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第215話 賞賛されない偉業

それから俺達は息をするように兵士の暗殺を続けた。


結果、ほとんど時間をかけずに都市内の兵を壊滅させてしまった。それも其筈ここにはシャーミリアとファントムがいるのだ、100人やそこらの人間を消すのに時間をかけろという方が無理な相談だった。


そして今、俺達の目の前には残り10名ほどの兵士がいる。


「気持ちよく酔っぱらっている所で悪いがお前たちが最後だ。」


俺が酒場で飲んでいた最後の小隊に話しかける。


「どういうことだ?どこにそんな大軍がいたんだ?」


目の前の叫んでいる男が恐らくこの都市で一番強い。


「俺達3人だ。」


「バケモンが・・とんでもねえな・・しかもここに来るまで気が付かなかった・・」


俺と話をしている大男は俺達の力量がある程度分かるようだった。


「お前が司令官だな?」


「ああそうだ小僧。」


そして俺にもコイツの力量が分かった。


ファントムの素になったグルイスとか言う大隊長より弱いが、グラム父さんより強い。


「降伏はできない。お前ら10人はここで死ぬ。」


「くそったれが・・。」


「森への討伐指示は知っているか?」


「知っている・・。」


「そうか。」


すると周りに居た騎士たちが騒ぎ出す。


「隊長・・こいつら嘘ついてるんですよ。」

「そうだ。3人で1000人もの仲間が殺されるわけはない。」

「俺達が仲間を呼びに行かないようにしてるだけだ。」


「アホかお前ら・・こいつらの気配も探れんのか?」


「えっ・・という事は本当に殺されたという事ですか?」


「ああ。この女一匹だけでも俺達なんざぁ一瞬だろう。この騒ぎを聞きつけて一人も兵が来ないんだ、お前らでもわかると思ったが・・怠けさせ過ぎちまったなぁ・・」


「この女がぁ?そうには見えませんが・・」


「俺はさっきから冷や汗が止まらん。グルイスならあるいは・・いや・・」


俺は興味本位で聞いてみる。


「グルイスを知っているのか?」


「当り前だ。バルギウスでもブラウン一番大隊長と同等の強さと言われていた。」


「なるほど・・」


俺はファントムにローブのフードを取らせた。


「バッバケモノ!」

「ヒッ・・」

「ぁあ・あああ・・」


ファントムの顔を見て兵士たちが恐怖に竦んでいる。


「いったいなんなんだよ・・おまえらは。」


「ファートリアバルギウスの圧政からユークリットを解放しに来た。」


「こんな僻地を制圧したところで、お前たちはいずれ全員殺されるぞ。」


「どうしてだ?」


「バルギウスには100万からの大軍がいる。ユークリット王都にはあのファートリアの大神官が呼び出したバケモノが巣食っているらしいからな、どうあがいたって勝てるわけはないぞ。」


そうか・・情報が来ないんじゃ知る由もないよな。


「悪いが・・バルギウスは既に制圧した。ラシュタルもユークリット王都も奪還させてもらったよ。今はユークリット全土に俺の配下が回っている。」


すると部下たちが騒ぐ。


「嘘だ!バルギウスが落ちるわけない!」


「ユークリットのバケモノだって倒せるわけがないんだ!」


「・・バルギウスには家族がいた・・」


兵達がうろたえている。


「安心しろ。一般市民には手を出していない、バルギウス軍は全て俺達の支配下にある。」


「嘘だ!」


「まあ・・信じなくてもいい。どうせお前たちは死ぬ。」


俺が冷たく言い放つ。


「ふっはーははははは!」


すると司令官の隊長が笑い出した。


「・・いつの間にか、ゆでガエルになっちまってたんだな。俺達は・・」


「そうらしいな・・それでお前達は何故ここの市民に酷い事をしたんだ?」


「来た当初は規律も悪く無かったさ。だが数年前の大戦で俺達はこの僻地に追いやられ、そのまま駐留を命じられた。帰る事も出来なくなり兵士たちのガス抜きが必要だったって事よ。」


「それで市民の人生を狂わせてもか?」


「家に帰れる保証もない1000人を抑え続ける事なんて無理になってたんだよ。本部から言われた指示はただここに居ろ・・その本部の目も届かないんだ、どうしようもなかったって事さ。」


