第216話 捕まった魔王子の一味
「しかしこの森は・・魔獣が多いな。」
「左様でございますね。」
西の山脈に沿うように広がる広大な森はとにかく魔獣の数が多かった。
「おかげで進みが遅くなる。」
「ファントムに一気に狩らせますか?」
「いややめておこう。食物連鎖の体系を壊すし、エサがなくなり森を追われた魔獣が人の住む場所まで下りていくかもしれない。冒険者がいない今は住民たちに身を守るすべがないから、低い城壁の都市ではあっというまにやられてしまうよ。」
「はい。」
「とにかく邪魔をする奴だけに絞って倒すしかないだろう。」
「かしこまりました。」
森林内でモービルを走らせることは出来ない為、俺達はモービルを捨て徒歩で地図に記された目的地に向かっていた。そしてこの森の魔獣の多さに辟易としていたのだ。
「本当にこんなところに人間がいるのかね?」
「地図が嘘の情報という事も考えられるかと。」
「確かにな。間違っている可能性はある。」
「はい。」
既に森に潜ってかなりの時間が経つ。ここに来るまで、普通の人間なら対処できないほどの数の魔獣がいた。本当にこんなところに人間のアジトがあるのか、疑問にすら思えてきたのだった。
グビャァァァ
「おっと。」
スパン
ファントムが体内からコンバットナイフを両手に飛び出させて、デカいトカゲみたいな魔獣の首をあっさり切った。
そう・・俺とシャーミリアも驚く、ファントムの面白スキルが覚醒したのだった。兵舎での戦闘で俺が捨てた武器を処分するため、人間同様に全部飲みこんだらしい。
《・・俺が武器を処分しろと言ったので、死体を処分するのと同じことをした・・というだけだったみたいだ。そういえば外に捨ててこいとは指示しなかったし・・》
その結果ファントムはその飲みこんだ武器を、体のあちこちから自由に出す事が出来るようになっていた。
「ミリア・・あいつ変なことになっちゃったなあ・・」
「はいご主人様。何でしょう・・こんなことになっちゃって。」
「まあいいか。別に動きなどに支障はないようだし。」
「はい。想定外ではございますが・・」
そんなファントムを二人で不思議そうに眺めながらさらに森を南下していく。
「もう少し山脈寄りなのかね?」
「私の気配感知にはまだ何もありませんので・・もしかしたら・・」
「飛ぶか?」
「はい。」
俺がシャーミリアに連れられて上空に飛ぶ。
すると・・また凄い事がおきた。
ボッ
なんとファントムがジャンプでシャーミリアと同じ高度まで飛んできた。しかし重力に惹かれて落ちていく。森に落ちたと思ったらまたジャンプで森から上空へと出てくる。1回のジャンプで数百メートルも飛んでいた。
「あいつ・・あんなことも出来るんだな。」
「バルギウス戦で数十万の兵を喰らいましたから、おそらく極端に能力が向上したものかと。しかしながら創造した私奴の想定を超えております。」
「まったく想像つかない?」
「もしかしたらの仮定でございますが、ご主人様の魔力溜まりと連結されているからかと。」
「他の人だったらなっていないと?」
「申し訳ござません。それも・・分かりません。」
作ったシャーミリアにもわからないのか。しかしファントムに知能があったらシャーミリアやカララと肩を並べそうだな。
「ご主人様。あれを。」
俺達が飛んでいると先の方にうっすらと煙が見えた。火が燃やされていると思って間違いないだろう。
「見つけた。降りよう。」
「はい。」
俺達が森に降りる。空を飛んだことでかなりの時間短縮が図れた。
ズドン!
