第196話 降伏までの猶予
再びバルギウス帝都の北門が開いた。
そして・・ぞろぞろと人間が出てくる。
まるでゾンビのようだがもちろん人間だ。兵士たちが何かにやられて手を上げて出てくるのだ。
《・・彼らは何にまいっているのか?・・不本意だが俺の歌だ・・》
這いつくばって吐いているやつもいる、天に向かって祈りを捧げるやつもいる。
俺の心はガンガン削られていく。
「こ・・降参だあ・・もうやめてくれぇ・・」
「ひ、ひと思いにいっそひと思いに!」
「子供が・・子供たちが・・泣いて。」
「耳を塞いでも聞こえてくるんだぁ・・」
LRAD長距離音響発生装置から流れた、俺のJPOPがそうさせているのだった。この際それを有効に利用するため、たくさんの兵をアナミスの催眠により北門に呼び寄せ、そして俺のJPOPを聞かせた。
「わかりました!それでは私たちの革命に賛同していただけるという事ですね?」
「な・・なんでもする!」
「どうしたらいいんだ?家族を差し出せば助けてくれるのか?」
「いっそのこと国ごと燃やしてくれるんだろ?」
こいつらは・・何を言っているんだろう。
「いや・・そんなことはしないです。」
すると北門の奥から一人の男が兵たちの前に歩いてやってくる。どうやら隊長かなにかのようだ・・鎧や飾りが他の人より豪華だった。
「失礼ですがあなた様がたは、なにを御所望なのです?」
その神経質そうな隊長らしき兵士が言う。
「あなたの名前は?」
「ジークレスト・ヘイモンと申します。今しがた兵に呼ばれてここに来たところ、先ほどの念がおくられてきまして・・。」
念って・・
「なるほど。」
この男、真面目そうだが気が小さそうだ。どうやら部下たちに連れられてここに来たらしい。中間管理職のような印象がある。
「あなた様がたは?」
「革命家です。名をラウル・フォレスト。ユークリット王国サナリア領主グラム・フォレストの息子と言ったらわかるでしょうか?」
「あ・・あなた様が・・」
ザッ!
ジークレスト・ヘイモンが見事な土下座をした。
「あの素晴らしき騎士のご子息様でしたか!お父様は名誉の戦死をされました!しかし・・我々はあのような事をするべきではありませんでした!!」
「父さんを知っているのか?」
「は・・はい!私もあの場におりました。しかしながら家族をここに残しあの場で軍に逆らう事など到底出来はしませんでした。」
「父さんの首を跳ねた奴は?」
「1番大隊長のブラウン・カベット様です。」
「そいつはどこに?」
「帝都にはおりません。」
「だから・・どこに・・」
イラっとした。
「それがどこに行かれたのか、下々の我々には知らされておりません!皇帝陛下の護衛として出て行ったきりなのです。」
そうか・・皇帝はいないのか。
「あの戦いの時ユークリット軍が全面降伏をしたと聞く。その時バルギウスが何をしたのか聞かせてくれるか?」
「はい・・ユークリット王家が皆殺しにされたことにより、全てのユークリット兵が降伏をしました。私はそれで終わりなのだと思いました。終戦協定を結び有利な条件での国交を始めるのだと・・ところが違いました。」
「どうなった?」
「1番大隊長が無抵抗の兵士の首を跳ねたのです。」
「無抵抗の・・」
「それがあなたのお父上でした。」
「それで?」
「あの誇り高く強い騎士の殺害を目撃した一部のユークリット兵たちが抵抗をはじめました。そしてそれを合図とばかりに・・当方のバルギウス兵とファートリア神聖国の魔法師団と聖騎士団、そして多数の魔獣たちが、ユークリット兵たちを蹂躙したのです。」
「そうか。」
「無抵抗の者も全て斬捨てられました。」
「そういうことか。」
やはり胸糞悪い話だった。だが・・こいつの話を聞いていて思った事は、命令で仕方なくやったやつらもいるという事だ。
