第20話 皆殺しの知らせ
戦争が勃発してしまった。
バルギウス帝国とファートリア神聖国と西の軍団の連合軍・・もともとバルギウス帝国単体でも我が国の倍の戦力だ。それに寝返ったファートリア神聖国と山脈から来た謎の軍団。
敵の戦力はユークリット公国の5倍以上ありそうだ・・うちのグラムや仲間の兵士が帰ってこれるか心配だ。まあ皆殺しはないだろうが…負けたら指揮官のグラムの命は絶望かもしれない。しかしグラムは超人だ!必ず帰ってくる。
とにかく無事で帰ってくる事を祈るしかない。
サナリア領軍が王都の防衛に出向いて70日、戦地からは何の音沙汰もなかった。状況から考えるとすでにサナリア領軍も戦場にいるはずだが、日数的に考えても戦況は変わっていないだろう。
イオナは毎日忙しく領内の町長達と面談し代官ジヌアスと執事スティーブンに相談しながら、領の運営について話をすることが多かった。俺はただイオナから隣にいろと言われ話を聞いているだけだったが…とにかくどこにでもついていった。
あれからは森遊びと言われる射撃訓練には行っていない。マリアはマリアで仕事があり風呂はイオナが入れてくれた。たぶん母親だからだろう俺のリトルモンスターは反応しない。少ししか。
毎日大人達の会話を聞いているだけで疲れてきた。
新入社員のころに先輩の同行営業についていった研修期間を思い出す。何もできないのにいるだけで話を聞くだけだった。ただ凄く疲れた事を思い出す。今も凄く疲れる・・しかし違う意味でだ。新入社員の時のように話を聞くだけ聞くというより、逆に指摘したいことが沢山あるからだ。
まず今は平時ではない。
よって通常の行政ではダメなはずだが、話し合いは有事がおきているとは思えないほど変化がない。
緊急事態であるのだから通常よりかなり柔軟に、しかし強固に決めなければいけないところもあるはずだ。ジヌアスはそういうところに気がつかないようだ。指示され決められたことに関しては堅実にできるが、想定外の事態に対応できないタイプだ。なまじイオナより発言力があるだけに厄介だ。
そして、スティーブンだ。彼は優秀で柔軟な思考を持っているが、身分をわきまえすぎる。自分は下なのだからでしゃばるべきではないと思っているようだ。逆に正論を述べている事が多いので、強気で押して欲しいところでひいてしまう。
そしてイオナだ。彼女は良妻賢母タイプのお嬢様ということもあり理想論をのべすぎる。余裕があり未来の展望が明るいときならいいだろうが、いまは戦時…財政困難になりかねない時である。サナリア領が攻め込まれ滅ぼされてしまえば意味がない。今は断腸の思いで決断すべき時だ。
そんな彼らの関係をみているとイライラしてしまう。発言したい!と思ってしまう。
「通常通りの税収を行っていけば、とにかく破綻する事はありますまい。」
ジヌアスは言う。
「なるほどですな。ただそれですといずれ逼迫した領民の不満がつのりはしませんかな?減税してその分、領民から戦争に協力をいただくような政策にきりかえたほうが、領民も納得するのでは?」
執事のスティーブンが言う。
「いや、こうときこそ平常通りなのが大事なのですよ、スティーブン殿。」
ジヌアスはまげない。代替え案も特にはないようだ。
「出過ぎたことを言いました。」
スティーブンはひいた。
「必ずサナリア軍は敵をくだし帰ってまいります。そうすれば全てもとに戻りましょう。まずは守りに徹し堪え忍ぶは耐え、領民の気持ちの結束を高めれば必ず乗り越えられるはずです。ジヌアスがいうように普通通りの行政にいたしましょう。」
イオナが話をしめた。
いやー話終わってないでしょ・・
今ならまだ領民も疲弊していないし、余力があるいまだからやれることがあるはず。
あの王宮の使者からの戦争の話を聞く限り手を抜けば明日はないはず。いまは身を削って現地の軍隊に物資を供給し、軍人が現地にでている手薄なこの領地を守るため、新たな兵士を徴収すべきじゃないのか?しかも早急に。
疲弊した領民に何を言っても動けなくなったらおしまいだ。俺はそう思うが…まだ7歳の俺に発言権などないし言えない、聞いているしかないのだから大人しくしておく。
俺にしてみれば、なにも成果がない話だったように思うが話は終わってしまった。
いま大変なのは戦場にいる兵士だ、兵士が戦えなくなれば国は終わる。おそらく今までこの国は、これほど巨大な戦争にまきこまれたことはないのだろう。田舎の代官や執事程度では思考停止に陥いるのも無理はない。やはり優秀な領主不在の状態ではこのあたりが限界なのだ。
特にグラムが優秀で王都に呼ばれている期間が長かった分、自領の代官や執事にきっちり教育する時間などなかったはず。まして戦時における計画など立てておけなかっただろう。
これは国の行政の問題でこの3人を責めることなどできない。俯瞰して考えればグラムにいいとこだけ頼り過ぎた王家の在り方に問題があったのだろう。
それほど危機的状況になっていない後方だから出来ることがあるというのに、はっきりした方向性を示さねば領民はバラバラの方向をむいてしまう。ようは一刻を争う時間との勝負なのに…緊急時は即断即決しないとチームは負ける。
「とりあえずお昼にしましょう。」
イオナが促した。お開きになり皆で昼食を取る事となった。確かに食べることは大事だ、頭も回らないし空腹で体力がないといざというとき動けなくなってしまう。
やっといい案がでた。進展があるわけではないが・・
今日のお昼はファングラビットの香草焼きだけだった。めちゃくちゃうまい!粉チーズかけたい。戦場ではこんな料理食えないよな…食ってる場合なのかな・・。
一緒に旅したレナードにサイナス、シャンディにセレス、クレムにバイスの顔を思い浮かべた。イケメンのレナード、キリとしたシャンディ、癒し系美人のセレスに、無骨なサイナス、まだ幼い面影のあるクレムにバイス。彼らはまだ無事だろうか?
