第177話 世界を変える可能性
俺はドワーフが作った号令台の後ろにいた。
この台にはつなぎ目が無い。
ブロックで積み上げた物じゃなく巨大な岩をくりぬいて作ったらしい。ミーシャの塗料が塗られていて純白に染められていた。手すりに装飾が施されており、階段の下から号令台の上にかけて美しいスロープを描いている。
俺は階段を上っていく。
その号令台の前には50人の魔人達が整列していた。その家族や関係者がその周りに群衆となって500人くらい集まっている
《なにこれ・・この号令台のせいでなんか緊張するんだけど。》
みんなの方を向いて話はじめる。
「コホン。」
皆が俺の方に耳を傾ける。
「集まってくれてありがとう。」
ザッ
と皆が姿勢を正した。
「すでにティラとタピから詳細は聞いていると思う。」
ティラとタピが先にグラドラムに入って、この50人を集めてくれていたのだった。
魔人達が俺の次の言葉に集中する。
「これから皆にはサナリアに移り住んで基地の建設をしてもらう。先に近くのシナ町にはウルド率いる部隊が、分岐の街ルタン町にはドラン率いる部隊が、ラシュタルにはマーグ率いる部隊が基地の建設をしているところだ。」
既にグラドラムにもその情報は伝わっている。
「ここを出ればしばらくは家族と会えなくなるだろうが、向こうが安定したら連れていけるようになる。それまでは我慢を強いることになるがどうか力を貸してくれ。」
オー!!
どう考えても我慢を強いているような返事じゃなかった。皆が楽しみにしていたという感じで意識が高揚している。
「サナリアは俺の育った土地だが本来はただの田舎の農村だ。しかし現在の最前線基地となるため重要拠点となる。侵攻作戦上の重要な役割を担うからだ。すでに進行している部隊との共同作戦も必要となる。今回はその作戦遂行のために必要な人員をそろえた。」
はい!!
「基地の設営に関してはドワーフに一任することになる。建設部隊は全てドワーフの指示に従い動いてくれ!防衛部隊は有事に備えての配備となるが、敵の侵入や攻撃の無い時は全ての人員で、基地の設営と街の復興の手伝いをしてほしい。」
わかりました!!
「出発は明日の朝となる。それまでに関係者に対しての申し伝えを行い、家族とのひとときを過ごしてほしい。」
ありがとうございます!!
皆が俺に対して礼をする。すべての事項は既にティラとタピから伝えているため、すでに準備が整っている者もいると思うが、グラドラムを出ればしばらくは帰ってこれない。家族との話し合いの時間は必要だろう。
簡単な演説を終えて皆を背にし号令台を降りた。
階段を降りると、ポール王とイオナ、ミーシャ、シャーミリアとマキーナ、エミルが俺を待っていた。
「ラウル、すっかり魔人軍の指揮官なんだな。」
「はは、俺にしてはいっぱいいっぱいだけどな。」
「俺は未開の森に生きてきたからこんなことは出来ないよ。」
「でもエミルにはこの世界の誰にも出来ない事が出来るじゃないか。」
「ヘリか?」
「ああ、この世界で唯一のヘリコプターのパイロットだ。唯一無二の存在は俺じゃなくエミルの方だよ。」
「どうだろうな。まあ、よろしく頼むよ。」
「こちらこそだ。」
次に俺はポール王を見て話し始める。
「そしてポール王、北の大陸はグラドラムから少しずつ経済を回していきたいんです。ポール王にはかなり忙しくさせてしまうと思いますが、どうか北大陸の流通経路の確立に全力を傾けていただきたい。」
「わかりました謹んでお受けいたしましょう。」
そして俺はイオナに顔を向ける。
「母さんにはここに住む数万の魔人達の組織化を行ってもらいたい。市壁ごとの集落にそれぞれ町長を置いて機能するように、そして魔人達に物や金の価値観を教えたり、エキドナと相談して各所に学校を設立してもらいたいんだ。」
「約束するわ。」
「魔人は母さんのいう事を素直に聞く、これは他の人間には出来ない事だから、しばらくは母さんに仕事が集中してしまうと思う。だけど少しずつ人間と魔人のパイプを作り、グラドラムに住んでいる魔人達が社会を構築できるようにしてあげてほしい。」
「ええ。安心して私に任せてあなたはこの国を取り戻して頂戴。」
「ふふ。やっぱり母さんは頼もしいよ。」
俺とポール王とイオナが話をしているところに、ティラとタピとファントムも合流してきた。
「ティラ!タピ!お疲れ。大役を果たしてくれてありがとう。」
「いえ。皆が行きたがりすぎて・・抑えるのは全てファントムがやりましたから。」
「そうか・・こいつも役に立ったんだな。ありがとうなファントム。」
ファントムは棒立ちになってどこか遠くを見つめているだけだった・・
