第232話 物凄い師範の事情
俺達はオージェと言う男の前にいた。
俺の横でシャーミリアがピリピリと張りつめている。なにかあったらいつでもモーリス先生とサイナス枢機卿を掴んで飛ぶ準備をしているようだった。ファントムは俺達が逃げる時間を稼ぐ為に全力で攻撃をしかけさせ、俺は瞬間的に召喚した12.7㎜重機関銃をお見舞いしてやる予定だ。
「はじめまして。あなたが師範ですか?」
「師範?そんな大それた者じゃないですよ。ただの流れ者です。」
「流れ者・・ですか?」
「ええ。あなたはお若いようですが・・この冒険者パーティーのリーダーですか?」
「いえ冒険者ではありません。私はこちらの商人様の従者です。」
「商人?みなさんが?」
俺はオージェと話をしている。
師範のオージェと言う男はキレッキレの筋肉の偉丈夫で、身長はエミルと同じくらいの190cm。エミルと違ってオージェは筋肉のおかげでデカく見える。しかしミノスの様に極太の体ではなく、細マッチョでもない均整の取れた体系だ。珍しい黒髪の長髪を後ろで束ねている。
モーリス先生が俺に変わって返事をする。
「そうじゃ。わしが商会の店主のモーリンですじゃ。」
「・・・モーリンさん・・・ですか?男性・・ですよね?」
「そうじゃ。一応男じゃよ。」
白髭がもっさもさなので間違いなく男だ。
「そ・・そうですか?」
さすが・・先生。女の様な名前を言って男を翻弄している。
「凄いですな。ファートリアとバルギウスの兵士をひとりで鍛えているなんて信じられぬことじゃ。」
「ああこれですか?街の人々が困っていたのでつい。」
つい?ついこんなことやっちゃうの?
「なにか目的とかおありなんですか?」
俺が聞いてみる。
「目的?いいえ特にはないです。ただ街の人を救済する為です。」
「それだけですか?」
「そうです。あの・・話の途中ですみません・・」
「はい。」
そしてオージェは兵士の方を振り向いて言う。
「おまえたち!直立の姿勢を解き木刀の素振りを千回だ!よーい!はじめ!」
ビリビリビリ
すんごい発声だ。耳がおかしくなりそうだ。
「「「「「「はい!!!!」」」」」」
ビュンビュンビュンビュン
全員が木刀を一糸乱れず振りはじめる。
「ああ。すみません休ませると怠けてしまうので。」
「厳しいですね。」
「厳しい?この者たちは兵士らしいですので、これくらいは当然のことです。」
「そうですか・・・」
当然なんだろうか・・
すると隣からサイナス枢機卿が話してくる。
「わしらが教会に行ったら神父がおってのう、この方の事を聞いて駆けつけたのじゃよ。彼の行いは神のごとく町の者たちにとっての救いとなっておるようじゃ。ここに居る兵も改心している者も多いそうじゃし。」
どうやらサイナス枢機卿はこの男を認めているらしい。しかし・・正体が分からない以上信用するのは禁物だ。
今度はカーライルが話す。
「私はこの方へ練習試合を申し入れました。手合わせしましたが迷いなくまっすぐである事が分かりましたよ。ただ・・私は手も足も出ませんでしたがね。ファントムさんとは違いオージェさんは精神が伴っている感じがしました。いったいどちらがお強いのか見てみたいものです。」
こいつは何を余計な事を言ってるんだ。そんなことしたら何か良からぬ事になりそうだ。
「いやぁ・・カーライルさん。ファントムはきっと戦いたくないと思う。」
「そうですか?」
するとオージェが言う。
「そうなんですね?てっきりこの方が仕合を申し込みに来たのかと思っていました。」
「いえ。とんでもない!私たちは素晴らしい方がいると聞いて見学しに来ただけです。」
「私は腕を磨くために手合わせさせていただきたいと思いましたがね。あなた方は・・どうやら相当お強いようだ。そちらのお嬢さんも・・」
やべぇ!こいつはルブレスト並みに見る目があるぞ。こちらの正体にある程度気が付いているような気がする。それなのに手合わせしたいとか・・ルブレストはとてもじゃないが戦えないと言っていた。カーライルだって・・
「まさか!俺達は商人の護衛としてやって来たただの従者です。そんなに強いわけがありません!」
「そうですか?・・私はその大きい方とお嬢さんよりも・・あなたに興味がありますけどね。」
「いやいや滅相も無い!私などただの従者です!あなたと手合わせなどしたら一瞬でねじ伏せられてしまうでしょう。」
「・・・まあ、わかりました。」
とにかくオージェが引き下がってくれた。
でもなんか・・あまりよくない雰囲気だと思う。とにもかくにも早くここを立ち去る事にしよう。
「はは!それはよかった!ではサイナスさんとお二人も!これでお暇しませんか?」
「ん?なぜじゃ?このお方は我々の助けになりそうじゃが・・」
サイナス枢機卿が言う。するとカーライルも合わせて言って来る。
「そうです。私はこの方にいろいろと教えていただきたいこともある。まだいいではありませんか!」
おい!空気をよめ!
