第195話 地獄のリサイタル
恐ろしい幽霊軍団を瞬殺した。
知らんうちに。
いやむしろ忘れてたって感じだ。
そして俺はLRAD長距離音響発生装置を北門の方向に向ける。これはデモを鎮圧したり敵の戦闘意欲を削いだりするのに使われる音響兵器だ。
俺はおもむろにマイクに向かって叫ぶ。
「私は圧政から解放するために来た革命家だ!無駄な抵抗はやめてすみやかに投降しなさい!」
LRADのボリュームは最大にしてあるのでさぞかしうるさいだろう。
この音響兵器は敵を行動不能にしたり判断能力を奪ったりするもので、耳に障害が残る可能性もある。指向性をもたせて音波を投射しているので味方には影響がない。スピーカーの後ろにいれば多少うるさいがどうという事はないのだった。
「こんな月の綺麗な夜に戦うなんて馬鹿げている!美しい月を眺めておいしいお酒を飲んで、優雅にすごす事をおすすめする!」
なんてことをガンガン脳に響くような爆音で言っている。
「戦いを終わりましょう!これ以上無益な血を流す事を止めましょう!」
シュン
シュン
シュン
氷のつぶてが数発飛んできた。
あ・・凄い・・こんな耳に障害が残りそうな音の中で魔法を詠唱してたんだ。
もちろん当たらない。カララが阻止しているからだ。
「お返事をありがとうございます。それでは私もお返事を。」
俺はAT4ロケットランチャーを召喚して北門に向けて撃ちこむ。
バシュゥー
ドッッゴーン!
巨大な門に大穴が空く。
「こうなります。兵士の皆様、再三の忠告を無視して攻撃をするのをやめなさい。」
・・・・・・・・
「・・シャーミリア・・敵が静かになったね?」
「はいご主人様。きっと次の手を考えているのでしょう。」
「何をしてくるんだろう?」
「わかりません。」
「・・敵はとにかく徹底抗戦するのかな?」
「はい。」
「めんどくさいな。」
「はい。ですがご主人様が相手を根絶やしにしろと言われるのであればそうします。」
「そうは思ってないけどね・・」
とにかく壁内では何かの動きがある事は間違いなさそうだ。ザワザワとうごめく音だけが聞こえる。
仕方がないので俺はまたLRADのマイクに向けて話す。
「じゃあ・・歌いますね!」
俺はLRADに向けてJPOPを歌ってみる。もちろんボリュームは最大でだ。
「では・・聞いてください・・ワントゥー」
♪♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪♪
「ああ・・ご主人様の美声・・」
「ラウル様の不思議なお歌いいですわね。」
「なんだか楽しくなってきました。」
シャーミリアとカララとアナミスがそれぞれ褒めてくれるが・・俺は間違いなく歌が下手だ・・音痴といってもいい。
まあ・・褒められたものではない。
前世ではカラオケに行っても曲を入れないし、最後まで俺が一曲も歌っていない事を、誰にも気づかれないようにおとなしくしている。気づかれてしまった時は無難な昔の曲を入れてお茶を濁していた。
でも・・・
《歌を褒められるのってこんなにうれしいんだ!!!》
配下がちやほやするので上機嫌になっちゃう。
前世の俺は歌が上手いやつがうらやましかった。思いっきり歌ってヒューヒュー言われるから。俺は常々人前で思いっきり歌を歌ってみたいと思っていた。そしてここは異世界・・前世の歌を知るものはいないし、前世で人が歌っているのを見て、歌ってみたかったけど歌えなかった歌を存分に披露してみる。
《はあああ・・気持ちいい。》
シャーミリアとカララとアナミスが手拍子をしてくれている。
《こいつらは本当に愛しいやつらだなあ・・》
俺は声高らかにJPOPを月夜の帝都に向けて歌い続けた。
ラウルの月夜リサイタルだ。
そしていつしか俺はリズム感の悪いラップを歌っていた。ラップは俺の中では最高の響きを持って次から次へと流れていく。
「ご主人様!今度は不思議なお歌ですね。」
「本当です。血が騒ぐ気がします。」
「踊りだしそうですわ。」
あれ?俺ってひょっとして歌の才能があったのに前世で封印してたのかも!こんなに褒められるんだったらもっと歌っておけばよかった!!
