第228話 平和という異変
シュラーデンの正門に兵はいなかった。
門番として立っていたのはおそらく普通の市民か自警団的な人だった。
「マーグの言うとおり・・確かにおかしいですね。」
「そうじゃのう。ここにもファートリアバルギウスの手が及んでいたと思うのじゃがな。」
「影もないですね。先生・・何かがおかしいとは思うのですが・・・何でしょうか?」
「うむ。普通すぎて、おかしいところが分からんのう。まるで大戦など無かったようじゃ。」
「はい。」
俺たちが正門から商人として入るが特に呼び止められる事もなく、幌馬車の中に隠れているファントムや、サイナス枢機卿一行を確認される事もなかった。馬を引いているのがモーリス先生で両脇に俺とシャーミリアが座っている
「サイナス枢機卿たちは、面が割れている可能性があったので中に乗ってもらいましたが・・取り越し苦労だったでしょうか?」
「いや、それは早計じゃろうて。」
馬車はシュラーデン王都の大通りを進む。
「もう少しで、商業街にはいります。」
幌の中から聖女リシェルが声をかけてくる。
「そうじゃなここの商会に毛皮と薬草を卸しにいくかの。」
モーリス先生が言う。
さすが・・余裕だ。どこに何をしに行けばいいのか分かっているようだ。いまいち分かっていない俺はこのさい勉強させてもらう事にしよう。
「そこが商会です。」
建物の前に止まって馬車を降りた。
モーリス先生の後ろに俺とシャーミリアがついて行く。何かが起きてもすぐに対応できるように、俺の手にはP320ハンドガンがにぎられマントの下に隠されていた。
「毛皮の買取はこちらで良いのかのうー?」
扉を開けてモーリス先生が店内に声をかける。
「いらっしゃいませ。ええこちらで買い取らせていただきますよ。」
「そうかそうか。」
「・・見ない顔ですね。どちらから?」
「ああ。南から来た。」
モーリス先生は適当に答える。
「ファートリアですか?それともバルギウス?」
すると細かく聞いて来た。
「ファートリアですな。」
「わざわざ遠いところをありがとうございます。」
「いやいや。毛皮と薬草を持ってきたんじゃが、ここに下ろさせてもろうてよろしいかの?」
「では裏手に馬車を回していただけますか?」
「ではそうしよう。」
特に何もなく事が進む。
馬車を商会の裏手に回すとそこには小屋があった。
「ではここに。店のものを呼んで来ます。お持ちになった荷物を馬車から下ろさせますよ。」
う・・まずいな。中には彼らがいる・・
「ありがとう。しかしそれには及ばんよ。わしが話をさせていただく間に、この者たちに下ろしてもらうでの。」
「わかりました。それではご主人はこちらへ。お二人は小屋の前に荷物を下ろしてください。」
「それではお前たち、荷物を頼んだぞ。」
「お任せください。」
俺が答えると、先生は商会の店主と建屋の中に入っていった。
「・・・サイナス枢機卿とお二人は降りて町に紛れますか?」
俺が幌の中にいる枢機卿にこっそりと話しかける。
「ふむ。わしらも町人風の格好をしておるから大丈夫であろうよ・・リシェルとカーライルそれではまいろうか。」
「はい。」
「かしこまりました。」
3人は馬車の後ろから素早く降りて町の人込みに紛れていく。マントのフードを深めにかぶり顔を見せないようにして歩いて行った。
ファントムだけがここに残る。
「よしファントム。荷物をここに下ろせ。」
