第234話 龍国の民とライカンの戦い
舞踏場に魔人部隊がぞろぞろと入って来た。
《マーグ。お前たちの力を確認したいそうだ》
《相手は龍?ですか・・》
《龍の民っていうのかな?人型なんだよ。》
俺は念話でマーグに先に情報を与えていた。
《ああ・・見えました。ラウル様の脇にいる男ですね。》
《そうだ。》
《それで、どのように?》
《お前たちの体術がどこまでこいつに通用するかやってみてくれ。》
《ラウル様・・恐らくですが・・敵いません。》
《ここのファートリアやバルギウスの兵達を管理できるか、力量を見極めるだけだそうだ。》
《かしこまりました。》
・・やっぱりマーグたちでも敵わないのか。それでも力量を見せねばこの男は納得するまい。
「ラウルさん。あれが・・魔人ですか・・。」
舞踏場の入り口から入ってきた魔人達を見てオージェが言う。
「はい。ここに居るシャーミリアとファントムもですけどね。オージェさん同様に人間と見分けがつかない者が多いでしょう?」
俺がオージェと会話を進める。
「そうですね。ただ・・あれは鬼?・・ですか?ツノが・・あと猪の様な顔の者も・・羽が生えた人もいますよね?」
「それが魔人です。おそらくこの街の人たちは初めて見て驚いたでしょうね。」
「危険はないのですよね?」
「もちろんです。すべて私の配下ですから。」
「あれが全て?」
「はい。」
そして俺達の前にマーグ隊がそろった。
「ご苦労さん!早速だがこの人と組手をしてほしい。」
「かしこまりました。」
ん?そういえば1対1かな?聞いていなかったな。
「えっとオージェさん。1対1ですか?」
「いや。私は何人でも構いませんが、どうなんでしょう?魔人さん達の力量を見るためにも1対1からやってみましょうか?」
「素手ですか?」
「いえ。得意な武器があればそれでもいいですよ。カーライルさんも剣を使いました。」
「真剣を?」
「まあ・・そうです。」
俺がカーライルを見ると肩をすぼめる仕草をする。それもそうだ全く歯が立たなかったらしいのだから。
「それじゃあ隊で一番強い者がいいですよね?」
「はい。そうしてくださって結構です。」
「建物を壊してしまわないか心配です。」
「それほどですか?」
「一応、彼はわが軍のトップ10に入りますから。」
オージェはまた少し考え込んでいる。そして口を開いた。
「わかりました。では・・午後にはここにファートリアとバルギウスの兵が集まってきます。私の代わりに誰か兵達を厳しく見ていてもらいたいのですが。」
「それじゃあ、シャーミリアとティラで兵隊が練習をさぼらないように見てやってくれ。」
「かしこまりました。」
「はい。」
「すみません。女の人にこんなことを頼んでしまって。」
「オージェさん。シャーミリアはわが軍でかなり強いので問題ありませんよ。」
「いえ彼女達が大丈夫なのはわかります。ただ女性にあんなむさい男どもの相手をさせるなんて申し訳なくて。」
あら?紳士ね。
「なるほど。じゃあオーガとオークを2名ずつ置いて行きましょう。」
「すみません。」
恐らく人間ならオーガやオークを見てビビるだろう。一番怖いのはシャーミリアだけど。
「じゃあシャーミリア頼むぞ。」
「心得ております。」
人間の兵士3000人くらいならどうとでもなる。俺達はシャーミリアに頼んで城を出るのだった。
町をぞろぞろと歩いて行くと魔人達の異様な雰囲気に驚いて、市民は家に入って様子を見ているようだ。なんだか・・オージェを俺達が連行しているようで申し訳ない。
街はひっそりと静まり返り息をひそめていた。
「オージェさん・・町の人たちが怖がってひっこんでしまったようですね。」
「そのようです。まあ・・魔人さん達は普通に怖いでしょうね。私の国の龍がきたら、それこそ・・この世の終わりだと思いそうですし。」
「まったくです。見た目だけで損してます。」