「カール私たちは忙しいのですよ。今はやる事もあります。」
そうそう!聖女リシェルが助け舟を出してくれる。
「そうです!リシェルさんの言うとおりですよ!カーライルさん!」
俺が焦って話を帰る方向に仕向けていると・・
「コホン!」
モーリス先生がわざとらしく大きく咳払いをする。モーリス先生は額を押さえて下を向いていた。
えっ?俺なんかしたかな?
気がつけば・・なんとなく城内の雰囲気が変わっている。
ざわざわざわ
俺の隣でオージェが兵士たちのほうを振り向いた。
「おまえたち!なぜ手を止めている!私は許可を出していないぞ!」
城内がシーンとする。相当おっかないんだろう・・
「発言をよろしいでしょうか!」
先頭にいる兵士が大きい声で言う。
「いってみろ!」
オージェが言うと兵士が恐る恐る話はじめた。
「そのお三方はファートリア神聖国の枢機卿と聖女・・及び聖騎士様です!」
「・・・・・・・・」
オージェが黙る。
あ・・・
俺は気が付いた、大声で3人の名前を連呼していたことを・・
モーリス先生が適当に偽名を使っていたのは正体を見破らせないため・・。俺の失態に気が付いておでこを押さえて下を向いたのだ。ここに居るのはファートリアやバルギウスの兵士。3人の顔を見た事がある人もいるだろうし・・名前を聞いて確信したのだ。
オージェがこちらを振り向いて言う。
「そうなのですか?」
ああ・・大変なことになりそうだ。
でも・・この3人がファートリアやバルギウスの裏切り者だと伝わっているはず。
「ま・・まあそうだった。と言った方がいいかのう?」
「過去にという事ですか?」
「そうじゃ。」
サイナス枢機卿が答える。
「それでその元ファートリアのお偉いさんがここに何しに?」
うむ。オージェが言うのはもっともだ。俺が何か言うとボロが出そうだしここは黙っとこう。
「ここの市民を解放しに来たのじゃ。」
「なぜ商人だと私に嘘を?」
「それは・・万が一正体がバレれば危険じゃからのう。」
「なるほど。」
オージェがジッと俺達を見る。
「この方たちもファートリア神聖国の関係者ですか?」
だめだ。めっちゃ疑ってる・・どうする?
「この者たちは違う。」
サイナス枢機卿がどこまで言っていいのかを迷う。
「わしたちはユークリットの民じゃ。」
モーリス先生が観念したように言う。俺が話すよりいいだろう・・まかせよう。
「ユークリットですか?その街もここのようにファートリアやバルギウスに占領されてはいないのですか?」
「占領はおろか・・滅ぼされてしまったのじゃよ。」
「滅ぼされた・・」
オージェが悔しそうな顔で言う。
「あんたのような助っ人が訪れてくれたら変わっていたかもしれんがのう。ほんの数年遅かったようじゃな。」
「この世界の事をあまり知らないもので・・」
「そうじゃったのか。この世界はファートリアやバルギウスの侵攻により、独裁化が進みシュラーデンや他の地域も全てその属国となってしまったのじゃよ。」
「そういうことなんですね。」
「お主はどうしてそれを知らんのじゃ?」
「それは・・私がこの大陸の出身じゃないからです。」
「大陸の出身じゃない?」
まてよ。この大陸以外の出身?どういうことだ?
