍の大隊が到着します。防衛ラインを確立してわが軍の戦力を集結させ一気にファートリアへと進軍します。そしてここがファートリアへ一番近い場所ですから軍事拠点とさせていただきたいのです。」
「わかったわ。敵を討つためならいくらでも協力する。本当に一緒に敵を討ってくれるのよね?」
「二言はございません。」
「なら私もよ。それまでは我が領はあなた方に協力させてもらうわ。ローウェルそれでいいわね!」
「ええ!ええ!もちろんですとも!トラメル様!やっと会稽の恥を雪ぐときがきたのですね!」
ローウェルの目にも再び涙が滲んだ。
「それでは我が魔人国との同盟という事で行きましょう。」
「魔人国の司令官。よろしくお願いするわ。」
「かしこまりました。」
よし!これでフラスリア領への基地の設立が出来そうだ。
俺は心の中でほくそ笑むのだった。