第169話 色鮮やかなグラドラム
俺がグラドラムに降り立った時、先に降りたエミルは四つん這いになってゼーゼー言っていた。
「お、おまえ・・こういうことは先に言っておいてくれよ。」
「言ってなかったっけ?」
「いってねぇよぉぉぉ!ボケぇ」
あら、怒ってる。
「まあ、俺が生きている環境ってこんな感じだから。」
「はぁ?んー・・分かったよ。でも異世界に来ていろいろと驚く事はあったが、まさかオスプレイから突き落とされるとは思わなかった。」
「いやいや、オスプレイから落ちたくらいじゃ死なないから。」
「死ぬよ!」
「大丈夫、仲間が何とかしてくれるからさ。」
「そうか・・いままでお前はそういう環境で生きてきたわけだな。」
「そうだ。」
「そうだ。じゃねえよ、たくっ。」
ようやくエミルが納得してくれたようだった。
たぶん・・
俺も納得してもらえるか不安だったから一安心だ。いや・・納得はしてないか・・
すると街の方からドサドサと足音を立てて巨大な白熊が走って来た。
「うわぁぁぁぁ」
エミルが驚いて尻もちをついている。
「なんだよ!サナリアにもいただろうよ。でかい熊が」
「こっちにもいんのかよ!」
「シロ!」
俺の側に走って来たシロが、俺に思いっきり頬ずりをし始める。
《うわぁ!もっふもふに手入れされてるぅ!きんもちぃいー!》
「かっわいいな!おい!」
「だろ?触っていいぞ。」
イオナとミーシャ、ミゼッタが駆け寄ってくる。
「ラウル!おかえりなさい!」
「ラウル様!」
「ラウル様おかえりなさい!」
シャーミリアとマキーナが頭を垂れてイオナに挨拶をする。
「イオナ様。お元気そうでなによりでございます。」
「シャーミリアとマキーナも、よく息子を守り通してくれました。ありがとうございます。」
イオナがシャーミリアの手を取ってお礼を言う。
「当然至極。お礼など必要ございません。」
「それにしても母さん。よく俺が戻って来たのがわかったね?」
「黒い大きい鳥が飛んで行った後に、シロが急に飛び出して行ったから追いかけてきたのよ。」
「シロが?そうなんだ!・・ところで母さん・・ギュッとしてくれるのはうれしいんだけど、ここに友達がいるんだよ。」
イオナが俺を抱きしめて離さなかった。胸が押し付けられて心地良いが、とりあえず恥ずかしい。まあエミルはエミルでシロをめっちゃモフっている最中だったが・・
「あら、ごめんなさい。恥ずかしかったわね。お友達?」
「ああ友達だよ。エミル!」
エミルがモフるのをやめて近づいてきた。
「すみません!エ、エミルと申します。エミル・ディアノ―ゼです。」
「仲良くしてあげてね。」
「は、はい!」
・・・あっちゃん、何を緊張してるんだ?なんだかガチガチだが。
「ラウルちょっといいか・・」
エミルが俺の肩を組んで後ろを振り向く。
「この人がラウルの母ちゃんなの?」
「ああそうだ。」
「うっそ。美人すぎねえ?」
「俺も物心ついた時そう思った。」
「ラウルに似てねえし。」
「育ての親だから。」
「ああなるほど・・お前この人に育てられたのか・・」
「そうそう。」
「ほぉー」
「あっちゃん・・なんで、さっきから俺のこめかみをグリグリしてんの?」
「いやなんでもない。うらやましいからだ。」
「そういうことか。なら存分にうらやましがれ。」
「くぅー!」
美形の顔を歪めてエミルが悔しがっている。エミルだってこのイケメン顔なんだからエルフのお母さんはさぞ美人だろうに、嫉妬するほどのものなのかねイオナは。
「というかラウルのお母さんは、カトリーヌにも似てる気がするけど。」
「ああカトリーヌの叔母だよ。」
「そうなんだ!なるほど。そういう事か・・」
「えっ、もしかしてエミルは俺の母さんがめっちゃタイプ?」
「うん・・いいなあ・・」
