第237話 ルタン町への凱旋
俺達がシュラーデンを出て4日目にルタン町が見えてきた。
早い到着の理由は・・
オージェが兵士達に精神論を語って、毎日かなりの距離を競歩のようなハイペースで歩いてきたからだ。俺達魔人にはどうという事はないが・・人間達はかなり疲労している様子だ。
それもそのはず。1日の平均睡眠時間が4時間程度で4日間走破し続けたのだ。1日4度の休みを儲け40分が3回と睡眠時間4時間程度。1日6時間も休憩を取っていない。
足をやってしまい肩を借りて歩いている者もいた。
《死人が出なかったのが不思議なくらいだ・・人間死ぬ気になれば何でもできるんだな・・》
オージェの精神論に感動を覚えながら歩く。
その俺達の前に都市が見えてくる。兵士達にも安堵の雰囲気が流れた。
《あれ?なんか高い市壁ができてるし。門もあるな・・ずいぶん立派になったなあ。》
以前はスケスケの木柵と簡単な門があっただけの簡易なものだった。
俺たちが近づくとガギィィと音をたてて門が開いた。
「ラウル様!ますますご健勝のご様子、なによりでございます!」
「「「到着をお待ちしておりました!!」」」
「おお!ウルド!みんな!わざわざすまない。」
俺達を西門で出迎えてくれたのはダークエルフの長ウルドだった。後ろに100人くらいの魔人が膝をついて頭を下げていた。
「マーグ隊がシュラーデンに向かいドラグ隊は南に出兵しましたので、シナ村の開発はグラドラムから移住した魔人達に任せ、獣人たちもルタンにつれて来ております。」
「いい判断だ。」
「ありがとうございます。」
「しかし・・ここもずいぶんデカくなったな。」
「ええ。魔人がかなり移住してきましたので、居住範囲は約10倍に広がったと思います。」
「そのようだ。」
《だってここ、元のルタン町の入り口よりだいぶ手前だもん。》
「そして頑丈な市壁を作ったんだな?」
「はい。魔獣対策は問題ないのですが、再び敵兵が攻めて来るやもしれません。その時に市民を守りきるためには必要かと。」
「そのとおりだ。備えあれば患いなしだな。」
「はい。」
すると奥から1人の初老の男がやって来た。パトス町長だった。
「これはこれは!ラウル様!」
「町長。お元気そうですね。」
「それはもう。グラドラムやラシュタル方面からの物資の流通のおかげで潤っております。」
「よかったです。ここは重要拠点なのでパトス町長にはいろいろと苦労をかけますが。」
「何をおっしゃいますやら。ウルド様たち魔人は素晴らしい方達です。街の民も魔人達とうまくやっております。それに魔人様達の建設能力や狩りによる肉の調達力はすさまじいですな!」
パトス町長の顔の色艶がいい。どうやら本当に町は潤っているみたいだ。
するとウルドが言う。
「ラウル様。ここまで我々が町に馴染めたのは獣人達のおかげです。もとより獣人がこの町で暮らしておりましたので、ルタンの人間が容姿の違いなどを気にしなかったのは大きいかと。」
「なるほど。それはよかった。」
チラッ
するとウルドがオージェの方を緊張気味に見る。ずっと気にしていたようだった。
「してラウル様・・このお方は?私は先ほどから冷汗が止まりません。シャーミリアとファントムが一緒ということで安心はしておりますが」
「ああ、新しい仲間のオージェさんだ。よろしく頼む。」
「それは失礼いたしました!私はダークエルフのウルドと申します。よろしくお願いいたします。」
「龍の民のオージェといいます。よろしくお願いします。」
二人は頭を下げて礼をする。
するとパトス町長も挨拶をする。
「私はルタンの町長のパトスです。」
「オージェといいます。よろしくお願いします。」
「こちらこそお願いします。しかし・・龍の民ですか?魔人といい龍の民といい、最近おとぎ話や伝承にあるような方達とばかりお会いしているような気がします。ラウル様は、よくこのような伝説的な方をお仲間にされましたな。」
確かにやけにすんなり仲間になってくれたよな・・
「まあラウルさんとは、お互い惹かれましてこうしています。」
オージェが俺に代わり答えてくれた。
「そうですか。それでは最大のおもてなしをさせていただきますので、ぜひ後ほど我が家にお越しください。」
「わかりました。それでは後ほど。」
オージェが俺をチラリとみるので無言でうなずく。
「ああ・・仲間といえば。セルマ!」
俺は元メイドのセルマを呼んだ。
ドドドドドドド
俺に向かってセルマ熊が走ってくる。
「うっわぁぁぁぁぁ!!」
パトス町長が真っ青な顔でウルドの後ろに隠れる。
「レ・・レッドベアー?にしては大きすぎませんか?」
「ああ、パトス町長すみません・・セルマはペットなんです。」
「ペッ!ペットォォォォ!!」
また驚かれた・・紹介のスタイルを変えた方がいいのかな?
