第200話 虹蛇の化身
これからの事を話すために、北の大地に巨大な軍事用テントを建てた。
そこに2番隊大隊長グレース(林田修)を呼んだ。グレースの部屋を護衛していた老兵がテントの入り口の前に立つ。その周りには3人の魔女が銃火器を装備して護衛していた。
テントの側にはAH-1Z ヴァイパー戦闘ヘリが置いてあり、ファントムとセルマがそれを守るように両脇に居る。エミルとケイナはヘリを降りてテントの中に居た。そのテントの数十メートル先にはバルギウス9番大隊長ジークレストと数十名のバルギウス兵が控えていた。グレース配下のバルギウス兵も心配そうにウロウロしている。
もちろん俺のおっかない配下がいるため近づけない。
他の30万の兵達は怯えるように北門付近で事の成り行きを見守っていた。
テントの中では俺とエミルそしてグレースが話し合っていた。ケイナはエミルの少し後ろで座っている。
「ま・・まさか・・田中さんなのか?」
「こっちが言いたいよ。林田がまさかこんなところにいたとはね。」
背高のっぽエルフのエミルとカラフル少女のグレースがお互いを見て驚いている。ケイナの知らない言葉・・日本語で話しているため、彼女は俺達の会話の内容を知る事は出来ない。
「あっちゃん・・エミルとは・・俺の故郷で巡り合ったんだよ。」
「サナリアってところですか?」
「そうなんだよ。そしてあっちゃんが生まれた二カルス大森林に行ってからここに来たんだ。」
「へえ・・なんか数奇な運命ですね。」
「まったくだ・・こんなところで林田に会うとは・・」
俺達は前世のサバゲチームつながりで引き寄せられたのかもしれない。
「俺は魔人と人間のハーフで人間の騎士の家で育ったんだ。」
「俺はエルフと人間のハーフさ二カルスの森で育った。」
「それで・・林田は・・女の子に生まれちゃったのか?」
カラフルで無造作に伸ばした髪の毛に薄っすらの膨らんだ胸、ちょっと吊り上がった目にツンと尖った鼻が可愛い。
「いや・・それが、女の子に見えるだけで・・」
「男なのか!?」
「それが・・そうでもなくて・・」
「どっちなんだよ!」
「どっちでもないんですよ。」
「どういうことだ?」
「何もついてないんです。ただ・・胸がぷっくりしてるので女の子っぽいんですが・・どっちでもなくて。」
そういえば・・シャーミリアは人間じゃないって言ってたもんな。
「林田も人間じゃないってことか。」
「そうなんですよ・・」
「じゃあ何の子なんだ?」
「それが・・変なんだけど・・」
「なになに?」
「卵から生まれたそうなんです。」
「えっ!?」
「た、たまご!!」
まさかの事実。林田が卵から産まれる。
「たまごって・・あの?卵?」
「なんの卵なんだよ!」
「俺もよくわからないんですけどね。そこのテントの前に立ってる老兵がいるじゃないですか?彼はバルギウス兵じゃないんですが、俺を昔から知っていて卵から生まれたんだって教えてくれたんですよ。」
「彼はバルギウス兵じゃないんだ?」
「はい。奴隷仲間です。」
「奴隷仲間??」
「そう。でも彼はもともと剣士で俺を守護する家系に生まれたとか、訳の分からない事を言ってずっと俺に付きまとってるんです。」
林田は謎の多い生まれをしていた。なぜ・・奴隷仲間が守護者なんだろう。
「俺は物心ついたら奴隷として働いていたんですが、彼はわざわざ自分から志願して奴隷になったそうなんです。俺の側に近づくために・・」
「それは・・林田・・グレースを守護する為か?」
「本人はそう言っています。」
「どうして卵からかえったって知ってるんだ?」
「どうやら奴隷商が入手した卵のうわさが広まっていて、その卵から俺が生まれたことを知って彼が駆けつけたそうです。いろいろと怪しいけど守ってきてくれたのは事実です。」
あの老人は何かを知っているんだろうか?それとも本当に生まれた定めの通りにグレースを守ってる?