ファントムも横に落ちてきた。地面がくぼんで地響きがなる。
「こっちだな。」
俺達は煙が見えた方向に進んでいく。
「ファントム念のためローブをかぶれ。」
ファントムはスッとローブのフードをかぶった。
「このへん急に魔獣の数が減ったと思わないか?」
「はいご主人様。」
「きっと何かあるんだろうな?」
「これは・・恐らく魔獣が嫌うなにか・・結界?でしょうか・・」
「なるほど。何かの魔術が施されているという事か。」
「微弱ですがおそらくは。」
するとシャーミリアが前方を見て少し警戒する顔をする。
「どうした?」
「1000メードほど前方に待ち伏せする人の気配があります。」
「じゃあ俺達の行き先はそっちだ。」
「はい。」
そして俺達は無造作にそちらの方向に向かっていく。
「そろそろか?」
「はい。100メードほどに人間がおりますがどのように?」
「俺達は合流する冒険者だ。そのままでいい。」
「かしこまりました。」
無防備にすたすたと歩いて行く。
「気配が変わりました。」
シャーミリアが言う。
ピュン
トッス
足元の地面に矢が刺さった。
「とまれぇぇぇ!」
俺達は足を止める。そして俺が手を上げるのでシャーミリアもファントムも同じように手を上げた。そして動かずにそこにいると奥の方から人間たちがぞろぞろと近づいて来た。
一番前を歩く髭面の剣士が声をかけてきた。
「なんだ!お前たちはどこから来た!」
あれ?普通に西の領からきたんだけどな。
「あの西の端の領からこちらに向かってきました。」
「あそこにはファートリアバルギウスの兵がいたはずだ!」
「ああ、いましたけど通過してきました。」
「何も無かったのか?」
「多少ありましたけども・・」
「あそこからずっと森の中を通って?」
「ええ・・まあ・・」
何だろう・・何かまずかったかな?だって地図に沿って真っすぐ来ただけなんだけどな。
「何をしにここまで来た!?」
「何って・・仲間になろうと思って。」
「・・・なるほどな。なら合言葉を言え!」
え!?そんなベタな!打ち合わせの言葉とかあるの?それは調べてないな・・どうしよう。
「えっと・・わすれました。」
「あんな簡単な言葉をか?」
「はい。ちょっと忘れっぽいもので・・」
「あやしいな・・」
「えっとだめっすかね?」
「悪いが拘束させてもらう。」
「ああどうぞどうぞ。」
そして俺とシャーミリアとファントムが後ろ手に縛られる。ファントムは縄で頑丈に縛られているようだが、縛っている男は何かかなり違和感を感じているようで青い顔をしている。
間違いなくこんな縄は意味がない。
そして目隠しをするためにファントムのローブの帽子が取られると・・・
「うわ!」
「なんだお前は!」
「人間じゃないのか!?」
と男たちが驚いている。
「ああ、そいつは皮膚炎なんです。ちょっと変わった魔獣の毒にやられましてね言葉も失いました。」
我ながら完璧な嘘だ。
「そんな話は聞いた事ないぞ!何の魔獣の毒なんだ?」
えっ!誤魔化せない?
「なんか遠く北の国に行った時にいた魔獣なんで・・俺達もよくわからないんです。えっと・・魔獣じゃなくて魔人的な?」
「ますます怪しいな・・」
「それでは・・どうすれば?」
「まあいい!ついてこい。」
俺達は目隠しをされロープで縦になり3人繋がれて歩いて行く。一応腰にも縄が回してあるので列車ごっこの様に仲良く並んで歩くのだった。
耳にはみんなの歩く音が聞こえる。
パキ
カサカサ
ザッザッ
耳からの情報で周りの状況が手に取るように分かる。木の葉のこすれや動物の動き水の滴る音まで聞こえてくるようだ。
くんくん。
森のいい匂いがするなあ。なんか目隠しをされると鼻も更に利くようになったみたいだ。神経が鼻と耳に集中していて、目隠しをしていても周りの状況が手に取るようにわかる。
《俺もずいぶん人間離れしてしまった。シャーミリアみたいに気配を感知するとかじゃなく、臭いと音でとかてって・・まるで魔獣じゃないか》
《ご主人様にはご主人様の個性があって、よろしいのではないでしょうか?》
