第209話 次なる目標と手がかり
ユークリット公国の王都奪還・・・
俺のかねてからの悲願が成就した。
しかし・・ユークリット王都にはすでに人は無く廃墟と化していた。これで国を取り戻したと言えるのか疑問だった。ただ虚しさだけが心に残る。
《沢山人を殺して、成し遂げたかった事がこれか?》
自分の理想からかけ離れているからなのか・・それともあっさり叶ってしまったからか・・戸惑うばかりだった。
俺と配下達そしてエミルとグレース、ケイナ、グレースについて来た老兵のオンジそしてセルマ熊が、廃墟と化したユークリットの都市内で話をしていた。巨大な城はほとんど崩れかけており・・あの威厳のある姿はもうどこにもなかった。
さらに都市内を探してみたが魔法陣などはどこにも設置されていなかった。
「さてと、これからどうするかな・・」
俺は若干途方に暮れていた。
「ラウル。むしろこれからが大変だぞ。」
「ラウルさん。国を興さねばならないですね。」
エミルとグレースが俺の気持ちを察して言う。
前世の時からそうだ。2人はサバゲで課題を達成した俺を立ち止まらせる事がなかった。新たに挑戦する目標を提示してくれる。アメリカ大会で勝ち上がっていったのも彼らのおかげだった。
《2人は変わらないな・・》
少し前向きな思考を始められるようになった。2人に感謝しつつこれからの事を考える。
既にグラドラムを復興させ、ラシュタル王国を奪還し、ルタンに魔人の国を建設しようと動いていた。だが・・奪還した最終目標ユークリット王都は、デモンにもぬけの殻になるまで人間を殺され消されてしまっていた。
「悔しいけど想定外だったよ。ネビロスとやらがいつ来たのか知らないが、首都が完全に滅ぼされてしまっていたなんて。」
「俺がサナリアにいた時は、まだユークリットからバルギウスの兵が来ていたりしたんだが・・」
エミルが言うにはユークリットを中継してサナリアにバルギウス兵はきていたらしい。
「という事は・・もしかするとですけど、魔人軍が攻め入るまでは人がいたのでは?」
「・・グレースの言うとおりかもしれない。」
「ラウルさん。戦闘が始まる前はどうだったんでしょう?」
グレースに聞かれるのでそのままミノスに聞いてみる。
「ミノス達は容易に都市内に入れたんだっけ?」
「はいラウル様。都市内を探査するために隠密行動にて潜入したのですが、門は無人で簡単に侵入する事が出来ました。人間を見かける事はありませんでしたが、潜入して少ししたところにネビロスがおりました。」
「なら都市内に人間がいたかを知る前にああなったという事だな。」
「はい。火急な事ゆえ人間を探知する余裕などございませんでしたが、可能性は無ではないと思われます。」
ミノスの情報から推察すると魔人軍の到着を何らかの方法でつかみ、ユークリットの民を屍人にして攻撃してきたという可能性が大かもしれない。
「大量の屍人の一部はユークリットの民である可能性があるという事だろうか?」
「そうかと思われます。最初に現れた屍人達は町人風情の格好をしておりましたので。」
「となれば初めからそのつもりでネビロスは待ち構えていたという事か・・」
俺は少し考え込んだ。
「ラウル・・いや魔人の王子。ここから先は国の再建のために動く事になると思うぞ?」
エミルが俺を友として立ち止まらぬよう導いてくれる。
「・・ここから先か・・」
「ラウルさん。まずはユークリット公国領内の残存する敵の掃討と民の行方を捜し救出する事。そして属国のシュラーデン王国奪還を優先させるべきでは?」
グレースは前世ではITの職についていて聡明だった。サバゲでもいつも的確な優先順位を示してくれた。グレースの言うとおりまずは国の復興が先決かもしれない。
「わかった。ユークリット王都をこのままにもできないしな。」
「ご主人様。それでは魔人達を?」
「ああシャーミリアその通りだ。彼らを連れてくるしかないだろう。」
「かしこまりました。」
