第197話 帝国の民と大臣
帝都の中の家々は明かりもなくひっそりと静かだった。騒がしいのは路地にいる兵士達だけ。
俺達は鏡面薬を使い、カメレオンの様に身を隠して都市内を散策している。
路地には敵兵がウロウロとしているが、先ほど北門で俺の話を受けた兵士がやってきて説得している場面に出くわす。
《あいつら真面目にやってるぞ・・》
《そのようで・・》
《・・あんな調子で朝までに集められるのか?》
《ラウル様の高い要求を乗り越える事が出来ねば、死あるのみですから・・必死ですわね。》
カララが言う。
歌では死なないんだけどな・・・
俺達は全て念話で話していた。
昼の戦いで15万の兵が消えた効果もあり、LRADの音波直接攻撃がものすごく有効に働いているようだった。
けっして・・俺のJPOPが影響を与えているわけではない!
《ご主人様の特にあの・・最後の方に歌われた・・》
《ああラップね。》
《はい。あれは殊更に魂に響いたのでございましょう。》
《なるほど・・ラップがか・・》
《そのラップが素晴らしかったですわ!》
ミリア・・褒めてるけど・・傷ついてるから・・俺。
バルギウス帝都はとても近代的な感じがした。ユークリット王都やラシュタル王都に比べると背の高い建物が多い。
《まあ・・今のグラドラムよりは中世の建物よりだが。》
グラドラムはドワーフと魔人とミゼッタのおかげで近代観光都市の様になってしまった。
とはいえバルギウスの建物もそれほど古風な感じはしない。若干近代的な雰囲気がありおしゃれな街並みだった。道が碁盤の目の様に区画整理されていて洗練されている。
《どっかの家に入ってみようか?》
《はい。》
俺達一行は少し大きめの屋敷を選んで入っていく。庭には綺麗に剪定された植木が並んでいた。きっとお金のある家なんだろう。
《中に人がおります。》
《大丈夫だ、そっと入るだけだ。》
カララがスッと手をかざす。
カチャ
鍵が静かに空いた。
《ファントムはここで見張っていろ。》
「・・・・・・・・・・・・・・」
よし!いつも通りの安定した返事だ。
もちろんファントムにも鏡面薬をかけているので見る事は出来ない。
俺達は音を立てずにスッと中に入っていく。すると・・話し声が聞こえてきた。
「私たちはみんな死ぬのでしょうか?」
女の声だった。
「そんなことはない、騎士様達が守ってくださる。」
答えるのは男の声だ。
会話に聞き耳をたてる。
「そうなのでしょうか?都市の外に出るなと言われ、昼には恐ろしい雷のような音が鳴り響き、騎士たちはまだそのあたりを右往左往しているようですわ。」
「ああ、その様だ。」
「そして先ほどのあの恐ろしい声。きっと軍は触れてはいけない物に触れてしまったのです。」
「そんな馬鹿な話があるか。」
「商人や騎士の奥方たちの間ではもっぱらの噂ですよ。軍は世界中の民を殺すような非道な行いをしているのだと・・それが神の怒りに触れたのだと。」
「それは私も聞いている。しかし我が国の騎士道精神においてそのような事をするはずがない!デマだよ。」
「騎士の奥方たちが言っておられるのですよ。無抵抗の者を殺し続けているのだと・・」
「不敬だぞ!そのような事を我が国の騎士がするわけがないだろう!」
「ではなぜ戦争は終わったというのに、武器商人である当家がこんなにも繁盛して栄え始めたのです?」
「それは・・」
「やはり軍部が何かをしているのですわ。」
「おまえ・・あまりそんなことを他所のご婦人方と話すのをやめなさい。」
「だって・・普通の商人の方達がファートリア神聖国にしか行けなくなったと、奴隷商だけがやたらと儲けていると・・そして武器商人のうちも悪い事をしているのではと勘繰られるのです。」
「そんな・・」
なんの因果か俺達は武器商人の家に忍び込んだようだった。
夫婦が軽い口論をしているようだ。そして夫婦の会話を聞いていて分かる事があった。どうやらバルギウスの一般市民は世界で起きている事を知らされていない。奴隷商以外の商人は輸出入の制限をかけられて商い先はファートリア神聖国だけと言う事だ。
「なぜ奴隷商だけが北のユークリットやラシュタルに行けるのですか?普通の商人や私たちが、ファートリア神聖国との商いしか許されていないのはなぜでしょう?」
「わからない。そういう許可しか出ないんだ。」
「何かがおかしいと思いませんか?」
「それはそうだが・・身動きが取れない以上どうする事も出来ん。」
「奴隷商なんかが北に行くのはおかしいのです。ユークリットやラシュタルに奴隷の風習などないと言うのに・・不正に奴隷を買い付けているかもしれませんよ!」
「だが!そうだからと言って、我々にいったい何が出来るというのだ!」
「・・・まあ・・そうですわね。」
話が終わってシーンとした。
「子供たちはどうだ?」
「先ほどの恐ろしい声のおかげで寝つけなかったようですが、ようやく音が収まり寝てくれましたわ。」
「よかった。」
「あれは・・あの頭に直接響いてくるようなあれは・・人間の物ではありませんでしたわ。」
「ああ・・」
「これから子供たちに何もなければいいのですが・・」
「大丈夫だ。神は見守ってくださっている。」
「はい。」
どうやら、この世界中で起きている事を知らずに生きているようだった。だがひずみは感じ取っているようで家庭内に不和がおきている。