「ここの市民が泣いてもか?」


「ああそうだ。兵士の大半がおかしくなってたんだよ。あの大神官が来てから皆がおかしくなっちまった・・俺も今の今までまるで夢の中にいたようだ。」


そうか・・魅了とか言うやつだな。自分たちが狂気に染まっている事を気が付かずに、人の幸せを奪い続けたって事か。


「グルイスの事を聞きたい。」


「俺の友人だった。グラドラムに行ったきり帰ってこなくなったよ。凄い剣術を持っているのに策士でな、それでいて部下思いの熱いヤツだった。あいつも俺達の様に大神官が来てからおかしくなっちまって・・」


隊長は言葉を詰まらせた。


「ここに居るやつに見覚えは?」


俺はファントムを指さして言う。ファントムの灰色の鉄のような質感の顔を見て兵士たちは怯えるばかりだったが・・


「・・まさか・・」


隊長は目を見開いた。


「グルイス・・・」


どうやら顔の面影で辛うじて気が付いたようだ。


「今は俺の味方になった。とは言えもはや人間ではない。」


「・・グルイス・・どうしてこんな・・」


「数十万の人間の魂を吸いこんでこうなったんだ。」


「そんなことが・・」


「と、言うわけでこの飲み屋さんに迷惑をかけるわけにはいかない。外に出てくれるか?」


すると一人の兵がブルブル震えながら斬りかかって来た。


ガキィン


ファントムが剣を取って握りつぶす。


「やめろ!お前たち!もう終わりだ!」


「しかし!隊長!」


「最後ぐらいバルギウスの誉れ高い騎士として、俺と一緒に逝こうじゃないか。」


「くっ!」


隊長が前に立って歩き出そうとした時だった。


ドシュ

ドシュ

バシュ


隊長の腹から大量の剣の突き出てきた。後ろに立っていたやつらが全員で刺したのだ。


「ぐぅ・・」


「死ぬならお前ひとりで死ね!」

「俺はごめんだ!バルギウスに帰るんだ!」

「俺もだ!こんなところで死ねるか?」


「グバァッ」


隊長は大量に血を吐いた。しかし倒れずにそこに立ったままだった。


「本当に腐っちまったんだなあ・・おまえら。」


「うるさい!」

「こんなところにいたくなかったんだ!」

「付き合っていられるか!」


「・・この街で・・さんざん好き勝手してきたお前らに・・生き延びても幸せなんざぁないぞ。」


シュッと剣が抜かれ再度突かれようとしていた。


「ミリア。」


次の瞬間。配下全員がその場に倒れた。


「ぐ・・」


剣を抜かれた隊長が失血により膝をつく。


「ファントム。」


ファントムが隊長以外の9人の足をもってずるずる引きずり酒場から外に出る。


「すみません・・少しお騒がせをしてしまいまいました。」


ひとり血を流して跪く隊長がいた。


「ついでに床も汚してしまったようです。ここにお金を置いて行きます。」


俺は金貨を1枚テーブルの上に置いた。


「じゃあシャーミリア。」


シャーミリアはその隊長を抱えるように引っ張り上げて外に連れていく。


「すみませんでした。」


俺は入り口で振り向いて店を出る前に店の人に頭を下げる。振り返って外に出るとファントムとシャーミリアが兵士を掴んだまま待っていた。


「下ろしてやれ。」


シャーミリアが路地に隊長を寝かせた。


「ゴホッゴホッ」


路地が血に染まっていくがまだ隊長は生きていた。


「・・グルイスよ・・お前はバケモノになってしまったんだな。」


隊長がファントムに話しかけるが、ファントムはただそこに突っ立って遠くを見ていた。


「何も言わんのか・・」


「悪いがこいつはしゃべれないんだよ。」


「そうか・・人間じゃないんだものな・・」


「何か言い残す事があれば言え。最後に聞いてやる。」


「・・バケモノでもほんの少しの慈悲は・・ゴフッ・・あるってことか・・」


「ああ、俺は半分人間だからな。」


俺の言葉を朦朧として聞いているようだ。


「・・ジークレストってやつがいるんだが・・あいつはおそらく魅了されていないはずだ。皇帝を守れるのは・・あいつだけだ。臆病者のジークレスト・・あいつに・・」


「ああ、そいつは俺達と協議の上で皇帝代理をやってもらっているよ。」


「・・そうか・・そうか・・良かった・・臆病者のジークレストが・・よかったよ・・」


隊長の目から光が失われていく。最後はバルギウスの騎士としての矜持をもって死んだようだった。


「安心しろ・・お前はこれから友人の一部になる。」


俺の最後の言葉は耳に入っていないだろう。そこにはただの死体が転がっているだけだった・・


「ファントム。」


ファントムが最後の10人の遺体を吸収する。これでこの地に兵士の姿はなくなった。


「さて全て片付いた。飯も食った事だし俺達もそろそろ行こうかね」


「かしこまりました。ご主人様。」


ここの市民たちはまだファートリアバルギウス兵団がいなくなったことを知らない。おそらく気が付くのに数日かかるかもしれない。普通の暮らしが出来るようになるのはいつになるのやら。