皆が食べ始めた時だった。
ヒヒーン!
ドサッ!
外が急にバタバタと慌ただしくなり、大きなこえや人が大勢動くようすがわかった。マリアが真っ青な顔で飛び込んできた。
「ハアハア…奥様はやく!門まで!」
俺たちはテーブルを離れ急いで玄関に走った。
門のそばには馬がいて、使用人が集まっていた。
「どうしました!」
イオナが走り寄る。俺も後ろに続く。
そこにはボロ布に身を包んだ人が倒れていた。身体を半身だけ起こし悲壮感漂う顔でイオナを見つけ手を伸ばした。
「…イ…イオナ様…申し訳ござい…ません…」
そこにいたのは変わり果てたレナードだった。左腕は上腕から無くなっていた。イケメンだった顔は右目から下に切り裂かれ、左目だけが虚にイオナを捉えていた。ボロ布の隙間から血がしたたりおちた跡がある。あまりにもの光景に俺は吐きそうになってしまった。
「レナード!!こんな…どうしました!!皆は…」
イオナが叫び、全員が声をひそめて聞いていた。
「ぜ、全滅です…申し訳ござ…いません」
レナードは今にも生き絶えそうに、途切れ途切れに言った。
「いくらなんでも…あなた1人?とにかく早く屋内へ!手当てを!」
イオナが周りに声をかけ、スティーブンやメイドが動き出したときだった。
「まってください!」
レナードがイオナの袖をつかみ振り絞るように叫んだ。
「な…」
イオナは覚悟を決めたようなレナードの目に息をのんだ。
「もはや時間がないのです。やつらはまもなく…ここに来ます…私は追われて来たのです…」
「やつら?」
「敵軍です」
「もうそんなところまで?グ…グラムは?あの人は?」
「討ち死になされました。」
「そんな…」
イオナは絶句した。
レナードは続けた。
「王家も皆殺しにあいました。その後、各領軍…降伏したの…ですが…有無を言わさず処刑がはじまりました。」
「なんと…酷い」
スティーブンが呟く。
「グラム様は…我々領軍の幹部以外の下のものどもを救っていただくよう…嘆願いたしました…。」
「そ、それで…。」
イオナは振り絞るように聞いた。
「その場で首を落とされました…」
「そ、そんな…」
「それから領軍の2000の兵は皆殺しに…兄さんも…何人も逃げ延びられなかったかと…」
レナードは泣いていた。いやここにいる全員がむせび泣いている。俺も号泣していた。くっそ!あんなに強い親父がそんな簡単に死ぬわけないだろ!カリウスもライナスもシャンディもセレスも?クレムとバイスも?2000人が!?
