第198話 大帝国皇帝代理
城内はとても広く兵士がそこら中にいた。
しかし・・鏡面薬を使って不可視になった俺達に気が付くものは一人としていない。俺からは暗視スコープごしにカララとアナミスがら見えている。シャーミリアとファントムは暗視スコープでは見えないが、この2人とは視界共有ができるため位置がわかる。
恐らく相手が父さんの師匠ルブレスト・キスクだったなら間違いなく気が付かれているだろう。
《なんだろう・・俺のバルギウスに対する認識が変わったよ。》
《ラウル様。認識とは?》
アナミスが問う。
シャーミリアとカララは俺の言っている意味が分かったようだ。
《ああ。今までの戦いや強い騎士などを見てきて、もっと強大な力を感じていたんだ。》
《なるほど・・そういうことですか。》
どうやらアナミスも気が付いたようだ。
《この国を見て城を視察してみて思った事は・・普通の国だという事だ。》
《ご主人様のおっしゃるとおりです。》
《シャーミリアはどう考える?》
《はい。陰で操る者がいるとみて間違いないかと。》
《だよな。》
《ラウル様・・それがファートリア神聖国だという事なのでしょうか。》
《ああカララ。今までの情報の断片を繋ぎ合わせていくとそうなる。》
《であればこの国にはあまり意味がないと?》
《まあそうだ。》
念話で話しながら城内を歩いて行くが、やはり俺達に気が付くような手練れがいない。どうやら今まで戦った大隊長や小隊長クラスの人間は城内にはいないようだった。
バルギウス城内の廊下は立派なもので、ラシュタルの城とは比べ物にならないくらい贅沢な装飾が施されていた。絨毯も柄物で毛足が長い。窓やドアの装飾がいちいち豪華すぎて俺の趣味じゃないが。
《この絨毯・・足が沈むから明るいところでみたら、俺たちが歩いてるのもバレバレだな。》
《左様でございますね・・ファントムの歩いた跡がすぐ戻りません。》
シャーミリアに言われてヤツの足元をみると、ファントムの歩いた跡がめっちゃ深い。
《本当だ!気がつかなかった!これは早めに出なきゃ不法侵入がバレるな。》
《ラウル様。この国の法を気になさるのですか?》
《気に・・してない。》
《ふふっ、だと思いました。》
アナミスに笑われる。
俺たちはさらに人の気配のする方向に向かう。すると廊下の向こうから大勢の兵がやってきた。廊下いっぱいに広がってやがる。
広がって歩くなんてマナーが悪い。肩がぶつかる?
《ヤベ!》
《ラウル様ご安心を》
カララが言うと俺の体が宙に舞った。糸で上げてくれたようだった。兵士たちは俺達の方にぞろぞろやってきた。
「まったくよお、なんであんなどっからか急にきたのが、2番大隊長なんだよ。」
「おまえ!皇帝陛下がお決めになられた事だぞ!」
兵士達が何やら話しながら通り過ぎて行く。
「だっておかしいだろ。先の大戦も知らないんだぞ!」
「確かに俺もおかしいとは思うが、皇帝陛下は絶対だ。」
「てか前の2番大隊長はどこに行ったんだ?」
「わからん。俺に分かるわけがないだろう。」
「あと9番大隊のジークレスト。あいつが大隊長なら俺だってやれるぜ。」
「あの大戦以降、いろいろと様変わりしたからな・・とにかく俺にはわからん・・」
「だってよお・・・あんなのが・・」
「馬鹿!あまりそんな事言ってると虹蛇に祟られるぞ。」
「・・・それも本当なのかね?」
「さあてね」
話しながら歩く兵士たちには、どうやら2番大隊長と9番大隊長が気に入らないようだ。俺たちには気づかずに通りすぎていく。
シャーミリア、アナミス、カララ、ファントムもみんな天井に張りついているようだった。
兵たちの話し声が遠ざかっていった。
みんなが再び廊下に降り立つ。
《なんか、2番大隊長はポッと出らしいぞ。》
《そのようです。》
《9番大隊長はなんとなく不満なのはわかる。》
《はい。》
