第175話 街の資産価値調査
次の早朝。
俺はエミルを連れて海へと向かっていた。朝だが既に魔人達はあちこちを行き来していた。飯屋も開いているらしく、どこからともなくいい匂いが漂って来る。
「いい匂いがする。まだちょっと薄暗いのにな。」
「日は昇って来たようだけどな。魔人達は交代制で活動しているようだから、24時間営業の店でもあるんだろうか。」
「牛丼屋のチェーン店みたいだな。」
「ふふっ。そういえばそうだな。」
笑いながら俺はおもいっきり伸びをして、朝の空気を吸い込み屈伸運動をしてみる。
「ほっ!」
「ラウルは朝から元気だな。」
朝から凄く調子が良くて滅茶苦茶、体を動かしたい衝動に駆られる。いつもは魔人の血のせいなのか寝ているような寝ていないような、夢まどろみの感覚の中で夜を過ごすのだが、昨日はエミルの薬湯とミーシャの香油マッサージのおかげでしっかりと眠れた気がする。
おかげで体力も気力もあり余っている感じだった。
「なんかさ・・ラウルの肌の色艶がいいな。」
エミルが俺を見て話してくる。
「やっぱりそうか?昨日はエミルの薬湯もあったしな。」
「いやラウル。あれだけでそうはならないよ。」
「あとミーシャ特製石鹸で体を洗い、ミーシャ特製香油を体に塗ってもらったんだ。」
「そうなんだ。なんていうか・・めっちゃ整ってる感じだ。」
「ミーシャがイオナ母さん用に作ったらしくてな凄い効能なんだよ。」
「俺がエルフの薬湯を教えなくてもよかったのかもな。」
「いやあれはあれで俺はうれしかったよ。彼女らもあの調合と光魔法の使い方でまた勉強になったそうだ。」
「・・勉強にか・・」
エミルは物思いにふけるように黙り込んだ。
「エミル。俺もさ・・驚いたんだ。あんなものを作っていたなんて・・」
「竜人化の薬か?」
「ああ。あれは最高機密にするべきだな。」
「俺は誰にも言わんよ。」
「そうしてくれると助かる。」
「それでラウル・・ミーシャちゃんはさ・・」
「うん。」
「あれは・・天才だぞ。」
「言われなくてもわかってる。でも天才ってだけであんなものを作れるのかな?」
「まあ確かに。」
しかも・・ミーシャだけじゃない。イオナもマリアも格段に能力がアップしたように思える。
「ミーシャだけじゃなく、イオナ母さんも、マリアも・・そしてミゼッタも以前は多少魔力はあったけど、ごく普通の人間だったんだよ。なぜかみんなかなり能力向上しているみたいなんだ。」
「そうなのか?」
「ああ。イオナ母さんには魔獣が滅茶苦茶なつくし魔人も良く言う事を聞く。ミゼッタは魔力が格段に増えたらしい。極めつけはミーシャの竜人化の薬だ・・普通の人間には起こりえないと思わないか?」
「そう言われるとそうだが、マリアにも何かあるのか?」
「彼女は兵器の扱いが・・とくにスナイプ射撃が恐ろしい精度なんだよ。ハンドガンの命中率も高くて、マガジンの交換なんて早すぎて、いつやったかもわからないくらいなんだ。」
「それほどなのか?」
「前世で言ったら射撃の金メダリストなんて足元にも及ばないよ。というか人の動きじゃない。」
「すげえな。」
「一度、射程距離の無茶苦茶あるライフルでどのくらいの精度か見てみたいところだよ。」
「興味あるな。」
兵器好きの二人からすると・・マリアは神だ。メイドの格好してあんな馬鹿みたいな精度のスナイプ射撃をするなんて・・
二人が話をして歩いていると海に浮かぶ魔人の船が見えて来た。魔人の船は大きくて相変わらず勇壮な佇まいで港に浮かんでいる。既に魔人の船の周りにはオーク達がいて、どうやら漁に出る準備をしているようだった。オークの一人が俺に声をかけてきた。
「これはラウル様!朝からこのようなところにおいでくださるとは。」
「あの作業とか止めなくていいから!皆にはそう言ってね。」
「はい。かしこまりました。」
「今日は何を獲りに行くんだい?」
