第172話 ドラゴン化薬
俺はパラシュートで先に降りて、任務を遂行しているであろうティラとタピに念話を繋ぐ。
《ティラどうだ?50名の人選は順調か?》
《それがラウル様・・皆が行きたがっておりまして・・》
《ほとんどは次の基地設営まではお預けだと言ってくれ。順番が来たら連れて行くからと・・とにかく俺の要件を満たす人員が50名揃い次第連絡がほしい。》
《わかりました。》
《タピ。指示を聞かない者はいないか?》
《はは、ファントムを前にしてわがままを言うやつなんていません。》
《ヤツも役に立っているようで良かった。》
《ありがとうございます。》
俺はゴブリン先発隊との念話を終える。
俺達はいまピンツガウアーベクトルに乗って洞窟の研究所に向かっていた。ミゼッタはシロに乗って夕方までのクルス神父の授業に行ってしまったので、無骨な六輪車に乗っているのは俺とエミル、イオナとヴァンパイアの二人、そしてミーシャだった。
エミルと魔人について話をしていた。
「ラウル・・魔人って凄いな。」
「ああエミル・・本当に凄いだろ。」
「怖いくらいだ。」
「いや怖くはないよ。みんな心根が優しいんだ。」
「まあ確かに・・純粋って感じはする。」
「長い間グラウスという土地で純粋培養されて育った奴らだから、人間と違って裏表も欲もないんだよ。」
「それなのにあんなに強いのな。」
「そうなんだよ。中には一人で国を滅ぼすほどの力を持つ者もいたりするんだ。」
「おっかねえ。なんでそんなに強いのかな?」
「なんか魔王のルゼミアという俺のもう一人のお母さんがいるんだが、それが滅法強いらしいんだよ。」
「おっかねえ母ちゃんだな・・」
「ああ・・。怒られたくはないわな。」
後ろを振り向くとシャーミリアもマキーナもそれを黙って聞いていた。どこか自慢げな顔をしている。イオナが俺達二人の友達トークを嬉しそうに眺めていた。
「母さん・・あれならあっというまに街が広がるのも頷けるよ。」
「そうよね。私もあっけに取られているわ・・でも凄いのはドワーフの精密技術かしら。」
「ああ、あっという間にパズルのように家を組んでいくのはびっくりだった。それを遂行する魔人達も恐ろしいけどね。」
「あっというまに巨大な都市になってしまって。ルタン町もどうなっているのかしらね。」
・・・・・・
そうだった。ルタン町も街の要塞化と都市の拡大の指示を出してそのままだった。
「どうなっているかな?そう考えてみると・・ラシュタルの基地も・・いまごろ。」
「どうなっているのか楽しみね。」
「まったくだよ。」
話をしているうちにミーシャに案内され薬品研究所がある渓谷についた。
「こちらです。」
入り組んだ渓谷を進むと洞窟の入り口が見えてきた。以前ガルドジン達が囚われていた洞窟だった。しかし・・なんか・・ただの洞窟じゃなかった。神殿のような柱が入り口に立っており、洞窟の入り口も成功に掘られた装飾がなされている。
「えっ?」
「どうしましたラウル様?」
「いや・・ミーシャ。なんか洞窟の入り口が・・」
「ええ、無骨なただの洞窟だったのでドワーフにお願いして綺麗にしてもらったんです。」
「そ・・そうなんだ。神秘的な雰囲気だね。」
「そうなんですよ。どうですか?」
「まあ・・なんかいいよ・・」
俺が微妙な返事をしていると、エミルが呆けたようにその洞窟の入り口を見ている。
なぜならば・・入口の両脇に・・
「えっと、アレ・・ラウルじゃないのか?」
「だな。」
超巨大な俺に似た巨大な像が4体も並んでいた。
「わかります!?あれラウル様を形どって掘ってもらったんですよ。でも今回ラウル様が帰ってきたら雰囲気が変わってたから、新しく作り直してもらいたいくらいです。」
「いや十分だろ・・髪が白くなって目が赤くなっただけだから。形は変わってないしさ。これ以上はいいよ・・」
「そうですか?」