俺たちは兵士達が来た方向に向かって歩いていく。すると1人の兵士がひとつの部屋のドアの前に立っていた。俺たちが無造作に近づいていくと兵はこっちを見た。
《ん?あいつ、いま気づいたよな?》
たくましいが大隊長達ほどではなく細マッチョの感じだ。どうやら部屋を護衛している兵らしく、歴戦の兵士・・いや・・年老いた兵士と言う表現が正しい。
スラー
老兵は俺たちの方に向けて剣を抜いた。自然体で殺気もなくゆらりとこちらへ動く。
《気づかれた?》
《そのようで・・》
迷わずに俺たちの方に向いてくるのだが、目線は合っていない。
《いかがなさいますか?》
《手をだすな。》
老兵は迷わずカララのそばまで来て剣を振り下ろした。その剣は老剣士とは思えぬほど冴え渡り、目に見えぬスピードで寸分違わずカララの頭頂へと達した。
シュ
カララはミリ単位の見切りですでに見切っており、剣は鼻先をかすめ下に降りていく。しかし剣は中段ほどから急に上に跳ね返りカララの上半身を刈ろうとした。
サッ
それもスウェイバックで紙一重でかわす。老兵の剣筋は尋常じゃない。
《アナミス》
俺はすぐにアナミスに声かけをする。
薄赤紫の甘い香りの霧が充満すると、一気に老兵を取り囲む。俺たちの姿が霧のせいで軽く浮かび上がった。
ガクン
一瞬老兵の膝が折れるが、また行った刀が返ってきた。それもカララはやすやすとかわしてみせる。
「グレ・・・」
トン!
老兵に叫ばれる前に、シャーミリアが老兵の首筋に手刀を下ろし意識を刈り取る。
スッ
シャーミリアが老兵を支えて音もなく座らせた。
《凄いな・・・》
《人間にしては鋭いかと。》
カララが答える。
《いや違う。カララがだよ。》
《あ、え?私ですか?特に避けただけですが?》
《相手の剣には殺気がなかったぞ、剣筋が霞むようだったし。よく避けたりできるな。》
《あの・・止まっているかのようでしたので。ギレザムの剣速に比べればあくびが出るほどかと・・》
《・・・そ、そうか・・》
えっと君スナイパーライフルの弾も避けたりしないよね?いや・・すると思った方が良いのかな?
《一応、剣に魔法がかけられているようでしたので、避けたほうが無難かと思いまして・・・》
《むやみに殺さないでくれてありがとうな。》
《そういうご指示でしたので?》
そうだった。
その時、部屋の中から声がした。
「どうしたの?」
どうやら室内にいる人に気づかれてしまったようだ。最後にほんの少し老兵が口走ったのを聞いたのだろう。室内から声がかけられた。
《ご主人様!部屋にいるのは人間ではございません。》
シャーミリアが言う。
《デモンか?》
《いえ・・それとも違います。》
《ラウル様?気配が近づいてまいりますが?》
《構えろ!》
俺は慌ててリュックから鏡面薬を取り出し、座らせた老兵にふりかけた。みるみる視界から消えていく老兵。
シャーミリアは爪をカララは糸を出して構える。
ガチャ
ドアが開いて誰かが顔をのぞかせる。
「はあ?誰も居ないじゃないか!職務怠慢だぞ!」
顔を出した女の子が言う。
ドアを開けて出てきたのは、髪の毛がカラフルな女の子だった。目がキリリとしていて鼻がツンっと尖っている。どことなく可愛らしい雰囲気のある少女だ。背丈もそれほど高くない。
「おーい!」
女の子が声をかけても周りには誰も居ないようで、人が来ることはなかった。
「オンジ?」
廊下の端まで行って声をかけるが、誰も来ないのが不安になったようで、慌てて室内に戻って静かに鍵を閉めた。
その動作のあいだに俺たちは室内に入り込んでいた。
女の子はぶつぶつ言いながら、ベッドに潜り込んで布団をかぶってしまった。部屋には女の子が一人だけのようだ。
「まったく、なんでこんな事に。美味いものが食えるって言うから来たのに、騙された・・」
ぶつぶつが止まらない。
声かけてみようかな?
