第201話 運だけで昇進する男
ざわざわざわざわ
バルギウス兵士たちがざわざわしていた。
あの小心者のジークレスト・ヘイモンが9番大隊長になっただけでも衝撃だったのに・・2番大隊長に格上げになってさらに皇帝陛下の代理になった。上司にこびへつらい部下にも気を使い、取り柄と言えば根回しくらいのものだと皆が思っていた。
いや・・・本人もそう思っていた。
「私が・・皇帝陛下の代理などと・・恐れ多い。」
ジークレストは青い顔で言った。
「いやいや。皇帝代理の我が言ったのであるぞ!首を斬られたいのか?」
「そっ!そういうわけでは!」
「なら話は終わりだ。よろしくね。」
グレースはきっぱりと言い切った。
「つっ謹んでお受けいたします!」
ジークレストは自分の身に何が起こっているのか分からないが・・胃がまたキリキリキリと音を出すくらいに痛くなるのだった。弱い中間管理職を絵にかいたような男は、自分に与えられた大きな責任に吐きそうになっている。
脂汗がダラダラと顔を伝うのがわかる。
しかし・・兵たちの反応は違った。
「おい・・あの腰抜けのジークレストがとうとう皇帝代理だぞ。」
「ああ・・もしかしたらあいつはとんでもない奴だったのかも。」
「だな・・俺達が気が付かないだけでバケモノなのかもしれん。」
ざわざわざわざわ。
兵達の噂は瞬く間に広がる。
「そもそもあの小娘よりどう考えてもジークレストの方がふさわしいという事じゃないのか? 」
「間違いない。でなければ皇帝代理の任をやすやすと与えるわけがない。」
「そういうことか・・そういう事だったのか!ジークレスト様はきっとそういう事なんだ!」
そういう事ってなんだろう?
おおおおおおおおおお!!!
兵士たちにいきなり歓喜の声が上がる。
びっくりして吐きそうになるのをこらえてジークレストは振り返る。
「2番大隊長バンザーイ!」
「ご就任おめでとうございます!」
「きっと何かある御方だと思っていました。」
この男の昇進ミラクルを目の当たりにして、ジークレストに何かあると思った兵たちが賞賛し始める。
それを見て俺とエミルとグレースの3人は話をしていた。
「あら・・なんかいきなり大役を押し付けて大丈夫なの?」
「知らないっすよ。どうでもいいし・・」
「まあラウルや俺と違って、グレースはバルギウスの民ってわけでもないしな。」
「でもさエミル。あのジークレストって奴見てやってよ・・青い顔して脂汗たらしてるよ。」
「あはははは。」
「あはは・・ってグレース・・お前酷くないか?」
「だって面白く無いっすか?あの顔・・焦ってますよ!あはははは。」
「おまえ・・そんな悪い顔して・・ぷっ・・はははは。」
「おいおい!ラウルもグレースも酷いじゃないか、あんなに辛そう・・ぷっくっくっくっくっ」
「そういうエミルも笑ってんじゃないか!」
「だって見ろよあんなに慌てふためいて、中間管理職がいきなり専務だぞ!こんな事になったら俺でもああなるわ。」
「いやあ・・そう言われると可哀想な事をしましたかね?」
「仕方ないだろ。グレースが俺達と一緒に来るとなれば、誰かがバルギウスを暫定的に統治しないといけないし。」
「ですよね。」
「彼を見て思うけど運って大事だよな。きっと彼はそういう星の元にうまれたんだろう。」
「でもなんだか・・かわいそうになってきた。」
ジークレストは兵士たちから胴上げをされている。本当は皇帝陛下代理に気安くあんなことしないと思うが・・どうやらいままで部下達にも気配りをしてきたので案外慕われているらしい。
でも・・完全に目を回している。
「ちょっとさ申し訳なくなってきた。少し謝った方がいいんじゃない?」
「ラウルの言うとおりだよ。グレース・・俺もなんか悪い気がしてきた。」
「ですね、なんか酷い事をしたような気がしてきました。俺もこのままここを立ち去るのも夢見が悪いですね・・」
「じゃあラウル。俺達も一緒に頭を下げるか?それならグレースの気もすむだろう?」
「だな。」
「ありがとうございます。」
「まあこうなった以上、俺はバルギウス帝国とこれ以上揉める必要もないしさ。まあ・・また皇帝が戻ってきた時に考えるよ。貿易の相手としては人口が多いから縁も切りたくないし。」
