第233話 龍国の旅人
1000回の剣の素振りを終えた3000の兵達にオージェが言う。
「よし!今日はすこし早いが解散だ!各自城内の清掃を終えたら食事の支度をし、全員が揃ったら食べるように!正午少し前までに再度全員集合だ!遅れるな!」
「「「「「「はい!!!」」」」」
大勢が素早く舞踏会場を出ていく。凄い団体行動だった・・だらだらと出ていくのではなく混まないように列ごとに部屋を出ていく。めちゃくちゃ統率が取れていて動きが直線的で無駄が無い。
「ではみなさん、良ければ会議室がありますのでそちらへ行きましょう。」
オージェが言うので俺達は彼の後ろをついて行く。
「オージェさん。城を綺麗に保っていますね。」
「掃除は基本中の基本ですからね。」
「隣の国のラシュタル城は荒れてましたよ。敵兵達が根城にしていたんですが掃除や手入れなどしていなかったようです。」
「それはいけませんね、環境の乱れは心を乱します。最初にこの城に来た時もそのような状況でしたよ。」
「そうだったんですか。この城に入った時にも感じたのですが、庭もきれいにしてありましたね。」
「はい。それは町内の人が稽古をつけてもらう代わりにお金を払うと言ってきたのですが、もらうわけにいかないといったら城内の庭を手入れしてくださるようになりました。」
そうか・・どうやら町人が勝手にやっている事もあるようだな。庭が綺麗だったのは彼の指示ではない・・人望が厚いらしい。
「外の方達の礼儀も素晴らしかったです。とても親切でしたしね。」
「それは挨拶が基本ですからね。常に品位を重んじ人助けも大切です。」
「なるほど。気持ちいい考え方ですね、私も見習わねばなりません。」
「ははっ、そんな大したことではありませんよ。精進する事が大切なことだと思っているだけです。」
すんごいな・・俺はこんなにぎっちぎちに自分を律する事なんて出来なそうだ。
「ここです。」
話をしているうちに会議室に到着する。中に入ると長テーブルがあって椅子がたくさん置いてあった。昔は行政などを話し合うのに使われていたのだろう。
「おかけください。」
「ありがとうございます。」
そして俺達はオージェに促されるままに席に座る。ファントムとシャーミリアとティラの3人が俺の後ろに立った。まだ警戒を解いていないらしい。
「えー、特に使用人などはいないものですから・・私がこれからお茶を用意いたします。」
オージェが言う。
「いやいや!お構いなく!それよりも早くお話をするようにいたしませんか?」
「そういうわけにはまいりません。お客様にお茶の一つも出さないと言うのはよくありません。とにかくお待ちください。」
そういってオージェは部屋を出て言った。
俺達はひとまず会議室で顔を合わせて座る。
「なんでおぬしたちはこんなところにいるのじゃ!」
開口一番、モーリス先生が少し声を荒げるようにサイナス枢機卿に詰め寄る。
「なんでって・・さっきも言ったがの、教会に行って神父からこの城の様子をきいたのじゃ。ファートリアやバルギウスの兵がここに居るというから来たんじゃが。」
「お主達だけでは危険じゃと思わんかったのか?」
「それが・・神父の言う事には、敵兵は改心して危害を加える事は無いというのじゃ。しかも・・観光地のように城が一般開放されていると言うではないか。そりゃ行くしかなかろう。」
「軽率であろうが。」
「カーライルもおるしのう逃げるだけなら出来ると思うとった。」
「なぜ逃げんかった?」
「逃げる事もなかろう。あの御仁はそういう類いの人間ではない。」
すると・・シャーミリアが口をはさむ。
「あの・・あれは・・人間ではありません。」
「なんじゃと!?」
「そうなんですか?」
「やはり・・」
サイナス枢機卿と聖女リシェルは気がついていないようだったが、カーライルだけは何かを感じ取っていたようだ。
「なんじゃ!カール!おぬし知っとったのか!?」
サイナス枢機卿がカーライルに詰め寄る。
「あれが何かまでは分かりませんが、戦闘時に一気に膨れ上がる気を感じた時に人間ではないと。」
「なんで言わんかったのじゃ!?」