そうだな、俺にはまだまだやらなければいけない事が山ほどあるはずだ。立ち止まってなどいられない。
そして俺にはもうひとつの疑問があった。
「ネビロスがこの大戦の黒幕だったんだろうか?」
「どうでしょうか?ネビロスはネクロマンサーですので、屍人や死人を従えはしますが魔獣を使役したりはしないはずです。」
カララが言う。
《たしかに侵略時に敵兵は魔獣を使役していたらしいから、ネビロスには出来ないか。ただ今回バルギウスに魔獣はいなかったな・・》
「・・ということはまた別なやつがいるってことかな?」
「いえ、そこまでは・・」
するとグレースが話はじめた。
「あのラウルさん。関係あるかわかんないんですけど、バルギウス兵を魅了したのは人間らしいですよ。」
「人間がか?」
「はい。その・・9番大隊長のジークレストは会ったことあるらしいです。」
「そうなのか!?やつから話を聞いておけば良かった!」
「あ、すみません。重要な情報だと思わず。」
「いやいいんだ。魔獣の使役と直接関係してるかもわからんし、そいつが黒幕とも断定できないしな。」
「俺が魅了されないのはその敵とは反対の性質だからとか、遣わされた理由があるからとか言ってました。」
「ジークレストがか?」
「いえ皇帝です。ジークレストは知りません。」
「もしかしたらグレースはなんらかの意味があるから、皇帝の代理としてバルギウスに置かれたんだろうな。」
「どうなんでしょう?よくわかりません。俺が奴隷で働いていたところに急にバルギウスから使者としてジークレストが来て、オンジと一緒に連れてこられたんで。」
「ジークレストに命令したのが皇帝か・・」
「だと思います。」
オンジさんは黙って聞いていた。俺はオンジさんが何か事情を知っているか聞いてみることにした。
「あのー、オンジさん。」
「ああ・・すみません。私の名前はオンジと言うのではありません。ちょっとグレース様以外にそう呼ばれるのは違和感があるので一応お伝えします。」
「えっ?そうなんですか?」
「グレース様が勝手に呼び始めたのです。」
「えっ?」
俺とエミルはピンと来た・・
「グレース・・あれか・・あのスイスの山の山羊を放牧しているじいさんか・・」
エミルがグレースに聞く。
「そうそう!似てるでしょ!」
「いや・・口とアゴの白ひげだけ。鋭い目つきとこけた頬が全く違う気がする。」
俺が異論を唱える。
「いやーそうかなあ・・どう見てもオンジだけどなあ。」
「グレース様がそうおっしゃるのなら私の事はオンジと。」
「えっとすみません。本当の名前をお聞かせいただいてよろしいでしょうか?」
「アルム・バナースと申します。」
「アルムさん・・」
「えっ!オンジ!アルム・バナースとか言うカッコいい名前なの?」
グレースが驚いたように言うとアルムが言う。
「いえ、オンジで結構です。グレース様が私をそう名付けたのならそうです。」
「・・・わかりました。すみませんオンジさん。」
俺が話が脱線しそうになるのを防ぐ。
「はい。」
「バルギウスの使者が来る前に、あなたはグレースの下に駆け付けたとおっしゃってましたよね?そして奴隷として働き始めたと・・グレースを知りあなたを差し向けた人は誰なんですか?」
「私が勝手に駆けつけました。」
それはいささか違和感があった。何の情報もなく駆けつけて一緒に奴隷として働くなんてありえない気がした。
「オンジ本当?」
グレースが上目遣いで聞く。
「すみません。嘘をつきました。」
「本当のこと言ってよ。ラウルさんとエミルさんは俺の恩師みたいなものなんだから。」
「はい。」
オンジさん・・
《グレースに言われたらあっさりと覆すんだ・・この人、なんだか・・不思議な人だな。グレースに嘘を付けないシステムになってるんだろうか?》
「私を差し向けたのは・・元ファートリア神聖国のサイナス枢機卿という方です。」
「!?」
マジか!!こんなところでつながるのか!!