「では一緒に謝ってください・・」
「ああ。」
「そうだな。」
俺達は胴上げされているジークレストの所に行く。
ザザザザザザ
俺達が来るのを見てバルギウス兵達はジークレストの胴上げをやめて後ずさった。
ジークレストは青い顔のままこちらを見る。
「ジークレストちょっといい?」
「はい。」
ジークレストを俺達の方に引っ張ってきて話をする。地獄に引きずられていくようにジークレストは頭をうなだれてついてくる。
可哀想だ。
「あの・・ジークレスト。いきなり大役をお願いしちゃってごめんな。」
グレースが頭を下げた。
「俺達も・・そんな大役をいきなり押し付けちゃいまして、ちょっと申し訳ないと思っているんです。」
俺も頭を下げる。
「俺だったらもう・・胃が痛くて仕方がない。逃げ出したい所ですが、あなたはきっとこれも受け止められるのでしょうね。頭が下がります。」
エミルが頭を下げた。
「いやいやいやいやいやいやいやいや!!頭をお上げください!なんとかします!なんとかしますから!!」
「よかった。」
「本当にすみませんでした。」
「あの・・良かったらこれローポーションなんで飲んでください。」
グレースとエミル、俺の順番に声をかけた。
「いや。ありがとうございます。あの・・今飲んでいいですか?」
「はい。」
ごくごくごくごくごく
ジークレストは一気にローポーションをあおり瓶を捨てる。
パリーン
「ふう。ありがとうございます!これで胃が落ち着きました。」
兵士たちから離れたところでそんなやり取りをしていた。
ざわざわざわざわざわ
「おい!あのバケモノたちが・・ジークレスト様に頭を下げているぞ!」
「どういう事なんだ?バケモノから何かをもらって飲んでいるようだが。」
「瓶を割ったぞ!盃を分けてもらったんじゃないのか?」
兵達はジークレストのその光景を遠巻きに見て物凄く感動していた。
「ジークレスト様はこの話をまとめてくださったんだ。」
「腰抜けなんて言って・・本当に申し訳なかったです・・お許しください。」
「ジークレスト様バンザーイ!」
ジークレスト様バンザーイ!
ジークレスト様バンザーイ!
ジークレスト様バンザーイ!
ジークレスト様バンザーイ!
「えっ?」
ジークレストがまた兵士たちを振り返った。
ローポーションの効き目がすでに切れそうだった。
「あの・・と言うわけで・・俺はバルギウスの兵をやめてこの人たちについて行く事にする。という事でいいかな?」
「わかりました。私はこれ以上何も申す事はございません。」
「じゃあ・・こうしたらいいんじゃないか?グレースが自分の身を俺達に捧げる事でここを立ち去ってくれるようにしたと。ジークレストさんがそう決めたと言ってくれれば。」
「いやいやいや。そんな・・グレース大隊長にそんなことをさせたとあっては・・。」
「いーのいーの。だって俺行きたいんだもん。」
「・・・・わかりました。」
「じゃあこれで。」
俺はLRAD長距離音響発生装置のマイクをジークレストに渡した。
「これに向かって話をしてください。兵たちに今決まった事を伝えていただければと思います。」
「わかりました。」
そしてジークレストは兵たちのほうを振り向いた。
「バルギウス精鋭の皆よ!私はグレース様より第二大隊長及び皇帝代理の任を引き継ぐ!そして・・グレース元2番大隊長はその身をこの方たちに捧げる事によって、彼らはこの地を立ち去ってくれるそうだ!わが身を犠牲にして我々を救ってくれたグレース大隊長を讃えようじゃないか!」
「グレース様が・・」
「本当は怖いだろうに・・」
「あんな小さい体で・・恐ろしい目に合うのか・・」
少し兵たちがしんみりする。
「どうした!バルギウス兵はそんなものであったか?グレース大隊長の恩義を讃える事も出来ぬ精神であったか?」
「いや!グレース大隊長!ありがとうございます!」
「市民や私たちの家族子供を救ってくれて!一生忘れません!」
「あなたのご意志はこれからもバルギウスに生き続けます!」
おおおおおおおおおおお!!!