俺はどうすればいい・・
少し考えてみたが答えは出なかった。
「バルギウスの総兵力は分かるか?」
「それは・・」
ジークレストは口ごもった。軍の機密情報を話す事をためらったようだ。
「答えなければ帝都を滅ぼす。」
「・・・はい。総司令である皇帝率いる1番大隊から10番大隊まで総勢100万の兵がおります。いまここに残っているのは2番大隊長のグレース・ケイシーラ様と50万の兵です。」
「女?」
「はい。」
「他の大隊長は?」
「4番大隊長のグルイス様はグラドラムから帰ってきていません。3番大隊長レギル様と6番大隊長ドロス様はラシュタルから帰還しておらず、グルイス様とご友人だった8番大隊長バウム様は、隊長をおやめになり特使としてグラドラムに・・それも帰ってきておりません。」
「5、7、9の大隊長は?」
「5番大隊のゼイン様は南の元シン国へ。7番隊のラグドル様は元シュラーデン王国へ派兵されております。」
なるほど・・シュラーデンにはマーグの隊が行っているから・・ラグドルとやらの命はないな。
「9と10がいないが?」
「はい、10番大隊長のジャヌルは先ほどの戦いで死にました。9番大隊長は・・いまは・・」
「今は?」
「私が引き継いでおります。」
「え?お前が9番大隊長?騎馬に乗っていた男よりはるかに弱そうだけど。」
「あの。力だけで決まるわけではありませんので。」
「あ、そういうことね。」
この時ラウルは知らない事だったが、ジークレストはいろんな上官に取り入ったり、各方面の調整役などで買われて9番大隊長まで昇進していたのだった。ユークリット女神捜索隊の時はまだ小隊長だったが、9番大隊長の失踪を期に昇進したのである。
「2番大隊と9番大隊、10番大隊の配下50万の兵がこの帝都に残っておりました。」
「隊は上に行くほど人数が多くなるんじゃないのか?」
「逆です。上に行くほど少数精鋭となっていきます。」
「北に攻め入って来たのはどこも数千人単位だったが?」
「はい。あと半数はファートリア神聖国と南に派兵されました。」
ファートリアか・・やはり本丸はそっち?南に派兵というが・・どういう事なんだ?南にはどんな国があるんだっけ?
「今この都市の軍の総大将は2番大隊長ということか?」
「・・・はい・・」
「そいつはどこに?」
「城におります。」
「連れてこい・・」
「いや・・あの・・それは・・」
「どうした?」
「怖がって部屋に入って鍵を閉めて出てこなくなりました。」
「総大将がか?」
「はい総大将が・・」
なるほど話を進めたいのだがどうしようもない。
「じゃあわかった。2番大隊長と残りの軍総勢35万人を日の出までに北門の前に連れ出せ。そのうえで降伏勧告を出す。もしその時降伏しなければ徹底抗戦しても構わない。そして日の出までに全軍が北門の前に集合しなければ、降伏しないとみなし総攻撃を開始する。それらの事を全て9番隊のお前の指示でやれ。」
「っわ!私の指示でですか!!そんな・・私の命令など2番隊の兵が聞くとは思えません。今ここに居るのは私の兵ばかり!とてもそんな真似は・・」
「出来ないというのならそれまでだ。」
「そんな・・・もう少し猶予を。」
「無しだ。明日の日の出までの数時間でだ。それでやれ。」
「う、うう・・。」
するとその隣にいた兵士が言う。
「ジークレスト様!もうやるしかないのでは・・またあの精神攻撃を受けてしまえば、おそらくこの都市は崩壊はおろか・・屍人の街になってしまうでしょう。」
《いやいやいやいやそんなことにはならねーよ!!》
《殺しますか?》
《いやいやいやいやとにかく我慢だ!》
《はい。》
念話でシャーミリアを抑える。
「でも・・グレース様を・・ここに・・できるものかな?」