「龍国の民が最果てに住んでいるのは、人間の生活を邪魔しないようにですから。」
「なるほど・・・」
《そういえば・・魔人達が大陸から追われて、そのまま戻らないのは無用な争いを避けるため。そんな理由だったような気がする。俺はそれを破って戦いを始めた。無欲な魔人達の中に現れたエゴ・・それが俺だ。よくよく考えたらルゼミア王は何故それを許したんだろうな・・》
俺がそんなことを考えているとオージェさんが言う。
「ですが私は龍国から大陸に来ました。」
「思い立ったのは何故です?」
「だって・・私以外龍なんですよ。物凄くデカイし見た目もおっかないし・・まあ私は一族なので見た目が人間でも優しくされましたが・・」
「なるほど。だと自分と同じような姿のものに、会いたくもなりますね。」
「そうなんです。ただの私のエゴです。」
「なんとなくわかります。私も魔人国の内輪もめに巻き込まれて、人間の貴族に預けられたんですが・・」
「そんなことが・・」
「はい。私が人間の貴族のもとで育ったために、人間のいろいろな物を見てしまって。さらに紆余曲折あり魔人軍を率いる事になりまして・・。それがなければ魔人達が大陸に来ることはなかったと思います。」
「数奇な運命ですね。」
《そうだった・・ルゼミア王がガルドジンとの愛を成就するのに俺を奪おうとした。それが事の発端だった。ルゼミア王は俺をガルドジンの子として捕えるつもりが、ガルドジンが俺を大陸内部に逃がした。そんな些細な事でこんなデカい事になっちまった気がする。》
「私も魔人と違って人間のような姿で生まれましたから。」
「私と同じですか・・」
「はい。」
《どうやらオージェと俺は人間のような見た目に生まれた事が、人生に大きく影響しているらしい。さらにファートリアとバルギウスの仕打ちを見かねて行動に出た。度合いは違えどもやってることは一緒か・・。いや・・一緒じゃない。俺と違ってオージェはかなり人道的だ・・見習うべきところが多いかもしれん・・》
俺達はシュラーデン王都を抜けて市壁の外に出てきた。広い草原に場所を移して俺がオージェに言う。
「じゃあ。このあたりで良いでしょうかね?」
「ええ。」
俺とモーリス先生、サイナス枢機卿たち3人、マーグ隊のメンバーとファントムがここにいる。
「じゃあ、シュラーデンを統治するのに適した力を持っているか試してください。」
「わかりました。」
オージェが草原の方に歩いて行くのでマーグがそれについて行く。
マーグはライカン最強。
魔人軍でもトップ10に入る戦闘力だが全力でオージェにどのくらい対抗できるのか?カーライルでは全く歯が立たなかったと聞くが・・。
《マーグ。最初から全力で行け。》
《かしこまりました。》
「じゃあはじめましょう。」
オージェが言う。
次の瞬間。
ブンッ
マーグが消えた。さすがはライカンそのスピードは俺の目でも追えないほどだった。
スッ
オージェのすぐ後ろ斜め上にマーグが現れて、かぎ爪を上段から振り下ろした。普通の人間なら何が起こったのかも分からないままあの世行きだろう。
どうする?
するとオージェは前を向いたまま無造作に一歩前に出る。その速さは尋常じゃないが、ただ前に歩き出すように1歩だけ前へ。
ブンッ
マーグの神速のかぎ爪は彼の髪の毛にも服にもかすらない。
オージェはグッと腰を落としてそのまま右肘を後方に突き出した。
ボッ
あまりにも無造作でスピードの乗った肘。マーグが咄嗟に反対の手のかぎ爪でそのひじを受ける。
・・が
ガキィィ
硬い音と共にマーグがはじき飛ばされた。オージェがただ肘を後ろに突き出しただけに見えたが、その威力はすさまじかった。マーグは15メートルくらい飛ばされたが体制を整えながら着地する。
着地と同時にまたマーグがシュっと消えた。
しかし今度は後方に回るのではなく、超低空から股間に向けてかぎ爪をふるう。
ダン!
