第211話 シャーミリアの懺悔
俺達は車に乗ってひたすら西へと向かう。
エミルがヘリでルタンに飛んだため俺達は陸路を行く。
俺たちが乗っているのはL-ATV(ライトコンバットタクティカルオールトレインビーグル)だ。長くて舌を噛みそうな車だがその性能はいい。日本語にすれば軽戦闘戦術全地形対応車と言うがこれも舌を噛みそうだ。
V8、6.6リッターディーゼルエンジン。最高時速100キロほどで航続距離は480㎞となる。小型の軍用車両で車体重量は6,400kg。車体上部にはM230チェーンガン30㎜機関砲を1門搭載し、RWSリモートウエポンシステムで遠隔で操作する事が出来る。
かなりの悪路を物ともせず力強くすすむ。
「ご主人様とふたりきりですね!」
えっと・・
シャーミリアがやたらと張り切っている。どうやらファントムはシャーミリアの人数のカウントに入っていないようだ。
「・・まあそうだな。」
きっとシャーミリアにとってファントムは戦闘ロボか何かに該当するのだろう。
ビーグルは草原に伸びる荒れた街道を走っていた。道をそれると深い草原となり離れたところには森が見える。のどかな自然の中を近代的な車が走っているのだった。少し風があって寒かったが雪は無いので順調に走る事が出来た。
「あのご主人様。そろそろお腹など、お空きではございませんか?」
シャーミリアがなんかニコニコしている。
「ああそうだな、なんか食うかな。」
そもそもシャーミリアとファントムは飯なんか食わないのに、まあ二人きりだと思って俺に気を遣ってくれてるんだろう。
「さて・・」
俺は車を停めてその場で戦闘糧食を召喚しようとする。
「ああ!お待ちください。ご主人様はお肉がお好きでございますでしょう?」
「まあな。でも俺ひとりだけだし適当にするさ。」
「少々お待ちを。ファントム!」
ガチャ
シャーミリアがファントムに号令をかけると、ファントムが何も言わずに車から降りて何処かに行ってしまった。
まあ、いつも何も言わないんだけど。
「すみません。ファントムも人の気持ちが理解できれば良いのですが、あんなウスノロになってしまいました。最高傑作などと言ってしまった私奴は本当にお恥ずかしいですわ。できましたらご主人様の罰を・・」
シャーミリアが言い終わる前に
ドン!
「ちっ!」
すぐ目の前にでっかいグレートボアが一頭、まだ殺りたてほやほやのが置いてあった。
「・・あの・・実はグレートボアの群れの気配がいたしておりましたので、ちょうど良いと思いファントムに狩らせました。」
「そうだったのか。シャーミリアは気が利くな・・」
「ありがたき幸せ!」
でも・・その前に軽く舌打ちしなかったか?
まあいい・・
「とにかく解体しなきゃな。」
俺はデカいコンバットナイフを2本召喚した。
「ああいけません!私奴がやります!ラウル様のお召し物が汚れてしまいます。」
「いややるよ。」
「ご主人様はどっしり座っていてくださればよいのです。雑務などは秘書である私奴が行います。」
「・・・じゃあお願いしようかな。」
「はい!」
シャーミリアにナタを二本渡す。
グレートボアの前にいき二刀流にかまえて、ものすごい手際で解体していく。ボアはあっという間にさばかれ、いい感じのステーキ肉が毛皮の上に積み上がっていくのだった。
「じゃあいらないところは魔獣が寄ってくるといけないから焼くよ。」
ゴォォォォォォ
俺はM9火炎放射器を召喚して今は処理できない臓物や骨などを焼き払っていく。本来は素材として使えるものもあるのだが荷物になるのは困る。
「じゃあ野外炊具1号でも召喚するか。」
俺は調理用に自衛隊の野外炊具を召喚しようとする。
「ご主人様!お待ち下さい!ファントムなにやってるの!」
シャーミリアの号令でファントムは消えるようにいなくなる。
「どこに?」
「はい。薪を拾いに行かせました。」
「ああそうか。」
「ところでご主人様。私奴は本当にお役に立てているのでございましょうか?もし不快なことなどおありでしたら、ぜひ罰を・・」
ドサドサドサ
ファントムが大量に薪を持ってきた。
「ちっ!」
これでもかと言うくらいの枯れた太い木材が1トンくらい積み上げてある。
「こんなに?」
「せっかくですので暖をとりながらと思いまして。」
「ああ確かに寒いな。焚き火とか気が利くな。」
「ありがたき幸せ!」
でもさ・・さっき小っちゃく舌打ちしてなかった?