「ちょっと彼を呼ぼうよ。」
俺が言うとグレースがテントから顔を出す。
「オンジ!入れ!」
スッとオンジと呼ばれた老兵が入って来た。剣は持っていない、俺達の配下が預からせてもらった。
「はい。」
オンジはグレースに頭を下げる。
「俺の事を二人に説明してほしいんだが・・。」
「わかりました。」
「俺はなんなんだ?」
「グレース様は人間ではありません。」
うん・・聞いた。俺達もだしそう驚く事もない。
「それは知ってる。」
「グレース様は偉大なる守護者であらせられる虹蛇様の化身でございます。」
「虹蛇?」
「にじへび?」
グレースが自身の事を聞いて驚いている。俺達はちょっと引いている。
「俺が蛇って!そんなご冗談を!」
グレースが慌てて言うがどうやらオンジは真剣に言ってるらしい。
「虹蛇様は南方の大陸の守り神と言われております。」
「何で俺がその虹蛇の化身だと?」
「砂漠の虹蛇様の住み家を偶然にも見つけてしまった盗賊が、そこにあった虹色の卵をお宝だと思って持ち帰ったのが孵り、生まれたのがあなた様だからです。」
「そうだったんだ・・今知った。」
グレースがショックを受けている。どうやら今日初めて聞いたらしかった。
「あの・・俺からも聞いていいですかね?」
「なんでしょう?」
もっと詳細が知りたい俺はオンジに質問してみた。
「何でグレースはバルギウスの2番大隊長なんかで、あなたはそれを守護したままなんですか?」
「はい。」
オンジはチラリとグレースを見て意を決したように言う。
「私と皇帝陛下とは古い知り合いでして・・私の生まれたバナース家は虹蛇様を守護するように定められた家でした。皇帝家とは古の頃からの縁で結ばれた家系なのです。」
「えっ!オンジ!皇帝とグルだったの?美味しいもの食べさせてくれるって皇帝が言うから来たのに?どおりでおかしいと思った!なんで奴隷の俺がバルギウス兵の2番大隊長なんかに据えられるのか!おまえか!」
「大変申し訳ございません。」
「えっとグレースちょっとまって。落ち着いてくれ。」
「わ、わかりましたとも・・」
俺は興奮して、今にもオンジにつかみかかりそうになっているグレースをなだめる。
「どうしてバルギウスに呼ばれたのか知っていますか?」
「はい。皇帝陛下の言でございますが、どうやら・・バルギウスのほとんどが悪しきものに魅了されてしまったと。皇帝陛下自身は魅了から逃れたものの、大隊長や小隊長そして兵士の半数以上が魅了されて、皇帝の命令に背くようになったとの事でした。」
「魅了?ですか?」
「はい。魅了されたもの達は世界で残虐な行いをし始めました。」
「そういうことですか・・。でもそれがなぜグレースが第2大隊長になる事に?」
「グレース様は魅了の影響を受けないからです。」
「グレースは魅了されない?」
「はい。そしてそれを守護している間は我もです。」
「あなたも・・」
「皇帝は恐れました。自身だけが魅了されない中で兵たちは狂気に侵されていきました。」
「そういうことか・・。」
「一番恐ろしいのは1番大隊長のブラウン・カベット。今は皇帝陛下の護衛という名目でここを離れておりますが、皇帝は人質でブラウンはその見張り役です。あやつは恐ろしい力を身につけました。」
「俺の父を切ったやつだ。」
「おお!あなた様はもしや!グラム・フォレスト様の!」
「息子です。」
「光栄です!わしが生きている間にお会いできるとは!」
そうなんだ・・グラムの親父は相当な有名人だったんだな。男爵風情なのにどうしてなんだろう?
