第19話 戦争勃発
あれから俺は毎日のように森で魔獣を殺した。
マリアも病みつきになったようだ。彼女は休みの日には必ず魔獣を狩っていた。
2人の森遊びはお屋敷の噂にもなっていた。
何しに行ってるんだろう?と…
森で射撃訓練を始めてから3年がたった。
マリアには仕事があるので俺ひとりで森に通った。マリアが一緒に来るのは2週間に1回程度だった。俺は成長して手も大きくなりコンパクトな銃ならば片手で握れるようになった。
いまは毎日森でファングラビット狩りをしている。最近はそれを1〜2匹袋に入れて持ち帰ってはマリアに渡しキッチンメイド長のセルマに渡してもらっている。
ファングラビットの肉は絶品だった。物凄くお金をかけて飼育された地鶏はこんな味なんだろうか?これが魔獣だからなのか…?とにかくこの魔獣は美味いらしい。あと解体屋に持っていくと多少のお金をもらえることもわかった。
俺はもうすぐ8歳になるし、お小遣いをコツコツ貯めるのだ。使い道は特にないがイオナが妊娠したらしく俺に待望の兄弟ができるんだとか、弟かな妹かな…。産まれたらお兄ちゃんらしく、おもちゃを買ってあげるのだよ。最初が肝心だからな。
今日は久しぶりにマリアと森にきていた。マリアは2週間一度は俺に同行して、射撃訓練をしていたがどうやら病みつきになってしまったらしい。森の中でファングラビットを追って走り回る。
「マリア!凄いです!1発で仕留めましたよ!」
「ラウル様の教えのおかげです。」
「いえ、そうそう急所に当てられるものではないです、ファングラビットは小さいし動きも速い。なかなか難しいと思います。」
「魔力を出さないように、命中するイメージだけをして撃つのがいいのではないでしょうか?」
「マリアが言うように、魔法イメージは…たぶん関係はしてると思うんですが…よくわかりません。」
そうだ、マリアの言う通り魔力を使ってしまうと膨大な量をぬきとられ気絶するが、魔法を使う前の魔法のイメージだけをすると命中しやすい。俺もそうだった。しかし俺はマリアのようには弾に魔力を注ぎ込むことができていない。
「魔法イメージのように集中すると、命中精度があがるのは間違いなさそうですね。」
どうしてそうなるのかは説明がつかない。
2人で何回も何回も練習しているうちに魔法イメージと、射撃の集中のしかたが似ているのが分かってきた感じだ、前世の時ように目で狙って当てているわけではない、どこか剣の達人が目をつぶって居合斬りしてるみたいに、ギリギリまで獲物を見てないのに当てられるのだ。
とにかく魔法は奥が深そうだな。
身体強化の類なのかもしれない。
今日も2匹のファングラビットを袋につめて帰る。
家に着くと誰かお客さんが来ているようだった。とりあえず俺とマリアはキッチンに向かいファングラビットをセルマに預けて、自分の部屋に戻った。
そのとき応接室では王宮の使者2人とグラムが話をしていた。代官のジヌアスが同席していた。
王宮からの使者は早馬できていたらしく、緊急の用事のようだった。
「まずはグラム殿こちらを…。」
使者が書簡を渡す。
「はっ!」
書簡には確かに王家の紋章で封蝋してあった。グラムは手にとり丁寧にあけ目を通した。顔が見る間に曇っていく…
「これは真なのでしょうか?」
「はい、かなり急を要します。」
「なぜもっと早くに!」
「それが…かなりバルギウス帝国の侵攻が早く西の山脈から不明の軍団の進軍もあり、ファートリア神聖国は早々にバルギウス帝国に寝返ってしまったのです。」
「それはここに書かれています。信じられない事ですが事実なのでしょう。しかし我が国の軍隊がこれほど脆く…」
「それが、西側の領が裏切りました。」
「なんと…」
「バルギウスの南側諸国は既に占領され、国は蹂躙されてしまったとか。」
「いかにバルギウス帝国が強大とはいえ、それほどの短期間に勢力を拡大するなど信じられませんが…100日ほど前まではそんな予兆もなかったはず。」
2人の王宮使者が顔を見合わせて、グラムに向き直り言った。
「人間に与する魔獣が大量に現れたのです。」
「そんな…魔獣が人に与するなどありえません。」
「そのはずですが、我々はこの目で見たのです。人を背にのせたビッグホーンディアーやギガントウルフ、騎士と一緒に攻め込むレッドベアー、グレートボアがいたのです。」
「そんなに巨大な魔獣が人間をのせて?」
「はい…」
「にわかには信じられませんが、数はどのくらい。」
「侵攻か早すぎて定かではありませんが、数十万頭かと….」
「まさか…そんな…。」
「魔獣の上にまたがる騎士や魔法使いが、我が国の軍を蹴散らすように。」
「それと西側の山脈から来た軍団というのは?」
「同じく魔獣の軍団と、スケルトンが大量にいます。」
「スケルトンの軍勢…が国攻めなどと…」
「はいそれがかなり厄介で神聖魔法使いが足りず、足止めができないのです。」
「あとどれくらいで王都に?」
「今はナスタリア家の軍が西と帝国をくいとめてはおりますが、月の満ち欠けが6度もあれば到着するでしょう。」
「90日か…ならばこれより我が軍をまとめ、明日には立ちましょう。使者様も同時に行軍されますか?」
「素早い対応に感謝します!我々は早馬で隣のカラムル領にたちますゆえこれにて!」
「お気をつけて!」
「グラム殿も!」
2人の使者はすぐにでていった。
「グラム様、すぐさま領内に軍の召集をかけます。屋敷の者をすべて走らせましょう!」
「たのむ。皆には家族との時間をとり、それぞれの心の準備をさせよ!俺は執事のスティーブと行軍の準備についてとりまとめ、領民に準備をいそがせよう。夜に町長と打ち合わせをし、領民に対しての説明を明日の朝おこなう!」
