第241話 悪役令嬢風美女の粗相
遠くにフラスリア領の都市が見えてきた。
「町から何か飛んできますね。」
オージェが言う。
まだ3km以上あると思うが町から飛び立った人影が見えるらしい。
「あれは、俺の配下のルピアです。」
「綺麗な羽ですね。」
ここから見えるんだ・・
「彼女はハルピュイアという種族です。」
あっというまにルピアが近づいてきて空から降りてくる。
「ラウル様!お待ちしておりました!」
「ルピアお待たせ!ようやくたどり着いたよ。」
「あの・・こちらが?」
「オージェさんだ。」
すでに念話でオージェの事は伝えている。ルピアはすこし緊張気味だがそれだけオージェの威圧感はハンパないらしい。
「ルピアです。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします!」
心なしかオージェのテンションが上がった?
「あなたは天使のようだ。」
「は、はい?いえ私は天使ではありませんが・・」
オージェ曰くルピアが天使のように見えるらしい。そう言われてみると銀色ショートボブの妹系美少女で白い大きな翼・・
たしかに天使だ・・
俺にはルピアが、M240中機関銃で兵士を殺戮しまくっていたのが強烈過ぎて・・天使だと思えなかった。やはり彼女は魔人だ。だがそれを知らないオージェからすれば天使そのものだ。
「彼女は凄く純粋でとてもいい子ですよ。」
「はい。そのようですね。」
どうやらオージェはルピアが気に入ったようだ。
「ラウル様!純粋でいい子なんてぇ!そんなぁ・・」
ルピアはオージェがいるにも関わらず、俺が褒めた事でデレデレになった。
「ルピア!お客人の前ですよ!」
シャーミリアにぴしゃりと窘められる。
「はい・・すみません。」
ルピアはオージェさんをチラリとみて軽く頭を下げた。
「はははは!いいんですいいんです!気になさらないでください!」
オージェは豪快に笑い飛ばした。本当に気持ちのいい男だ。
俺はルピアに聞く。
「領主や民は無事なんだよな。」
「はい。すでに新領主はフラスリア領の行政を執り行っております。」
「わかった。」
「あの・・新領主は少し癖がありますので・・ご注意を。」
「癖?分かった心に留めておこう。それを言うためにわざわざ来たのか?」
「はい。」
癖か・・まあいろんな人がいるからな。ここまでも一癖二癖ある人いっぱいいたし。
都市に近づくにつれてフラスリアの大きさが分かって来た。
「結構デカいな。」
「本当だ・・シュラーデンくらいありますね?」
オージェが言う。確かにここはシュラーデンぐらいありそうだ。
「私の故郷のサナリアとは大違いだな。」
門に近づいて行くと竜人長のドラグ以下、魔人軍の兵がずらりと並んで俺達を出迎えた。
全て膝をついて頭を垂れている。その一番奥にマキーナが跪いており、その傍らに一人の女性と市民らしき男達が数名立っていた。
「ラウル様!これまでの長旅お疲れ様でした!次の任に備えお待ち申しておりました!」
ドラグが俺に言う。
「遅くなった。ちょっとわけあって遠回りになった。」
するとドラグがチラリとオージェを見る。
「ああ、こちらがオージェさんだ。」
「ドラグです。どうぞお見知りおきを!」
「オージェです。えっと・・ドラゴン?」
ドラグは1次進化しているので人間の見た目に近いが、オージェはドラグの正体を言い当てた。
「いえ竜人です。」
「私は龍の民です。見た目は人間なんですけどね。」
「はい!言わずともわかります!」
竜人と龍の民はどうやら違う種族らしいのだが、竜人のドラグには何かが伝わるらしい。きっと種族的な何かがあるのだろうと思う。
「みんな。立ってくれ!」
ザッ
俺の指示で魔人軍が一斉に立ち上がる。
「じゃあオージェさんティラ。ファントムとセルマもここで待っててくれ。」
「わかりました。」
「はい。」
くるるるぅ
俺はシャーミリアだけを連れ魔人達の間を歩いて行く。するとマキーナが傍にやってきてエスコートしてくれる。
「ご主人様。こちらがこの領の新領主トラメル・ハルムート様です。」
マキーナが紹介してくれた。
赤茶のロングヘア―で目の吊り上がった悪役令嬢風の女が立っていた。目鼻立ちがキリリとしていて美人と言えば美人だ。眉毛もシュッとしていて男装したら宝〇歌劇団でトップスターになれそうだ。
「初めまして魔人軍総司令官のラウル・フォレストと申します。」
「あなたが魔人軍の総司令官?まだ子供じゃない。」
あら・・いきなりの上目線?