「そうなんだな。俺の配下の魔人は美人だらけだったと思うが?」
「馬鹿、お前の配下達は美しすぎて現実味が無いんだよ!お前の母ちゃんはなんていうか・・リアルだ。」
「俺の配下もリアルに存在してるんだが?」
「いや・・実はな俺の母ちゃんもな・・現実味にかけてたんだ。」
「そうか、エルフだもんな。」
分かる気がする。
俺もどちらかというとマリアやカトリーヌ、ミーシャに惹かれる。前世の人間の感覚が残っているからだろう。もちろん配下達は超美人なので魅力が無いわけではない。前世の俺から考えたら、誰も俺なんか相手してくるはずがない存在だ。今はもう美人に麻痺しているのかもしれない。
「ミーシャもミゼッタも元気そうだな。」
「ええ、もちろんです。ラウル様!いろんな研究の成果もあるんですよ。」
「おっ!もしかして、クルス神父との薬剤の研究か?」
「はい。あと料理の腕前もだいぶ上達しました。」
「楽しみだ。今回は数日しかないから毎日料理を作ってほしいな。」
「はい、かしこまりました。」
「薬剤の成果も見せてくれ。」
「わかりました。」
ミーシャが顔の割合に不釣り合いな大きな目で、嬉しそうに報告して来た。まるで人形のようだが慣れてくるとこれはこれでかわいい。少しタレ目なのがまたいい。
「ラウル様!私もミーシャにいろいろ教えてもらって、料理が出来るようになったんですよ。あと神父様に魔法の勉強をしていただいて、光魔法がもっとうまくなりました。」
「ミゼッタも凄いね!みんなきちんと勉強して成長してるんだなあ・・」
「ぜひ後でわたしの魔法をみてくださいね。」
「ぜひ見たい!ゴーグもミゼッタの凄いところ見たいだろうな。」
「ゴーグ食いしん坊だからワガママ言ってませんか?」
・・・お前はゴーグのお母さんか?
「ああいい子にしてる。」
「ふふふ。そうなんですねー。」
「そのうち連れて帰る。待っててくれ。」
「大丈夫です。待っています。」
「母さん、アウロラは?」
「エキドナのところで、魔人の子や人間の子達と遊んでるわ。」
「託児所か!早くアウロラに会いたいな。」
「あとでね。」
そして・・イオナ達と話している間にも気になっている事があった。
「さて・・」
と、イオナたちの後ろを見ると・・
魔人達がびっしりといた。膝をついて頭を垂れている。広場から街にかけてどこまでも魔人が続いている。いつの間にこんなに現れた?
「すんごい人数」
「そう、魔人国からいっぱいきたのよ。」
「聞いてる。」
すると一団の中から大きい魔人がドシドシと歩いてくる。俺はその魔力と気配に押しつぶされそうになる。
「ああ、どうもタロス」
俺は少しビビりながら挨拶をする。彼はミノタウロス隊長のタロスだった。
「ラウル様!お早いお帰りで!侵攻作戦は順調のようでございますな!!」
いや・・彼は威圧感がハンパない。
「タロスも皆をまとめ上げてくれていたようでありがとう!とにかく街が凄い事になっているな。カラフルというかおしゃれというか・・広いし。」
「ラウル様がいつ帰って来てもいいように、急ぎで事に当たっております。」
「国からほぼ全員来ちゃったって聞いたけど?」
「左様でございます。全てルゼミア陛下の指示との事。国民も全て渡って来てしまいました。」
「結果、ルゼミア母さんとガルドジン父さんは二人で仲睦まじく?」
「まあ有り体に言えばそうなりますかな。はっはっはっはっ!」
ビリビリビリビリ
すんごい迫力だ。おっかねえ・・なんつう魔力だ。
「ルゼミア母さんはなんて?」
「はい、軍は全員ラウル様の野望のため協力をするようにと、すでにルゼミア陛下は全軍の指揮権をラウル様に譲渡しておられます。」
「全権?まて!まて!まて!まて!えっ?俺、容認してないんだけど!」