「・・・まあ、とにかくだ。今回グラドラムにタピが残るという事も了承してくれてありがとう。」
「いえ、俺が念話でこことラウル様を繋ぐのです。クレ同様に重要な役割がもらえてうれしいです!」
「ああ、お前がここで俺との橋渡しをしてくれると、逐一状況を把握する事ができるからな。本当に重要な役割になる、よろしく頼むよ。」
「わかりました。」
タピも自分の役割を十分理解してくれているようだった。第二次進化をした魔人達のおかげで俺の作戦遂行の幅が大きく向上したのだ。特に念話での遠距離通話はありがたかった。
「じゃあ、いったん解散するとしましょう。出発は明日の朝となりますのでそれまでにやるべきことを行ってください。」
「そうしましょう。」
「ええ。」
ポール王はそのまま俺達から離れて、人間が集まっている集会場に歩いて行った。
「ラウルそろそろ託児所も終わるわ。アウロラを迎えに行こうかしら。」
「ああ、俺も一緒に行くよ。エキドナにも会いたい。」
「そうしましょう。」
俺達一行は託児所に向かった。
託児所はピンク色の建物だった。めっちゃメルヘンでかわいい作りになっている。
「えっとこの建物のデザインにかかわったのは・・」
「ミゼッタよ。」
「だと思った。」
「かわいいわよね。」
「ほんとかわいい。」
俺達がその建物の外壁にある門を入っていくと、魔人各種族の小さい子供達と人間の子供達が一緒になって遊び走り回っているのが見えた。
「魔人と人間が一緒に・・」
「本当だ・・」
俺とエミルが少し驚く。
「ええ、魔人の子はね人間やゴブリンなどの弱い子に対しては絶対に力をむけないのよ。そして遊ぶ時も凄く優しく接してくれるの。」
イオナが目を細めて子供たちを見ていた。相変わらず子供や動物が好きな人だ。しかも凄く美しいのでまるで女神の様に見える。
「魔人は自分たちのほうが、はるかに力が強い事を分かっているんだな。」
「ええ、だから人間の親たちも安心して預けることが出来るのよ。」
「母さんこれは・・凄い事だよ。」
そんな話をしていると建物の方から大きな声が遮った。
「にいちゃん!!」
「おお〜アウロラぁ〜元気に遊んでましたかぁ〜」
「にいちゃん!お友達の前でそう言うのダメ。」
アウロラは真っ赤にして周りを気にしていた。どうやら家でやるような子供扱いするような態度を控えてほしいようだった。
「ごめんごめん。」
すると周りから子供たちが集まってくるのだった。
「わぁーラウル様だぁー!」
「髪の色が変わった!」
「もっと凄くなったね!」
俺の周りにわさわさと子供たちが群がり手を握ったりしがみついたりしてくる。
「ははは。みんな元気だなあ!うちのアウロラと仲良くしてくれよ!」
「はーい!」
すると建物の玄関から見慣れた人が出てきた。
上半身はとても美しい女性だが下半身が蛇そして背中に翼が生えている。普通の人間が見たら絶対に卒倒しそうだが・・グラドラムの人間達はこの人が凄く優しい魔人だと知っていた。
「エキドナ!」
「あらあら。ただならぬ気配がすると思ったらラウル様ではありませんか。」
「アウロラがいつも世話になってる。」
「おほほほ。アウロラちゃんはこの託児所では一番人気ですわよ。」
「アウロラが?」
「各種族の子供にも人間の子供からも好かれて、いつもアウロラちゃんの取り合いですわよ。」
「まるで・・イオナ母さんの若い頃みたいだな。」
「血は争えないという事ですわよ。」
《アウロラ・・かわいいもんなぁ〜。一番人気になるのは必然だよぉ。だってほら・・みて!かわいいもん。》
いかんいかん。気を取り直して・・
「それでエキドナに相談があって来たんだよ。」
「ええ、だいたいわかります。魔人達の教育についてではございませんか?」
「まったく・・エキドナは凄いな。話が早くて助かるよ。」
「いえ、私ではなくイオナさんからそんな話を常々いただいておりましたから。」
「母さん。そうなのかい?」
「ええ、ラウルが考えているような事は必要だと思っていたのよ。具体的にラウルが決めてくれて助かるわ。」
《そうだったのか・・すでに水面下では動いていたという事なんだろうな。それならばイオナに仕事が集中する事もないかもしれない。しかしイオナは本当に凄い。俺がしてほしい事を先回りしてやってくれているようだ。》
「助かるのは俺の方さ母さん。」
その後託児所の応接室に入りエキドナと話すが、ほぼ確認作業のようになっていた。それだけイオナは既にいろいろな事を考えて進めてくれていたのだった。
エキドナに軽く用件を伝えて託児所を出てくる。
どがっ!