「はい。蟹でございます。」
「おお!蟹とかとれるの?」
「きっと大量ですよ。」
「楽しみだ。」
「帰ったらラウル様に一番にお届けいたします!」
「ありがとう。とにかく気をつけてな!けが人など出さないように。」
「わかりました!」
また全員が俺のところに集まってくるといけないので最初にクギをさしておく。船の側を通り過ぎると俺に気が付いたオークが礼をしている。
《今日は風もなく漁にはいい日なんだろうが・・寒いような気がする。そういえばラーズは極寒の雪山でも平気だったな。オークの彼らも強いんだろう。》
魔人船の後ろ側に進んでいくと視界に海が広がる。
「この先にオスプレイが沈んでるんだな。」
「ああ。」
「もったいない。」
「きっと魚の住みかになってるさ。期間限定でな・・」
「30日か。」
「そうだ。」
ここにエミルと来たのはそういう事を話すわけではない。俺の大切な仲間を紹介する為だ。
そして俺が仲間を呼ぶ前に向こうの方からやって来た。
ザバーーー
「うわ!うわ!」
エミルが腰を抜かして、四つん這いになり後ろに下がろうとする。
「大丈夫だよ。」
「えっ?」
海から大きく鎌首をもたげているのはシーサーペントのペンタだった。
「あの・・あれ海竜?」
「そうだ。俺の仲間だよ。」
「なかま?」
「ああ、漁を手伝ってくれてるんだ。」
ペンタの顔が俺とエミルのもとに近づいてくる。
「ペンタ!いい子にしてたか? 」
グェッグェッ!
俺がペンタの鼻先をなでてやると、喜んでいるようだった。
「俺の友達なんだよ。」
「あ、あの。よろしくね・・」
ギャーッス
「よろしくだって。」
「え?言葉分かるの?」
「感情しか伝わってこないけど。でもおおよそ言っている事が理解できる。」
「ラウル・・お前もうすっかり人間じゃないな。」
「いや、見た目はエミルの方が人間じゃないから。」
「ま・まあたしかに・・」
そう俺は白髪で目が赤い人間にしか見えない。それとは反対にエミルは細くてデカイし人間とは違う美形だった。エルフの血が濃いのだろう。
「乗る?」
「え?水は冷たそうだし。」
「水には入らないよ。な!ペンタ!」
ギャィース
俺とエミルがペンタの頭の後ろに乗る。頭だけでも数メートルはあるし、髭がうねうねとうねっていて迫力満点だった。
スーっと鎌首をもたげていく。
「うわ!た・・高いな!」
「ああ俺が前に乗った時よりだいぶ成長したみたいだ。」
「えっ?まだ上がるぞ?」
そのまま上に上がり続けて街が展望できるようになった。その時だった東の方から太陽の光が差し込んで来た。キラキラとグラドラムの街が照らし出されていくさまは感動のひと言だった。
「見てみてよ!やっぱり凄いきれいだぞ!」
「本当だ・・この街はなんて美しいんだろう。」
「海側からゆっくり見てみたかったんだよ!飛んできた時はあっというまだっただろ。綺麗なのはわかってたけどやっぱりじっくり見ると凄いな。」
「いやぁ・・いいなぁ。こっちの世界でこんな風景が見れるなんて思わなかったよ。」
街は色とりどりの家が密集して建っている。青、水色、緑、ペパーミントグリーン、ピンク、オレンジ、黄色と、とにかくすべてが計画されているかの如く美しく並んでいる。
本当に美しい町だ。
「ヘーックション!」
感動しているところで・・エミルが思いっきりくしゃみをした。
「あエミル寒いか?」
「ラウルは寒くないのかよ。」
「それほどでもない。まあ少し寒いかな・・」
「少しどころじゃないよ。すっげぇ寒いんだが。」
「わかった。ペンタ!降ろしてくれ!」
スーッとまた地面に戻される。
「じゃあペンタ!今回はまたすぐに出発しなければならないんだよ・・ごめんな。」
グゥゥゥゥゥ
「すまない。まあそんな悲しそうな顔するなよ・・また夏になったら海に連れてってくれ!」
クァァッァッァ!