ファントムがさっさと積み荷を小屋の前に積んでいく。全部降ろし終わってまた遠くを見て突っ立っていた。
《うん・・こいつがいたら店の主人や町の人は騒ぐかもしれないな・・》
「ファントム!お前は目立つ。適当に屋根の上から俺の護衛として常に見張っていろ。」
シュッ
ファントムは俺の指示を聞いて消えた。3メートルの巨体なのにニンジャのようにいなくなる。
「よし。じゃあここで先生を待っていよう。」
「はい。」
しばらくシャーミリアと二人で待っていると、店の裏口から店主とモーリス先生が出てきた。
「それでは商材の見立てをさせていただきます。」
「うむ。」
そして店主が毛皮や薬草を一つずつ手に取って見ていく。
「なるほどなるほど・・これは凄いものですね。」
「そうじゃろ。」
「ええ。レッドベアーやビッグホーンディアの毛皮などそう手に入る物ではありません。」
「なら仕入れ値はどうなるかの。」
モーリス先生が聞くと少し主人の顔が渋くなる。
「・・それがですね・・最近よく来る商人グループがいるのですが・・その方達も同じように高級な素材を持ってくるのですよ。それが市場に出回りつつあって、そんなに高値はつけられないのです。」
「ほう・・これらの素材と同等の物を持ってくるものがおると?」
・・先生が小芝居している。
これらの素材を回収しているのはマーグたちだ。強い魔獣たちの素材を大量に卸していくのだろう。
《しかし・・逆に怪しまれそうだよな・・。マーグたちは人間の世界の相場や希少価値なんて知らないだろうから、自分たちがとれるものをガンガン持ってきてるのだろうし・・》
「ええ。どこから来ているのかはっきり言わないのですが、持ってくる物は確かなので取引をさせてもらってるんですよ。」
「なるほど。それで・・わしらのはいかほどに?」
「金貨3枚と銀貨40と言ったところでいかがでしょう?」
「うーむ相場の半値か?やはり値崩れしておるという事か・・」
「はい。」
「わしらはこの町に宿泊を考えておったのじゃ。ファートリアから来たのじゃし、もう少し色をつけてもらえんかの?」
「うーん。ここは・・ファートリアやバルギウスの威光も届かない辺境ですからね。そういうわけにも・・」
「なに?ファートリアが優遇されんじゃと?そういえば。ファートリアやバルギウスの兵の姿が少しも見えんが。」
「・・あ・それはすみません・・あの・・どうなんでしょうね・・。えっとでは金貨4枚と銀貨50枚でいかがでしょう?」
「ふむ。じゃあそれで手を打とうかの。」
「ありがとうございます。」
モーリス先生が商人からお金を受けとり礼をする。
「じゃあまた来るよ。不足しているような素材はあるかの?」
「ええ。それなら伽藍主根を持ってきていただければ高値で買い取ります。」
「ふむ。ラシュタルの名産じゃな。そりゃ今は入ってこんじゃろうて、それなら高値で?」
「もちろんです。」
「次に来るときにはそれも持ってくる事にしよう。」
「ありがとうございます。」
そしてモーリス先生は主人に会釈をし俺達の元へ帰ってくる。
「おまたせしたのう。」
「手早い交渉ですね。」
「うむ。それよりも・・間違いなくこの街には、なにかあるぞい。」
「そうですか?」
「ファートリア・バルギウスの兵の事を尋ねたら口ごもりおった。更に急に値を上げてわしを追い払うように仕向けたのう。」
「なるほど。」
やはりこの街には何かある。そしてファートリア・バルギウスの兵がどこにもいない・・隠しているのだろうか?