「彼の前で・・ですか?」
「あ・・確かにそうじゃな・・」
サイナス枢機卿が少しシュンとする。
するとモーリス先生が言う。
「まあ仕方ないかもしれんわい・・わしも気が付かなんだ。ラウルたちが隠れ家に来た時には、シャーミリア嬢ちゃんたち魔人に膨大な魔力を感じて気が付いたのだが、あやつにはほとんど魔力が無い。」
「そうなんじゃな・・ワシも気が付かなんだ。すまんかった。」
サイナス枢機卿が面目なさそうに言う。
「という事はシャーミリア様は気が付いたと?」
カーライルが聞くとシャーミリアが言う。
「入り口でようやく。魔力じゃない強大なものを・・」
するとティラも言う。
「わたし・・立ってるのがやっとで気を保つ事に集中してました。」
「なるほどのう・・それほどの物か。」
「はいモーリス様。しかしながらデモンの類ではないと思います。」
シャーミリアが言った。
「デモンじゃないとすると・・なんじゃろな?」
「それは・・わかりません。」
シャーミリアもモーリス先生も黙ってしまった。
「あの・・」
聖女リシェルが話す。
「あのお方は悪しき者には思えません。事情を話せばお分かりになると思います。」
「それは俺もそう思います。」
「ラウルも何かを感じ取ったのじゃな?」
「うまく言いあらわせないのですが・・あの男を憎めないといいますか・・どちらかと言うと好ましく感じるのです。」
「それで話し合いと言うわけじゃな?」
「そう言う事です。」
「まあよい。皆よラウルとリシェル嬢ちゃんの勘を信じてみてはどうかの?」
モーリス先生が言うと皆が頷いた。
「・・きました・・」
シャーミリアが小声で言うと皆がシン・・とした。教室に怖い先生がやってくるかの如く静まり返る。
少しの間を空けてオージェが会議室に入って来た。
ガチャ
「すみません。お待たせしました・・上品なものではございませんが、喉を潤す程度にはなると思います。」
「すみません。それではこちらで手伝わせてください。シャーミリア!ティラ!」
「はい。」
「そんな・・お客様にしていただくわけには!」
「いいんです!彼女らは慣れておりますから。」
「面目ない。」
「いやいや。ご用意していただいてありがとうございます。」
「では私もお手伝いいたします!」
聖女リシェルも立ち上がってシャーミリア達の所に行く。3人はお茶セットをオージェから受け取り準備を始めた。
「それじゃあ・・オージェさん。早速ですが話をしませんか?」
「はい。わかりました・・ではお嬢様方には申し訳ないのですが、席につかさせていただきます。」
そしてオージェがモーリス先生の正面に座った。
「すまんのう。それでいきなりじゃが、あんたはなぜこの国でこのような事を?」
「ええ。実は私は冒険をしようと思って国を出たんです。そして最初についたのがこの国でした。」
「ほう。つかぬことをお伺いするがの・・お国はどこじゃな?」
「はい。信じてもらえないかもしれないんですが・・龍国です。」
「なんじゃと!龍国!」
「知っておいでですか!?このシュラーデンの者は誰も知らないと言っていました。」
オージェが少しテンションを上げる。
「もちろん知っておるわい!世界の果ての国じゃ!もちろん行った事もないがの!伝承によって知るばかりじゃ!」
あれ?モーリス先生がめっちゃくちゃ食いついた。
「伝承ですか?本当にありますよ。」
オージェが言う。
「あるのか!そうか!まことであったか!おぬしはそこからやって来たと?」
「はい。」
「そこから来た者を初めて見る・・というか・・人の姿をしておるようじゃが・・」
「そうなんです。おっしゃる通りです。なぜか私だけがこの姿でして・・他は皆が巨大な龍でした。」
「ふむ・・」
俺達のメンバーの中で、モーリス先生しか理解していない会話の様な気がした。
「あの・・先生?」
「ああ!すまぬ!この者はどうやら龍国からの渡り人のようじゃ。」
「龍国ですか?」
「そうか、ラウルにはおしえておらなんだの。」
「そういえば・・シャーミリアに前に聞いた事があったような?」