《ただ俺は・・歌がそんな影響を及ぼしてる方が気になるが。》
「私は子供たちの所にいます。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
ガチャ
俺達の前の扉が開いて女性が出てきた。そのまま2階に上がっていく。
開いた扉の隙間から中を覗いてみると、男がテーブルに肘をつけ頭を抱えていた。
「神よ・・我が子だけでもお救い下さい。」
父親の悲哀を感じる背中だった。
俺はほんの少しグラムの背中を思い出す。ここまで追い詰められる事はないが、たまに酒を飲みながらボーッと何かを考えている事があった。
あのとき彼は何を考えていたのだろう?今となってはもう知る由もない。
《よし。この家はもういいや出よう。》
《かしこまりました。》
俺達は家を出てカララがまたドアにカギをかけた。
《奴隷商があると言っていたが・・》
《この広い都市ではどこにあるのか見当もつきません・・》
《だな。何件あるのかもわからん。》
《それでは都市の外に戻られますか?》
《いや・・城を見に行ってみようよ。》
《城に・・でございますか?ご主人様それは・・危険では?》
《いや・・俺の勘なんだが、おそらくこの都市には何もないかもしれない。》
《わかりました・・鏡面薬が切れる前には出ましょう。》
通りに出ると城がどちらにあるかすぐにわかる。だいぶ大きい城でユークリットの城と同等くらいの大きさがあるかもしれなかった。
俺達は城に近づいて行く。
城に近づくにつれて・・兵士の数が多くなってきた。門周辺で説得に向かった兵と、城の護衛をしている兵が話し合っているようだ。
「そのような世迷い言をうのみにするわけにはいかない!」
「あの日中の攻撃を見たではないか!さらに先ほどのあの声を聞いたか!我々に勝ち目などない!」
「バルギウス帝国の面汚しが!そもそも貴様が大隊長などと!」
「だから!グレース様に会わせろと言っているのだ!」
どうやら先ほど俺と話をしたジークレスト・ヘイモン9番大隊長と、誰かが揉めているようだった。降伏を承服できない兵と口論になっている。
「皇帝が留守の今!グレース様に全権を一任されているはず!この話をして判断を仰ぐだけだ!降伏するなどと決めたわけではない!」
「グレース様に・・いや!会わせるわけにはいかない!」
「一大事だというのに・・」
あらら・・だいぶ揉めている様子だ。こっちはどっちでもいいんだけどね・・でもこんな調子で明日の朝、北門の外に兵がそろうのかね?
かわいそうだが・・
《よし!シャーミリア!グレースって奴を見にいこうよ。》
《はいかしこまりました。》
《ファントムは私が連れてまいります。》
《頼むカララ。外壁を上るのにファントムだと壁に穴を空けてしまいかねないからな。》
《はい》
城の周りにはお堀があり橋はあげられていた。とりあえず俺達は難なくお堀を飛び越えて上空へ昇っていく。
《城には明かりが灯されているようだな。》
《そのようです。》
俺達はフワフワと外を飛んで灯りのともされている窓の中をのぞく。兵たちが居る部屋もあったが・・どうやら国の重鎮らしきものが数名でテーブルを囲む部屋もあった。
《こいつらの話を聞いてみよう。》
《かしこまりました。》
窓の外のベランダに降りて中の話に聞き耳を立ててみる。
「防衛大臣!どうなさるおつもりですかな?かなりの兵が殺されてしまったそうではないですか!」
「相当な軍勢が攻め入って来たと聞く、こちらの50万にたいして100万の兵が来たとも。」
「その敵影はどこにあるのですか!?」
「それが・・わからない。そもそも財務大臣のあなたから言われる筋合いは無いと思うのだが!」
「そんなことはない!兵が15万も消えたと聞く。それがどれだけの損失は分かっておいでか?」
「それはまだ未確定だ。斥候を出したが死体などどこにもないのだ。」
「どういうことなのです?」
「明日の朝、日の出とともに調べさせるつもりだ。」
どうやら防衛大臣と財務大臣が争っているようだった。
「そして・・念のため、皇帝の代理であるグレース様のご意見も聞かねばなりません。」
もう一人のさらに偉そうに見える男が言う。
「宰相!お言葉ですが第2大隊長の意見を聞くというのは・・」
「いや。皇帝陛下の代理としてここにおられるのです。彼女の意見無くして何事も決まりません。」
《なるほど・・宰相より大隊長の方が偉いのか・・まあ皇帝の代理とならばそうだろうな。》
「しかし・・」
どうやら防衛大臣と財務大臣の意見は同じようで、第2大隊長の意見を聞くのに難色を示している。
「どうやら・・城の外が騒がしい様ですが?」
「国璽尚書なにか?」
「本当だ・・・また外が騒がしくなってきた・・」
国璽尚書と呼ばれた人が窓を開け放って皆がベランダに出てきた。
その隙に俺達は城の内部に潜入する。外で騒いでいるのは降伏を促すために来た兵士とそれに抵抗する兵士だ。どうやら城の上までその喧騒が聞こえてきたらしい。
「どうやら兵が揉めているようですな。」
「ちょっと下に行って調べてきなさい!」
「はい!」
壁際に立っていた兵士が部屋を出ていくのだった。
そのドアが開いた隙に俺達は音もなく城の中に潜入したのだった。