第230話 謎の道場を作った人物
通りで待っているとティラがやって来た。
「ラウル様!お待たせいたしました!」
「ティラ。お疲れ様。」
ティラは基地を出かけた時とだいぶ雰囲気が変わっていた。
出発前は南国少女の様な簡素な胸当てと、布切れを巻いただけのスカート、そして木のサンダルを履いていた。今は襟なしシャツにざっくりとしたベージュのセーターを羽織り、こげ茶色のロングスカートをはいていた。足元はくるぶしまでのこげ茶の革靴になっている。
おしゃれさんだ・・ナチュラルな可愛さが引き立っている。
ティラは、こんなコーディネイトが出来るんだ・・
《あの・・それで・・》
ティラが周りの人を警戒して念話で話しかけてくる。
「ちょっとまてティラ。念話じゃモーリス先生に伝わらない。ここじゃあれだから人目のつかないところに。」
「はい。」
「あそこに昇ろう。」
俺は市壁の上を指さした。
「はい。」
そして俺達は市壁付近にやってきてあたりを見回す。周りに人気はない。
「シャーミリア、先生をたのむ。」
「かしこまりました。」
シャーミリアがモーリス先生を抱いて飛びあがる。
「ひょっ?」
素っ頓狂な声をあげてシャーミリアと共にモーリス先生は消えた。俺とティラも追って市壁の上にジャンプして飛び乗る。
トン
トン
俺とティラが市壁の上に降り立つと、モーリス先生が驚いたような顔をして座っていた。
「ラウルよ・・わし・・気がついたらこんなところにおったわ。」
「ああ、シャーミリアがお連れしました。」
「今、わしゃ飛んだのか?」
「そうです。」
「目にもとまらぬ早業よのう・・」
「これが魔人です。」
「ふむ。」
「ファントム。」
俺がファントムを呼ぶ。
ズン
俺の傍にどこかに潜んでいたファントムが現れる。
「この図体でこれか・・まったく・・おぬしの仲間はもの凄いのう。」
「これまでの快進撃は彼らの力によるものです。」
「納得じゃわい。」
モーリス先生がキラキラした目でファントムを見ている。今まで出会った人間でファントムを見てこんなに嬉しがる人を見た事が無い。大抵の人間は青い顔をして腰をぬかすか意識を飛ばしそうになっていた。
「あのラウル様。では・・話の前に・・すみません。いろんなものを入手してしまいました。」
俺の前に様々なものが並べられる。
ローポーションの小瓶1本、シフォンケーキみたいなものが入ったバスケット、ろうそくや火打石の様な物、カラフルな布と糸で作った可愛い人形。
「ティラ。これはどうしたんだ?」
「情報収集していたら集まりました。」
「銀貨10枚しか渡してなかったはずだけど?」
「買った物もあるのですが、もらい物もあるんです。」
「そうなんだ。」
「はい。これはどうしましょう?」
「全部ティラのものだよ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
どうやら可愛い少女は得なようだ。情報収集のための聞き込みにはティラが適していると思っていたが想像以上だ。
「それでティラの掴んだ情報は?」
「まず聞き込みの結果からの推測ですが、街の平和は本物だと思います。」
「やはりそうか。モーリス先生とも疑うべきところが無いと話していたんだ。」
「そうなのですね!そして私が町の人々から聞いた情報です。その平和にはわけがありました。」
「それはいったい?」
「はい。この街にもファートリアバルギウスの侵攻はあったそうなのです。王族は全て殺され貴族も滅ぼされたと。兵士もほとんどがつかまり処刑されたそうです。」
「そうか・・俺達が聞いた話と同じだな。」
「そうなのですね。そしてファートリアとバルギウスの兵達はわがもの顔でこの街を荒らしたらしいのです。」
モーリス先生が顔をしかめる。
「ふむ・・」
「市民の物は勝手に使われ、女子供もかなり被害にあった者がいるようです。」
「その敵兵たちは・・どこに行ったんだ?」
「はい。それが・・ある日一人の男が現れ、がらりと状況が変わったらしいのです。」
「一人の男?」
「はい。その者はふらりと現れ、ファートリアとバルギウスの兵がどこにいるか街の人に尋ねたそうです。」
「それで?」
「ファートリアとバルギウスの兵は王城を占拠し、そこを住みかにしていたようでした。町民はそこを指さして敵兵が根城にしているのを教えました。」
「なるほど。」
「するとその男は手ぶらで王城に向かったそうです。」
「一人でか?」
「はい。特に何も装備はしておらずボロ布を着た不思議な男だったようで、町民はきっとすぐに殺されると思っていたようです。」
「・・そうは・・ならなかったと・・」
「はい。その次の日から兵士たちの態度が急変したのだそうです。」
「急変・・何があったんだ。」
俺とモーリス先生が顔を見合わせて首をひねる。
「まさか・・魔人かな?」
するとシャーミリアが言う。
「私奴は魔人を掌握しておりますが、単独で動くものなどいないと思われます。」
「だと・・なんだろう?」
「そうじゃな・・カーライルでも、ファートリア・バルギウスの兵が大量に駐留する城になぞ一人では行かんぞ。」
「そうですよね。」
そしてティラがもう少し話したそうにしている。
「そしてどうしたんだ?」
「はい。男は次の日から城を根城にし始めたそうです。そして・・道場を始めたと。」
「それは・・聞いた。道場ってなんだ?」
「どうやら・・戦闘訓練や厳しい指導、規律などを叩きこまれるようです。そして基礎体力増強や行動訓練なども行いかなり厳しいようなのです。」
「どういうことだ。ファートリアやバルギウスの兵がなぜそれに従うんだ?」
「それが・・恐ろしく強いらしいのです。」
「恐ろしく強い?」
「そしてファートリアとバルギウスの兵は一人も殺されていないと、更には一般市民も道場に招き入れて訓練や稽古をつけて帰すんだそうです。」
「不思議な・・」
「そうじゃな・・そやつは何者なんじゃ?」
「それが正体を知るものは町民にはおりませんでした。」
どういう事だろう?そいつはファートリアやバルギウスの兵を鍛え、更に一般市民も鍛えて何をしようとしているんだ?