次の瞬間。
オージェの左足がそのかぎ爪を踏んずけていた。地面にかぎ爪がめり込み押さえつけられたまま、右足でマーグが蹴り上げられる。
バグゥ
マーグが蹴り上げられまた数十メートルも転がっていく。どうやら・・踏んづけたかぎ爪が全部折れてしまったようだ。オージェの足の下の地面にかぎ爪が刺さったままだった。
転がった先でマーグは再び突進を試みる。今度はジグザグに動いて敵の目を攪乱するつもりらしい。今の蹴りのダメージがあると思うがその動きはやはり凄まじい。
シュ
オージェの後方にまわり次の瞬間上空にジャンプした。残ったかぎ爪でオージェの側頭部を狙ってフルスイングした。
ブン
空振り。
オージェは軽く膝をたわめて避ける。
しかしマーグはその体を猫のように捻り渦巻くように体を回転させた。同じ方向から再度かぎ爪がオージェを襲った。
ガシィィィ
その手首がオージェに捕まれていた。あの速度で振り下ろされる手首を無造作につかんでいる。
しかしマーグはその体の回転を止めずに、体をくの字にまげて膝をオージェの脇腹に叩き込もうとする。
ゴキィ
オージェがマーグの腕を回転と反対方向にくじいたためマーグの腕が折れてしまった。しかしマーグは回転を止めなかった。
ドゴゥ
すごい音がしてマーグの膝がオージェの脇腹に突き刺さる・・ように見えた。しかし・・その膝は突き刺さってはいなかった。脇腹の筋肉がマーグの打撃を跳ね返したのだ。
その結果・・
装甲車の装甲もへこませるマーグの膝がやられたらしい。
「ぐぅ・・」
たまらずマーグがうめき声をあげる。
すると。
ポンッ
オージェがマーグをそっと地面に下ろした。
「あの・・すみません・・怪我をさせてしまいました。」
マーグは満身創痍となりこれ以上の戦闘が厳しくなった。
「ラウル様!まだやれます!」
マーグが言うが俺は止める。
「マーグ。これは腕試しだもう終わろう。」
「はっ!」
マーグが折れた腕と割れた膝をついて俺に頭を下げる。
「リシェルさん。マーグの治療をお願いします。」
「はい。」
聖女リシェルがマーグに治癒魔法をかけ始める。
パァァァァァ
マーグが光り輝いて折れた腕と膝が治っていく。
「あの・・爪は・・私には再生できません。」
聖女リシェルが言う。するとマーグが答えた。
「大丈夫です。爪は数日もすればまた生えてきますので・・私が爪を折ったのは初めてですよ。」
マーグが微笑みながら言った。全力でぶつかって負けたことを悔いてはいないらしい。
「でも・・合格です。私はあなたに怪我をさせてしまった。人に重傷を負わせるなどしたことがなかったのに・・すみません。」
オージェがマーグを合格と言う。するとカーライルが重ねて言った。
「凄まじいものですね。オージェさんを相手にあそこ迄やれるのですか・・私など怪我はおろか疲れも見せないまま制圧されたというのに・・」
「マーグさんの強さは本物以上です。無傷で終わらせられると思ったのですが、気を抜けば私が怪我をしていました。手加減できずに怪我をさせてしまった事をお詫びします。」
「いえ・・私がまだ未熟だったためです。精進します。」
するとオージェがマーグに手を差し伸べる。マーグはオージェの手を取って立ち上がった。
「オージェさん。私の配下は合格という事でよろしいですね?」
「ええ。十分以上の実力を見せていただきました。」
「では城に戻り今後の話を再開しましょう。」
「その前に・・その大きい人との仕合をしてみたいのですが?」
オージェが指さす先にはファントムがいた。