「はい。使役している従魔です。」
「ラウル様は、テイマーの力までお持ちだったのですか?」
「いえ。訳あって俺に懐いてくれているだけです。」
まさか仕えていたメイドがこの熊になったなんて言えないもんなあ。
「そうなのですね?まったく・・ラウル様には驚かされてばかりです。」
俺はそのまた後ろに控えている3000の兵達を見て言う。
「実は・・ファートリアとバルギウスの兵を捕虜としました。この者たちの居住区を作らねばなりません。」
俺の言葉にパトス町長が怪訝そうな反応をする。
「ファートリアとバルギウスの兵ですと?」
この反応は当然だろう。この街は彼らの同胞に好き放題やられたのだから。
「はい捕虜です。このオージェさんが1年数ヵ月かけて矯正した者達なので、反乱の意志などは持ち合わせておりません。」
「それは・・本当ですかな?」
パトス町長は不安げに聞いてくる。
「はいそれは問題ないかと。ただ私達もそのまま放置するのは不安がありますので、ここで魔人達の厳重な管理下におきます。」
「それで?」
「この3000の兵を魔人の元で労働力として使用します。」
「労働力・・」
「ただ飯を食わせるわけにはいきませんから。」
「大丈夫なのですか?」
するとオージェがパトス町長に言う。
「ええ。私が精神を鍛え直しましたから、一般市民に危害を加える事は無いでしょう。あとは魔人さん達の力が絶大なので彼らが上手くやってくれると思います。」
「そうですか・・」
パトス町長が不安そうなので俺が付け加える。
「一般市民と同じ暮らしをさせるつもりはありません。一般市民の居住区には進入禁止とさせます。それでウルド!3000人を収容する場所は?」
「もちろんすでに用意してございます。」
パトス町長が驚いている。
「え!?すでにこの町に3000の兵を受け入れる予定だったのですか?」
するとウルドが町長に答えた。
「はい。ラウル様からすでに聞いておりましたので、魔人達を住まわせるために用意していた、北のはずれの森の手前にある居住区を、更に市壁で隔離しそこに3000の兵を住まわせる予定です。」
すると町長に代わってオージェが聞いてくる。
「ちょっと待って下さいラウルさん。この遠方の地へすでに連絡していた?昨日の今日で?我々は一緒に行進して来たと思うのですが・・」
「ああそれは・・」
まあ、言っても差し支えないか・・
「私は上位の魔人達とは意識がつながっておりまして、念話が通じるんです。」
「そうなんですね・・そんなことが・・」
「便利なんです。」
「凄いですねぇ・・」
オージェも魔人のチート能力に驚いているようだった。
「ではラウル様!兵達を北の居住区へと連れてまいりましょう。」
「ああそうだな。兵たちも相当疲れているようだ・・さすがに休ませてもいいだろう。」
するとオージェが声を上げて兵達に言う。
「お前たち!ラウルさんのお許しが出た!もう少しでお前たちが住む場所に案内してもらえるから、そこに行ったら休んでいいぞ!」
ビリビリビリビリ
相変わらずオージェの声はものすごく響く。
「「「「「「ありがとうございます!!」」」」」」
俺達は西の門から北にある居住区に移動する事にした。
中を歩くとルタン町はグラドラムほどじゃないにせよ、滅茶苦茶住居が増えているようだった。広さだけで言えばシュラーデン王都くらいありそうだ。しかしグラドラムの様にカラフルではない・・グレーと茶色のカラーで埋め尽くされている。
《まあ・・グラドラムの住居の色はミゼッタの趣味だしな・・》
町には人や魔人がごった返しているようたが、北の居住区までの通りは既に魔人達が並んで交通整理をしており、一般人が通らないようにしているようだった。
まるで凱旋パレードだ。
俺達が通ると市民や魔人達が手を振ってくる。俺は市民や魔人達に手を上げて挨拶をしていく。