♪♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪
十数曲歌っているとちょっとつまらなくなってきた・・カラオケの伴奏が無いからあんまり盛り上がらないのだ。きっと帝都の人たちも歌に飽きているだろう・・・
そんなことを考えている時だった・・
門が開いた。
そして・・
無防備にぞろぞろと人が出てきたのだ!
ああ・・もしかしたら感動してしまったのかもしれないな。聞きなれない異界の歌、その歌に心打たれて降参する気になったのかもしれない。
「や・・やめてくれっぇぇぇ」
「もう・・もう終わりに・・してくれ・・」
「わかったぁぁぁ!このままではぁ・・皆死んでしまうぅ・・」
門の中から恐ろしい形相をした騎士たちが丸腰で手を上げて出てきた。
「えっ?」
「あなた様がたが地獄の使者であるという事がわかりましたぁぁぁ」
「もう・・抵抗など無意味だと・・」
「すべて・・全ての命を捧げますので・・やめて下さいぃ」
俺は言っている意味が分からなかった。
えっとこれは降参・・と思っていいんだろうか?
すると場内から丸腰の兵士たちが手を上げてぞろぞろと出てくる。皆が苦しそうな表情を浮かべて這いつくばるものもいる・・いやどうやら吐いているようだ。そのあたり中で吐き散らしている。
《そうか・・よほどの緊張で限界に達したんだな。》
俺がLRADでまたみんなに話しかける。
「あの・・」
「えっ!ま・・またあの・・・!!」
「おやめくださいぃぃぃ!!」
「分かり‥分かりましたぁぁぁ!!」
「いえ私はただ降参ですかと聞きたいだけですが・・」
「も、もちろんでございますぅぅ」
「なにか・・夢を・・夢を見ていたようなのです。」
「どうやら・・我々は目が覚めたようなのです!」
「目が覚めた?」
「先ほどの強力な呪文で何かの呪縛から解き放たれたようです。」
「皆が何かに操られていたような・・意識はあるのに・・戦いを強制されるような・・」
「おかしいのです。でもあなた様の呪詛によりどうやら目覚めたらしいのです!!」
すると・・シャーミリアがめっちゃ金切声で吠えた!
「無礼な!!!ご主人様の美声を呪詛などと!!!死をもって償え!!!」
「まってまって!シャーミリアまって!」
「申し訳ございません・・取り乱しました。」
「えっとこの人たちの言っている呪詛ってもしかして・・」
「ご主人様の美しい歌の事を言っているようです。」
・・・・・・・・・
「殺っちゃっていいよ。」
「はい。」
シャーミリアがM134ミニガンを兵士たちに向ける。
「ああ・・これで楽になれる・・」
「もう聞かなくていいんだぁ・・」
「あの世で天使に慰めてもらうんだぁ・・」
「あー!!シャーミリアまってまって!」
「はいご主人様。」
とりあえず・・俺はシャーミリアを止めた。
傷ついていた・・
俺のJPOPを呪詛だなんて・・しかしだ!俺の歌を聞いて何かから目覚めたと言っていた。詳しく聞かねばならない。
「目覚めたとか言っていたな? 」
一番近くに居る兵士に聞いてみる。
「は、はい!あの隣国の神官が来てからの記憶があいまいで・・何か夢の中で酷い事をしていたような・・」
「夢の中で・・」
「よくわかりませんが、自分たちがやっていた事を思い出し・・恐怖しております。」
「それを今、目覚めたと?」
「はい先ほどのあの強力なあなた様の呪詛により!」
ピキーン・・
いやいやまてまて、キレるな。俺の歌がたまたま功を奏しただけだ・・こいつらに悪意はない。