「それでは。」
シャーミリアが木と木を擦り合わせはじめると手元がぶれるように見える。そのまま枯葉に持っていくと煙が上がって燃え始める。
あ・・きりもみ式の火おこしじゃなくて、そんなライターみたいに木を擦って火が起こせるんだ・・すごいな。
「では。」
シャーミリアはステーキ肉を棒に刺して焚き火の周りに立てる。そして肉に何かをふりかけた。
「それってもしかして?」
「はい。エルフにもらった香辛料でございます。」
肉の焦げるいい匂いと香辛料の香りがなんとも言えない。
ぐるるるるる
腹がなる。
「もっ申し訳ございません!ご主人様の空腹にピッタリ合わせて出すつもりが、もう少々お待ちください!」
「いいんだよミリア。この待っている間も楽しみがあっていいのさ。」
ジュワアァァァァ
肉汁がたれてきた。美味そうだ。
「そろそろ焼けてきたころかと思われます。」
シャーミリアがひとつとってくれた。
「いただきまーす。」
ガブっとかぶりつく。
「んまい!」
こりゃたまらん!とりたてのグレートボアの肉のいい部分だけを贅沢にとりわけ、絶妙な焼き加減がたまらない。柔らかく噛み切れるようにシャーミリアは筋を切っているようだった。
「ミリアは料理出来たんだっけ?」
「いつかご主人様に腕をふるう時もあるかもと思い、マリアに手ほどきを受けていたのでございます!」
「肉の処理とか焼き加減とか上手だよ。」
「まあっ・・」
2000才を超えるシャーミリアが、少女のように顔を赤らめてよろこんでいた。
心なしか欲情しているように見えなくもないが・・
そうか・・どうやらマリアに習った料理の腕前を披露したかったのか。なんか可愛らしいな。
「それで・・私は何か悪いことをしてはおりませんでしょうか?出来れば罰を与えていただきたく・・」
「いや・・シャーミリア。たぶんお前が俺に一番こき使われていると思う。十分な働きっぷりだよ。むしろお前がいたから切り抜けられた事の方が多い。」
っと俺が声をかけると、シャーミリアは・・なんと泣いていた。
「私奴などになんともったいなきお言葉。まだまだ働きたりぬと思っておりました。そのように思っていただけていたなどと露知らず・・」
「なにも泣くことはない。だって事実だからな・・お前が身を挺して俺は何度救われたか分からん。」
「それは私奴が不死だから・・」
「不死とはいえ怪我をすれば痛いのだろう?」
「それはそうですが・・ご主人様を守る為なのです。当たり前のことです。」
シャーミリアが俺に何を言いたいのかが分かって来た。もうずっと昔の事なので俺もそんなことは忘れていた。
「お前の気持ちはわかる。最初に会った時、俺に・・いや俺と居一緒にいたイオナやマリア達に刃を向けた事を後悔しているのだろう?」
「・・はいそうです・・許していただけるはずもございません。」
「いままでお前は十分に働いてくれた。」
「いえ。あのとき、私奴はご主人様を捕まえてルゼミア王の元へ連れていく為、手段を選ばずにあのような真似をしました。今となっては後悔しかございません。」
「ああ・・でもなシャーミリア。お前は命令に従っただけだ、それは指令を下したルゼミア王に責任があるよ。」
「ご主人様・・」
あの時の事をシャーミリアはずっと後悔していたんだな・・。
一つの村を壊滅させ俺達にゾンビをけしかけ、さらには俺以外の全ての者を始末しようとした事を。
《しかしあれは・・ルゼミア母さんが俺を捉えるために、オリジナルヴァンパイアのシャーミリアを大陸に解き放ってしまったのが原因だしなあ》
「シャーミリア。俺さ2000年を生きるオリジナルヴァンパイアが、人間に対して何も感情が無かった事はなんとなく理解できるんだ。俺も半分魔人の血が流れている、しかも元始の魔人とやらのな・・。きっと何千年も生きたら人間の感覚なんて無くなってしまうかもしれない。俺が純粋な人間だったらそんなこと理解できなかったろうけどな。」
「それでも私奴は・・」
「ミリア。ずっと俺の元で働き続けろ。それで償いとしよう。」
「あ・・ありがとうございます。」
ポロポロと涙を流してシャーミリアが泣いている。
「むしろ、こんな料理まで覚えようとしてくれてたなんてびっくりだよ。」
「いかがです?」
「うまいよ。」
俺は無心に極上の肉を食べる。
「ふぅ。ごちそうさま。」
「満足していただけましたか?」
「ああ、大満足だよ!」
「よかったです。」
シャーミリアがキラキラした笑顔で答える。
「それじゃあ行こうか。」
「はい。」
「火を消そう。」
「はい。」
ファントムが燃えた木を一気に蹴散らして炎をもみ消した。
「ファントムのローブが少し燃えちゃった。」
「まったく・・ウスノロですわ。」
ファントムをウスノロと言うのは、絶対シャーミリアくらいしかいないだろう。
「ファントム・・ちょっとここでまってろ?」
俺はファントムに指示を出す。
ファントムはどこか遠くを見ながらそこに突っ立っていた。
「ミリア・・来い。」
「は、えっ・・はい。」
シャーミリアが俺の後ろについてビーグルに乗り込んだ。
俺はナタで手のひらをスッとひいた。
「ほら。」
「あ・・ああ・・」
完全に欲情した女の顔になった。
「私奴は本当に酷い事をしたというのに・・」
「良いから飲め。」
「ありがとうございます。」
ピチャ
ピチョ
ゴクリ
シャーミリアはおとなしく俺の手のひらに口をつけて血をすする。
「あ・・ありがとうございます。」
股間を押さえぺたりと座り込んでしまった。
「これからもよろしく頼むよ。」
「かしこまりました。」
ガチャリとハッチを開けてビーグルを出ると、ファントムはさっき指示した場所にさっきと変らぬ姿で立っていた。
「ファントム!いくぞ!乗れ!」
ファントムはハッチから後部座席に乗り込んだ。
俺は軽くローポーションを手のひらにかけた。すると傷は見る見るうちに消えていく。
「しかしこのポーションは効くな。」
「作った彼女は天才なのでしょう。」
「今頃はまた新しい薬を作っているんじゃないかな?」
「ご主人様。楽しそうでございますね。」
「ああ。楽しくて仕方がないんだ。皆が自立して働き出して想像もつかない事をしてくれる。俺はそれだけで本当にワクワクする。お前がしてくれた料理だって俺を感動させるには十分だったよ。」
「ありがたき幸せ。」
「よし!出発しよう」
エルフの香辛料を振りかけた魔獣の肉のおかげで恐ろしく精力がわいてきた。
どうやら元気になっちゃったらしい。
ビーグルは再び西に向けて走り出すのだった。