第223話 衝撃を受ける冒険者達
朝になると騎士や冒険者たちが小屋から出てきて旅立ちの準備を始めた。
ここを出てユークリットに行く事は既に全員に伝えている。そのための準備だった。
「みんな凄いですねモーリス先生。」
「はは、そう思うかの?」
俺とモーリス先生が外で皆の活動を見ながら立ち話をしている。
「ええ。皆あれだけの悲劇があったにもかかわらず、希望を捨てずにこうやって前に進もうとしています。」
「それを言うならお主もじゃろ。」
「私は魔人の強力な後ろ盾を得ましたから・・」
「それはラウル達がサナリアを脱出してから、命がけで戦い抜いた結果じゃろ。」
「まあそうですが。」
「人間は弱い。それでも大切な者の為になら頑張れるのじゃ。お主は何のために進むのじゃ?」
「最初は父さんとサナリアの騎士たちの無念を晴らすために、更に今はこの世の不条理を無くすためにです。」
「そういう目標があるという事は素晴らしい事じゃ。それがラウルの原動力になるわけじゃな。しかし家族や友人を失い、未来が見えなくなった者達には、もう動けなくなってしまう者もおるのじゃ。」
「でもここに来た者達は光を求めてきたのでは?」
「そうじゃな。生きる意味を探しに来た・・といったところかの。」
「じゃあここに集まった人達は生きる意味を見失っていたと? 」
「そんな者もおったよ。いや皆が立ち直った・・と言う方があっているかの。ほとんどが家族や仲間を失った者達じゃ、ここに集まってきたころは皆かなり荒れていたのじゃよ。」
「そうなのですね。」
「うむ。わしは一人一人とかなりの時間をかけ話をした。生きる目標をどうするのか、死んでしまった家族や仲間たちの死を無駄にしないために何をすべきか?たくさん話をしたのう。」
モーリス先生はやっぱり凄い人だ。生きる目標を無くした人間が何かをなし得ることはない。彼らと対話をして生きる意味を諭してきたんだろう・・これだけ大勢の人間を集める求心力があるのもうなずける。
「サイナスの合流も大きかったのう。あやつはああ見えて神聖国の枢機卿にまでなった男、皆を導くためにもサイナスの存在は大きかった。そして聖女リシェルの癒しは絶大じゃったしの。」
「癒しですか?」
「どうしても精神が落ち着かず眠れんかったり、気持ちが荒ぶって人を傷つけたりしてしまう。それを精神系の癒し魔法で落ち着かせてくれたのじゃ。」
「そういう魔法もあるのですね。」
「特にリシェル嬢ちゃんの魔法が素晴らしい効き目じゃったというのもある。あれも一種の天才であろうな。身体よりも精神を治癒する方が難しいのじゃ、それを簡単な詠唱でこなしてしまう。」
「カトリーヌとはまた違った凄さがあるんですね。」
「そうじゃな。」
《ラウル様。到着いたします。》
モーリス先生との話の途中で唐突に念話が入る。
《カララか、それじゃあ目印を撃つからそこに向けてこい。》
《わかりました。》
どうやら付近にいるようだった。操縦者のエミルに見えるように信号を上げねばならない。
「どうしたラウル?」
「先生そろそろです。結界を解いていただけますか?」
「おお分かった。結界を解こう。」
モーリス先生が天に杖をかざし何やら詠唱すると、空の一部が輝きだし幕が降りるように薄らと何かがおちてきた。
「凄い。」
「大したことはない。」
「そうなのですか?」
「広範囲結界を自動で維持し続けるようにしただけじゃ。維持中はわしと結界の中にいる魔法使い全員から、微量ずつの魔力が吸われるだけじゃし。」
「そんな魔法初めて見ました。」
そう。グラドラムでの戦いやルタン、その他の戦闘でも結界魔法は見た事があった。どれも数人がかりで常に魔法をそそいでいるように見えた。さらに最低4人が張りついてもっと小さい結界だった。こんな広範囲な集落を微量な魔力で自動維持できるんだ?