「えっとすみません。」
俺が話をさせてもらう。
「はい。」
「あなたは大陸の事情も知らずに、この兵隊たちを更生させようとしているのですか?」
「ええ。街の人に酷い事をしていたのです。そしてどうやらこの国の王族や貴族を殺した奴ららしいですからね。ちょっとお灸をすえてやらないといけないと思いましてね。」
「ちょっとお灸を据えるでこれを?」
「まあ1年数カ月のあいだです。」
いやいや!3000人を監禁して1年数カ月もお灸を据える人いないから!
「いつまでやるおつもりなのですか?」
「この者たちすべてが反省をし二度とこのような事をしないと誓うまでです。」
「まだダメなのですか?」
「彼らの意識の問題なのですが、団体行動を乱したり時間を守らなかったりを3000人が守りきるまでですね。」
「こんなに厳しくても破る人がいるのですか?」
「破らない期間が1カ月続いたら終えるつもりでした。」
「今はどれぐらい?」
「もうすぐ1ヶ月だったんですが、先ほど団体行動訓練でずれがでましてね。全員で腕立て伏せ500回を終わらせた所だったんです。ここから1ヶ月再出発ですね。」
いや!それ意識の問題じゃないでしょう!キツすぎない!?
いや・・精神論も極めればそういう事になるのだろうか・・?
目の前の男が恐ろしい。
「それを・・1年数ヵ月も・・」
「はい。それで・・あなた方はここの状況を見てどうされるおつもりなのです?」
オージェから逆に聞かれる。
「実のところ・・こんなに街が平和なら放っておいていいかと思いました。」
「放っておく?」
「はい。オージェさんが厳しく指導なさっているのであれば、ここの平和は維持されるような気がしますし・・私たちは次の場所に移動しようかなと。」
「・・・・・」
オージェが何かを考え始める。
「オージェさん?」
「あの、私は不安なのです。」
「不安?」
「私がここを離れてこの者たちがまた街の人に酷い事をしないかと。」
「ああ・・うーんどうでしょう?えっと・・参考になるかはわかりませんが、バルギウス帝国はもう兵を送り込んでくる事はありませんよ。」
「というと?」
「すでにこちらの軍がバルギウスを制圧しています・・ファートリアがバルギウスを属国としているようでしたが、我々の国がバルギウスを奪還したんです。」
「えっと・・あなたの国とは?」
「私はユークリット公国のサナリア出身の貴族の出です。」
「ではユークリット公国が反撃に出たという事なのですか?」
「いえ。私達に協力してくれる国が出てきまして・・」
「協力してくれる国?」
「えっとグラドラムと言う国なのですが・・」
「そうなのですね。ファートリアやバルギウスに屈しない国があるという事ですか?」
「まあグラドラムも一度ほろぼされまして、俺達が彼らを救った経緯があるものですから」
俺は魔人国の事をふせてはなす。もしかすると魔人が嫌いという事も考えられるからだ。
「・・・・・・・」
また・・オージェが考え始める。
「というわけで我々は去ります。」
・・ここまで説明すれば俺達が言う事はもうない。あとはオージェに任せて次の作戦行動に移るだけだ。
「・・あの実は・・」
「どうしました?」
「私はこの者たちを鍛えるのに飽きました。」
すっごい事をさらりと言った。
「へっ?」
「えっ?」
「ほっ?」
「なんですと?」
オージェの意外な告白にみんな唖然とする。
「本当は他の地域に旅をしたいと思っていたのですが、こいつらを放っておいたらダメだと思うし・・だからと言って皆殺しにしたり解放したりすることも出来ず、鍛え続けるという手段に出たんです。」
なんという事実!まだまだ鍛え終わらないからじゃなくて・・放っておけなくなって身動きが出来なくなったという事だったのか!
「それでここに留まって兵を鍛え続けたわけですか?」
「はい。」
「ずっと?」
「はい。」
「それでそんな厳しい戒律を儲けてやっていたんですね?」
「そうなんですよ。」
なんてこった。
この人はいい人すぎてシュラーデンの国の人を見捨てる事も、敵兵を見捨てる事もできずにここに留まっていたんだ。
俺は考える。
「あのう・・出来れば相談しませんか?」
「えっ?なにかアイデアがあるんですか?」
「はい。」
俺はオージェと話し合う事にしたのだった。