「じゃあ俺に投降するって事で良いのかな?」
「もちろんでございます。」
出てきた100人以上の兵士たちが跪いて俺に許しを乞うているように思う。
シュン
シュン
シュン
その兵士たちの上に城壁の中から矢が降り注いできた。
「うぎゃぁ」
「ぐわっ!」
「うぐぅ」
矢が背中に刺さり倒れ始める。
「カララ。」
「はい。」
次々に飛んでくる矢をカララが霧散させていく。
矢が飛んでくるのが止まった。
「どうやら全員が目覚めたわけではなさそうだな。」
「そのようでございます。」
「上層部の奴らか?操られずに戦っていたやつらもいるのかもしれない。」
「それでは・・」
シャーミリアがごにょごにょと俺に耳打ちをする。
「そりゃ名案かも。アナミス!この門外に出てきたやつらに催眠をかけよう。そしてまた城壁内に戻してやるんだ・・裏切りなどしていないという事にして。」
「わかりました。」
すぅっとそのあたりに薄赤紫の霧が漂い始める。甘い香りがするこの霧はアナミスの特殊能力の催眠スキルだ。夢うつつの中で違う記憶を本物と思い人間が動き始める。
「お前たち・・再度場内にもどりなさい・・そして裏切りなどではなかったというのです。そしてここに人を集めなさい。出来るだけたくさんの兵士を・・そう、もうすぐで敵に勝てると言いなさい。敵は弱っているともう一押しなんだと・・」
「はい〜〜〜」
「そう・・敵はもう少しで終わる〜〜〜」
「味方を集めよう〜〜〜」
ぞろぞろと門の中に入っていく兵士達。しばらくすると門がガラガラと音を立ててしまっていく。
「ありがとうアナミス。」
「お安い御用です。」
その長いまつげの目が妖艶に笑う。
アナミスの唇の赤がとても煽情的だった。鼻がツンと尖っていてピンク色の瞳がとてもセクシーだ。
あの霧を出した後の彼女はどうしても色香が漂うようだ。皮で出来た胸当てと皮のミニスカートとブーツ、のぞく太ももや胸の谷間がやばい。うっすらと汗ばんだように光っている。
ゴクリ・・
俺はつい生唾を飲んでしまった。
「ラウル様・・戦いが終わったら・・」
アナミスが意味深に言う。
「アナミス・・抜け駆けは・・」
シャーミリアがポツリと言うとアナミスがツンとして言う。
「わかってるわ冗談よ。もう・・カトリーヌやマリアもミーシャもモタモタしちゃって・・」
「それは私たちも思ってるわ。アナミス・・待ちましょう。」
カララが諭すように言う。
「もちろんわかってます。ラウル様を私はお慕いあげておりますから・・」
「ご主人様。変な事を申し上げました・・」
《なんだなんだ?カトリーヌやマリア、ミーシャがモタモタって・・?何の話をしているんだか・・俺には全く分からんのだが・・》
「それで・・彼らはどう動くかな?」
「はい・・今場内にもどり・・それぞれに兵の説得に向かっているようです。」
アナミスが教えてくれる。こういう状態の時は操っている相手の状況がわかるのだ。半分はアナミスが操っているのだから当然だった。
「城門前にまた人を集中させますので、ラウル様の麗しい歌声を聞かせてあげましょう。」
「あの魔神のごとく美しい歌声を聞けば、誰もが目を覚ますでしょう。」
「ご主人様にはご面倒おかけいたしますが、その際はお願いいたします。」
えー!また歌うの!?だって呪詛っていわれたんだよ!俺は彼らが集まったら言葉での説得を続けようと思ったんだけど!
ラウル月夜のリサイタルが行われたのはそのさらに1時間後の事だった。
地獄のリサイタルの間違いかな・・
まるでジャ・・
俺は心で泣くのだった。