するとモーリス先生が言う。
「ああ、それは見た事ないじゃろうな。わししか使えないもの・・」
「じゃあ凄いです。」
「ほほっ!弟子に褒められるのはうれしいもんじゃのう。」
「じゃあ私もお返しに面白いものをお見せします。まず仲間を引き寄せるための道具を出します。」
「ほう?」
ドン
俺は迫撃砲と彩光弾を召喚した。
「おお!何度見ても凄いのう・・おもしろいのう・・なんじゃこれは?」
「じゃあ見ててください先生。もっと面白いですよ。」
俺は迫撃砲に彩光弾を入れる。
シュバッ
ボン!
森の上空に高く上がった彩光弾は緑の光を発した。
「なんじゃ!」
「信号です。」
「信号じゃと?」
「居場所を知らせるためのものです。」
「ということは近くまでお仲間がきたのじゃな?」
「そのとおりです。」
パラパラパラパラパラ
ヘリの音が聞こえてきた。
「あの音が仲間です。」
「なんの音じゃ?」
「来ればわかります。すみませんが先生の号令で、広場にいる人たちを下がらせてもらえますか?」
「わかった。」
「じゃあこれで。」
ドン
俺はいつものごとくLRAD長距離音響発生装置を召喚する。思えばこの機械は物凄く重宝しているなあ・・ことあるごとに召喚している気がする。
「また、なんじゃ!」
「あ、はい。これは声を届かせるためのもので先生の声を皆に伝えます。」
「声を?そ・・そうか。」
「ではこれで。」
モーリス先生にマイクを渡す。もちろんボリュームは人体に影響のない程度で広角度に設定する。
「え。」
え!!!
「わっ!」
わ!!!
先生がてんぱったので・・俺はいったんマイクを取り上げる。
「はい先生。このように声を大きくする道具です。」
「すごいのう!」
すでに皆がこちらを振り向いていた。
「では先生このマイクに向かって広場を空けるように伝えてください。」
「マイクか・・わ・・わかった!」
マイクを渡す。
「皆の者。今からラウルの仲間がここに到着する!この広場に出現するそうじゃ。広場を空けておくれ!」
ざわざわざわ
いきなりデカい音で聞こえてきたモーリス先生の声に、ざわつきながらも皆が広場から離れる。
パラパラパラパラパラ
「来ました。上を」
「なんじゃ!あれは!!」
「先生落ち着いてください。あれは乗り物なんです。」
「乗り物か!すごいのう!すごいのう!」
モーリス先生はやたらと興奮していた。まるで子供のようだ。
冒険者や残党兵が剣を構え魔法を詠唱している者もいた。
「先生!マイクで攻撃しないように伝えてください!」
「お、おう!皆よよく聞け!あれはラウルの仲間じゃ臨戦態勢をとくのじゃ!」
LRADで伝えられたモーリス先生の指示で皆が戦闘態勢をとく。
パラパラパラパラ
流石はエミルだった。広場に正確に大型ヘリチヌークが降りてきた。
「すごいのう!ラウルよ!あれもおぬしの物か?」
「ええ、そうですよ。もちろんモーリス先生にも乗っていただきます。」
「ほほう!そうかそうか!わしも乗れるのか?」
「もちろんです。私に同行していただきますので。」
「楽しみじゃのう。」
するとサイナス枢機卿と聖女リシェル、カーライルが走り寄ってくる。
「指令!お下がりください!」
カーライルが大声で叫ぶ。
「大丈夫じゃよ。あれはラウルの味方じゃと言うとるじゃろが。」
「味方・・恐ろしいほどの気を感じます・・シャーミリア様が何人もいるような・・・」
カーライルは自分で言っていてようやく気が付いたようだった。シャーミリアのような者・・すなわち魔人だ。俺の味方で間違いないと判断したらしい。
シャキ
カーライルは剣を納めた。
「ラウル殿。あれは一体なにかの。」
サイナス枢機卿がモーリス先生の様に目を輝かせて俺に問いかけて来る。
「あれは乗り物です。」
「乗り物!すごい!なんということだ・・面白いのう・・」
サイナス枢機卿にも面白いらしい。
「枢機卿!面白いなどと!ラウル様あれは本当に大丈夫なのですか?」
聖女リシェルが俺に尋ねて来る。
「まったく問題ありません。ただの乗り物ですから。」
するとチヌークが着陸して後部ハッチが開き始める。
「おお!なんか開いたぞ!」
「そうじゃな!あれは人の力を使わずとも開くのか?」
「まあそうですね。そういう機械です。」
「すごいのう。」
「すごいのう。」
声がそろった。
そして・・・
一番最初にそのハッチから出てきたのは。
バカでかい熊の尻だ。
プリン!