ぼずぅん!
ががっ!
玄関を出ると打撃音と共に面白い光景が目に入ってきた。
子供達は棒立ちしているファントムにあれこれと攻撃を仕掛けていたのだ。
「ん?これはなにしてるの?」
「これはご主人様。魔人の子達の発散させようと思いまして、全力でファントムに攻撃をしてもいいと私奴が言いました。」
おおー!
わぁー!
すごーい!
かっこいー!
子供達は声援を送っていた。
ライカンや竜人、オーガの子供の体技は凄いものだった。子供だとは思えないほどの技の切れや跳躍力。打撃の音も凄い威力だというのが伝わってくる。
「なるほど・・。知識を得るには一緒に学んでもいいが、身体能力を伸ばすにはやり方を変える必要があるという事か。」
「そのようでございますわね。シャーミリア私も気づきがあったわ。」
「いいえエキドナ。魔人の子の魔力が少しあふれ出てきていたようだから発散をさせただけ。」
「ん?シャーミリア子供達からも魔力が溢れてるのか?」
「はいご主人様そのようでございます。」
《そうか子供達からもか・・という事は、やはりこの街には魔人達の魔力が充満しているのかもしれない。そこに住む人間に変化が出てしまうという事もあるか・・》
推測だがイオナとミーシャ、ミゼッタの能力向上はそれに関係しているのかもしれない。
しかしながら、常に魔人の魔力を浴び続けることは人体にどんな影響があるか分からない。現状ではみなが元気そうだし問題は感じられないが、体調に悪影響を及ぼしたりしないか心配だった。
「母さんもミーシャもここしばらく体調はどうだい?」
「それがね・・すっごくいいのよ!何というか活力がみなぎっていて、あまり眠らなくても元気に動いていられるのよね。」
「ラウル様。私も同じなんです。研究に没頭して3日くらい寝てないなんてこともあるんですよ。それでも体にはあまり影響が無くて不思議なんです。」
「そうなんだ。まああまり無理をしないようにね。」
「ええ、全然無理はしてないわ。」
「私もです。やりたくてやっているのです。」
「ならいいんだ。」
《そういえば・・マリアも魔人達との特訓で恐ろしいほど能力が向上したんだよな。それは魔人達の魔力を浴びているからか?》
すると念話でシャーミリアが俺に伝えてくる。
《ご主人様。私奴もそれを感じております。ただ私奴も人間との共存などしたことがございませんので、はっきりと申し上げる事が出来ないのですが・・》
《やはりそう思うか?》
《おそらく間違いないかと。それ以外に要因は考えられません。》
《まだまだ分からない事だらけだな。》
《はい》
魔人達と人間の共存にはまだまだ課題がありそうだが今はどうする事も出来ない。人間はまだ魔人の庇護のもとでなければ、敵の脅威に打ち勝つことが出来ないからだ。
「魔人と人間の共存・・か・・」
「ラウル。何か考えてるのか?」
「いやエミル何でもないよ。」
2000年以上前の人間たちは戦争で魔人を追いやった。しかし今の能力の差を考えると魔人が負けるとは思えない。もしかするとこのあたりに謎が隠されているような気がしていた。
《人間は自ら退化の道を選んだのかもしれない。》
シャーミリアが隣で、ただ俺を見つめるのだった。