「はい。遥か北の山脈をいくつも超えたところにあるという・・それが龍国ですね。」
するとオージェがシャーミリアに聞く。
「シャーミリアさんも龍国をご存知ですか?」
「魔人でも龍国に行くものはおりませんが。」
シャーミリアがお茶の用意をしながら答える。
「魔人?そういえば龍国で聞いたことがあります。」
オージェが言う。
「あの。私たちは魔人国の出身です。」
「そうなのですね!?魔人がなぜ大陸にいらっしゃるのです?」
どうやらオージェは魔人達が大陸出身じゃない事を知っているらしい。
「ファートリアやバルギウスが人民を困らせているのをやめさせるために、魔人国から大陸へと渡って来たのです。」
「そうですか!ここに来た理由もそれですか?」
「そうです。」
するとシャーミリアが言う。
「ご主人様。ルゼミア様でしたら龍国に行った事があるかと思います。」
「そうなんだ。」
するとオージェが答えた。
「たしかに国ではその昔、魔人が来た事があると聞いています。」
「そうだったんですね?」
そしてモーリス先生が疑問に思っている事を聞く。
「龍に拾われたのか?それとも龍から生まれたのか?お分かりになりますかの?」
「それがですね・・私は龍の母から生まれたらしいのです。生まれた時からこの姿だったのです。」
「人の姿で生まれたと?」
「はい。龍から生まれたのです。」
「なんということじゃ。龍から人間が生まれたのか。」
「私だけが違う姿で生まれ育てられてきました。しかし・・人の姿をしている者が大陸にいると聞き、どうしても会ってみたくてやって来たのです。」
なんてこったい・・この人どうやら龍の子らしい・・。
「ところがここについたら、あの兵達が民にひどい事をしているのを知ったのですよ。」
「それで世直しを。」
「はい。母の教えで困っている人がいたら助けるようにと言われております。良い事の一つもせねばと思いましてね。」
「おもしろいのう・・。」
モーリス先生は好奇心が止まらないらしい。
「あの・・。ですが・・飽きたとおっしゃってましたよね?」
俺が聞く。
「ええ、龍の生涯は長いと言われていて、国の皆はとっても悠長に事を構えているのですがね。私は1年数ヵ月同じことをし続けたら飽きてしまいました。」
いやぁ・・そりゃ十分な長さだと思う。せっかく冒険しに来たのなら、もっといろんなところを見たいと思うのが心情だ。
「あの・・私達はいろんなところに行くのですが・・」
俺がオージェの説得をしてここから連れ出せるのか・・話をはじめる。
「世直しなんですよね?」
「まあそんなところです。」
「でも。楽しそうですね。」
おっ!どうやら・・興味があるらしいぞ!
「楽しいかはわかりませんが・・変化はあると思います。」
「そうなのですね。しかしながらこの国をこのままにしていく訳にはいきません。」
「ですよね?ですのでここの管理を私たちにお任せくださいませんか?」
「あなた方に?」
「はい。実は魔人を連れてきております。ここにはおりませんが都市外に待機しています。」
「魔人達が・・」
「その者達にここの管理を任させていただければと思うのですが・・」
そういうと・・オージェがまた考え無言になる。
「・・・・・・・」
俺達はその答えをじっと待つことにする。
「あの・・」
オージェが口を開く。
「魔人さん達の力量を私が知るために、手合わせをさせていただいても良いでしょうか?」
「手合わせですか?」
「失礼ながら・・カーライルさんでは3000人の兵を一人で相手するには力量が・・いいところまでいくとは思うのですが・・」
「申し開きのしようもございません・・」
カーライルが言う。
「いいですよ。それじゃあ魔人達をここに呼びます。ティラ!マーグたちを連れてきてくれるか?」
「わかりました!」
俺の指示でティラがシュッと消える。
すでに俺が念話でこちらに来るように言っているので、正門あたりにいるはずだった。
「彼女。少女なのに凄い動きをしますね?」
「オージェさんには見えるのですか?あれが?」
「ええ。跳躍して窓から出ていきましたね。」
やはり・・この龍の人は・・恐ろしい。