「ラウルさん・・ずいぶん用意周到というか・・これもラウルさんの指示で?」
オージェが聞いてくる。
「いえ。全て魔人達の判断です。意識がつながっているためか、私のやってほしい事が先回りして分かるようで、多くを言わなくても想像以上の結果が待っているんです。」
「理想的な軍隊ですね・・」
「そうですね。まあ・・並列思考というのでしょうか?そのおかげですべての進行が早いのです。」
「ん?並列思考?そんな言葉がこの国にはあるんですか?」
「いやなんとなく私がそう思うだけです。」
「面白いですね。」
そんな話をしながら住民の視線をよそに、俺達の大名行列は北の居住区に進んでいくのだった。
既に隔離壁の準備は進んでいるようで、魔人と獣人たちがせっせと壁を作っていてまもなく完成しそうだった。
すると向こうの方から駆け寄ってくる可愛い猫耳少女がいた。
「ラウル様!」
「おお!ニケ!元気だったか?」
「元気元気!魔人達にもよくされてますから!」
「宿屋の手伝いはいいのか?」
「主人には宿屋はもういいから魔人の身の回りを手伝えと言われてます。」
「そうなんだ。」
「彼らが狩ってきた獣を捌いたり、炊き出しをしたりしています。」
「悪いなあ。魔人の為にいろいろしてもらってありがとう!」
「いえいえ!ラウル様!私はしたくてしてるんです!」
「いずれにせよ。感謝しかないよ。」
「ありがとうございます!」
「あとで宿屋にもよらせてもらうよ。」
「わかりました!今日は料理を豪勢にしてもらえるよう伝えます。」
「うれしいな。美味いのを頼むよ。」
「はい!」
ニケは元気よく宿屋の方に向かって走っていった。
建設中の市壁の間をくぐって、3000の兵はぞろぞろと自分たちがこれから住む予定の居住区に入っていった。
「え!意外に立派だな!」
「本当だ。」
俺とオージェが驚いていた。捕虜用の居住区にするという事でそれほど大した住居を想像していなかったのだが、かなりでかい集合住宅の様な建物がいくつも立ち並んでいた。
「人間であれば1棟に40部屋ありまして、200人はゆったり住めると思います。20棟建設しましたので4000人は住めます。」
「なるほど・・魔人がデカいからデカくなったのかな。」
「まあそうですね。そして各棟には魔人が30名ずつ常駐して人間を管理いたします。」
「600の魔人と兵士の同居ね・・」
俺は魔人達と過ごすのは楽しいからウエルカムだけど、人間達はきっと気が休まらないだろうな・・まあ捕虜だし仕方ないか。寿命が思いっきり縮まりそうだけど諦めてもらおう。
すると住宅地の奥からライカンやオーガ、オーク、竜人がやってくる。
どよどよどよどよ
いきなりの伝説的な魔人達の登場に恐れを伴ったようなどよめきが広がっていく。
「ラウル様!お帰りをお待ちいたしておりました!」
600の魔人が膝をつき俺に頭を下げる。
「おおご苦労ご苦労!悪いけどこの兵士たちの面倒を見てもらう事になるよ。」
「全身全霊をもってラウル様のご命令を全ういたします!」
「みんなありがとう。この兵士たちを立派な木こりや狩人に仕上げてくれ!」
「「「「「「かしこまりました!!!」」」」」」
ざわざわざわざわざわ・・
兵士たちが不本意という感じにざわつく。
「いざという時には兵隊としても動けるように指導してほしい!」
「「「「「「かしこまりました!!!」」」」」」
ざわざわざわざわざわ・・
また兵士がざわつく・・
するとオージェが怒った顔で兵士たちに向かって大声で言う。
「これからお前たちを導いてくださる魔人の方達だぞ!挨拶をせんか!!」
ビリビリビリビリビリ
「「「「「「よろしくおねがいします!!!」」」」」」
兵士たちがようやく自分たちが置かれた立場を理解したようだった。
強制収容所にようこそ。