「やるしかないでしょう。そうでもしなければこの方達の言うとおりになるでしょう。」
「・・わ・・わかった!わかりました!全力を尽くします・・それまでどうか!どうかお待ちください!」
「俺達も約束は守る。夜明けまでは何もしないでここで待つ。」
「わかりました。おい!ここに居る兵は全て聞いたか?他の隊の兵士の説得とグレース様を連れてくるんだ!」
「そんな・・不可能では・・」
「あの呪詛をすべてが聞けば・・あるいは・・」
「・・無理だ・・そんなこと出来るわけが・・」
「もう・・やるしかないのか・・生か死か・・」
「とにかく!!この方たちの気が変わってしまう前に動け!」
「は、はい!」
「いそげ!」
「そ・そんなぁ・・」
そこにいた兵士たちは脱兎のごとく都市の中に入っていった。
城壁内が騒がしくなった。
「どうかなぁ?」
「ラウル様のおっしゃることです。奴らにはそれを遂行するしかないでしょう。」
「ふふふ・・ご主人様・・結局のところ自国を滅ぼした片棒を担いだ者どもを、お許しになるつもりはないのですね。朝まですべてを説得するなど・・」
「兵士だけを消していくのは骨がおれそうですから、北門前に集めて一気に消す作戦なのですか?」
アナミス、シャーミリア、カララが言う。
「どうだろうな・・俺の故郷をあんな目に合わせたやつらだからな、許すつもりはないのだがな。あいつらがどういう動きをするのか見てみる事にするよ。それから決めるわ。」
「かしこまりました。それでは一度、エミル様のもとに戻られますか?」
「大丈夫だ。無線で伝えることにする。」
俺は無線機を取りだしてエミルに伝える。
「エミル聞こえるか?」
「どうした?」
「日の出まで休戦だ。」
「わかった。明るい方が飛びやすいしな、うずうずしてるよ。」
「セルマは?」
「なんかヘリの前で分解した迫撃砲の破片で遊んでるよ。」
「なにしてるの?」
「なんかね、手裏剣みたいに投げつけて地面に刺してる。器用なもんだよ。」
「セルマは人間時代には器用なおばさんだったんだよ。料理も最高だったし。」
「納得。」
「だろ?それじゃあ連絡を待っていてくれ。」
「わかった。」
そして俺は無線を切った。
まだまだ時間はある。日の出が何時ごろになるかはわからないが・・どうなるものか?
・・・・・・・・
・・・・・・・暇だ。
「あのさ・・シャーミリア。カララ。アナミス。」
「どうなされました。」
「こっそり帝都内に潜入しねえ?」
「喜んで。」
「ご主人様がご興味おありでしたらお連れします。」
「楽しそうだろ。ほら・・まだリュックにデイジーさん特製の鏡面薬が入ってるんだよ。」
「それではみんなでそれを使って?」
「そうそう。せっかく来たのに帝都とかゆっくり見たいじゃん。」
「わかりました。ご主人様が言うのであればねえみんな。」
「そうですよ。私も見てみたいと思っていました。」
「行きましょう行きましょう!」
シャーミリアもカララもアナミスもまんざらではないようだった。
「カララ。全員の兵器を全てばらしてくれ。」
「かしこまりました。」
M61バルカン弾倉パック付き、M123バックパック付き、M240バックパック付の兵器をカララが木っ端みじんにばらす。これで重たい邪魔なものは消えた。
「ファントムこれを地面に埋めろ。」
ファントムはバックパックの鉄板を使って地面を掘り始め、そこに全ての武器を入れ始めた。全て入れた後で土をかぶせて埋めていく。
「よし。じゃあ行こう。」
俺達は門から離れた暗い場所の障壁から中に侵入を試みることにした。
城壁の上には誰もいなかった。さっきまでの歌が効いたらしい。
《不本意だがよかった。》
そして城壁の上から暗い都市内へと降下していくのだった。