「無礼な!」
シャーミリアが物凄い魔力を放出しながら何かを言おうとするが、俺がそれを制する。
「まてまて!シャーミリア!領主様のおっしゃるとおりだ、こんな若造が魔人軍の総司令と言っても信じてはもらえないだろうさ。」
「しかし・・・」
「シャーミリア。」
「はっ!」
うん。シャーミリアがキレそうになるのもわかるよ・・ずいぶん高い所から話してくるもの。
「あなたは?身分が高そうな服装だけど・・」
トラメルがシャーミリアを見て言う。
「私はラウル様の秘書官を務めているシャーミリア・ミストロードよ。」
シャーミリアが物凄い威圧感を出してる。言い方もつっけんどんだし・・ただただ怖い!
「ま・・まあ、い、いいわ。それで援軍はどこ?」
トラメルの声が震えている。
「ちょっ・・トラメル様、それはいささか失礼なものいいではございませんか?」
トラメルの隣に立つ初老の紳士が諌める。
「あなた領主に歯向かうの?」
トラメルが初老の紳士を睨みつける。
なんかめんどくさい事になってきちゃったな・・
「あの!いいんです!まず仲間を呼びますのでお待ちください!おーい!」
俺は一緒に来た仲間たちを呼んだ。
ドドドドドド
「あ、あわわわ!レ、レッドベアー!!」
セルマ熊が突進してくる。
「きゃああああああ!」
「うっわあああああ!」
「ぎゃああああああ!」
「にっにげ・・」
トラメルが尻もちをつき、ほかの男達は逃げ出した。初老の紳士だけは真っ青な顔をしながらトラメルの前に立ちはだかる。
「ああ!皆さん!大丈夫です!これペットなんで!」
「「「「ペットぉぉぉぉ!」」」」
皆が叫んだ。
「はいそうです!ほら!」
俺がセルマをモフモフモシャモシャと可愛がる。しかし人間の皆さんは声を発する事も出来なくなっていた。
「完全に私に懐いてるので大丈夫ですよ!ほら!」
モフモフワシャワシャフガフガ
セルマに顔をうずめて頬ずりしてみる。
「あ、は・・はい。そっそのようですな。」
初老の紳士がやっと口を開いた。
「なので大丈夫です!いきなり驚かせてすみませんでした。」
「いえ・・驚きましたが大丈夫です。あの私はフラスリア領の代官をしておりますローウェル・グランツと申します。」
丁寧な貴族風の挨拶をしてくれた。
「ラウル・フォレストです。」
俺も貴族風挨拶で返す。なんだか・・懐かしい。
「フォレスト・・つかぬ事をお伺いしますが・・ 」
「はい・・」
「サナリアのグラム様とゆかりのある方では?」
「はいグラムは私の育ての父親です。」
「ああ!やはり!私は何度かサナリアにてラウル様をお見かけしたことがございます!今は髪の色と・・瞳の色が違いますが、面影がございます!」
「ああそうでしたか。私がまだ子供の頃にきっとお会いしていたのでしょうね。」
「いえ。私が一方的にお見受けしただけですが・・まさか!生きておいでだとは!しかも!魔人軍の司令官をなさっているなど!やはりあの方のご子息なのですね!」
ローウェルから勢いよく矢継ぎ早にまくしたてられる。
「父の事を知っているのですね?そう言われるとうれしいです。」
「しかし・・父君は残念でございました。」
「まあそうですね。でも母は生きております!」
「イオナ様が!あのお美しい奥方が生きていらっしゃるのですね!」
「ここにはおりませんがある場所で幸せに生きております。」
「生きて・・よ・・よかった。こんなに嬉しいことはございません。」
ローウェルが感動で打ち震えているようだった。
俺もローウェルに言葉をかける。
「ローウェルさんもトラメル様も良くぞ生き延びてくださいました。」