「何故お主は戻ってこれたのじゃ?」
ジヌアスが聞いた。
「はい…グラム様は投降するまえ…私にこれを託されました・・ラウル様に必ず渡すようにと…。それを持って、投降前に先にサナリア領に戻れと…しかし私はすぐに離れず助け出す機会を伺っていたのです。しかし私は皆が処刑されるのをただ遠くから…みていたのです。」
レナードは血の涙を流していた。唇が噛み切れてもうイケメンの面影はない凄惨な表情をしていた…
「ラウル様…これを…ラウル様だけが見るようにと…。」
「はい、僕にですか?」
俺はそれを受け取った。それはグラムのサインが入った書簡だった。
「確かに、渡しましたよ。」
「とにかく医務室へ!回復魔法が使える者を教会から…」
ジヌアスが叫んだときだった。
「いえジヌアス様…私はもう助かりません。そんなことより、とにかく今すぐ領民に逃げるよう通達してください。そして皆さんもいますぐお逃げください…私はゴフッ!!」
レナードは大量に血を吐いた。
「レナード!」
イオナは鬼気迫る顔でレナードの手を握り、しかし全てを悟ったようだった。
この国は終わったのだ。
「イオナ様…当主様を残しおめおめと帰ってきたことをお許しください。そして、生き延びて…それがあの方からの…最後の….。」
レナードの目から光が失われた。
「レナード!」
イオナはレナードを抱き起こした。
「あの人の願いを聞いてくれてありがとう。」
レナードは死んだ。
イオナはそっとレナードの目を閉じた。
レナードの遺体を医務室に運び込んで、屋敷のものをみな来客用のホールに集めた。イオナの雰囲気が変わった。イオナは皆の前に立って言った。
「みなさん今日でフォレスト家は解体します。みな自身の家族のもとへ戻り北へお逃げなさい。当てがなくてもいい。残虐無慈悲な敵国が見逃すとは思えません。余裕はありません、脱兎のごとく着の身着のまま逃げましょう。」
するとジヌアスが、
「いや!領を棄てるなど…馬鹿な!そんな…」
執事のスティーブンがさえぎった。
「イオナ様の言う通りでございましょう。逃げねば皆殺しにあいます。」
ジヌアスが食い下がった。
「一般市民には手をだすまい、話し合いで解決できると思うがな。」
スティーブンはいつもと違った。
「いえ、ジヌアス様。もうフォレスト家は解体されました。1人でも多く生き延びることがグラム様が我々に託された意志です。」
ジヌアスはあきらめきれないようだった。
「いやスティーブン殿この領の代官は私だ、私の意見が…」
イオナがさえぎった。
「いえジヌアス。おそらく敵は人ではありません。人にできる所業ではないわ!一刻を争います。民を生かすのです!これはあの人の最後の意思です。領主の最後の願いです。ひとりでも多くの民を助けましょう。」
イオナは鬼気迫る顔で涙を流しながら諭す。
「わかりました。それではみなそれぞれの家に帰り準備ができ次第すぐに逃げるのだ!それでは私はすぐに早馬で町長がたの元に走り伝えます。」
ジヌアスも腹をくくったようだ。
「もし聞き耳をもたぬ領民がいた場合、いかがなさいましょう。」
スティーブンが聞いてきた。
たしかにそうだ。この現状を見ていない領民は信じることはないかもしれない。自分の身を自分で守れと急に言われても兵士はどうした?と思うだろう。全滅したなどと言われてもすぐに理解できないと思う。
そして、すぐそこまで敵が来ていると言っても、あとどのくらいの猶予があるのかわからない。家財一式を捨てて出る民がどれだけいるだろうか?
「はい、やはり理解できない人もいるでしょう。グラムは「出来るだけ多くの」と言いました。全ては無理かもしれません力を尽くし今日の深夜まで、できるだけ浸透させるしかありません。私とジヌアス、スティーブンで町長や商会長に伝えましょう。他の者はすぐにお逃げなさい。」
「ギルドに助けは?」
マリアが聞いた。
「いえ、相手は世界の半数以上を侵略した帝国と連合軍。いかにギルドが中立の世界的組織とはいえ、世界を相手にはしないでしょう。ギルドは協力はしないが敵にはならない程度に考えねばなりません。冒険者も安全とは言えないでしょうし護衛ですらしてくれるかどうかわかりません。」
イオナが答えた。
「はい」
「ではみな無事を祈ります。行きなさい!」
「イオナ様。嫌です!私は最後までお側にいます。石にかじりついてもおります。」
セルマが言った。
「私も離れたくはありません!命令でも従いません」
「私も!嫌です!」
「私もおそばに!」
「みんな…」
イオナが目頭を押さえる。
「でも私には皆を守ることができません。」
「「「いえ!私たちがお守りするんです。」」」
「でも…」
イオナが躊躇する。
するとジヌアスとスティーブンが言う。
「イオナ様!ここの皆とお逃げください。私達で最後まで領民を導きます。」
「そうです。貴方様はこのサナリアの希望なのです!生き延びてください!お前達!イオナ様とラウル様をお守りしておくれ。お前達だけが頼りだ。」
「「「はい!」」」
イオナは嗚咽を堪えることが出来なかった。
「し、しかし領民を置いては…」
イオナが苦しい声で言おうとすると、ジヌアスが言った。
「我々サナリア領民は貴女が大好きでした。皆が貴女を太陽と崇め、あなたの姿を見るだけで幸せでした。」
スティーブンも合わせて言う。
「そう、このサナリアの民はみな貴女に生きてもらいたいのです。貴女に死なれてしまえばあちらでグラム様にあわせる顔がない。何卒我々の願いを聞き入れていただきたい!」
メイドもみなが声を合わせて言う。
「イオナ様、行きましょう。」
マリアが言った。
「マリア…」
「さあ…」
「母さん!生き延びましょう。そして僕は必ず我が領を滅ぼした奴らに鉄槌をくだします。これほどの非道な行いをやったやつらを絶対に許さない。僕の大切な人を殺したやつらをかならず後悔させます。」
今日、俺は世界を相手に戦うことを心にきめた。
そしてこれからの過酷な人生に正面からぶつかる事にした。
許さない
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