《そう思う?》
《ええ、私奴が言うのもおこがましい事ではございますが、その・・何というか野性味が素敵でございます。》
《俺が・・野性味?そうか・・ワイルドだろう?》
《わいる・・なんでございますか?》
《こっちの話だ。》
シャーミリアと冗談を交えながら念話こそこそ話をしていると、また複数の人間の気配がしてきた。
「そいつらはなんだ?」
「こいつらは森の中から歩いて来たんだ。」
「この森を3人で?」
「そのようだ。」
「何用で?」
「仲間になりたいそうだ。」
「合言葉は?」
「知らなかった。」
「知らない・・か・・あんな簡単な言葉を?普通は陸地を迂回してここに来るんだがなあ・・まあいい。おとなしくしているようだし司令官の所にお連れして聞いてみよう。」
《おいおい・・ずいぶん俺達を信用しすぎじゃないのか?まあ本当に味方になろうと思ってきたんだけど、こんなに簡単にいける物なのか?よっぽど自分たちの戦力に自信があるとか?》
《そのようです。自分たちは勝てると思っている余裕の気配がいたします。》
《まあこっちは3人だしな。でもファントムを見ただけでも警戒しそうなもんだがな。》
《まあ・・それだけの力量が無いのかもしれません。》
シャーミリアと念話こそこそ話をしながら俺達はまた歩くことになる。
「あのーどこまで歩くんですかね?」
「いいから!黙って歩け!」
「へい。」
《シャーミリア・・どうかな?》
《大勢の気配があります。おそらくは本拠地に近づいているかと。》
《なるほど。どんな感じ?》
《人間にしては魔力の多い者、人間にしては気が練り上げられた者など多数いるようです。》
《俺達大丈夫かな?》
《ご主人様もご冗談がすぎますわ。我々を前に人間如きが何をできますのやら。》
《はは・・そ・・そう?》
《問題ございません。》
念話こそこそ話できっぱりと言われる。
「ここでまて!お前たち座るんだ!」
男の掛け声で俺達3人が言われたとおりに座り込む。
《さてどうしたもんかね。》
《いざとなれば私奴が全滅させます。》
《だめだめ!味方なんだから!》
《申し訳ございません。ご主人様のお体を最優先で考えましたので・・》
《それはうれしいけどなるべく怪我とかさせたくないし。》
《ご主人様が攻撃されれば、ファントムが自動反撃しかねませんが・・》
《そうか。それは言えてる・・そしたらシャーミリアがこいつを抑えられるはずだろ。》
《善処します。》
・・・・ファントムを抑えるのは確実に大丈夫だ!とは言ってくれないんだ。俺に危害を加えるやつらに対して、少しは痛い目を見ろ!と言わんばかりの返事だな。
ちょっぴり不安。
しばらく待つと多数の足音が聞こえてきた。
《だいぶいる・・100人以上はいそうだが・・》
《一人・・バルギウスの大隊長より遥かに高い気の冴えを持つ者が近づいてきます。》
《大隊長クラスより・・凄いな。》
《問題ございません。》
《そうなんだ・・じゃあ大丈夫なんだね。》
俺達が念話こそこそ話をしていると集団の中から大きな声がかけられた。
「みんな!!そいつらから離れろ!!なぜ!こんなものを連れてきた!!人間ではないぞ!!」
あ・・バレた。
声がカッコイイ。イケメンって感じがするけど・・それどころじゃない。
ヤバイかも。
《みんなとりあえず手をあげろ!》
《はい。》
縛られて目隠しのまま座っている俺達が手を万歳する。
「えっと!違います!私は味方です!仲間になりにきました!」
「陣形を取って構えろ!油断するな!」
聞いちゃいねえ・・イケメンっぽい男が何かやたら戦闘的だな・・
「全員!絶対に近寄ってはならない!」
そんな俺達をばい菌みたいに!
そして・・すこーし俺に対する無礼に、隣の金髪美女がキレて来てるのが伝わってくる・・
「違うんです!話を聞いてください!」
周りの音から大多数の人間が剣を抜くのが分かった。どうやら・・魔法の詠唱も行っているようだ。
・・ヤバイ・・人間の皆さんが死んじゃう・・
俺は冷や汗をかき始めるのだった。