「あとは・・その男・・町民に対しては凄く礼儀正しくて、困りごとなども解決してくれるようなのです。」
「その・・なんでも屋みたいなものかな?」
「はい。それこそいなくなったペット探しや植木の手入れ、最近では井戸を掘ったそうです。」
井戸まで・・
「先生・・どういう事でしょう?」
「うむ。きちんと見極める必要がありそうじゃが・・我々の敵にはならないのじゃないかのう?」
「そうですね。市民の平和のために活動しているのなら放っておいてもよさそうです。そのままにしていこうかどうか・・迷っております。」
「まあ・・顔を合わせるくらいなら良さそうじゃが?」
「そうですね・・」
「ラウル様。そしてその男はこの都市の自警団の様なものを、一人でやっているらしいのです。」
「え?そんなに兵がいるのに?一人で?」
わからない。聞けば聞くほど何をしたいのか分からない。とにかく俺はその男に非常に興味が出てきた。
「どうするのじゃ?」
「先生。私は会って見ようと思うのですが?」
「それが良かろうて。」
「それにしてもどうして一人で自警団をやっているんだろうか?」
「ラウル様・・それが、ファートリアやバルギウスの兵が反省の色をきちんと示せるようになるまでは、一歩も城から出さないと監禁して鍛え上げているようなのです。」
「兵は・・何人いるんだろう?」
「およそ3000名が城に詰めているそうです。」
「3000人も!城にすし詰めで鍛えられてるの!?」
いよいよ・・おかしな話になって来た。ファートリアやバルギウスの兵を犯罪者の様に監禁し、更生させるように鍛え上げその片手間で一般市民も鍛える。さらに町民の為に一人警察を行って、困りごと相談や身の回りの手伝いをする。
凄い男だ。
間違いなく超人だ。
《だが・・それほどの強さを持っている男が・・ペット探しまでやるとは・・》
「ラウルよ。そんなことが可能だと思うかの?」
「・・モーリス先生・・私達魔人軍は歯向かうものは全て消してきました。そのような人道的な事をした事がございません。」
「そうよな。そんな人道的な事をやる理由とはなんじゃ?さらに3000の兵を一人で管理するなど・・馬鹿げておる話じゃ・・しかし・・おもしろいのう!」
「はい。すっごく興味があります。」
「ではご主人様・・皆でお城にまいりますか?」
「そうだな。いざとなったらマーグたちの軍を正門から突撃させるように念話を送る。」
「かしこまりました。」
話を終えた俺達は市壁から降りてシュラーデン王城へと向かう。シャーミリアとファントムだけはどうしても目立つのでマントのフードを深々と被らせた。
町ですれ違う人々はファントムから異様な雰囲気を感じるのだろうか?ほとんどの人が道を大きくあけ、遠くからちらちらと眺めているようだった。ファントムは何事も無いようにまっすぐ前を向いて歩いて行く。
「あれが城です。」
ティラに指さされた方向には城があった。ラシュタル城と同じくらいの大きさだ、ユークリットやバルギウスの城と比べると3分の1くらいの大きさだろうか?
「あの中に3000人も詰め込まれて鍛えられているのか?」
「との事です。」
「いやぁ〜そりゃ地獄だな。」
「じゃな・・男が3000人来る日も来る日も、狭い城の中で鍛えられ続けるのか。むさくるしゅうてしかたないわい。」
「ええ先生。汗臭そうじゃないですか?」
「まったくじゃ。そんな中で一緒に飯も食わんといけんとは・・地獄じゃな。」
「まったくです。」
そして俺達はシュラーデン城の正門につく。正門は開け放たれていた。
「ん?普通に開いてるんだけど。」
俺が聞くとティラが答える。
「はい。いつも開いているそうです。」
「それで・・兵達は逃げないの?」
「逃げれば男にそうとうひどい目にあわされるそうなので、逃げる者は一人もいないとの事です。」
「怖くて逃げないって事か・・どんだけ・・」
門を普通に入っていくと、市民がちらほらといて剣を振ったり腕立て伏せをしたりしていた。
「あのー!こんにちは!」
俺はトレーニング中の男の子に声をかけた。
「はい!」
声が大きくて気持ちがいい返事だ。すっごく礼儀正しく挨拶してくれる。
「すみませんが・・道場はこちらでよろしかったでしょうか?」
「はい!奥へとお進みください!中にも門下生がいるので黒い紐を腰に巻いている者に、いろいろと聞いていただければよろしいかと思います!」
「ありがとうございます。それではまた修行に励んでください!」
「はい!」
「ほっほっほっ!なんだか気持ちのいい挨拶じゃのう!」
「そうですね。」
「よほど男の指導がいいんじゃろうて。」
「そうなりますよね?」
そして俺達はどんどん城内に進んでいくと・・黒い紐を腰に巻いた男たちが大勢いた。
「あのー!この道場の一番偉い人にお会いしたいんですが!」
「はい!」
黒い紐を腰に巻いている人の一人が駆け足でやってきてきをつけをした。
「ずいぶん礼儀正しいのう。」
「そうですね。」
「ありがとうございます!」
その男の声は大きく響き渡るのだった。