「あの・・」
「ぎゃあああああああ!!」
少女はものすごい金切り声で叫んだ。
「聞こえません。聞こえませんでした。なにも聞こえませんでしたよ」
少女はぶつぶつと言っている。
「あの。」
「ぎゃあああああああ!!」
布団にくるまってしまった。
「だから・・だから古い城なんて嫌なんだ。ぜーったい出るに決まってるんだ。聞こえません聞こえません。」
「聞こえてるのわかってますよ?」
「うっぎゃあああああああ!!」
そうだよなそりゃ怖いよな。なんかこの状況利用できそうだ。
「うらめしやぁー」
「うっぎょぎゃあああああああ!!」
「私はこの城の先祖です。」
「ぎぃえええええ!」
「黙って聞かないと呪い殺しますよ。」
「はい!はい!わかりました!聞きます!聞きます!」
少女は少し大人しくなった。
「お前は皇帝の子か?」
「違います!だから呪い殺すのは筋違いです!」
「じゃあ誰なんだ?」
「グレース。グレース・ケイシーラと言うチンケな者でして、」
ウソ?コイツが2番大隊長?ウソだろ?姫とかだと思った!
「お前は、なんでこんなところにいるんだ?」
「それは・・・」
「言え!言わねば食うぞ!」
「なっ!なんで!あっ我輩は人間じゃないし!食っても美味くないし!意味無いし!」
「言わぬ気か?」
「い、、言うでゲスよ!」
「じゃあなぜなんだ?」
「あの、皇帝って人に美味しいものいっぱいあるからって、2番大隊長やったらお金もいっぱいくれるからって!不自由しなくて済むって!」
「元は何をしていたんだ?」
「野で自由に生きていたら、奴隷商に捕まって売られるとこでした。」
「そんな奴をなんで皇帝が?」
「なんだか分からない。分からないけど魅了されないとかなんとか。」
「皇帝は?」
「任せるとか言って出ていっちまったきりなんだ。」
いったいどう言う事だ?なんでこんな奴を重要な2番大隊長に任命したんだ?
謎が深まる。
「今2番大隊長とか言ったな?ここで1番偉いのはお前か?」
「あ、あの・・・」
「食うぞ!」
「へい!そうなんでゲス!あっしが一番偉いんでゲス。それで自由がなくなり思いっきり不自由になったんでやんす。」
「なんで部屋から出ない?」
「だって兵隊が敵が来たとか言うんでやんすよ。生まれてこのかた戦った事なんてないのに、戦って指揮しろとかって言うんでゲス!馬鹿でしょやつら。」
・・・・・・
なんて。なんて卑屈なんだ。威厳もへったくれもない。
「だからぁー、あっしのこと見逃してほしいんでやんす。」
顔がかわいいのに始末が悪い。なんでこんななんだ?
「今まで戦った事がないのに、よく2番大隊長とかなんでやらせるんだ?」
「それが吾輩にもさっぱりでして・・生き物だって殺したことないのに。」
謎だ。今まで会った大隊長はみな屈強な筋肉だるまの兵士だった。これが役に立つはずがない。
「わかった。」
「見逃してくれるので?」
「ああ、いま攻めてきている軍に朝一で降伏しろ。さすれば食わないでいてやろう!」
「あー!やるやる!降伏でもなんでもしちゃう。だから許して。」
「よし!約束だぞ!」
「へへっ。もちろんでやんすよ!」
「じゃあ窓を開けてくれ。」
俺たちはグレースの開けてくれた窓から、夜の空に飛び出すのだった。
「不思議なヤツだったな。」
「はいご主人様。なぜあのような者が重要な役回りをやってるんでしょうか?」
「謎だよ・・」
城の玄関口ではまだ兵士達が揉めているようだった。
大丈夫なんだろうか・・