・・しかし怯えて暮らす日々は今日で終わりなのは間違いなかった。


少しでもそれを早めてやる必要がある。


「ファントム。食堂に残して来たグレートボアとビッグホーンディア、レッドベアーの毛皮を取ってきてくれ。3人を脅かすなよ。」


シュ


ファントムは消えた。


食堂で運悪くファントムを目撃してしまった女性3人の悲鳴がきこえた。


しばらくすると。


シュ


直ぐにファントムは毛皮をもって現れる。


「よし。」


俺はもう一度、騒ぎを起こした酒場に入っていく。


「あのう・・・」


「ヒッ」

「ど・・どう・なされました・・」


酒場の主人とおかみさんが青い顔をして立ちすくんでいる。


「お願いがあるのですが・・」


ドサドサドサ


ファントムはグレートボアとビッグホーンディアとレッドベアーの毛皮を床に置いた。


「この街からファートリアバルギウスの兵士たちがいなくなったことを、明日になったら町長や町民の皆さんに伝えてください。これはその手間賃です。」


「・・わ・・わかりました!」


「すでにユークリット王都は取り戻しました。バルギウス帝国も陥落しています。これ以上敵国の脅威に怯える事はありません。これも合わせて伝えてください。出来ればお店に来た人の全てにお伝えいただきたいです。」


「必ず!」


主人とおかみさんが青い顔でコクコクと頷いていた。


「お願いしますね。」


「はい!」

「はい!」


二人の返事を聞いた俺は酒場を後にするのだった。



深夜・・


街の明かりの多くが消えて寝静まっているようだった。


「目覚めたら自由な世界だ。怯えずに暮らしてくれることを祈ろう。」


「ご主人様は素晴らしいです。誰かに賞賛される事を望まずひそかに事を進め、いつもさりげなく土地を去る。ご主人様には見習うべき事が沢山ございます。」


「ミリア。殺しなんてのは賞賛されるべき事じゃないよ。魔獣だろうが人間だろうが同じだ。殺しで賞賛を受ける奴らなんて全員クズ以下さ。」


「はい。私はその素晴らしき考えに感銘を受けるばかりです。」


「はは・・褒められることは何もしてないんだけどな。」


俺達が小さい西の門から出ると外は真っ暗だった。


「さてと。」


ドン!


俺はL-ATVライトコンバットタクティカルオールテレーンヴィークルを召喚する。


この無骨なでっかいジープのような軍用車は意外に快適だ。


天井に備え付けてあるATK M230 30mmチェーンガンが光っている。


ギシッ


しかし・・ファントムが乗り込むと思いっきり車体が沈む。コイツのせいでだいぶ燃費が悪くなっている気がする。


エンジンをつけてライトで暗闇を照らすとそこには草原が広がっていた。細道が1本あるだけで道らしい道はない。この領地がユークリットの西の端にあるからだ。


「この都市は結構時間がかかったな。」


「はいご主人様。でもあの訓練すばらしかったですわ!とてもかっこよかったです。」


「そ・・そうか・・」


「はい!」


・・だから・・賞賛される事じゃないってば・・


「それと・・ファントム。ちょっと忘れてたんだけど、お前に処理を頼んだコルトガバメントとコンバットナイフどこに行ったんだ?」


ジャキッッッッッ


次の瞬間ファントムの体の前面からコンバットナイフとコルトガバメントが突き出てきた。


「えっ!!!!」

「おまえ!!!」


俺とシャーミリアはファントムの新しい能力に驚くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんもかんもシリアルキラーとそれを呼び込んで操るカラス野郎が悪いんや こうなると殺した者も殺された者も関係なく奴らに運命をねじ曲げられた人々は恨みはらさでおくべきか〜しなきゃですね
[一言] こんかいの話は96話での出来事を連想するぐらいしんみりした内容に感じました。 バルギウス制圧時に『あの国も悪い国ではなかった』…というような印象を持ってもおかしくはありません 『ある転生者…
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