「な!!なんじゃ!」
「魔獣が乗っておるのかの?」
モーリス先生とサイナス枢機卿が楽しそうだ。
しかし冒険者や騎士たちはピリピリした空気を漂わせている。それはそうだ・・20メートル級のレッドベアーの尻なんて見た事ないだろうし。
「ラ・・ラウル様?本当に大丈夫なのですよね?」
聖女リシェルが青い顔で言う。
「大丈夫です。」
「リシェル様・・ラウル様が大丈夫だというのです。心配はいらないでしょう。」
カーライルが聖女リシェルに落ち着くように言う。カーライルはさすがに落ち着いているようだった。
バン!
セルマ熊が出てきた。
《やっぱり毛もふさふさで可愛くなってるよなあ・・》
なんて思っていると・・
冒険者たちが下がり始める。
「レッドベアーだぁぁぁぁ!」
「にげろ!」
「デカすぎる!20メードはあるぞぉ!」
そんな騒ぎはどこ吹く風でセルマ熊はきょろきょろして・・俺を見つけた。
くぉぉぉぉぉぉん!!
ビリビリビリビリ
物凄いバカでかい声で鳴いた。
「いやいや・・たかが4日間会えなかっただけだろうよ・・」
ドドドドドドドドドドド
物凄い勢いで俺の方にセルマ熊が走ってくる。
サイナス枢機卿と聖女リシェルは青い顔で後ずさる。カーライルは・・引きつっている。
モーリス先生は・・
「ん?なんだか、わし・・あのクマを知ってるような気がするのう。」
などとのんきに言っているが・・・知っていますとも。先生はセルマのパイが大好きでしたから。
セルマ熊は俺のところにすごい勢いで来てスピードを緩めずに俺を抱いて、30メートルくらい後ろで俺に頬ずりし始めた。
「なんだ!ラウル様が襲われたぞ!」
「大丈夫なのか!?」
「どうしてカーライル様は助けないんだ!」
冒険者たちはその光景を唖然と見ているだけだった。
「セルマ。とりあえずモーリス先生に挨拶したいんだ。なでなでをやめてくれるか?」
くおん?
セルマが後ろを振り向くとモーリス先生を見た。
「お?」
モーリス先生がつぶやく。
するとセルマがぺこりと頭を下げるのだった。
「じゃあ久しぶりに背中に乗るよ!」
くぉおぉん!!
そして俺はセルマ熊の背中に飛び乗ってみんなの元へ戻ってくる。
「サイナス枢機卿、聖女リシェル!大丈夫です俺のペットです。」
「ぺ・・ペットぉ?」
「はい。」
するとモーリス先生がマイクに向かって言う。
「なーんじゃ皆ビビりおって・・ラウルのペットじゃと!」
嬉しそうにモーリス先生が言うが・・
まだ冒険者たちは凍り付いたままだった。
《さてと・・他のメンツも紹介しないとな。》
俺はセルマに乗りながらヘリに近づいて行くのだった。