「十分だよ。あと手をくわえない方がいいんじゃないかな?」
「わかりました。」
エミルが俺を振り向いて言う。
「あのさ・・なんかエジプトあたりにこんなのあるよな?」
「ああ・・ある。」
「幻想的なんだが、ラウルなのな・・あの像」
「俺じゃなくてもう少しさ、神みたいななんかなかったのかな?」
「いいじゃん。記念にずっとのこるぞ。」
「エミル・・・皮肉か?」
「いや。ぷっ・・」
「いま笑ったろ?」
「そんなわけないだろー。」
いや・・どう考えてもバカにしている。この顔は間違いなく俺が困っているのを見抜いている顔だ。
《いまにみてろよ。》
俺は心の中でいつかエミルにもこの羞恥プレイを味わってもらおうと誓うのだった。
洞窟に入ると中は外よりも少し暖かい。よく見ると壁に光るものがある。
「ミーシャ。なんか壁が光ってるけど何かな?」
「灯りですか?ドワーフが魔石を加工して作った物らしいです。」
「魔石を。」
「この洞窟は魔力量が多いようで光り続けるらしいのです。」
「へぇ・・なんか近代的だ。」
「これなら・・似たようなものがエルフの里にもあったぞ。」
「エミルの実家か?」
「ああ、光る石が埋め込まれてあちこちで光ってたよ。」
「そうなんだ。」
俺達が洞窟の中に進むとドアがたくさん見えてきた。どうやら洞窟の中にたくさん部屋を作ってあるらしかった。
「あ!副所長!」
「お疲れ様。」
ん?副所長?ミーシャは副所長やってるのか?
「・・と、ラウル様!!!おかえりなさいませ!」
ゴブリンやサキュバスたちが俺のもとに集まってきてひれ伏する。
「ああ!いいよいいよ!仕事の邪魔をしたね!続けてくれ!」
「そういうわけには!わたくしたちがおもてなしをしませんと。」
「いいんだよ。」
「「「かしこまりました!」」」
サキュバスとゴブリンはさっと部屋に戻っていった。
「ラウル様。こちらです。」
ミーシャに促されるようにドアの一つに入っていく。すると中は広くいろんな薬草や石が置いてあった。木の実なんかもおいてあるようだ。そこでは6人が作業をしていた。
「副所長!こちらを見てください!」
サキュバスの1人がミーシャを呼んだ。
「あ、じゃあラウル様達も一緒にどうぞ。」
ミーシャが言う。
「ああ。」
そして俺達はサキュバスの元へ集まった。
棚には光る液体が入ったフラスコがたくさん並んでいた。
「成功した?」
「副所長が言っていた薬草から抽出された液、ワイバーンの髄液、そして竜人のウロコを煎じて10日ほど煮詰めて抽出した液と血液の混合液、それらを5.43対1.89対2.68の割合で混ぜ合わせたものに、更に我々の催淫煙をくわえ3日が経過したものです。」
「それが・・もしかしたら完成かしら?」
「ええ、完成かと。」
なにが完成したのだろうか?緑色に光る不思議な液体が目の前にある。
「じゃあ俺が。」
ゴブリンの1人が近寄ってきて言う。
「じゃあ飲んでみてくれる?」
「はい。」
いやいやいや。そんな得体のしれないものをいきなり飲むの?それはまずくないですか?いくらなんでも!!
と俺とエミルが思っている前で躊躇なくその緑色に輝く液体を一口飲みほした。
「うっ!」
ゴブリンが苦しみだしたように見える・・・
ほらほら!いわんこっちゃない!
「ちょ・・吐き出した方がいいんじゃない!?」
「いえラウル様。黙って見ていてください。」
ミーシャにぴしゃりと言われる。
俺達はみんな息をのんでゴブリンを見ていた。
「う・・うがあぁぁぁぁ」
ゴブリンは少し苦しそうにしたが次の瞬間、一瞬でブワッと体の表面に銀色のうろこが生えた。そして目が金色に輝いている。
「どう?」
「ええ、平気です。力がみなぎります。」
「成功ね。」
「えっとミーシャ?どこがどう成功なんだい?そしてこれは一体何なの?」
「ああすみません。説明が遅れました。ゴブリンは竜人化しました。」
!!!!!!