「わかりました。それでは私めはこれで…」
ジヌアスが慌てて部屋を飛び出していった。
「陛下…私がつくまでどうかご無事で…。」
グラムは部屋を出た。すぐにイオナの元に行きラウルを呼んだ。
「イオナ、ラウルよく聞いてくれ、この国で戦争が起きた。サナリア領軍は明日旅立たねばならない。かなり厳しい戦いになりそうだ。バルギウスとファートリアが手を組み、さらに西の山脈から魔獣の大群が押し寄せているらしい。」
「そんな…」
イオナは絶句した。
「外交上の間違いなのでしょうか?」
「いや急に宣戦布告されたらしい。この戦はかなり厳しいものとなるだろう。かなりの被害がでるやもしれん。」
「そんな軍勢を相手にしては…我が国の軍隊とはいえ。」
「いまは、ナスタリア家の軍が西の魔獣と帝国の侵攻を遅らせているらしい。」
「お父様が…わかりました。私もナスタリア家の出です。覚悟してことにあたりましょう。」
「ああ頼む。おまえにはこの領の民を任せたいのだ。」
「それでは領はわたしにお任せください。貴方…必ず無事で帰ってきてくださいまし。」
「お前たちも無事でいてくれ。」
「はい。」
「ラウル、聞いてくれ。母さんのお腹の中にはおまえの兄弟がいるんだ。母さんをよろしくたのむぞ。」
「父さんもどうか無事でいてください。」
グラムは頷き部屋を出て行った。
相当大変な事になったみたいだな。
イオナが語りかけてくる。
「お父様はあなたに自由に未来を選べといいました。しかしあなたは次期サナリア領の領主です。領民を守る義務があります。」
「はい。」
「貴族の子として重責がのしかかるでしょう。私の身に何かあるかもしれません。そのとき何も出来なくては困ります。これからは森遊びをやめ、やるべきこと覚えるべきを覚え備えなければなりません。」
「わかりました。」
「幼いラウルには厳しいことでしょう。しかしあなたには特別な何かがあると母さんは信じています。」
「はい、期待に応えられるよう頑張ります。」
「では明日の軍の出立まで私に付き従いなさい。しばらくは私が何をしているのか見ているだけでかまいません。」
「わかりました。」
それからイオナは屋敷内のものに声をかけていった。これからの心構えやねぎらいの言葉をかけながら、不安にならなくても良いのだと、みなの心のフォローをしていた。
なるほど究極にストレスがかかるもんなあ。自分が緩和剤になることで皆の気持ちが落ちないように、気を配るわけだな。慌ただしい館内においてもイオナは冷静で落ち着いた話し方で、急げども慌てるなと促していた。
グラムが強いリーダーなら、イオナはフォロー役というわけか。うむ!できた奥さんだ。俺なら間違いなく狼狽える。
「イオナ様!」
マリアが近づいてきた。
「マリア。あなたは私の身の回りのことはしなくていいわ。あなたの下のメイドたちが慌てぬよう、下々の者の補助をして差し上げなさい。」
「はい。イオナ様は…」
イオナは笑った。
「自分の事は自分でできますよ。」
「いえ、そういう意味では…。」
「わかっています、私はあなたがそばにいると安心するわ。でもあなたにはあなたのやるべき事があります。それを全うなさい。」
「かしこまりました。全身全霊ことにあたります。」
「お願いします。」
マリアもすぐに動き出した。
翌日の朝、街の広場に領民が集められことの説明がなされた。話が終わると後方から領軍の隊列が入るため、群衆は左右に別れて迎えいれた。軍隊は2000人いるそうだが、こうして初めて見ると凄い迫力だ。隊は整然とならび日頃の訓練がなされていることがわかる。
俺とイオナは仮設の登壇の脇に控えた。
グラムが壇上に立つ。
「我々は今日これから、未曾有の戦に行かねばならない!我が国の国民が蹂躙され暴力に晒されているのを助けに行くのだ!正義は我々にある!バルギウス帝国及び寝返ったファートリア神聖国、また謎の西からの軍団により戦況は必ずしもいいとは言えない!すでに南の強国も陥落したと聞く、しかし我々は一方的に蹂躙されるのを許していいのだろうか?愛するもの達を奪われていいものか?私は皆の命を預かる身である、私は愛するものを奪われたくはない!皆も同じ気持ちであろう。我々には必ず神の加護があるだろう。王都を守り全ての敵を追い払うまで帰っては来れないだろう。しかし私はあえて言わせてくれ、ひとりも欠けることなく帰ってこよう。このサナリアの地を踏むまでは絶対に諦めるな!必ずそれを成し遂げ帰ってこよう!」
「「「オオオオ!」」」
地が割れんばかりの歓声が上がった。
「ではいくぞ!」
ザッザッザッと軍隊が街の外に向かい歩いていく。騎馬や馬車は入り口に集結していた。グラムも俺たちの所まできて声をかける。
「イオナ、ラウル。俺はお前達を愛している。必ず帰る!イオナ身体を大切にな、ラウル母さんを頼むぞ!」
「いってらっしゃいませ。どうかご無事で….」
イオナは涙を溜めて見送った。
「父さん!必ず帰ってきてください!」
「おう!」
グラムは騎乗して軍の先頭に走り去って行った。グラムは大丈夫だ、あんなに強いのだから魔獣を一刀の元で両断できるチートなのだ。間違いなく戦況をひっくり返して戻ってくるだろう。こんなことなら俺も剣術習っておけば良かったな…
俺にチートスキルがあったらいいのに…
無事に帰ることを祈るのであった。
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