ペンタに手を振り俺達が街の方に振り向くと、ペンタは海に戻っていった。
家に戻るとポール王とクルス神父が来ていた。
「いらっしゃいませ。お早いですね。」
「イオナ様から朝食を一緒にと言われておりましたので、今日は一日よろしくお願いします。」
「私までお呼ばれしてしまい恐れ入ります。」
先に応接室に案内されていた二人が立ち上がって挨拶を返してくる。
「ああイオナ母さんが。」
「こちらの方は?」
「ああ私の友人でエミルと言います。エルフの子です。」
「エルフの・・初めまして、私グラドラムを統治しておりますポールと申します。」
「これは陛下!御挨拶をありがとうございます。エミルと申します。」
エミルは跪いて首を垂れる。
「いやいや。ラウル殿のご友人にそのような真似はさせられません。ぜひ頭をお上げください。」
ポール王がエミルに立つように促した。
「初めまして私はラシュタルのクルスと申します。」
「初めましてクルス神父。エミルと申します。」
お互い礼をして挨拶を済ませる。
「エルフという事は・・二カルス大森林の?」
「はい、出身はそこです。バルギウスに母を殺されて、父共々バルギウスから徴用されてサナリアにおりました。」
「そうなのですね・・エルフはどうなりましたか?」
「バケモノに襲われかなり死にましたが、各地に逃げて生き延びている者もいると思います。」
「二カルス大森林はどうなりました?」
「あそこは人間が足を踏み入れられる土地ではございません。おそらく大半の長老や民が生きていると思います。民を隠すために兵や私の母のような魔術師がしんがりとなり・・」
「殺されたと・・」
「はい。私は森に逃げ遅れ父とシン国まで逃げ延びましたが、そこでバルギウスに捕まったというわけです。」
「それは痛ましいことです。」
クルス神父は胸の前に手を組み祈りを捧げる。
「お心遣いありがとうございます。」
俺達は全員でテーブルをはさんでソファーに腰かけた。
「このソファー・・何の皮だろう?」
「こちらも魔獣の皮で出来ていると聞いております。」
「なんというか・・凄くなめらかで座り心地がいいですね。」
「本当に魔人の皆さんが来てから劇的に生活が変わったのです。」
「すみませんポール王、街を勝手にこんな風にしちゃって。」
「いえいえ!ラウル殿!なにをおっしゃいますやら!お礼を言うのは私共のほうで謝られる事は何もございませんぞ!」
ポール王が慌てて俺に気にするなと言う。
「それではポール王。まず今後の話をいたしましょう。」
「ええラウル殿!そう致しましょう。」
「ポール王。この地の特産なのですが、かなりのものが出そうですね。」
「はい。それも魔人達の協力のおかげとなっております。海竜も珍しいものを採ってきてくれるんです。」
「珍しいもの。」
「これを・・」
ポール王が持ってきたバッグから何かを取り出した。
「大きい・・」
「ホントだ・・」
俺とエミルは目を見開いた。テーブルに置いてあったのはソフトボールぐらいの真円の真珠だった。
「時折巨大な貝を獲ってきてくれるのですが、貝の中身を食料に回していたのです。しかし貝の中に稀にこんなものが入っている事に気が付いたのです。」
「これは真珠ですね。」
「しんじゅですか?」
そうか・・海で漁を始めたのは魔人達がやっているのと、ペンタがいて安全に潜れるからだった。この世界の海は人間には危険すぎて漁など出来なかったからな・・真珠なんて見た事ないか・・
「まあ宝石の一種ですね。」
「そうなのですね・・これが・・大量に私の屋敷の倉庫に転がっております。」
「転がって?」
「ええ。食べられもしませんでしたのでいらないものかと。」
「捨てなくてよかったです。」
「やはりそうなのですね。美しいものでしたので捨てずにおりました。」
「これは凄い特産になると思います。」
「それ以外にもたくさんあるんです・・」
「え?そうなんですか?」
コンコン
ドアがノックされて向こう側から声がかかる。
「ラウル様お食事のご用意が整いました。」
ミーシャが伝えに来てくれたようだった。
「よし、すぐ行く!」
「はい。」
ドアの向こうからミーシャの気配が消えた。
「ではポール王!そのほかの諸々については食事の後で。」
「それではご相伴にあずからせていただきます」
「ありがとうございます。」
俺達4人は朝食をとるために食堂に向かうのだった。