わああああああああああ!!!
地鳴りのような歓声がバルギウスの大事に響き渡る。
「グレース様バンザーイ!」
グレース様バンザーイ!
グレース様バンザーイ!
グレース様バンザーイ!
グレース様バンザーイ!
大歓声が鳴りやまぬなか俺達はこの地を去る事にする。
「えっとカララ。AH-1Z ヴァイパー戦闘ヘリを解体してくれ。」
「かしこまりました。」
AH-1Z ヴァイパーは跡形もなくばらされていく。
そして俺は手をかざして次の兵器を召喚する。
ドン!
CH-47F チヌーク大型輸送ヘリだ。
エンジン出力は4,868軸馬力タンデムローターがその巨体を飛ばす。航続距離は741kmで1回の燃料でユークリットの国内までは到達できるだろう。
いきなり出てきたその巨体にバルギウス兵たちは大きく後ずさる。
しかし・・ジークレストだけはすでに精神的に限界を超えてしまったようで・・身動きすらできなくなってしまったらしい。ただ茫然をチヌークの雄姿を眺めるだけだった。
兵達がつぶやく。
「俺達は思わず後ずさってしまった。」
「そりゃそうだろ!あんなバケモノをみたら。」
「いったい奴は何なんだ、神か悪魔か・・」
「そんなことより!ジークレスト様をみろ!俺達が後ずさっているのにドンと構えてあんなに近くで悠々と眺めている。」
「小心者だと思っていたが何という器なんだろう・・」
「俺達は大きな勘違いをしていたんだろうな。」
兵達はもうジークレストを馬鹿にすることはなかった。
ジークレストは少し失禁していた。
俺達とグレースが全員チヌークに乗り込む。もちろんセルマ熊はパンパンだが問題なく乗り込めた。
キュルキュルキュルキュルキュル
羽が回りだしてあたりに突風を作り出す。
「すごいですね!CH-47F チヌークじゃないですか?最新型モデルですよね!」
グレースが興奮している。
「いやあ・・ほんとラウル様様だよ。俺が最新型チヌークを飛ばす時が来るとはな。」
「俺もこれに乗れるとは思わなかった。カッコいいよなあ・・」
「これの自衛隊仕様もみてみたいですよ!」
「本当だ・・このモスグリーンはイギリス空軍タイプか・・渋いよな。」
「早く!早く飛んで飛んで!!」
「グレースは空飛んだことないか・・そうだよな。」
「そうですよ!飛んだことなんてあるわけないじゃないですか!」
俺達は既にバルギウスの事なんかこれっぽちも考えていなかった。頭の片隅にもなかった。
チヌークがカッコイイから。
俺達はバルギウスの空に舞い上がる。
「うおおおお!この世界ってこんな風になってるんですね!ずーっと自然しかない!」
「新鮮だよなあ。」
「ですね!」
そんなことを話しながらチヌークはユークリット公国に向けて飛び始めた。
そして俺はミノス隊に念話を繋ぐのだった。
《ミノス!状況はどうか?》
《はい!兵は大したことありませんでしたが、王城攻略で苦戦しております。》
《どうしたんだ?》
《はい!》
どうやらユークリットで問題が起きているようだった。