「もしかすると我々以外にもファートリアバルギウスをけん制できるような勢力が、シュラーデンにいたという事でしょうか?」
「いや・・そうそうないじゃろ。わしの所に合流した冒険者にシュラーデン出身者がおったが、逃げる時まではファートリア・バルギウス兵は幅を利かせておったらしいのじゃよ。」
「ではこの2年の間に何かがあったという事でしょうか?」
「ふむ。そうなるやもしれんのう。」
とにかくここでいくら考えても原因はわからなそうだ。
「サイナスらは町にうまく紛れたようじゃのう。」
「はい。魔人達がラシュタルから持ってきたマントを着ていますので、町に溶け込みさえすれば敵に発見されることは無いかと思います。」
「まあなにかあってもカーライルがいるのじゃ。問題なかろうて。」
「そうおもいます。」
「・・恐らくギルドなどはもうない。わしらも一度馬車を預けて街を歩かんかの?」
「わかりました。」
俺達が乗っている馬車が馬車駅へ向かう。
「しかし・・みんな普通ですよね。普通暮らしている。」
「そうじゃな。」
「しかも・・不気味な感じが一切しません。皆が健康的に普通に暮らしているように見えます。」
「わしの見立てでもそうじゃ。特におかしいところは無い。」
「そうですね。」
「ただ、特におかしいところが無いのが・・おかしい。」
「はい。」
馬車駅につくと人が近づいてくる。
「すまんが1日馬車の預かりはおいくらかの?」
「はい。銀貨4枚になります。」
「わかった。それではよろしくお願いしよう。」
「ありがとうございます。」
そして・・俺達は馬車を駅に預けて街を歩き始める。
「先生。ティラもまだ何も掴んでいないようで念話が飛んできません。」
「そうか。サイナス達はおそらくこの都市の教会に向かったんじゃろう。・・となればわしらは・・飯でも食おう!」
「えっ!飯ですか?」
「なんじゃラウル!知らんのか?シュラーデンには麺と言う料理があるんじゃぞ!麺にクリームスープを浸して食うのが上手いんじゃ!」
「いえ・・まあ・・はい!いただきます!」
「そうじゃろそうじゃろ!」
モーリス先生の後について俺とシャーミリアが歩いて行く。
「先生はシュラーデンは何度か?」
「わしが冒険者の頃にな。そのころは麺屋の店主がジジイじゃったからもう死んどるじゃろが、息子か娘が引き継いでおるかもしれん。もしその店が無かったらほかで食えばよかろう。」
「はい!」
やった!モーリス先生チームでよかった!やっぱり冒険者って楽しいんだろうなあ。こうやってその土地の美味いもんを喰ったり困りごとを解決したり、ワクワクが止まらないってのもわかる気がする。
「うまそうな匂いがしてきましたね。」
「そうじゃろ!こっちが飲食店街じゃ!麺料理以外にもパンもうまいんじゃぞ!パンにあげた鳥をはさんで食うんじゃ!」
「腹減ってきましたよ。」
「空腹もスパイスの一つじゃな。ラウルは育ちざかりなんじゃから、たらふく食わんといかんぞ。」
そして一つの建物の前に行く。
「おお!ここじゃ!まだあったぞ!」
「はい。お金はあります!思う存分食いましょう!」
「おう。その意気じゃ!」
扉を開けて中に入ると店内は意外と混んでいた。お昼時にはもう少し時間があると思うが既に客が入っている。
「いらっしゃいませ!3名様ですね!」
元気な女の子が声をかけてきた。
「うむ。美味いものを喰いに来た。」
「旅行者ですね!うちは美味いよ!座って座って!」
女の子に促されて席に着く。
「あの・・モーリス先生・・シャーミリアは食いませんので。」
「おっ!そうじゃったな。シャーミリア嬢よ悪いのう・・」
「いえ。ご主人様と先生がお食べになるのを見るだけで幸せでございます。」
「いい子じゃのう。といっても・・年上なんじゃったか・・」
「いえ。ご主人様の先生であれば私奴は年下扱いで一向にかまいません。」
「すまんの。じゃあ遠慮なく。」
すると店員が注文を取りに来た。
「いかがなさいましょう!」
「うむ。クリーム麺と揚げ鳥パンを一つずつとワイン、この子には果実の飲み物をくれるかの?」
「かしこまりました。そちらのお嬢さまは?」
「ええ。私は少し体調がすぐれずお水をいただければ。」
シャーミリアが適当に演技をしている。
「わかりました。少々お待ちください!」
ウエイトレスが元気よく厨房に戻っていくのだった。