「竜人化!?」
「ええ。」
どういう事?ゴブリンはゴブリンじゃないの?竜人化って?
「じゃあちょっと広場に出てみましょう。」
ミーシャが言うので俺達はミーシャの後について出ていく。ゴブリンもその後について来た。
ここは・・あのバルギウスの騎士たちと戦った洞窟の広場だ。そして広場の中心につくとミーシャがおもむろにゴブリンに言う。
「やってみて。」
「クァァァァァ」
竜人のような咆哮と共に凄い事が起きた。
ボォォォォォォォォォ
なんと、ゴブリンが火を噴いたのだった!!
「えっ!?ゴブリンが!?」
「成功みたいね。」
「そんなミーシャ・・冷静に。」
「大丈夫です。かなり安全に行ってきましたから。」
えっと・・何を安全にやって来たのだというのだろう?俺にはよくわからなかった。
「この薬は消えるまでの1刻(3時間程度)は竜人となる事が出来ます。」
「ええ!?すごい!」
「いろいろ試行錯誤してここまで来ました。じゃあエミル様これで彼を切りつけてみてください。」
「え?この剣で?ゴブリンを?大丈夫?」
ミーシャは淡々とエミルに剣を渡す。見事なロングソードだった。
「大丈夫です。」
「知りませんよ!」
エミルは上段に構えてゴブリンの前に立つ。ゴブリンはだらりと腕を下げてエミルの前に立っていた。
《お!エミルも結構さまになってんな。父ちゃんのハリスに仕込まれてたかな?てか・・結構やりそうだぞ?大丈夫なのか?ゴブリン。》
「シュッ」
エミルが息をはいて上段からロングソードをゴブリンに叩き落す。
ガキンッ!
ゴブリン竜人が腕をクロスにして頭の上で剣を受け止めていた。
「・・・イッてぇぇぇぇぇ!」
エミルがガランと剣を落として叫ぶ。
「手がしびれたぁぁぁぁ。いってぇぇぇぇ」
なんとゴブリン竜人の腕がロングソードをはじき飛ばしたのだった。おそらくエミルの腕はジーンとなっているだろう。
「計算上は竜人の硬質化したウロコより2倍の強度が出ているはずです。」
《へっ?ミーシャさん?計算ってどんな?計算上はって何?2倍の強度?》
俺とエミル、イオナがポカーンとしている。いや・・シャーミリアとマキーナも滅茶苦茶驚いているように見える。
「み・・ミーシャ?あの・・これクルス神父から教えてもらったの?」
「いいえ、ほぼ独学です。」
なにこの子?
「これは・・・どの種族にでも使えるんだろうか?」
「それはこれからの実験でわかると思います。」
・・・・・・・・
《ティラ、タピ!聞こえるか?》
《はっ!》
《ハルピュイア、ダークエルフ、オーク、オーガ、竜人、スプリガン、ライカン、ミノタウロスを一人ずつ洞窟に連れてきてくれ。出来るだけ体の強そうなやつを。なる早でだ。》
《すぐに!》
俺が念話で話している横で・・ミーシャがいきなりその薬をあおっていた。
「おい!ミーシャやめろ!!!」
「ぅっうぅぅぅ」
ミーシャが苦しみだす!
「おい!ミーシャ!吐き出せって!!」
俺がミーシャを支えると次の瞬間・・ミーシャの体が銀のうろこに包まれた。大きな目が金色に光っている。
「ふうふうふうふう。」
「ミーシャ!!!いつもこんな危険な実験をしているのか?」
「えっ?全然危険じゃないですよ。きちんと安全な策を取ってやってますから。」
そうなの!?どうみてもそういう風には見えないんだけど!!
「クァァァァァ」
「おいおい!!!」
ボォォォォォォォォォ
ミーシャが火炎を吐き出したのだった。