「私がおめおめと生き延びて・・しかし・・トラメル様を生かすために潜んで耐え忍んできました・・そしてまさか・・グラム様の忘れ形見にこんな形でお会いするとは・・」
ローウェルの目に涙があふれてきた。
俺が重ねて言う。
「いえ。こちらこそ救出が遅れてしまい申し訳ございません。サナリア軍が全滅し魔人に救いを求め・・今この状態に至ります。かなりの時間を要してしまいました。」
「いえ・・このような日が来るとは・・素晴らしい・・」
「そして朗報がございます。大陸の北部は既に我が魔人軍が手中に収めております。」
「おお!それはすばらしい!何という・・おお・・」
ローウェルが崩れ落ちてしまった。膝をついて拝むように額の前で両手を組む。
「しかし、ユークリットは既に陥落し生き延びた者はわずかでした。サナリアの者はこちらにも逃げ延びたと思うのですが・・」
「はい少人数ではございますが・・しかしあっというまに魔獣を含めた兵団が襲来してきまして、フラスリアの兵は全滅しました。その時にトラメル様のお父上のルスラ・ハルムート辺境伯も討ち死にされ・・私はトラメル様を連れて命からがら逃げたのです。サナリアの民も混ざって逃げました。」
「そうですか・・よくぞ生き延びてくださいましたね。」
「あ、ありがとうございます。」
そして俺とローウェルはふと周りを見る。すると魔人達は何事もなかったように優しい眼差しで俺達を見つめていた。オージェだけは目に涙を浮かべている。
「ラウルさん!よかったねぇ!生き残っている人がいたんだねえ。うんうん!」
「ありがとうございます。本当に良かった。」
そしてローウェルの後ろを見るとトラメルがポケーっという顔で見ていた。
「トラメル様?」
俺が声をかけると彼女の目の焦点があってきた。
「あ、あ、えっと。」
トラメルが何かを話そうとするが・・
・・なにか・・ツンと鼻を突く臭いが・・
トラメルは下を向きスカートの前を押さえてうずくまる。
「トラメル様?」
ローウェルが声をかける。
「いや・・ローウェルさんトラメルさんはちょっと驚いたようで・・今はちょっと。ルピアとティラは彼女のお世話を頼む!」
「かしこまりました。」
「はい。」
「みんな!出迎えご苦労!それじゃあそれぞれの持ち場に戻れ!ここからすぐに移動するんだ!」
「「「「「「は!!!」」」」」」
ドラグと魔人達は一斉にこの場所から散って言った。
「ではローウェルさんちょっと細かいお話を・・」
「え・・ええ・・」
俺がチラリとトラメルを見ると、キッっと強い眼差しで睨まれた。
・・あれ?俺の気のせいだったのかな?
「あの・・トラメルさん?・・」
俺が手を差し伸べようとする・・
「ち・・近寄らないで!」
あ・・やっぱり勘違いじゃなかった。じゃあドレスが汚れてしまう前に俺達は退散しよう。
「ではローウェルさん我々は先にまいりましょう。」
「はい。申し訳ございません・・お気遣い痛み入ります。」
「いえ・・いきなりこんなデカイ熊が駆け寄ってきたらこんなことにもなります。」
「はい。それではトラメル様、先に屋敷の戻りますので後ほど。」
「ローウェル!早く行ってちょうだい!」
「はい。」
俺達一行とローウェルが都市内に向かって歩き出す。後ろの方で・・ルピアとティラに抱えて起こされるトラメルがいた。物凄く気が強そうなんだが・・まさかそんなにビックリするとは。
こんな出会い方をしたらきっと俺の事が嫌いになっただろうなあ・・
申し訳ないと思いつつ、セルマ熊の紹介の仕方を本格的に考えないといけないと思うのだった。