「そして・・グレースは2番大隊長に据えられたと?」
「そうなります。」
「大体わかりました。だと皇帝陛下は正気を保ってしまったために、悪しきものとやらに連れていかれてしまったという事ですか?」
「はい。」
なんだか・・だいぶ確信めいた話が聞けたような気がする。おかげで本当の敵が他に居る事がはっきりわかった。
「あの・・」
「なんでしょう?」
「不思議なことに魅了されないものがもう一人・・」
「もしかして・・」
「9番大隊長のジークレスト・ヘイモン殿です。」
「やっぱり。」
「そして彼の一部の配下とグレース様の配下だけが魅了されなかったのです。」
「じゃあ最後に反乱を起こした5万の兵は・・・」
「あの夜の地獄のとやらを聞かなかった魅了された者達です。あの声で大半が目覚めたようです。私も城内にいて聞いていないのでわかりませんが・・」
地獄の声って!なんだよ!地獄の声なんかじゃないよ!JPOPだよ!老兵のオンジが訝し気な顔で俺に教えてくれる。俺のこめかみに血管が浮いている事も知らずに。
グレースがオンジに向かって言う。
「でもさ。どうして世界を征服しようなんて思うんだろう?いったいどこの誰なんだ?」
オンジも首を振る。どうやら真犯人は分からないようだった。
「グレースそれがよくわからないから、各地で俺の部下が動いているんだ。」
「そうなんですね・・」
「とにかく俺達も、何かおかしな力が働いているとみている。」
「そうですか。」
グレースが何かを考えている。
グレース(林田)は前世ではIT系だった。IT系の会社で働いて給料のほとんどをストックオプションの自社株にあて、5年働いて株式公開と同時に会社を辞め、いきなり億単位のお金を手に入れた。その後はフリーランスでプログラムの仕事を生業としていた。頭がキレる俺達サバゲチームのブレインだった。なんと自家用クルーザーまで持っている。
言ってみれば成功者だ。
グレースは話を変えてきた。
「・・そして・・あの兵器召喚。淳弥さんの力なんですよね?」
「そう。なぜか俺は武器召喚能力を身に着けて生まれてきたんだ。」
何だろう?きっと何か凄い事を思いついたのかもしれない。
「すっごい良い能力ですね。ありがとうございます!」
・・・ありがとうございます!はおかしい。けどわかる!あっちゃんも喜んでた。・・てか何か凄い事を思いついたんじゃないのかい!思わせぶりに言うから何かのパズルがそろったんだと思ったよ!
「とにかく・・オンジ・・俺はこのラウル様について行く。いいな。」
「グレース様の思うままに。」
「と言うわけです!ラウル様!俺もぜひ旅のお供に!」
「バルギウスはどうするんだよ?」
「別に何も未練はないし思い入れもないです。何も美味しいもの食べられなかったし・・要は俺にとって意味がない。」
「まあ・・そうだよな。」
「オンジはどうする?」
「もちろんお側に。」
「あのー?ラウル様・・オンジも連れてって良いですか?」
「別にかまわないよ。その魅了とやらに影響を受けないのはありがたい。」
「いいってさ。」
「ありがとうございます。」
オンジが膝をついて俺に頭を下げた。
「して・・ラウル様・・お仲間は物凄いですな・・身が凍ります。」
「あ、ああ。魔人なんだよ。俺もだけど・・一騎当千どころか一騎当万の配下さ。」
「どおりで・・私の剣がかすりもせなんだ。」
あれ?オンジさん・・知ってたのね。
恐れ入ります。
話し合いが終わり俺達はテントの外に出て、9番大隊長のジークレストの所に行く。
「あの。話は終わりました。では全軍にお話の結果を発表して良いですか?」
「はい・・」
ジークレストは何が発表されるのかビクビクしていた。小心者で真面目に生きてきた男は・・緊張でガチガチになっている。
LRAD長距離音響発生装置の側に行ってグレースがマイクを取る。
「全軍!集まれ!」
ザッザッザッザッ
統制のとれた軍隊の行進がこちらに向かって来る。
「止まれ!」
30万人の軍勢が一糸乱れぬ行動で止まる。その軍勢を前にしてグレースが少し沈黙をする。
スゥー
息を吸い込み皆が注目する。
30万人もいるのに静かだ。
「バルギウス精鋭の兵達に今後の事を申し伝える!」
みな静かに聞き耳を立てる。
「私は2番大隊長をやめ2番大隊長の席は9番大隊長のジークレストを任命する。ここに残った30万の軍勢は全てジークレストの直轄とする!皇帝陛下の不在の今!私の言は皇帝陛下の言である!異議申し立ては聞かぬ。」
「あ、あわわわわわわ!」
ジークレスト・ヘイモンはいきなりの皇帝陛下代理の任を命ぜられ、腰を抜かしそうになるのだった。