「はっはっはっはっ!ルゼミア陛下の考える事は私共には見当もつきません。ですが、その至り深き御心に我々は従うのみ。ラウル様!何なりと我々にお申し付けください。」
ふう、ルゼミア母さんがそんなに思慮深いと思えないんだが・・恐らくは自分の願いを叶えるため。ただそれだけのためにこれだけの事をしたと思う。
「わかった!俺はまずポール王に挨拶に行くから、全軍任務に戻っていいぞ。後で顔をだす!」
「は!」
ざざざざざざざー
万にも及ぶ兵が一斉にいなくなってしまった。
「シャーミリア。そういえば俺・・この都市を堅牢な要塞にして、いち早い復興をするように指示していったっけな。」
「はい、左様でございます。」
「その結果がこの大都市か。」
「ご主人様の御指示とあらば、これくらい当然のことと思われますが?」
「あ、そうね。皆本当に勤勉だもんね。」
俺が出立する時に指示をしたことを、徹底してやっていただけなんだろう。その結果が俺の想定の10倍以上だったから驚いただけだ・・魔人とドワーフ、そして俺が残して行った重機などでかなり作業スピードが上がったんだろう・・すでに重機は消滅しているはずだからまた要望を聞いて出してやろう。
「じゃあ、母さん。ポール王の所へ。」
「ええ、まいりましょう。」
「じゃあエミル、俺は王に会いに行って来るから適当に時間を潰しててくれ。ミーシャとミゼッタはエミルに街を案内してあげてくれると助かる。」
「わかりました。エミルさん行きましょう。」
ミーシャが大きな目でエミルを見つめて言うと、顔を赤くしたエミルが頷く。
「エミル、ここはおそらくこの世界で一番治安がいい国だよ。」
「そうなのか?」
「ああ、俺の配下に粗相をするものはいないよ。」
「すげえな・・」
「エミルさんこっちこっち!」
すると、シロが頭を低くして伏せをしている。ミゼッタがエミルをシロの背中に乗るように誘う。
「えっ!乗るの?」
「はやくはやく!」
エミルとミゼッタはシロに乗って、その前をミーシャが歩いて街の方に向かっていった。
見送った俺はイオナと一緒にポール王の所に向かうのだった。シャーミリアとマキーナは二人を囲むように歩いて行く。
「しかし・・焼けて何もなかった焼け野原が、えらい変わりようだね。派手だし・・綺麗だ。」
「そう魔人が本気を出すとあっという間に家が建っちゃうのよ」
「そうなんだ。まあ戦いでも力は異常だもんな。」
「彼らにとっては遊びみたいなものなのかしら?」
「子供の積み木程度なのかも。」
「言えてるわ。後で彼らの建設作業を見ると、その例えがあながち遠くないと思うわよ。」
「そうなんだ?」
「ええ。」
何もなくなった都市が立派になって蘇ったらしい。まあ飾りつけとかは特にない家だが頑丈そうだし、とにもかくにも色目が派手だった。派手というか・・カラフル過ぎる、海から見たら凄く栄えそうな建物が並んでいた。
《前世の記憶だが・・なんかイタリアのナポリに、こんな島の街があったような気がする。ただ・・その街の何倍もデカいし広すぎる。こんなん絶対観光都市になる。》
「ここよ。」
「ぺ・・ペパーミントグリーン?」
「派手でしょう。」
「すんごい。」
俺達は跪いている門番のオークに一礼をして入る。
「ご苦労様。」
「滅相もございません!!」
オークがやたら恐縮している。
庭園を抜けると建物と同色のドアが見えてきた。ドアの前に立ちドアノッカーを叩く。
カンカン!
するとすぐにドアが開いた。
執事が立っていた。
「おお!!!ラウル様!!!お戻りですか!」
俺は覚えていないが相手は覚えているらしい。そりゃそうか・・新しく雇った人だろうな。
「ただいま。」
「お入りください!イオナ様もお疲れ様でございます。」
「ごきげんよう。」
「おおおおおお!!!!!」
どたどたどたどた
奥から足音が聞こえてくる。
「ラウル様!」
太鼓腹の人格者ポール王だった。