「あ!あの!詳しくお聞かせ願えませんか?」
「はい。私の家系は元より虹蛇様を信仰する、守護者としての役割を持った家でした。」
「それはなんとなく聞きました。」
「はい。そしてそのバナース家に突然現れたのが、サイナス枢機卿とリシェル・ミナスと言う聖女様、そして凄腕の剣士カーライル・ギルバートでした。」
「はい。」
「サイナス枢機卿が言うにはファートリア神聖国に厄災が降りかかったとの事でした。」
「厄災ですか?」
「はい。追手がいるらしくあまり詳しい内容まで聞くことはできませんでしたが、世界の危機だという事だけを知りました。そしてその為に虹蛇様の力もいるのだという事でした。」
「そうなのですね。」
「ええ。それが我が一族の宿命ですから。」
「で・・その枢機卿とは顔見知りだったんですか?」
「まったくないです。」
「まったくですか!?」
「はい。」
「ではどうして信じたのです?」
「我が家に伝わる伝承通りに、枢機卿と聖女と聖騎士が来て虹蛇様の話をされたからです。」
「伝承・・」
「ばば様が言われた通りでした。」
「え?ばば様ってオンジさんの?」
「はい。」
「まだ生きているんですか?」
「いえ・・すでにこの世にはおりません。」
「その伝承を信じて動いたと?」
「はい。枢機卿からは、グレース様がおおよそどの地域にいるかだけを聞き及んでおりましたので、数年かけて探しだしたのです。お見つけした時は奴隷として働いておりましたが、待遇も良く明るく働かれておりましたので私も一緒に奴隷として使ってもらう事にしたのです。」
まあグレースは前世でITのブラック企業に居たからな。そりゃあ奴隷でも明るく働いていたろうな・・それにしても見つけ出して奴隷として一緒に働くって・・グレースの事をどんだけ気遣っているんだ。もしかしたら虹蛇の化身って凄い奴なのかもしれないな。
「して、サイナス枢機卿はどこに?」
「ファートリア神聖国を追われて逃げたと思います。」
「場所は分からないと。」
「申し訳ございません。」
しかし凄いな。こんなところに手がかりが落ちてるなんて・・でもどこに行ったか分からないんじゃ見つけようがないか。まあ生きている可能性があるのが分かっただけでも御の字だ。
「しかし・・ラウル様。」
オンジから話をされる。
「あなたのお力は何なのですか?そしてグレース様はどうしてあなたの出す武器を手足の様に扱えるのですか?」
「えっ!ええ・・それは・・」
俺は口ごもる。
「ええい!だまれ!オンジよ!夢じゃ!夢のお告げがあってラウル様の武器が使えるようになったのじゃ!詮索するでないわ!」
「もっ!申し訳ございません!」
グレースがいきなりキレだしてオンジがものすごくかしこまった。
なんだかかわいそうじゃないか・・
「あのオンジさん。魂のつながりを信じますか?」
俺がオンジさんに優しく言う。
「はいもちろんです。」
「俺とエミルとグレースは魂の友なんですよ。」
「そうそう、俺とラウルとグレースは魂でつながって導かれているのです。」
「ラウルさん・・エミルさん・・アナタたちについてきてよかった・・」
俺とエミルとグレースの妙な雰囲気で場に微妙な空気が流れた。
「ま・・まあいいんですオンジさん!グレースはたまたま俺の兵器との相性が良いのです!だから深い意味はないので・・そう理解していただければいいと思います。」
「もちろんです。グレース様が詮索をするなと言うのであればしません。」
どれだけグレースに対して従順なじいさんなんだろう。
《しかしファートリア神聖国に降りかかった厄災に、世界の危機ね・・どういう事だろう。これからサイナス枢機卿を探すのにも何らかの手掛かりがあるかもしれない。ファートリアに追われてるとか言っていたし無事でいてくれるといいのだが・・》
「でも・・私も不思議だったのよね!」
ケイナがいきなり話をぶり返す。
「何でエミルはあんなものを動かせるの?手と足を使って器用に!」
「ははは、ケイナは馬鹿だなあ・・シルフ様のおかげだよ。精霊シルフ様が居るからこそあれを飛ばせるのさ。」
「あ、そうか!」
エミルが思いっきり嘘をつくのだった。
信じるケイナもケイナだ。